●かなり久々に映画「ダーティーハリー2」を家で観た。

今見ても結構面白い。自分は18歳くらいの時に横須賀プラ座という50席の小さい劇場で

「ダーティーハリー3」と2本立て(ここが勝手にやっていたリバイバル上映)で初めて劇場に観に行ったが、テレビでは既に見ていたなあ。

 

 

自分的には丸の内東映閉館ブームモードなので

●東映チャンネルで

「最後の特攻隊」(1970年10月29日東映シネスコ作品)を録画。わざと白黒作品であるっぽいがラストシーンのみカラーになる。

 

 

●「恋は放課後」(松竹 松坂慶子、石田信之、沖雅也ほか)も少し見る。

 

5/11に丸の内TOEI1で北大路欣也の舞台挨拶があったようでTVノンストップが入っていたらしく5/12放送を録画。

熱く語っていた。いま82歳と言うがなんともお若い。しかも発言が謙虚である。これからもまだまだ行けそうだなあ。自分は高倉健と共演の「八甲田山」が一番好きかも。

 

 

 

●テレサテン 死後30年と

近年のアグネスチャン(香港人)はどうも好きになれないのだがテレサテン(台湾人)はいまも好きである。本当にショックだったのは亡くなった時ではなくテレサが偽装パスポートで日本から国外退去になった時である。ファンの方から手配されたような理由で偽装パスポートを所持していたとのことだった。しかしテレサテンほどの歌手に日本政府がビサを発行しないのはなぜか?とおもったなあ。なにか理由があったのだろう。

 

 

 

 

 

今日から丸の内TOEI1ではさよなら企画が再開で2回座席もオープンになっている。映画は仁義なき闘いほか。逆に新幹線大爆破は毎晩2での上映がある。

ここで2についてまた書きたいと思う。 なぜ2ばっかり書くのかというと地下の大型劇場が好きだからである。かつてこのそばにはテアトル銀座というテアトル東京のちかにも大きな劇場があったものである。

かつては洋画封切専門館(松竹洋画系)=渋谷東急レックス、新宿東急(この2館は東急リクリエーションの箱)丸の内東映パラス(それがここで東映系)、新宿東映パラス(これも東映系)の4館で同じ映画をやっていたのだった。今残っているのはここ1館
のみである。
 

BAD BOYSの看板の真下が②への入り口の階段である。
その右が東映本社への入り口で上の階に上がっていく。今は東映と直営の劇場が2館のみ。
 
ここは銀座でも一等地なので高層ビルに建て替わればいくらでも入りたいという法人は出てくるだろう。
 

2は定員352人。階段を降りるとまっずこのもぎりがあってさらに降りると劇場フロアになるのである。
 

 
 

昭和の地下の大劇場とはこんな雰囲気だった。
似ているのが 新宿東急、(同じ映画をやっていたチェーングループだった)
あとは渋谷東映(劇場は現存)
 
 

両サイドの黒い幕は実際は電動で35mmフィルムの時代には自動でシネスコだとこの位置、とかビスタだと左右がちじまるしくみのデータがフィルムの最初の銀の部分に入っている仕組み。
 
 

このような1館に1個の売店は現代においては非合理的である。だが味があったなあ。上映中は多分誰もいない。
 
 

今回は東京都大田区にある力道山のお墓に。
アニメや劇画の「空手バカ一代」(つのだじろう版まで)の大ファンだったミー坊は随分とマス大山や力道山、グレート草津などの話に夢中になった小学生時代だった。日本人(当時はそうとされていた)がハワイでパールハーバーを忘れるな!と言われながらもプロレスのリングに上がっていたというのもまた物凄い事であった。
 

ここでは最も有名なお墓なのかも。
 

 
 

 
 

 
 

 
百田力は力道山の孫。台座だけ新しいものの様で銅像本体は1964年の物っぽい。
 

石碑の文字は児玉誉士夫氏(ロッキード事件の)この方の墓所もこのお寺らしい。
 
 

亡くなった時点ではまだ九州出身とされていた。在日朝鮮人であるとは公表していなかったからである。
マス大山(在日韓国人)と仲が良かったのも後に意味が分かるなあ。
 
しかし力道山が猪木の頬を靴ベラでたたいたというのは、何となくだが(事実かもしれないが)梶原一騎の創作ではないか?とここで思ったりしたが。
 

 
 

もと、全日本プロレスリングアナからレスラーになった百田兄(兄も弟も力道山の先妻の子供)55歳没。
どうやら左の墓石が百田兄の物っぽい。
 
 

 
右が力道山の戒名が書いてある墓石なのでここが力道山のお墓であろうと思う。
このお寺の参道にはくずもち屋さんが2件は営業していて1件はしまっていた。
こういうお店があるとお寺も活気づいてくるが・・・。
 
