1960年に生まれて… -2ページ目

スターウォーズEP3見ました!

 今日が封切りのスターウォーズ エピソードⅢを息子といっしょに見に行ってきた。

 一応、今回で物語としては完結するそうだが、アナキンがダースベイダーになっていく過程が描かれていた。予想できたとはいえ、悪と戦ってきたジェダイの騎士のアナキンが、悪の権化に取り憑かれそのものに自身になっていくのが愛すべきバドメを死から救いたかったからという、なんとも悲しくせつないストーリー展開だ。

 でも最後のオビ=ワン・ケノービとアナキン(ダースベイダー)との一騎打ちの戦いは迫力があった。

元師匠と弟子が戦うとは皮肉だが、これも物語の展開だ。


 初回作(エピソードⅣ?)が27年前に公開だというから、僕が18歳の頃に最初に見たことになる。よくもこれだけ続いたものだ。当時、先端的、未来的な映像に感動し、迫力に圧倒されたのを覚えている。

変わらないオープニングテーマ曲を聴くと非常に懐かしさを感じた。


 物語上は時代を遡っているのだが、この27年間のうちに、デジタル画像技術は日進月歩で進んでいて、画像も初回作品より、数段迫力がありきれいだ。


 2時間半を超える上映時間だったが、エピソード1の時は途中で眠ってしまった息子も今回は目を懲らし背筋を伸ばして真剣に見ていた。


 エピソード4~6のDVDも出ているみたいなので、全作品が出そろった今回は、1~6を通して見てみたいものだ。(ジョージ・ルーカスはエピソード7からはテレビで実写版とアニメ版で作ってみたいと言っているようだが… そうなればまだまだ楽しみは続きそうだ)


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スター・ウォーズ トリロジー DVD-BOX
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スター・ウォーズ エピソードI ファントム・メナス
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スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃

禁煙セラピー

 喫煙生活25年目にして、タバコを止めることにした

 きっかけは、関西の毎日放送で土曜日午前に生放送している「せやねん!」という生活情報番組で、タイトルの「禁煙セラピー」の本が紹介されていて、司会者のタレントも今、禁煙に挑戦しているということからだ。(関西お笑いタレントが軒並み禁煙に成功しているらしい)

 その本を読むだけで止められるという。うそだろう!

 しかし、その日のうちに本屋で買ってしまった。店員さんの「それ、テレビで宣伝されていたそうですね!がんばってください」いうエールまでいただいた。

 そうこうして、日曜日から禁煙をはじめて今日で4日が経過した。

 ときどき、今も喉がかわいたような感覚を覚えることはあるが、3日目からは舌の味覚が戻ってきたのか、食べ物がおいしく感じられる

 ニコチンは2日間ぐらいで体外へ放出されるそうだ。

 本ではタバコの麻薬としても禁断症状よりも精神的な洗脳からいかに抜け出すかを強調する。

 タバコをなぜ止めるのかよtりもなぜ吸う必要があるのかを問う。何の利点もないことを強調する。

あえて発想の転換をすれば簡単に止められるという。

 私には未だにピンとこない点もあるが、今はまだ止められている。

 興味のある人は、一度本を読んできてはどうか。関西ではテレビで紹介されたのでなかなか残っていないかもしれないが、一度挑戦してみてはどうだろう。(945円で300万円が節約できるらしい)

アレン カー, Allen Carr, 阪本 章子
禁煙セラピー―読むだけで絶対やめられる

ホタル

鳥取市の中心市街から10分ほどのところにある「おうちだに」公園(漢字がむずかしくて書けません)で、今、ヒメボタルが発光のシーズンを迎えているという。平成13年生息が確認されたという。


 ヒメボタルは通常、山奥の森林に生息しあまり、街中で見られるのはめずらしいとのこと。


 僕が子どもの頃は、このブログでも書いているように、相当な田舎に住んでいたので、家の近くの川では、  今頃の時期には、ゲンジボタル(たぶんそうだと思う)が、それこそ、数千匹が闇夜を乱舞していた。思い出すと、周りに外灯もあまりないので、(田舎だから)本当に幻想的な雰囲気だった。


