ふるさと干溝

ふるさと干溝

路傍の風景、四季の風。豪雪の里から路傍の草花や雪の里山など、四季折々の風景を綴ります。ブログの説明を入力します。

 

2026年3月17日(火)晴れ

 

  東京方面では開花予報がもう間近になって来ましたが私どもの魚沼地方はまだまだずいぶん先の話です。

 

 最近話題になっている「雪桜」なる一面の雪の中で花咲くオオヤマザクラ、でさえもまだひと月も先のことです。

「雪桜」は一面の雪原に桜の花を咲かせます

 

 

 

 しかし、山の向こうに花の便りが聞かれれば、私どもの所でも負けていられません、ソメイヨシノが無理ならまずマンサクで、ということで近くの里の山にT廣さんとマンサクの花見に出かけて来ました

 

 当地の積雪はようやく1mを切って来ましたが、山の上にはまだまだかなりの積雪がありますので、カンじキ持参の花見です。朝のうちはまだ雪はしみて硬くなっていましたので,とりあえずカンジキとスコップはリュックに括り付けて出発です。

 

 場所は先日からしばしばやって来ている一本杉です。奥レク都市公園「響きの森公園」の里山エリアからです。雪がちょうど良い塩梅に締まっていまして歩き易かったです。

 

 ブナ林の中では寿命の尽きた老木が倒れていました。私どもが子供のころには盛りであったブナの木も、年輪を重ね、猿の腰掛などが生えてきて、間もなくその命を終えようとしている木も多くなりました。

 寿命が尽きて取れたブナの古木

 

ブナ林を過ぎて、今日の目的のマンサクの咲き具合を確認しながら歩きましたが、やや早すぎたかな、という感じで満開の枝はほとんどありません。しかし「花より団子」と言いますから。

 

 飲み物は準備して来ましたし、おつまみも十分。その上天気が良ければもう言うことなしですね。

 

先日登った時には雲海状だった集落は今朝はすっかり霧が晴れていました、

向かいの大力山と八海山

 

 

 一本杉の少し先に見晴らしの良い所がありまして、今日は其処を花見の舞台にしようと思っていましたので、そこに向かいました。

 

鳴倉山を背景に

 

 

 一本杉手前から追いついて来られた単独行の方は、鳴倉山の予定だそうで、みるみる内に遠ざかって行きました。

 

 まずは設営です。といっても大したことはなくテーブルと腰掛を作るだけですから、すぐに出来ました。

設営中の私とT廣さん

 

 

背景には権現堂山の近く唐松山が

 

そうそう、今日はマンサクの花見だったんでした。満開にはいまいちでしたが、一応主役ですから何枚か紹介しましょう。

マルバマンサク(その1)

 

マルバマンサク(その2)

 

 ゆっくりと歓談しながら、時折向かいの大力山に目を向けると、幾組も登っている方々が見られました。

 

 

大力山9合目付近の登山者

 

 

 里の山歩きは今が一番良い時期かもしれませんね。歩き易いし暑すぎず、そして風景も素晴らしい、何よりもこれから向かっていく季節への憧れが胸を膨らませて呉れるのです。

 

 

 

 

2026年3月10日(火)小雪

 

アンコウの吊るし切りとアンコウ鍋

 何年か前から友人たちとアンコウ鍋を楽しんでいます。先日も先輩の家で飲んでいるときにアンコウ鍋の話が出まして、Hさんが漁師さんの所に手配して、今年もアンコウ鍋の段取りとなりました。

 場所はHさん達が管理している旧守門村地区にある山小屋に一泊して鍋を囲んで酒と音楽で楽しもうということで、私ども魚沼市から4人、そして関東方面の友人2名の6名が集まりました。

 関東からの友人は昨年10月に岩手県の栗駒山登山の時にも須川温泉に同宿して温泉を楽しんだり、何回も顔を合わせている友人たちです。

 

 Hさんの手配したアンコウは7Kg、と立派なアンコウです。早速山小屋の軒先に吊り下げて解体を始めます。手順としては塩を擦り込んでぬめりを落とします。次にヒレを落とし、皮を一気に剥ぎます。それから肝を崩さないように取り出して順に解体して、それぞれ酒に浸し、調理場に運びます。

7kgの立派なアンコウです

 

 調理場での小分けはS藤さんとT廣さんがそれぞれ持参の包丁で切り分けます。

切り分けの作業

 

 

 

山小屋の中では薪ストーブが良く燃えていまして暖かです。

薪ストーブが赤々と燃えて暖かです

 

 

 友人たちはギターを持って来まして、酒と歌の暖かい夜を堪能しました。こうした空間と時間を持つことが出来ることに感謝しています。

 

 

 

