非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -55ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

努力の末に得た平和なら、それは「平和」ではない。
努力の末に得た幸福なら、それは「幸福」ではない。
努力の末に得た愛なら、それは「愛」ではない。
人が、平和、幸福、愛を求めるのは、本当の自己を見落としているから。


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昔、科学の世界では、物質が存在していると考えられていた。
しかし、量子物理学の検証により、客観的に存在している物質というものは存在しえないことが明らかになった。

たとえば、今、目の前に椅子が見えているなら、椅子という物質があって、その物質を私が見ることにより視覚化されているのではないことが明らかになった。
見られていない椅子。
つまり、客観的に存在している椅子など、どこにも存在していないのだ。

私たちが確かに存在していると思い込んでいる月も、地球も、スカイツリーも、iPhoneも、一万円札も、肉体も、実際には存在していない。

これらが、物質として存在していると思い込んでいるなら、それは思考が作りだした分離の幻想を信じていることになる。

では、何が確かに存在しているのか?
その答えを明らかにしようと、科学者たちは検証を重ねているが、それが見つかる日は永遠にやってこない。

なぜなら、存在しているのは、見つけられるような「物」ではないからだ。
見つけようとすれば、それは隠れる。

しかし、見つけることをやめれば、全てが「それ」であることがわかる。
それしかなかったことがわかるようになる。

お知らせ
物質や肉体が存在しているという幻想が消えると、あらゆるものが愛の表現であることがわかるようになります。
非二元の個人セッションは、こちらから

ここ数日、早朝からガス管の工事がはじまり、ガタガタと道路を掘りおこす音で目が覚め、寝不足の日が続いている。

「ガタガタ」というけたたましい音は外で発生していて、それによって、私は悩まされている。


外部の出来事は、私に対して起こっている。
なんの疑いもなく、そう思っていた頃は、問題が尽きなかった。


毎日、私に対して、予期せぬことが起こり続けるのだから。


しかし、非二元(ノンデュアリティ)のメッセージを聞いてから、


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「引き寄せの法則」を信じていた頃は、こちら側に自分がいて、あちら側に引き寄せたい物や人が存在していると思い込んでいた。

あちら側にある(と思われている)何かを引き寄せようとするほど、自分と自分以外の物や人が別々に存在しているという分離感が強まり、不安や不足がなくなるどころか、逆に状況は混乱しはじめた。

やっていることの何がおかしくてこうなってしまうのか、初めはよくわからず、量子物理学の本などを読みはじめたのだが、なんの救いにもならなかった。

ところが、ある日、覚者の本を読んでいると、私が実践してきたことをすべて見通してきたかのように熟知し、私が知りたかったことを教えてくれるメッセージに出会えた。

一言でいうなら、「分離」した感覚がなくならない限り、人生から不安や不足は消えない、というメッセージだった。

そもそも分離の感覚がどのようにして生み出され、それがどのようなプロセスを経て、苦しみになっていくのか。
そのメカニズムがわかるようになってから、私の苦しみはなくなっていった。

そして、日々、出会う、あらゆるものの見方が変わり、すべてが分離のない愛であることがわかるようになった。

お知らせ
宇宙の法則2016バージョン「歓迎の法則 」の先行割引は、今日5日(金)までです。

人が書いたブログを読んでいると、自然に読めてしまう文章と、10文字くらい読んでスルーしてしまう文章の2種類に分かれる。
 
それ以外にも、「こんなことを書き続けていたら、お客さんが増えるどころか、寄り付かなくなるだろう」と思えることを書いている人もいる。
でも、書いている本人はその逆効果に気づいていない。
 
こんなことを語っている私だって、10文字でスルーされる文章やドン引きされるような文章を書いてしまう時がある。
 
なぜ、そうなるかというと、ブログに文章を投稿するのに、出稿料がかからないからだ。
 
コピーライターをやっていたときは、クライアントがそれこそ何百万、何千万の媒体費をかけて広告を出稿していたので、最後まで読まれない文章を書くわけにはいかなかった。
私が書く広告文の出来次第で、莫大な媒体費が無駄になってしまうからだ。
 
ブログに文章を書く時には、そのプレッシャーはまったくなく、それゆえ、読まれないような文章をつい投稿してしまう時もある。
 
でも、せっかく文章を書くなら、媒体費が無料であれ、有料であれ、人に最後まで読んでもらえて、読んでくれた人になんらかのメッセージを残せる文章を書きたいものだと今でも思っている。
それが文章を書くことの意味だから。
 
