ブログにお越し下さり、ありがとうございます。坂本範子です。
思考や感情に関してのセラピーを、数多くやってきました。
それは、古い自分と、それにまつわる制限を発見することであり
それが見つかった時、
今までの制限が多ければ多いほど
大きな開放感を味わいます。
まるで人間が変わってしまったように感じるほどの自由。
「わたしは、●●ということから完全に自由になった」と感じます。
わたしも沢山、救われてきた経験があります。
ただ、ここから先が、今日のお話の要点です。
その、自由になった「わたし」が、いる。
その無意識の大前提に対してどんな態度でいるかで
その現象へのポイントが変わります。
通常のセラピーだと、「わたし」がいることが大前提です。
「わたしが自由になったのだ」を味わい、喜び、
満喫して良いと思います。
ただ、その「わたし」や「わたし」にまつわる様々な現象は
とめどなく変化します。諸行無常です。
基本的な心理的コンディションは変化していくでしょうが
際限なく現れてくる「わたし」にまつわる事柄に対して
対処してかなければならないでしょう。
とはいえ、楽に生きる、生きやすくなる、という目的なので在れば
セラピーは十二分に、人生をサポートしてくれるでしょう。
「わたし」がいないということが前提の非二元においても
今まで抱えてきた自我の制限に気づく事は、とても役立つことです。
無意識に抱えてきた自我の罠からの自由だからです。
ただ、
セラピーで何かの開放が起こったとしても
「●●から自由になった」という事に焦点を合わせすぎていると
制限から自由になったことによって
せっかく現れた「無」のスペースを取り逃してしまいます。
いままで様々な制限で覆い隠され、
実感できないままになっていた「無」のスペースが開いたのです。
そこが、非二元に目を向ける人にとっての
大きな自我の罠の瞬間です。
たった今気づき、解放された、
その、「●●からの自由」に夢中になりすぎないように
力を抜いて
「無」に
圧倒的に開き、そこに在ること。
実は、セラピーであろうと、なかろうと
自由や開放・・・どんな言葉でもよいですが
それらと共にやってくる
言葉になりづらい、えも言われぬ
満たされた、安心な感覚の、源は
その「無」のスペースが開いたことそのもの、です。
その瞬間に、どこに目をむけるか・・・
それが、「本当のわたし」とは何なのか?に開いていく
鍵になりうると想っています。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
坂本範子