大力山初登りとマンサク(3月12日)

 

2026年3月12日(木)晴れ/曇

 

 アンコウ鍋の翌々日、予報は晴れの予報でしたので山の上で一杯飲みを楽しもうと、T廣さんと出かける計画を立てました。最初はごく近くの低い所でとも思いましたが、結局私は今年大力山には一度も登っていなかったこともありまして、出来れば大力山にて、ということで宝泉寺口から大力山に向かいました。当日はHさんも参加してくれまして3人で歩き始めました。

登り口の宝泉寺と観音様

 

 登り始めはまだ霧が晴れていませんので上の方では雲海が見られるかと期待しながらの歩きです。

 

 5合目付近にマンサクが咲いているとの情報が、前日登ったY内さんからありましたので期待していましたら、先行したHさんが既に見つけてカメラを構えていました。私にとっては今年の初マンサクですので、ワクワクしながらカメラを向けました。

5合目付近のマンサク

 

 そうこうしている内に麓から急ピッチで登って来たS藤さんが私どもを追い越して行きました。

 

 今日はいつもより少し多めの荷物を背負って歩いていますのでいつもにも増してゆっくりのカメ歩きです。上の舟窪を過ぎて階段に差し掛かる頃に霧が晴れて来ましたが、雲海状にはなりません。霧がたなびく向こうに刈羽三山が見えて来ましたが残念ながら期待した風景にはなりませんでした。

上の舟窪から西のかなたに刈羽三山

 

 今年は雪が少ないので階段辺りはかなり雪解けが進んで、階段が露出している所もありました。急斜面側は雪崩の恐れもありますが、今朝ははまだ雪が固いので注意して登れば問題無いと判断しまして、皆さんのトレースを踏んで登りました。

 

 階段を過ぎると9合目です。ここから300歩ほどで東屋です。ここでは後ろから追い付いて来た知り合いの女性、それから近所のお兄さんがありました。知り合いの女性は今年すでに20回目の大力山ということでしたが、昨年はなんとこの時期に30回を数えていたそうです。彼女の歩きは早く見る見るうちに登り東屋に近づいて行きました。

 

 今日の雪は凍み渡りにはやや硬さが不足でして。余りぬからない割には歩きにくい硬さです。

トレースの無い所はこんな硬さでした

 

 

 たっぷり時間を掛けてようやく東屋に到着しました。三山には雲が掛かってはいなくて光っています。2月の末頃に向かいの鳴倉山から眺めた三山は見事でしたが、ここ大力山からの三山も見事です。

魚沼三山(越後三山)

 

 

 今日は一杯やりながら、という目的でしたので、早速荷物を広げ、乾杯です。

 

 今日は平日ですが結構登ってくる方々も多く、トンネル口への周回コースへ向かった方も何名かありました。県外からの方もあって、東屋で話されていたご夫婦は神奈川県から来たとおっしゃって、旦那様は3回目だそうです。

東屋の雪は融けてもうすっかり見えています

 

  登って来たばかりは魚沼三山は明るく光っていましたが、昼頃からはやや曇って来まして気温も大分下がって来ました。

H さんとS藤さんは一足先に下山して行きました。私どもは今日はゆっくりとするつもりでしたので、東屋に残り、それから材料を全部入れて食料を温めなおします。

 

 

 かなり時間がたった頃単独の女性が大きなワンちゃん(35kgもあるワンちゃんだそうです)を連れて登って来ました。ずいぶん人懐こいワンちゃんで、私どもにたっぷりと愛嬌を振りまいていました。女性は関東の方で、海の近くの都市からでした。今日は温泉に浸かってのんびりとして帰ろうかとおっしゃっていましたので、Tさんは東屋に置いてあった下の入湯施設の割引券を渡していました。

 

 

 東屋で3時間ほど過ごしまして私どもも下山開始です。

麓の干溝集落

 

 下り始めると9合目の辺りにもマンサクの花が咲いていました。これから季節が進むに連れて沢山咲いて来ます。黄色いマンサク、ガクが紫のマンサク、花びらに赤い色の混じるマンサク。雪の中から突き出した枝に花を付けたマンサク。ほんとに楽しく嬉しく咲く春の花です。

9合目付近のマンサク

 

 

 上では結構冷たくなった身体も歩いているうちに徐々に温かさを取り戻して、無事にふもとまで帰って来ました。思ったより暖かくなりませんでしたが、それでも山の上から里の風景を眺めながら過ごした時間は最高でした。

 

 

 

2026年3月8日(日)小雪

 

名残りの雪

 2月の雪は大分穏やかでしたので、雪の量は一気に減って来ました。昨年3月7日には175cmの積雪がありましたが、今年は105cm、とずいぶん少ないです。またあまり締まっていないために嵩の減り方はずいぶん早いですね。

