『怒り』の対象は何だ? | 徒然逍遥 ~電子版~

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こんにちは。行政書士もできる往年の映画ファンgonzalezです。
訪問ありがとうございます。


本作も近年の邦画界の例に倣ってか小説の映画化である。『悪人』の吉田修一の新聞小説だ。

実は連載当初はちょっと目を通したのだが、何となく面白くないように感じてすぐに頓挫した経験がある。


『怒り』 (‘16) 142分
梗概
八王子市内で発生したとある殺人事件。住宅に侵入した犯人は家人の妻を殺害後、帰宅した夫も殺害。被害者の血で壁に“怒”の血文字を残す。指名手配されるも逃亡期間は一年を越え、成形手術を施していることが判明。警察も公開捜査に打って出る。

その頃東京と千葉で全く無関係で繋がりの無い人々が、それぞれ前歴不詳の人物を「こいつ、殺人者かも」と疑義を抱く。一方、沖縄では一人の旅人の周辺でトラブルが発生。遂に彼が刺殺される事件に発展する。指名手配の殺人者は一体誰だったのか?


兎に角も俳優陣が役者揃いだ。
渡辺謙、宮崎あおい、松山ケンイチ、池脇千鶴らが千葉県グループ。
妻夫木聡、綾野剛、原日出子、高畑充希らが都内のグループ。
森山未來、広瀬すず、佐久本宝らが沖縄グループ。
ピエール瀧、三浦貴大らが刑事に扮し、三浦が東京と千葉の間を往来する。


謙さんが相変わらず渋い。冴えない風貌そのままに、宮崎演じる娘への接し方に困惑する父親になりきっている。一方の宮崎も神経症的な危うさを漂わせる幼女のような女性を演じる。凄いなあ、宮崎あおい。どんなキャラでもOKじゃないか。


驚くべきは妻夫木綾野のカップルだ。この二人の文字通り身体を張った芝居には強烈な役者根性を見た。


体当たり的演技と言へば、すずちゃんも偉いものだ。よくやったなあ。『海街diary』の頃よりも演技に磨きがかかっている。見直した。

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脇役も含め本当に芝居が出来るメンバーばかりで唸らされる。彼らがドラマ全体を底支えして物語に重厚感を与へている。


構成スタイルは『クラッシュ』(‘04)や『バベル』(‘06)を連想させる。同時多発的に進行する一見無関係な地域・人物群のドラマが撚り合わされて一筋に収斂されていく。


そして、その過程において一体どいつが犯人か?とのミステリ要素も倍加されて、物語のスリリングな展開に引き込まれれば140分の長尺もあっと言ふ間だ。精緻な脚本の出来栄えもさることながら編集も巧みに仕上がっている。


で、この作品、先ほど言及したがミステリ的ではあるが、犯人は誰だ。が主軸ではない。与えられる情報だけでは推理は困難。それは物語の結末として我々に提示されるのみだ。


では、ドラマを貫く本質的なテーマは何だろう。
この三つのグループ間における共通項はと言へば、様々な愛のかたち。そして、人間同士の信頼である。これらが前面に押し出され物語を彩る。


謙さんは宮崎と松山を。宮崎は松山を。池脇は宮崎を。
妻夫木は綾野を。
佐久本は森山を。すずちゃんは森山を。


それぞれ各自が家族愛、友愛、異性愛、同性愛の中で相手を信頼することにおいて蹉跌を経験する。

取り返しのつかないケースもあれば、恢復するケースもある。
大きな悔いが残る結末もあれば、一条の光明を見い出せる結末もあるし、困難が続くことが予想される結末もある。
我々は様々なトーンの余韻を感じることだろう。


さて、そんなことで登場人物の今後を想像すると、すずちゃんこそが最高度に人生を狂わされた被害者じゃないだろうか。本当に胸が悪くなる理不尽な暴力を浴びて。正視できず、マジ目を背けてしまった。
リアルさの追求も結構だ。それに悲惨な場面を加えれば、被害者への同情は増し加わり、加害者への憎悪は倍加する効果も期待できよう。だが、個人的にはそのような手法に少々辟易してもいる。


さて、自分は殺人犯の“怒”とは何に対するものか分からない。しかし生きている間は、確かにある種正当、そんなものがあればだが、いわば社会的正義に基づく“怒り”を押さえきれない場面に遭遇することは絶対不可避であろう。


本作における沖縄のすずちゃんの事例を黙考するといたたまれない。そしてどうにも解決の道を見いだせない現状に“怒り”を通り越して絶望感と脱力感を禁じ得ない。
沖縄のエピソードを通して、控えめながらも発せられた政治的メッセージをみんなはどう受け止めたんだろうか。この余韻は暗く重い。


本日も最後までお読み下さりありがとうございました。