 ホタルが舞っているところを箒でかき回すと、何匹かは箒の先に絡まって捕まえられた。


 今は、そんな光景もあまりみられなくなった。子どもにホタルと言っても、見たことがないという

 かなしい。


 是非、なにかの機会に見させてやりたいものだ。

里山で「ツリーハウス」づくり

 里山で大人と子どもたちがツリーハウスづくりに取り組んでいると聞いて、1日体験活動をしてきた。


 取り組んでいるのは、滋賀県北部の近江町にあるNPO法人「やまんばの会」のメンバーとその中の「モッコクラブ」の子どもたちだ。


 「やまんばの会」は地元の民有林を借りて、里山保全と環境学習に5年ほど前から精力的に取り組んでいるグループだ。


写真はやまんばの会の拠点のログハウス


やまんばの会の基地のログハウス

 

その活動の一環で、今年2月に子どもたちの環境学習グループ「モッコクラブ」が誕生した。子どもたちは一般募集で県内あちこちから集まってきている。毎月第4日曜日に活動している。


 モッコクラブの活動内容は子どもたちが自ら考えている。自分たちがやりたいことをやるのだ。

 そこで出てきた計画が「ツリーハウス」づくりだ。


 今回は5回目の活動日で、「やまんばの会」のメンバーのアドバイスを受けながら、前回までの活動で里山から切り出した丸太を立て、横木を打ち付け、自立させる作業だった。


 さすがに高所での作業は大人たちが主に行ったが、決して会の大人たちは、子どもをお客さんにさせない


 丸太を立てる際に、垂直かどうかを糸でつるした分銅で測ることや、立柱に横木を打ち付ける際には、ホースにヤカンで水を入れ水平を測ることを子どもたち自らに体験させ、丸太を適当な長さに測ってノコギリで切る作業も子どもたちに身体で覚えさせる


 作業途中で飽きて遊ぶ子もいるが、一生懸命取り組む仲間を見てまた戻ってくる。

 大人も決してその子をすぐに怒ったりしない。子どものリズムを見ながら声をかけ、仲間の輪の中に引き込んで行く。


 作業は午前9時過ぎから昼食を挟んで午後3時まで続いた。


 昼食時には、バーベキュー用の炭の上で、竹に巻きつけて炙って焼いたパンをごちそうになった。

 まるでちくわのようなパンだが、野趣満点で、焦げ目はカリッと芳ばしく、モチモチしてうまかった。(ごちそうさまでした。)


焼きたてやまんば自家製パン


 結局、今日はみんなでがんばって、4本の丸太の立柱に2段の横木をボルトで取り付け、自立させることができた


ツリーハウス建設風景


 来月の活動日は、いよいよ床板を張る作業が待っている。ツリーハウスも形になってくる。

 子どもたちはみんな次回の作業を楽しみにして、山から降りて帰って行った。


 やまんばの会のみなさん、ありがとう!楽しい有意義な体験ができました。


 「やまんばの会」のHPは以下のとおりです。 (モッコクラブの活動も載っています)

 きれいな里山の写真があります。


  http://www.eonet.ne.jp/~yamanbanokai/








ブータンという国

 最近、産経新聞の夕刊に「ブータン紀行」という記事が連載されている。(6月20日(月)から)

写真も毎回掲載されいるが、なぜか懐かしい感じがして、気になって毎回読むようにしている。

 「ブータン王国」は中国とインドの間に挟まれた地域に位置し(ネパールの隣)、面積は九州とほぼ同じで、人口は60~70万人の小国だ。

 30年間まで鎖国のような状態で、他国の文化の影響を受けず、国民は敬虔なチベット仏教徒で、多くは日本の農村の原風景のような農村社会で自給自足に近い生活を送っている。

 国民所得は日本の50分の1、電気の普及率は3割、水道も7割に満たない。しかし、街中で物乞いをする人はなく、強盗やひったくりなどの犯罪もないそうだ。国民の表情はおだやかである。顔立ちも日本人に似ていて、(というよりそっくりだ!)