里の山でもマンサクの花便りが聞かれるようになりました。そして家の庭の雪が早く消えた所ではオオイヌノフグリの花も見られました。

 

 例年ですとこの時期の雪は当たり前なのですが、今年はここのところの陽気から考えると、雪はもうほとんど終わりの様相でしたので、今日の雪は名残りの雪といったところでしょうか。

名残の雪かな

 

 

 

 遅い雪と言えば13年前の4月の21日、いつ桜が咲いても良いころの朝、かなりの雪が降りました。ソメイヨシノには今少し、という時期でしたが彼岸桜はもう花を咲かせていました。

 4月の雪は珍しくもありませんでしたが、この年の遅い雪にはちょっと驚かされました。

 

近くの圃場にはツグミが集まって落ち穂をついばんでいたようでしたが、この雪にはきっとびっくりでしたでしょう。

13年前、名残りの雪とツグミ(2012-04-21)

 

ツグミと雪の圃場(2013-04-21)

 

 

 今から半世紀ほど前は豪雪が当たり前で、魚沼は半年近くも雪に手を焼く長い冬が当たり前でした。最近では事情も大分変ってきましたが、やはり2mを超える雪の冬は楽とは言えません。

 今年のようにある時期にまとまって降られますと、やはり大きな被害に繋がります。

 

 里の山にマンサクの便りが聞かれるようになりまして、間もなくタムシバの花も咲いてきます。日も長くなって来まして春を実感する日も多くなりました。

 

 

 

 

2026年2月26日(木)快晴

 

快晴の里山、鳴倉山にて

 2月も残りわずかとなって来まして、気が揉めていました里の山の大力山や鳴倉山ですが、ようやく足を向けることが出来ました。先日19日の20cmほど積もった新雪を踏みしめて歩いた一本杉でした。今日はその先の鳴倉山に友人たちと登ります。

 

 登り口は「響きの森公園」の里山エリアの一本杉登り口からです。8時に国道291号線の横の雪の壁の所で待ち合わせです。定刻の少し前に皆さん次々に見えられて、雪の壁を越えた所で足拵えです。

 

 

 未だ朝靄の中を定刻に登り始めます 。少し歩いて東屋の所から先日同様杉林の中を歩いてブナ林に向かいます。

朝靄の中定刻に歩き始めました

 

 杉林の坂を上り、やや平坦のブナ林を抜けると一本杉が見えて来ます。

ブナ林の先に一本杉が見えています

 

 ブナ林から一本杉はやや坂が急になりますが、登り易いスロープでここから見られる周辺の景色はなかなか魅力的です。

 

 集落の上に掛かる朝霧は雲海状に集落を包み、大力山や八海山がその上に頭を出し、その上には快晴の雲一つない青空が広がっていまして、見事な絶景です。

朝靄の中、集落は雲海の下に

 

 一本杉まで上ると結構汗が出て来まして、今日の予報通りの暑い一日になりそうです。一本杉から松林方面に進み、一旦少し下り登り返して、百八灯山と鳴倉山分岐に出ます。鳴倉山へはこの少し先の急坂が雪崩の心配がされる所です。今日は先日より少し雪が減ってクラックも見られましたが、まあこの程度なら大丈夫だと判断して登りました。

今年は雪の減りが早くクラック発生も早いです

 

 この斜面を登りますと鳴倉山がぐんと近く感じられます。ここから鳴倉山の間は実に見事な風景を楽しむことが出来ます。東、会越国境方面には人気の権現堂山の山並みが広がっています。

権現堂山から唐松山方面

 

 そして南側には上・越国境方面山並みが、そしてその手前八色原の圃場には霧がまだ晴れずに雲海状に広がっていました。

南の六日町方面はまだ朝靄の中です

 

 

 こんな素晴らしい天気をくれた2月も終わろうとしているこの季節、あんなに苦労させられた大寒寒波がまるで嘘のようです。

 

 

 

鳴倉山から絶景を堪能

 2時間ほどで頂上に着くと先着した皆さんが待っています。合流してSさんの入れてくれたコーヒーを戴きながら、頂上からの風景を楽しみます。

 

滝雲オンパレード

 頂上から360度の眺望を楽しんでいましたら、東の毛猛山に滝雲が見られました。その先の田子倉湖で発生した霧が山を越えて流れて来るのでしょう。

毛猛山に流れ来る滝雲

 

 するとその右側の東南東の枝折峠の先にも滝雲が出ています。こちらは最近特に有名になった枝折峠の滝雲で、銀山湖で発生した霧が山を駆け上がり、そして反対側の谷に流れ落ちる滝雲と呼ばれる現象です。

