俺とゑびす園とカレーの記憶【昭和の釣り堀】
記憶の交差点 今から50年も前、小学生だったころの話 江戸川区だったか葛飾区だったか、もしかしたら足立区だったかもしれない 「ゑびす園」という釣り堀があった 今ではもう閉業してしまったが、俺にとっては“週末の聖地”だった 月に2回くらいのペースで、父に連れて行ってもらった 引きの強い、大きな鯉がよく釣れて、楽しくてしょうがなかった 週末になると「ゑびす園行こうよ」って、父にせがむのが恒例だった ゑびす園に行くもう一つの楽しみは、昼メシだった 11時ころになると、近所の中華料理屋が出前の伺いに来る 父はいつもラーメンを、俺はいつもカレーを頼んだ 昼ごろになると、出前持ちがやってくる おかもちの中には、サランラップにくるまれたラーメンとカレー ラップを剥がすと、ラップに張り付いたカレー べろりとなめとるのが当たり前だった 今だったら「みっともない、やめなさい」って叱られるかもしれないけど 昭和ではそれが普通だった 中華屋のカレーは、家のカレーとも、蕎麦屋のカレーとも違って、妙に旨かった スパイス控えめで、どこか甘くて、でもコクがある 釣り堀の空気と混ざって、あれはもう“昭和の味覚の奇跡”だった 食べ終わると、食器は釣り堀の片隅に置いておく 1時くらいになると、また出前持ちがやってきて ラーメンの残り汁や残飯を釣り堀の中に捨てる 軽くすすいで、おかもちに戻して帰っていく 残飯に鯉が群がってくるのを、ぼーっと眺めていたっけな 釣り糸を垂らしながら、父と並んで、ただ静かに水面を見ていた そんな風景も、昭和ならではだろう 今ではもう存在しない「ゑびす園」 でも、俺の中では、あの釣り堀は今も静かに水をたたえている 鯉の引き、ラップのカレー、父の背中 全部が、俺の昭和の宝物だ