お知らせ
お客さんを増やせるようになる文章をブログやfacebookで発信していきたい方は、こちらの文章講座がオススメです。

「私たちは一人の個人じゃない。みんな繋がっていて、あるのは愛だけ」
そんな非二元的な言葉を聞いて、それを強く信じ込もうとしているなら、それは信念の強化=「信仰」であり、非二元(ノンデュアリティ)の確認ではない。

非二元の気づきは、誰もが直接的に確認できるものであり、


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今日、心斎橋から新大阪に向かう地下鉄の中で、物凄いシンクロが起きた。

心斎橋で昼食を食べ終えた時、新幹線の発車時刻まで1時間ほどあったので、ひとまず地下鉄に乗り、車内で新幹線の予約を取り直していた。
すると、何駅目かの駅で、私が座っていた席のすぐ横のドアから、なんと東京に住んでいる従兄弟が乗車してきた。

「なんでこんなところで」と驚きあい、これからどこに行くのかを聞いたら、従兄弟はこれから東京に戻るために伊丹空港に向かうところだった。
私も東京に戻るために新大阪に向かっていたところなので、乗車の目的まで同じで驚いた。

それにしても、東京在住者の従兄弟同士が、大阪の御堂筋線の同じ列車の同じ車両の同じドア付近で同時刻に出くわす可能性は確率的に言ってどれくらいなんだろう?
神がかっているとしか思えなくなってきた。

お知らせ
非二元に目覚めると、意図しなくても、人生が面白く展開しはじめます。
今日は、大阪在住のクライアントさんと4年ぶりに対面の個人セッションをやった。

前回のセッションでは、私自身、ディマティーニ・メソッドのファシリテーターであり、私と他者が別々に存在しているという二元性の概念に閉じ込められ、クライアントさんを解放できなかった。

しかし、今回のセッションでは、クライアントさんから、この4年の間に私が奇跡講座などを経て、どのように二元性がないことを悟れるようになったかを聞いてもらえて、目の前にあったコーヒーカップを使いながら、コーヒーカップとともに肉体も存在しないことをその場で確認してもらえた。

自分も肉体も存在していなければ、不安の生まれようがない。
その革新さを伝えられるようになったのも、非二元の気づき以外には何も存在していないからだ。

お知らせ
非二元の個人セッションの詳細、お申し込みはこちらから
夏になると、怖い話を聞きたくなる。
昨夜は、アメリカのカルト教団の実態を暴いたドキュメンタリー番組を観て、怪談を聞く以上に肝を冷やした。

中でも一番怖かったのは、誰もが知っている超大物ハリウッドスターがこの教団の広告塔であったことで、「えー、そうだったの?これが事実なら、映画の脚本より怖すぎて、これこそアカデミー賞もんやわ」と話に引き込まれてしまった。

そして、今日、モスバーガーで高校生の息子にこの話をしたら、周りの人まで私の話に耳を傾けはじめ、知ってはいけないことを知ってしまったという顔になっていった。

暑さとともに、私の稲川淳二度は上がりつつある。

お知らせ
夏休み中に、怖いほど勉強の成果をあげたい方は、こちらの講座がオススメです。
開店以来、あまりお客さんが入らないレストランがうちの近所にある。

お客さんが入らない日は、店先に人が立って、道行く人に声をかけている。
さらに、最近は店先に黒板を立ててチョーク書きで料理のうまさをアピールするようになった。

でも、その言葉は見事にスベっている。
ちっとも料理のおいしさが伝わってこない。

だから、黒板を立てるようになっても、お客さんが増えない。

スベる言葉は、誰の心にも引っかからない、チョークで書いたただの落書き。
お客さんが入らない店は、スペッていることに気付けていない。
スベっているのにスベっている自覚がないので、いつまでもスベりつづける。

逆にスベったことに気づければ、手立ての打ちようがある。

これを私に教えてくれたのは、プロの落語家。
噺家であろうと、商売人であろうと、要はスベりつづけたのでは、仕事にならない。

お知らせ
スベらない文章を書けるようになると、売上を伸ばせるようになります。
元コピーライターの私が講師になってからも、どんなふうに文章を書いて、継続的にお客さんを増やしているのかを知りたい方は、10月に開催する文章講座 にご参加ください。