枝折峠の先に発生している滝雲

 

 それから群馬県境方面にも滝雲らしき雲が見られました。秋頃には明確に滝雲の様相をするのですが、今日の雲は滝雲かどうかははっきりしません。多分奥利根湖あたりで発生した霧に拠るものかと思われます。

上・越国境方面の山々

 

 今日は魚沼三山(越後三山)は輝いています。南東に駒ケ岳、南に八海山、そしてその奥の南南東に中ノ岳。魚沼自慢の故郷の山々です。今私どもが立つこの鳴倉山から稜線続きの黒禿の頭、その背後に深田百名山の魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)が輝いています。

駒ケ岳(2002.7m)、右奥が中ノ岳(2085m)

 

 南側に八海山、雲一つない快晴の空のもと険しい八峰が輝いて見えます。

八海山(1778m)

 

  そして南西に視線を転じれば妙高山、火打山が見られます。

妙高山、火打山

 

 それから西から北西にかけて刈羽三山、刈羽黒姫山、米山さん、その右隣に八石山。こうした鳴倉山から取り巻く山々を見ていると、ここはほんとに良い山だな、と思います。

刈羽三山中央が米山さん、左は刈羽黒姫、右に八石山

 

 東側の斜面は険しくて、多数クラックが入っています。今年はまさに大寒の大雪と呼ぶにふさわしい集中的な大雪でしたが、その後は落ち着いた天気に一気に積もった雪は押し詰まり、今度は不安定な雪となって雪崩やすくなっています。

 

 もうすぐ2月は終われば暦は三月、この山の周辺にも沢山の花が咲き、山菜も多く楽しめます。そんな日はもうすぐやって来ます。

鳴倉山からふもとの湯之谷村

 

 

 

 鳴倉山で小一時間近く休憩した後は快適に下ります。

 

鳴倉山頂上の山友達

 

 順調に下り、百八灯山と一本杉の分岐まで下りてきて、私とTさんは此処で皆さんと別れてゆっくりと昼食にすることにしました。

 

 腰を下ろし準備をするうちに正午を迎え、暖かな日差しを浴びているとじつに気持ちが良いです。

 

 

百八灯山と一本杉の分岐

 

 

分岐でしばらく過ごした後、百八灯山から降りてきました。里の山にどっぷり浸って6時間。

 

自宅に帰って風呂に入りゆっくりと汗を流し、最高の一日を反芻していました。

 

 

 

 

2026年2月20日(金)快晴

 

快晴の予報に誘われて

 天候も大分穏やかさが戻って来ましたたようで、周辺の里の山は随分と賑わっているようです。私も大力山などに歩く人影を見る度に気は揉めるのですが、家の周辺の雪の始末などでなかなか足を山に向けられないでいました。

 

 昨年は今頃の時期に雪が結構降りまして24日には270cmを積雪がありましたが、今年はもうあまり心配はしないで良さそうです。快晴が数日続く予報が金曜日から月曜日にかけて出ていました。

 そんな中、19日は寒の戻りの雪が降っていまして、夕方までに20cmほど積もりました。でも翌日には朝から予報通りの爽やかな空に朝日が照り輝いています。

 

 

 私の山友も大力山に足を運んで、LINEに写真を送って来ました。私も大力山には行きたかったのですが、いろいろと雑用があって、片付いた頃はお昼近くになってしまいまして、大力山は諦めて向かいの一本杉に上ることにしました。

 

 

里の山、干溝の一本杉

 干溝の一本杉はレク都市公園「響きの森公園」の隣の山です。一本杉と言いましても最近では周辺の杉の木が伸びまして、また樹齢もかなりの高齢となりまして、どれかな、と探す方も多いと思います。

一番真ん中の木が一本杉です

 

 

響きの森公園駐車場出発

 自宅を出た頃には11時を過ぎてしまいました。 登山口に向かいますが国道291号線から雪の壁を上らなくてはなりません。響きの森公園の駐車場入り口のすぐ前に、雪の壁に階段をスコップで作ってあるのを知っていましたので、そこから壁を越えました。

響きの森公園駐車場入口看板、正面は大力山

 

 少し歩いて公園の泉沢の東屋に行きます。夏場は東屋から進み、泉沢の池に出てそこから遊歩道を上りますが、この時期は東屋から杉林の中を直登してブナ林に向かいます。

響きの森公園里山エリアの東屋

 

 この時期の林の中の歩きはぬかったり、上からの滴たる水滴が五月蠅かったりと、大変なのですがこの日は足元の雪はぬからず、上からの雫も無くて、楽な登りとなりました。

 