ベトナム戦争終結50年と。
ミー坊は横須賀生まれ横須賀育ちなのでこの頃(1975年)のくらーいアメリカ人の雰囲気はよーく覚えているのだ。
米軍の艦船から匂う重油の臭いは今は全くないが当時横須賀の汐入界隈では当たり前の匂いだった。
もうこのにおいをおぼえている人は今現在55歳以上の人になってくるなあ。 

前にも書いているがベトコンとはなにか?を正確に答えられる人は少なく、多くの人は北ベトナム兵の事だと思っていると推測される。
この記事にもあるが別の物である。但し北ベトナムの味方がベトコンであり米国の味方は南ベトナム兵である。
ベトコンとは元々米軍とともに北ベトナム兵と戦っていた南ベトナム兵が途中で北の方が良いと思い(ここでは書かないが大きな理由があって)北側に寝返った南ベトナム兵の事である。ミー坊が1980年頃横須賀にいたアンコー・チャッキー(と呼んでいた元海軍兵から聞いた話で)米軍の陣地にいる南ベトナム兵がコカ・コーラのボトルに蛍光灯のガラスを入れてまた王冠を閉めて飲んだ米兵を殺害するようなものも出てきて、こうなると米軍はどの南ベトナム兵を信じたらよいのかわからなくなってしまったのである。
 
 
昭和100年記念上映 映画「南極物語」

 丸の内TOEI2
 

シネスコだとこんな感じで観られるが南極物語はビスタサイズである。
 

学研が製作費の半分ほどを負担しているというから当時はまだ科学、学習(雑誌)が売れていた時代だったんだろう。
大ヒット映画であるが自分は今一つ好きになれない。
 
夏目雅子が物わかりのいい和服の似合う女性ででている。本作の夏目雅子は好き。
 

 
 

 
 

 
猪木さんの墓参りに行く。
横浜の鶴見にあるものすごい大きなお寺。
20代に京急鶴見駅そばにあった映画館「鶴見文化」に何十回と通っていたが
JR鶴見駅そばにこのような巨大なお寺があったとは全くしらずにいた。
 
 
お寺の事務所でお墓の場所を聞き銅像があるからすぐにわかると言われて行ってみる。
 

黒目部分が窪んだ造形だと表情がよりリアルに見える。
 

そうじじとよむらしい。石原裕次郎の墓地もここのお寺だそう。
 

後姿の造形も一目見て猪木のそれとわかるねえ。いいねえ。
 

 

 
 
 
 
 

 
 


 
 

 
 



 
 

 


全く知らずにいたが昭和100年記念の邦画を上映している丸の内TOEI1(サヨナライベントは別)で2F席まで
開けていて途中までは①でやっていたのだが、ゴジラかその前あたりからは地下の②での興行に変わっていて
①では通常の東映ロードショー作品(35年目のラブレター)を上映して2F席もいつも通り閉鎖状態に変わっていた。
これはきっと社内でこうしようという話になったに違いない。しかしながら②の方がずっと混んでいる状態はチケット購入画面を観ればわかることでやっぱり①を旧作品用に使ってほしいところである。②も閉館なので②でもよいのであるがこれで7月に東映直営館が消える。東映の関係する劇場はT-JOY系のみになる。
 

 
 

今回の「二百三高地」も②での上映(DCPビスタ)。これは①で観たかった人も多かったろう。
自分は高1のときに横須賀東映に友人と3人で見に行った。さだまさしの唄は悪くないがなにか説教臭いと思って歌っていた。自分は血の混じった白飯を新沼謙治が食べるシーンがダメだった。こういう戦争物は東映戦争色が強いなあ。
 
 

②は地下1F部分にチケットもぎりがあってさらにもう1F降りると劇場になるのでちか2Fに映画館はあるのかも。
何線かはわからないが常に地下鉄の音が聞こえる劇場である。(銀座は大体地下劇場はそうであった。銀座シネパトスとか
銀座ろきしーとか。シネスイッチ銀座1も地下だがあそこはあんまり地下鉄音がきこえなかったような?)
 
 

2の座席表。もともとは洋画専門官。ここで「アルカトラズからの脱出」なんかをやっていた。
自分は初めて見たのは「1000年女王」だったように思う。一番の思い出は松竹系でリバイバル公開されたセンサラウンド方式35mm(有楽座では70mmセンサラウンドだった)での「大地震」の上映で前から3列目くらいで見た。2回見たと思う。そのあとでセンサラウンドではない通常上映(35mm)でも文芸座で見ているのであるが断然こっちの方がよかったと思う。
 

こんな具合。こういう劇場はもはやここと渋谷東映(ここまで広くない)くらいかなあ。
一番後ろでも何度か見たがちょっと遠い感じがある。この臨場感は現代のシネコンでは味わえぬ貴重なものであるが
なかなか文章では伝わらぬ。
●ジーンハックマンが出ている映画で急に思い出したのが「宇宙からの脱出」でこれに出てくるバズという役のある種の悪役
宇宙飛行士。こういう役は珍しい。(悪役はスーパーマンとかトゥルークライムとかでもやっているが)
ちょっと急に観たくなった。19歳の時にこの1970年製作の作品が旧文芸坐でかかったので劇場では観れている。
 
