非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -97ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

あなたがポジティブになろうとすれば、あなたはネガティブになる。

ポジティブとネガティブは同じ一つのものの表裏。

片方だけではどちらも成り立たない。

何かをうまくやろう(表)と思えば思うほど、あなたの体は緊張し震えだす(裏)。
つまり、うまくできなくなる。

あなたが片方に偏ろうとすると、あなたをその逆方向に引き戻す力が強く働きはじめる。

無理やりこれを続けていると、ストレスが増し、やがて体がおかしくなる。

これが表層で起こっていること。
目に見える海面の世界で起こっていること。

しかし、この両極性を理解できた時、人はさらに深い意識の層にダイブしていける。

そこには両極の波はない。
静まっていて、くつろいでいられる。

このくつろぎをもって、事に望むと、人生は気持ちよく流れはじめる。

■思考を超えた超意識につながりたい方は、二月の瞑想会にお越しください。
学校では学べない人生が豊かになる授業

他人の人生に関わる前に、何とかせなあかんのは、自分の人生やろ。

自分の人生がこんがらがったままなのに、どうして他人の人生に関われるというのか。

それは自分のことを棚上げにして、他人に対するときだけは、どこかで聞きかじった正論を放ち、しばし優越感に浸れるから。
自分が成長したように感じられ、それに酔えるから。
自分の人生がこんがらがっていることを忘れていられるから。

これが私を支配してきたエゴの巧妙なトリックでした。

昨年、それに気づけた時、私は愕然としました。

いったい自分は何をやり続けてきたのかと呆れました。

しかし、その瞬間、その理解とともにエゴが落ちました。
正気に戻れました。
自分を笑えました。

エゴの泥沼に沈みこんでいた私を光のもとに引っ張りだし、「どこにはまっていたのか、よく見てみろ」と、私の目を覚ましてくれたのは、導師でした。

そして、この導師の導きにより、自分の人生をなんとかせなあかんと思っていたそれもまたエゴであると気づけるようになりました。
本当の私が戻ってきました。

学校では学べない人生が豊かになる授業
今夜、大阪市北区のホロンさんで、お金についての講演をします。

ホロンさんの近くには、大阪天満宮があります。
私は10代の頃、この天満宮の近くで一年暮らしていました。
高校を中退して親元を離れ、天満宮の近くの新聞配達所で、住み込みで働いていました。

これが私の最初の仕事です。

新聞配達を一年やってみて感じたことは、こんなにキツイ仕事はないなということでした。

しかし、その一年があったおかげで、私はその5年後、阪急百貨店の宣伝部の部長に拾っていただき、コピーライターになることができました。

自分がかつて配達していた朝日新聞に掲載される広告を、今度は自分が書く側に変わっていました。

人生とは面白いものです。

また、ホロンさんの近くには造幣局があります。

桜の通り抜けで有名な桜の名所で、小学生の頃、祖父母に連れられ、夜桜を見に行った時の記憶が今も鮮明に残っています。

私たちの財布の中に入っている硬貨は、この造幣局で鋳造されています。

一応、そういうことになっているのですが、実はこの世に出回っているお金を生み出しているのは、造幣局ではなく、自分だという話を、今夜、私にとってゆかりの深い天満の地で披露したいと思います。

お金とは面白いものです。

ちょっと不思議で真面目なお金のつくり方
東京では1月26日に開催します。
「~しなければいけない」ことではなく、「~したい」ことをやればいい。
いまだにこの言葉を鵜呑みにしている人は、プロのコーチやセラピストの中でもまだまだ多い。

言語的には同じ「~したい」という表現になるが、「~がない」ことの虚しさを増幅させる欲望の「したい」と、自然の流れに合致した「したい」の二種類がある。

前者の「したい」は、努力をしてそれが手に入ったとしても、満ちたりなさ、欠乏感を増長させ、「もっともっと」という欲望の無限地獄に人を陥れる。

人を援助する仕事をするのであれば、マインドがどのようなメカニズムで欲望を生みだしているのかを理解し、二種類の「したい」を混同することなく、取り扱えるようになってもらいたいなと切に望む。

■これまで多くのプロコーチ、NLPトレーナーに受講いただいている「奇跡学校」第6期は、1月19日にスタートします。
奇跡学校
母親が幼い息子に、わがままについて説教していた。
「いいかい。私達がこの世にいるのは、人助けをするためなのよ」