 杉の林を抜けるとブナ林になります。このブナ林も高齢のブナの多くは寿命を迎えています。私どもが子供の頃にはよくこの林に来ました。当時は女子もブナの大木に上ったものです。また黒板を持って行き、ブナ林の中で授業をなさった先生もありました。

私どもひみぞの者には思い出の詰まったブナ林なのです。

 

集落の方には想い出深いブナ林

 

 

 ブナ林を過ぎると視界が開けます。正面には一本杉も見えまして、一気に登りました(と言いたい所ですが、少し休みました)。

 

 一本杉は樹齢も相当で、かなり老朽化が進んでいまして、何度か治療が施されました。今の姿は杉の木というよりも集落の中に「ブロッコリーの木」と呼んだ子供さんが有ったというように少し変わった形になってしまいました。

一本杉、「ブロッコリーの木 」と呼んだ子供も

 

 

 東屋から45分も掛かりまして、一本杉到着です。一本杉は標高はいくらもない里の山ですが、此処からの風景はとても良いのです。南側には大力山。そしてその背後には八海山がよく見えます。

大力山と背後の八海山

 

 大力山には晴天に誘われて実に多くの方々が来られたようです。私どもは大力山に来られる方々の記念になるように、そしてその売り上げは遊歩道整備に使うとの趣旨で、大力山バッヂを標高にちなんで504個作りまして、いろいろな方々にお願いして来ました。上り口の友人の家の軒先にも置いてもらっています。おかげさまで残りも僅かとなりました。

 デザインされている花はミヤマウズラ。ランの仲間で遊歩道や付近の山で見られます。ここの一本杉の登山道脇にもけっこうあります。小さい花ですがよく見るとクリオネみたい、とも言われる愛らしい花です、

大力山バッヂ

 

小出郷の風景

 一本杉から北西方向には小出郷の盆地です。魚野川と佐梨川の合流点付近に只見線小出駅があります。只見線は魚沼市の小出駅から福島県の会津若松駅を結び風光明媚な路線で「撮り鉄」さんたちに人気の路線です。また小出町には会津藩の陣屋が置かれていたこともあって、所縁ある地です。

魚沼市小出郷の風景

 

 

 一本杉から鳴倉山に向かって歩きます。昨日積もった新雪で、足跡の無い新雪歩きは最高の贅沢です。

正面は鳴倉山

背後には今歩いて来た私の足跡

 

 振り返ると私の足跡、少し気取って「私の前に道は無い、私の後に道は出来る」などと何処かで聞いたような気障なセリフをこっそりと呟いてみる。

 

 

 山ウサギの足跡がありました、トウホクノウサギと言うらしいです。私どもが子供の頃にはいたるところに足跡や姿が見られましたが、最近ではとんと見られなくなりまして、狐の足跡の方が多い位です。

ウサギの足跡

 

 

 

「気持ちが良いなあ」

 

 

 前方に桧岳から毛猛山塊も見えて来ました。

桧岳、毛猛山塊

 

 

 一本杉から少し進んで小高い所、かつて遠見山と呼ばれていた所。ここから少し下り、松林と呼ばれていた所に出ますが、今は松の木は幾本も残ってはいません。私どもが子供の頃「凍み渡り(雪が固く凍みてぬからなくなること)」と呼ばれる早春の朝には、授業が始まる前に此処まで来た子供も沢山ありました。なんともおおらかな時代でした。

 

 そのまま進んで鳴倉山登山ルートとの分岐まで進みます。鉄塔の付近にはマンサクの花が早く咲く所がありますが、今年はさすがに早いようで、「気の早いマンサク」はお預けでした。

 鉄塔から少し上り返して鳴倉山分岐に出ます。今日は鳴倉山には向かいませんが、この先の一箇所ある危険な個所の雪の状況を尋ねられていましたので、確認しました。中央のクラックの横の狭い尾根がルートです。

鳴倉ルート冬の危険個所

 

 

 分岐を右に降りると百八灯の行事が催される百八灯山方面です。下の鉄塔付近に点灯されますが、雪の状況で場所が変更されることもあります。

 

分岐から百八灯山方面  (※地元では詰めてひゃかっとやまと呼びます)

 

 下り始めにウコギ科のタカノツメの木があります。地元では「ウサギカジリ」と呼んでいます。ウサギが冬の食糧が少ない時期に雪から出ているこの木の冬芽を食べるのでそう呼んでいます。この冬芽はその姿が鷹の爪を連想させるのでそう呼ばれているそうです。

タカノツメの冬芽

 

 集落に向かって下る途中の両側の沢にはニホンカモシカが棲んでいるのですが、今日は足跡だけで姿が見えません。

ニホンカモシカの足跡

 

 