 生活スタイルは何十年か前の日本を思い起こさせる。

 僕も小さい頃は田舎で茅葺き屋根の家に住んでいて、水道がなくて裏山から流れる渓水を溜めて飲み、その水を汲んで薪で風呂を沸かすのが小学生の頃の手伝いだった。両親は田んぼや畑を耕していた。庭にはニワトリを飼っていて毎朝鶏舎まで卵を取りに行くのが楽しみだった。(すでに僕の年代ではめずらしい生活経験かもしれない)

昭和40年代前半まではまだ日本でもブータンのような風景はよく見られた。


 日本人の方がはるかにブータンの人より生活水準も高く快適な生活を送っているのにいつも追われた生活をしている。ブータンの人々は毎日をあくせくしないでマイペースで過ごしている。

 

 この国ではGNP(国民総生産)ではなく、「GDH」(国民総幸福量)という考えを世界に向け発信しているそうだ。つまり物質的な幸せではなく精神的な幸せを目指しているという。Hの意味はHappineseだ。


 日本では、「お金」が何事につけても価値判断の基準になり、それがなくては生活ができないが、この国では「幸福量」が基準なのだ。


 しかし、最近はブータンにも「文明開化」、「近代化」、「IT化・情報化」が1度に訪れているようで、国民の生活も変わりつつあるようだ。家族での食事時、子どもたちが日本製のテレビを食い入るように見ている写真が載っていた。首都の中心部ではマンションの建設も進んでいるという。

 日本が歩んできた道をタイムマシンに乗ってもう一度たどっているかのような感じを受ける。

 

 一度進み始めた近代化は元にはもどらない。もどれない。しかし、今の日本の悪いところは真似てほしくない気がする。物質的豊かさは必ずしも精神的豊かさにはつながらないのだから…。

 

 

著者: 『地球の歩き方』編集室
タイトル: ブータン〈2001‐2002年版〉
著者: 田中 維佳
タイトル: ずっとアジアを旅していたい―神秘の国チベット・ブータン

サッカー熱とゴールデンエイジ

 去る6月8日、サッカードイツW杯最終予選で、日本代表が北朝鮮代表に勝ち、W杯出場を決めた。

その後すぐに参戦しているコンフェデレーション杯1次リーグで、日本は昨年欧州選手権優勝のギリシャに1ー0で勝った。今から次の世界の王者ブラジルとの戦いが楽しみだ。


 テレビの前でワクワクし、大黒選手のシュートに歓喜しているのは、大人だけでなく将来のサッカー選手を夢見ている子どもたちもいっしょだ。いやそれ以上かもしれない。


 我が息子も5年生にしては体は小さいが、小学校2年生から地元のスポーツ少年団でサッカーをしている。 土、日曜日に対外試合があるときには、私も観戦に行く。

 体の大きな相手に跳ね返されてもすぐ追いかけていく我が子を見ていると、何か胸が熱くなるものがある。応援にもつい熱が入り、いつの間にか声を張り上げている自分がいる。学校の勉強も同じくらい熱心に取り組んでくれればよいのだが…


 ところで、息子のサッカー部の監督(元々、Jリーグチームの前身の実業団でプレーされていたという知る人ぞ知る方で、今はボランティアで指導していただいている)が、よくことあるごとに親たちに言われるのが、

子どもたちは「ゴールデンエイジ」の時期に、しっかりと基礎練習を積んでおくことが大切だということだ。

 「ゴールデンエイジ」って何なのか。ちょっと調べてきた。


 もともと運動技術の習得は新たな神経回路の形成であり、脳・神経系の可塑性(やわらかい性質)が高い方が有利。

「ゴールデンエイジ」とは、9~12歳ぐらいの時期で、神経系の発達がほぼ完成に近づき、形成的にもやや安定した時期であり、動きの巧みさを身につけるのにもっとも適している。

 この時期は一生に一度だけ訪れる、あらゆる物事を短時間で覚えることのできる「即座の習得」を備えた時期。つまり、動きを頭で理解してから体に伝えるのではなく、見たまま感じたままのイメージに従って体全体で技術を吸収していく特別な時期である。


 これは運動だけでなく、音楽や芸術なども同じかもしれない。やはり「鉄は熱い時期に打て!」である。

 自分のことを考えてみれば、子どもの時期に自転車が乗れるようになれば、その後何年間乗っていなくても乗れてしまう。その時期に身につけたことは大人になっても体が覚えている。(変に自分で納得してしまう)

 この時期に多くの技術を学ばせることが、将来大きくのびるための大切なポイントとなるそうだ。


 今、Jリーグや日本代表で活躍しているサッカー選手も小さい頃からやっているが、女子プロゴルフの「藍ちゃん」や「さくらちゃん」だって、小さな頃からお父さんにゴルフを習っている。


 息子に聞いてみた。「将来何になりたい?」  「サッカー選手!」

 彼の部屋には中田、稲本、中村選手のポスターが所狭しと張ってあり、この前は代表選手の下敷きをせがまれインターネットで買わされてしまった。 まあがんばってくれ!

