非二元に目を向ける人にとっての、セラピーにおける大きな自我の罠の瞬間 | 広島 生きづらさからの自由 わたしからの自由 ゼロøセラピー&青空禅|伊東充隆医師講座広島主催

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「シンプルな幸せ」は、誰にでもいつでも、開かれています。
それを実感するには、複雑になった自分を見きり、ゆだねることです。「今までと全く違った視点から」そのプロセスを歩んで行くことをサポートします。

●非二元に目を向ける人にとっての、セラピーにおける大きな自我の罠の瞬間

ブログにお越し下さり、ありがとうございます。坂本範子です。



思考や感情に関してのセラピーを、数多くやってきました。

それは、古い自分と、それにまつわる制限を発見することであり

それが見つかった時、

今までの制限が多ければ多いほど

大きな開放感を味わいます。

まるで人間が変わってしまったように感じるほどの自由。

「わたしは、●●ということから完全に自由になった」と感じます。


わたしも沢山、救われてきた経験があります。



ただ、ここから先が、今日のお話の要点です。



その、自由になった「わたし」が、いる。

その無意識の大前提に対してどんな態度でいるかで

その現象へのポイントが変わります。



通常のセラピーだと、「わたし」がいることが大前提です。

「わたしが自由になったのだ」を味わい、喜び、

満喫して良いと思います。

ただ、その「わたし」や「わたし」にまつわる様々な現象は

とめどなく変化します。諸行無常です。

基本的な心理的コンディションは変化していくでしょうが

際限なく現れてくる「わたし」にまつわる事柄に対して

対処してかなければならないでしょう。

とはいえ、楽に生きる、生きやすくなる、という目的なので在れば

セラピーは十二分に、人生をサポートしてくれるでしょう。



「わたし」がいないということが前提の非二元においても

今まで抱えてきた自我の制限に気づく事は、とても役立つことです。

無意識に抱えてきた自我の罠からの自由だからです。



ただ、



セラピーで何かの開放が起こったとしても

「●●から自由になった」という事に焦点を合わせすぎていると

制限から自由になったことによって

せっかく現れた「無」のスペースを取り逃してしまいます。

いままで様々な制限で覆い隠され、

実感できないままになっていた「無」のスペースが開いたのです。

そこが、非二元に目を向ける人にとっての

大きな自我の罠の瞬間です。



たった今気づき、解放された、

その、「●●からの自由」に夢中になりすぎないように

力を抜いて

「無」に

圧倒的に開き、そこに在ること。



実は、セラピーであろうと、なかろうと

自由や開放・・・どんな言葉でもよいですが

それらと共にやってくる

言葉になりづらい、えも言われぬ

満たされた、安心な感覚の、源は

その「無」のスペースが開いたことそのもの、です。




その瞬間に、どこに目をむけるか・・・

それが、「本当のわたし」とは何なのか?に開いていく

鍵になりうると想っています。





最後までお読みくださり、ありがとうございました。

坂本範子


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