 下る途中に足元から「ゆきまくり」がコロコロと転がり出ます。条件が良いと大きなバームクーヘンのようになりますが今日はすぐ崩れてしまいました。

 

 晴天の中でしばらくぶりにのんびりと里の雪山歩きを満喫しました。厳しい冬の後にはこうした穏やかな一日はとてもありがたいですね。良い一日を過ごすことが出来ました。

 

 

 

 

 

 

2026年2月19日(木)雪

 

ご無沙汰いたしておりました

 皆様ご無沙汰いたしております、しばらくぶりに投稿いたします。先月の中ごろにいろいろな事情が重なってしばらくパソコンに向かうことが出来なくて、あっという間にひと月余りが経過しまして、その間に大寒は去り,立春を迎えましたが、それからも既に2週間余りが経ちました。

 

 今、季節はようやくようやく三寒四温らしくなって来ました。一時期ニュースで列島を騒がせた集中的な降雪の猛威は、地域に大きな傷跡を残しましたが、その寒波は少し影をひそめ、時折顔を覗かせる日差しは逞しさを増して来まして、晴天の日には公園を散歩する方々や、里の山を歩く人たちの姿。日差しに誘われて表に出て来る方々が多くなりました。

 

 

 このひと月余り、すでに次期遅れとなってしまいましたが、このひと月余りのことを端折って紹介します。

 

大寒寒波

 1月の20日、二十四節気の大寒の日から始まった寒波はしばらく居座り続けまして、列島に襲いかかった、湿って重くて粘りのある雪が、市内各地に大きな被害をもたらせてしまいました。

 

 私は自宅前に積雪を観測するスタッフを設置しています。大寒寒波の到来前では70cmの積雪でした。それがわずか数日の間の降雪で1m70㎝という一気に降り積もった大雪になりまして、2m40cmの積雪となりました。この雪は湿って重く、とても粘りのある雪でしたので、屋根に積もった雪が雪庇となってなかなか落ちずに沢山の家屋に被害をもたらせました。

 

 私もこの集中的な降雪には振り回されまして、油断の出来ない日々に、少し草臥れました。

 

自宅前の観測スタッフ、240cmあります

 

 

結の灯り魚沼雪洞(ゆきんどう)祭り

 

 2026・結の灯り 魚沼雪洞まつり開催! | 魚沼市観光協会

 

  魚沼市では豪雪を逆手にとって利雪、克雪で元気に雪国を暮らそうということで沢山の雪をテーマにした行事があります。その中で中越地震からの復興を祈念した「結の灯り魚沼雪洞(ゆきんどう)祭り」が始まりました。1月の晦日に「魚沼市響きの森文化会館」で「結の灯りの点灯式」がありまして、オープニングコンサートではひなたさん、森翼さんの歌とトーク、そして料理やドリンクを楽しんで来ました。

「結の灯り魚沼雪洞(ゆきんどう)祭りオープニングコンサート」

 

 「結の灯り魚沼雪洞(ゆきんどう)祭り」の点灯式、これから3月中旬の最終日まで市内各所で催される行事のたびに市内各所で点灯されます。

響きの森文化会館入り口での点灯式

 

 雪の降る中で点灯されると妙に温かさを覚えます。結の灯りはまさに雪国の夜に似合う風景となります。

結の灯り

 

 

魚沼国際雪合戦2月8日

 魚沼市冬の恒例イベント「魚沼国際雪合戦」が魚沼市響きの森公園の雪のコロシアムで行われました。第1回大会が開催されたのは平成元年(1989年)です。その大会には私も参加しまして、3位決定戦を勝利したことを思い出します。当時NHKさんが番組を組んでくれまして思い出の深い行事となりました。

 

 この行事のことは何度かブログで紹介しました。この平成元年はどんな年だったのか、記事の中から

 

 この第1回大会が開かれた1989年(昭和64年・平成元年)とは一体どんな年だったのだろうか。

年明け早々の1月7日に昭和天皇崩御のニュースが世界中を駆け巡り、テレビなどCM自粛、各所で派手なイベントなどの中止と、国民あげての追悼の中、年号は昭和から平成へと変わる。

 

以下、・美空ひばりさん6月4日52歳で亡くなる。

・リクルート事件、消費税スタート4月1日・バブル経済

・宇野宗佑首相:赤坂の芸者さんにスキャンダルを暴露される。

・一杯のかけそばの偽美談

・ぬれ落ち葉:掃いても、掃いてもへばりついて来る「ぬれ落ち葉」、定年後、活躍する妻にまとわりついて離れない夫だそうだ。

・魔女の宅配便(映画)

・竹やぶで1億円

 

などが平成元年の出来事でした。

 

 