パラサイト・シングル ~白馬の王子様はどこに?~

 土曜日、「パラサイト・シングル」の名付け親と言われる東京学芸大学教育学部教授 山田昌弘氏の講演を聞きに行った。


 「パラサイト・シングル」とは、 寄生している未婚者」。

 つまり、親の生活圏からなかなか自立できない独身の若者たちで、親と同居し、衣・食・住に何ら不自由しないのをいいことに、自ら稼いだ金は、レジャーやブランド商品など、娯楽、趣味に費やす生活を送る。そんな男女が、国内で今や約1,000万人に達しているということだ。


 講演は、「希望格差社会をどう生きる!」というテーマで男女共同参画社会の推進について語られたが、

 山田氏の話は、地下鉄漫才の春日三球・照代の三球さんを思わせるような軽妙な語り口で、なかなかおもしろかった。


 特に印象に残ったのが、パラサイト・シングルが不良債権化しているということだ。


 かつての高度経済成長期から、オイルショック以降の低成長期を経て、日本は、今までの終身雇用、年功序列の社会の枠組みが崩れてきており、男性の収入が伸び悩み、夫一人では家族が養っていけなくなり、妻もパートや仕事を辞めず働くようになり、専業主婦が少なくなった。


 女性も積極的に社会進出するようになったのはよいことなのだが、独身男性の収入が伸び悩んでいる中で、独身女性のなかには、まだまだ、3高「高学歴、高収入、高身長(ハンサム)」の夫と暮らす専業主婦の夢を追い求め、男の収入が高くなるまで結婚を待つ人がいるということだ。(パラサイト・シングル化)


 待ち時間が長くなってきて、ますます晩婚化が進んでいく。

 しかし、そのうち自らも「高年齢」になって婚期を逃がしてしまう。

 そんな女性が増えている。(同時に結婚してもらえない男性も増えている)


 30歳そこそこの男性に、庭付き一戸建てを求めるのはムリな話だ。そんな男性に巡りあえるのは

 「宝くじ」に当たるのに等しいのではないか。


 ショッキングなのは、国のあるエリート官僚の男性が婚約して、妻となる女性に「新居は官舎にしよう」と言って、一緒に下見に行った後、婚約解消されたというエピソードも現実にあるということだ。


 25から34歳の男性未婚者(東京)の年収は、400万円以下が7割強なのに、同じ年齢層の女性未婚者の男性への年収期待額は4割近くが600万円以上、400万円以上では6割強となり、、全く逆転現象が生じているというデータも紹介された。


 同氏は、このままでは、日本はますます晩婚化非婚化少子化が進み、衰退していく。

 日本も北欧、英米のように、男女が共に稼いで、豊かな生活を維持していかなければならない。


 そのためには、女性がきちんと評価される社会システムにならなければならないし、男性も固定的な役割分担意識をなくして変わる必要があるが、女性自身も意識改革の必要あると言う。


 最近、20代男性では結婚後も共働きを望み、専業主婦を望む男性は激減しているそうだ。

 しかし、同世代の女性には結婚相手と見なされなくなりつつあるようだ。


 女性のみなさん、男を育てる視点をもってください!