 
●またまた急にジョン・ブアマン監督の「エメラルド・フォレスト」が観たくなり見ようかと思う。ブルーレイは持っておらず
DVD鑑賞になる。
 

 
 
こんなメッセージが出版社を名乗る会社から来ていた。
結論から書くとよくある
あなたが当選しました!のブログ版で、全くありえない話である。
 
昔の映画館(1970年代後半)でよくあった2人で行くと1人だけにアクセサリーが当選しました!というアクセサリー詐欺業者(やっていた人たちは合法だと言うだろうが合法だから詐欺ではないという理屈もまた同じく詐欺であるのだ。これは合法的であるが詐欺である。実際は犯罪)と同じでアクセサリーは無料だが加工賃が¥2500かかる(今なら¥8000~¥10000くらいの価値)のでそれだけ負担してほしいという(お願い)ものである。アクセサリーなどというのもただの安物のアクセサリー本体(100円もしないだろう数十円程度の物)真鍮メッキの鎖はもっとずーっと安いだろう。
1人騙して2500円で10人で25000円。推測だが1日20人くらい騙すので50000円くらいの売り上げだ。今だったら25万くらいの上がりで映画館にテナント料を払うのだからその分は差し引かれる。基本男女のカップルをひっかけ男が断ると格好が悪いので払ってしまうパターンがほとんど。よくそういう業者を入れていた横浜ピカデリー(松竹の直営)も完全に知っていて業者を入れているのでグルだと言われても仕方がないだろうが、何らかの圧力で断れなかったという可能性もある。(横浜東宝でも現れてがっくりきた記憶がある。なんで伊勢佐木町ってこういう事が横行していたのか)何故そう思うかと言えば明らかに客が嫌がる行為=劇場に来てくれなくなる=を劇場が率先してやるとも思えぬからである。映画館の従業員はそんなにバカではないと思うよなあ。
 
 
 
ミー坊が思い付きで好き勝手に書いている文章が客観的に読んで素晴らしいなどという事は
「絶対に」なく、あくまでも主観的(この映画はいいとか、つまらないとか、書いているのだが、そういうのも個人の置かれている立場によって大きく変わるわけであるのでそれぞれ違うわけである。)な事を好き勝手に書いているのがこのブログなのであり、
多くの読み手は共感できることもあれば、全く共感できないこともあるわけで非常に内容が主観的であるというのは読んでいる人なら良くわかる内容の筈なので、本などにはあまり適さない。
これが学術論文だったらもっとずっと適さない世間話的内容なものなのである。
 
こんなものが本として出回ったら問題が多すぎて大変である。
 
つまりこんな伺いメールは単なるまやかしで(基本よんではいないと思われる)
最後には多額の支払いを要求されるだけの話だと考えられる。出たとしてもマー売れないと思うねえ。
 
こんな依頼は、「絶対に絶対に」ないのであり、もちろん引っかからない。
 
詐欺がかれらの商売である。出版社でなくても良いのだ。
 
こんなこと「あるわけねーだろう」
 

これが詐欺でなくてなにを詐欺と呼ぶ?

ここで働く人と闇バイトをする大学生との違いがありますかね?

 

●自分のホンダ車まだ買って3年以内だと

ホンダディーラーで保険に加入していればバンパーをこすったような3万円以下でなおる程度の

傷は特別に1000円のみの負担で修理可能と言うのを知らずにいて(小さい字で書いてあるから知らない人の方が多いっぽい)、自分でつけた傷をなおしてもらう事になった。

ディーラーは保険会社から30000円程度入金されるので利益が出るわけだから保険を使ってほしいわけだ。

 

小さい傷を治す専門業者がディーラーをラウンドして作業を行うという。1泊させるので今回の代車は最新のFIT新車を貸してくれるという。

 

●アンヌ隊員ことひし美ゆり子さんが77歳で再婚と。台湾料理屋さんと結婚していたが今度は仮面ライダーアマゾンの岡崎徹さんと結婚という事だ。岡崎さんは76歳で初婚だと。ひし美ゆり子はまだお綺麗だなあ。

 

●韓国映画「わが愛しのフーバオ」(パンダを中国に返還しなくてはいけない飼育員のオジサンのドキュメンタリー」日本ではあまりにも

タイムリーすぎる。映画によると韓国ではいまソウル近郊に親パンダ2頭とその双子のパンダ2頭の合計4頭がいるのだが、日本は和歌山が4頭返すと上野の2頭だけになるという事は韓国より少ないという事になるなあ。日本でもドキュメンタリー撮っているかもなあ。

 

昨年9月に釜山のロッテcinemaのロビーでこの液晶で予告編を見て

みたいなあとおもったもののまさか日本で観られるとは。

 

原題は「アンニョン ハラボジ」=さよなら おじいちゃん

である。