 扨て、今年は途中コロナなどで中止された年もありましたが、第36回目の長寿な大会となり県内外から183チームが参加して熱戦を繰り広げました。

第36回目の大会大会の様子

 

対戦表

 

 

 私の過去何回か投稿記事の中から雪合戦に触れた記事にリンクを張っておきますので宜しかったらどうぞ。

 

雪中行事、小出国際雪合戦(魚沼市)

国際雪合戦とひみぞかまくら

 

 

 

立春が過ぎ、三寒四温

 雪の降るような日はとても寒いのですが、今の季節天気が良くなると実に温かく太陽の偉大な力に感謝です。

 寒波の後日差しの戻った日は大力山はとても賑わっているようです。

 

 ここのところずいぶん大勢の方が訪れる大力山、もっとも一般的なのがこのルートです。ここに夏ルートと冬ルートと凡例表示してありますが、冬ルートは夏には道はありません。夏ルートは9合目下の階段部分が雪崩の危険がありますので、下の舟窪手前7合目から9合目の間は写真に示した冬ルートがお奨めです。2月の後半には気の早いマンサクがこの冬ルートで見られる年があります。

大力山宝泉寺口ルート

 

9合目から東屋までの緩斜面

 

 麓から眺めていると歩いている方々がよく見えます。この時期にはクマの危険も少なく、爽やかな風の中の里山歩きは最高ですね。

 

 

 

2月19日(木)雪の朝

 少し続いた晴天は今朝は一変して雪の朝でした。でももう大分楽になりました。眠られなくなるような降雪は去ったようです。

今朝の雪

 

 

 さあ、間もなくですね。今年も波乱含みの幕開けですが大きな事件の無い一年になればと念じながら本格的な春を待つ今日この頃です。

 

 

 

 

 

2026年1月20日(火月)曇/

  

雪の夜の読書「雪夢往来」

 二十四節季の大寒、11日に図書館から借りて来た木内昇さんの「雪夢往来」、第52回の大仏次郎賞氏の長編が新潮社から出ています。前回のブログにも少し触れましたが、この「雪夢往来」は江戸時代の後期、越後塩沢の縮み仲買人の鈴木牧之が雪国の越後の風物や暮らしを綴った作品「北越雪譜」、優れた挿絵とともに興味深い内容が江戸の人の心を鷲掴みにし、ベストセラーとなった随筆ながら、その出版までは紆余曲折、実に40年も掛かってしまったことを素材に。鈴木牧之が多忙な稼業に打ち込みながらも、何故出版の夢を捨てなかったのかということを軸に進んで行きます。

 

  「雪夢往来」のもとになっている、鈴木牧之による「北越雪譜」は実に優れた作品で、その内容も実に多岐に亘っています。雪国に暮らす私どもでも大いに引き込まれてしまいます。私如きが下手な解説など却って作品に失礼ですので、ぜひ一読されることをお勧めします。

 

 「北越雪譜」が世に出て、牧之の長い労苦が報われた時、牧之はその苦労が報われたことよりもその目的をよりどころとして生きて来られたことに感謝しています。物語の最後の方にあった牧之の言葉は「人は何をよりどころとして生きるのか、よりどころとするものを持って生きられることのありがたさ」といったことが伝わって来ます。

 

―おれは果報者だな。

 一生をかけて励んだものが実を結んだことではなく、一生をかけて夢中になれるものがあったことが。このとき儀三治 は身に染みて有難かった。(本文中より)

 

400ページに及ぶ長編ですが読み進めて行く内にどんどん引き込まれてしまいました。

 

 

鈴木牧之『北越雪譜』、木内昇「雪夢往来」

 

 

「北越雪譜」の 越後縮のこと

  牧之生誕の地塩沢は現在では南魚沼市に属しています。魚沼では機織りが盛んな地で。「北越雪譜」の中でこの越後縮の事に詳しく触れています。

 魚沼の厳寒の中で、材料の紵(お)から細い糸を作る紵積(おうみ)、神聖な機織りの事、雪晒しなどの行程の事などが記されてあります。どの工程も寒さ厳しい豪雪の里であるがための厳しさの中での作業、そして厳しい寒さや湿度などの条件の故にできる上質の布、経済的な物を越えた上質の物を作る者としての矜持。牧之の筆からひしひしと伝わって来ます。

 

 

塩沢の「しおざわ雪譜祭り」

 この牧之ゆかりの塩沢では毎年2月に「しおざわ雪譜祭り」が催されています。(今年は2月21日に開催されるようです)

この塩沢の江戸時代の街並みをテーマにした「牧之通り」は実に見事です。

 塩沢の「牧之通り」

 