 

著者: 山田 昌弘
タイトル: パラサイト・シングルの時代

ガーデニング

5年前にマイホームを買ってから(と言ってもほとんどローンだが)、猫の額のような庭があまりにも殺風景なので、ガーデニングらしきものをはじめた。

最初は、ペチュニアなど水さえやれば手間のかからない花ばかり栽培していたが、最近は、プチトマトや青じその栽培もはじめた。

みんなプランター栽培でちまちまやってる程度だが、これが、鑑賞でき食べられての一石二鳥で、結構楽しい。

青じそ は、テレビの「あるある大辞典」で健康によいと言っていたので、ホームセンターで一ポット苗60円ほどで売っているのを見つけ、つい買ってしまったが、成長が早くて、葉っぱが出るわ、出るわ。毎日数枚づつ採って食べても、全然減らない。健康にもよいし十分苗代の元は取れるので、おすすめだ。

今年はまた、ロシアのバイオ技術で開発されたというパプリカの栽培にも挑戦している。もう実らしきものが出てきている。今後の収穫が楽しみだ。

僕の子どもの頃は、家の回りで家庭菜園をやっていて、母親がいろいろな野菜を栽培していた。

今頃なら、タマネギ、もう少しすれば、夏野菜のきゅうり、トマト、ナスなどが採れ、当時野菜は買って食べたことがなかった。形もいろいろなものが採れたが、味はどれもおいしかった。

なにか、季節を肌で感じられた。

収穫の手伝いをしたときの土のにおいが何ともいえず、こころが癒される感じがした。

もう少し土地があれば家庭菜園をやってみたいと、プランターに水やりをしていながら思うこの頃だ。


著者: NoData
タイトル: もっと野菜を食べなくっちゃ


今の子どもの自然体験度!

ある県のホームページの記事をなんとなく見ていて、 「えっ!」 と驚いた。


東京の某大学のアンケート結果(平成16年6月調査)だ。


関東~東北、1都9県の小5~中2 3,288名を対象に、自然体験の状況を聞いている。


「日の出や日の入りを見たこと」 1回もない → 50.7% 


うそだろう! 都会の子どもだって、おとうさんやおかあさんに連れられて海や山へ行って見たことがあるだろう。


僕が子どもの頃は、(確かに田舎で育ったが)毎日、学校から帰ったらすぐに近くの稲刈りの終わった田んぼや空き地で、夕日が沈むのを見ながら回りが暗くなるまで、友達とキャッチボールをしていた思い出がある。


東京のど真ん中に住んでいる子どもならわからないでもないが、東北地方の子どももアンケートに答えているのに、半分も見たことがないなんて!


他にも驚くべき結果が出ている。


「海や川で魚釣りをしたこと」 1回もない → 47.4%


「自分の身長よりも高い木に登ったこと」 1回もない → 41.5%


「赤ちゃんをだっこしたこと」 1回もない → 34.5%


「お年寄りと話をしたりお世話をしたこと」 1回もない → 27.6%


僕たちがふつうに体験してきたことが、できていない子どもたちが多いことに驚かされる。


夕方は塾で勉強していて外なんか見ていないのかなあ。


確かに少子化で弟や妹がいなかったり、核家族化であじいさんやおばあさんが近くにいないのは、なんとなくわかる気がする。


しかし、あまりにも自然や人との体験が少なすぎる。このまま大人になっていくのか。(そんなことはないと思いたい)


自分の子どもはこんなことはないと思うのだが、もっと外へ連れて行ってやらなければとつくづく思う。




はじめまして

 私は1960年生まれのサラリーマン。


 上の世代は団塊の世代と言わていて、下の世代は新人類(ある時期言われたが…今は死語?)。

その間の世代の私たちは何と呼ばれるのか。


 しかし、小さい頃は日本の高度経済成長期で、毎年、家にはテレビ、冷蔵庫、電子レンジ等々家電製品が増えていった。


 東京オリンピックはあまり記憶にないけれど、万博は覚えている。力道山ははっきり覚えていないが、ジャイアント馬場アントニオ猪木のタッグは覚えている。家族がテレビにかじり付いて見ていた。


自分の回りがきらきら輝いていた。

 当時の子どもにはゲーム機とか携帯電話もなかったが、結構みんなで考えて楽しく遊んでいたように思う。


 今の時代、大人も子どももそれぞれ忙しくなって、互いに疎遠になっているように感じる。

 現在、私も子どもをもつ身になって、自分の子どもの頃と比較して考えてみたくなったので、ブログで、日々感じたことを綴ってみます。


 何か、かたいイメージになったなあ。子ども頃の印象に残るアニメ、テレビ番組、遊び等、当時なぜ夢中になったのか、今何が足りないのか考えたいと思います。


 私と同い年の人!幼い頃の印象に残る楽しい思い出などお寄せください。