幼いその子はしばし考えてから、真面目にこう言った。
「じゃあ、人助けされる人達は、何のためにここにいるの?」

■1月9日大阪開催、1月26日東京開催ちょっと不思議で真面目なお金のつくり方
この世界の真理を知りたい。
真理をつかみたい。

私はずーっとそう思っていた。

だから、つかめなかった。

エゴのトリックにまんまとはまっていた。

真理は在るもの。
真理だけが在るもの。

それは知るものではない。
つかむものではない。

つかめるとするなら、真理が私をつかむ。私を飲み込む。

真理だけが残る。
そこに私はいない。

もし、何かが残っているなら、それは真理ではないもの。
それが幻想。
エゴという幻想。

思考では真理に至れない。
言葉で真理は語れない。

真理は在る。
今ここの生に在る。

思考がそれを覆い隠している。
実在を見えなくさせている。

真理は追い求めるものではない。
考えるものではない。

追い求めれば、ますます思考が回り、真理が遠のく。隠れる。

在りのまま。

それが真理。
それが真の自由。

■覚醒ワークショップ「奇跡学校」第6期は、新年19日スタートです。
奇跡学校
月に行った人にしか、月のことはわからない。
月に行った人は、月のことを語れるが、それは所詮、言葉でしかない。
月をさす指にしか過ぎない。
それは月について語る言葉にしか過ぎず、月ではない。

月についての知識をどれだけかき集めたところで、それは知識にしか過ぎない。
月を指す指にしか過ぎない。
知恵にはならない。

知識は情報。
情報をどれだけ知っていても、それは情報にしか過ぎない。

月を知る者は、月を体験している。
月そのものを体験している。
それは言葉で伝え聞いた情報とは違う。
質の点で、知識と知恵は、まったくの別物。

知識があれば、持っている知識の量だけ、人は語れる。

しかし、知恵ある者は、あまり語らない。語れない。

言葉では語りきれないという、言葉の限界を知っているから。

言葉で語れるほど、この宇宙の神秘が陳腐でないことを知っているから。

生きることの喜びを体験したい方は、一月の「奇跡学校」にお越しください。
学校では学べない人生が豊かになる授業
お金がないから今は買えない。
お金がないから今はできない。

だから、我慢するしかない。

この「だから」が、くせもの。

それ以前に問題なのは「お金がないから何々できない」というこの文型。この因果。

この因果を疑いなく信じている人は、お金の奴隷になっている。

人が生み出したお金という道具に、人が遣われる、というおかしなことになっている。

何々を手に入れるためには、何々を体験するためには、お金は必ずしも必要ではない。
お金はそれを体験するための一つの手段に過ぎない。

だから、何々のための資金、お金をどうやって準備しようか?という質問ほど、閉鎖的な質問はない。

何々を体験するには、必ずしもお金は必要ない。

必要なのは○○。

この考えが板につくと、お金の巡りも、会社の経営も淀みなく回りだす。

お金の流れを変えたくなったら、「ちょっと不思議で真面目なお金のつくり方」にきてください。
東京の早期割引は、25日までです。
ちょっと不思議で真面目なお金のつくり方


最近、YAZAWAづいている。

永ちゃんのライブも盛り上がっていたようですが、今日、電器屋さんに、蛸足配線の分配器を買いにいって、裏をみたら「ヤザワコーポレーション」。

いま、大阪でやってる奇跡学校にも、ヤザワさんが参加してくださっている。

どうして、奇跡学校に参加したんですか?

と聞いたら、「ヤザワさんがやっていたから、内容もわからず申し込みました」の応え。

ヤザワにシビレまくり。



でも、蛸足の感電には気をつけよう。

学校では学べない人生が豊かになる授業


今日も、家の裏の玉川上水で、コサギ師匠としばらく過ごしていました。

私が散歩をしている時、師匠はいつもこの場所で待ってくれています。

師匠はいつも一羽で、エサをついばみながら待っています。

私が近づくとエサをついばむのをやめて、静止します。

「師匠は、私にロンリネスとアローンネスの違いを教えてくださっているんですか?」と私の思考が動きはじめると、師匠は素知らぬ顔をしてエサをついばみはじめます。


私が純粋意識につながって静まっていると、師匠も止まります。


師匠は、小鳥のさえずりが聞こえる時も静止して、その音にじっと耳を傾けています。

「つまらぬ言葉遊びなどやめて、おまえも私と一緒に黙って、今ここを楽しんでいろ」と、その姿で私を導いてくれます。


コサギ師匠は、私にとっての禅僧です。

■覚醒ワークショップ「奇跡学校」の早期割引は今日までです。

学校では学べない人生が豊かになる授業