 私はコロナの前には毎年訪れていましたがコロナ禍後から少し遠ざかってしまいました。私が行った時とは催しも変わっていますが、「塩沢歌舞伎保存会」による地芝居「雪中の議場(芝居)」もコロナ後に3年ぶりに雪の花道で復活だそうです。

 

その時の私のブログのリンクです。 牧之の里の「塩沢雪譜まつり」

(※ちなみに私どもの干溝歌舞伎保存会も411日に魚沼市の「響きの森文化会館」にて11年ぶりに公演を行います。役者の皆さん現在猛練習中です。)

 

 

塩沢の名酒

塩沢には名酒の蔵所があります。「青木酒造(株)」さんの「鶴齢」は鈴木牧之が命名したとされているようです。また北越雪譜に登場する異獣「雪男」がモチーフの「鶴麗雪男」も海外コンペティションでも受賞歴を重ねる人気だそうで、売り上げの一部は山岳救助隊への寄付に当てられているとのことです。

 

 そして、もう一つ蔵元、巻機山麓の長崎地内に「高千代酒造(株)」があります。こちらは「高千代」、「巻機」、「天地人」などの銘柄があります。

 この酒蔵の蔵開きの祭りにはもう10年以上も前になりましたが、何度かお邪魔したことがあります。下記のURLはその時のブログです。

 

ある酒蔵の蔵開き、三国街道塩沢の宿へ

 

 

 

 

大型の居座り寒波

 今日から「大寒」、日本海にJPCZ(日本海寒帯気団集収束帯)が発生して、大型の寒波が居座るようです。昨年も今頃の時期には1m弱の積雪でしたがその後寒波が強まり、2月の末には270cmの積雪がありました。今年もこれからどうなって行くのか分かりませんが、ここ数日の雪の状況には要注意です。

 

 

 

 

2026年1月11日(日)晴れ/

 

2026年の幕開け

 年が改まったと思ったらあっという間に松も取れ、昨日は小正月の行事の塞ノ神が行なわれました。通常は15日に行われていたのですが、最近では15日が休日では無くなったので、近日の日曜日に行なわれるようになりました。

 

 この日も大雪予報でしたが、午前中は朝に若干雨がありました。その後なんと日が差して来ました。でも空の風は動きが早く、雪になるのは時間の問題の様に思われました。案の定、図書館から本を借りて帰って来た2時頃からは急に雪模様となって、一気に積もり始めました。

 

 

晴れ間には魚沼をあちらこちら

 ここ2・3日続いていた晴天に当地大力山には大勢の方々が訪れていたようです。

しかし、天気はまた下り坂のようで、大雪との予報が出ています。先日の雪では我が家の前では最高1mの積雪になりましたが、少し押し詰まって80cm程になっていました。

 

 この寒波のやってくる前の晴天の間に、家周辺の雪の始末を済ませ、そして、翌日の快晴には市内のあちらこちらに車を走らせてみました。

 

 もっとも市内のあちらこちらと言っても車を楽々止められる場所も少なく、走りながら目につく風景をカメラに何枚か収めて、また移動する、といった慌ただしさです。 そんな状況でしたが晴天の魚沼の風景を何枚か紹介します。

 魚沼市から南魚沼市に向かう17号線バイバスから南方面に聳える魚沼三山(越後三山)は年明けの寒波でさらにその姿を膨らませ、険しさを雪の衣装で隠して唯々悠然としています。

国道17号線バイパスから魚沼三山(越後三山)を

 

 そこから少し南魚沼市へ向かって走ると水無川を横切ります。上流は水量豊かな谷川ですが、僅か数キロの間に伏流水となって地下に潜ってしまいまして、今の時期にはご覧通りの水無川です。

水無川、奥の山は駒ケ岳です

 

 この川を渡ると旧大和町です。此処に奥只見レク都市公園のひとつ「八色の森公園」があります。この公園内の池に、「光の池」と「自遊池」がありまして、私はトンボの季節になるとここをよく訪れるのですが、今日は池田記念美術館に隣接する「光の池」を覗いて見ました。

八色の森公園の「光の池」

 

 広い公園は今の時期、歩くコース以外は雪の下ですが、それでも晴天の休日には訪れる方々もけっこうありました。

池には沢山の水鳥が浮かんでいます。以前には皆さんに可愛がられていたアヒルがいたそうですが何年か前の冬、獣に食べられてしまったそうです。池にはかなり大きな鯉もいるのですが、水温の低い今の時期は底の方でじっとしています。

池には多くの水鳥たちがのんびり

 

 鳥たちは冬になると山沿いの池などから町場の水辺に下りて来ます。町場では危険が少ないことを知っているのです。

マガモなどの水鳥

 

マガモのペアーものんびりと

 

 

 八色の森公園を後にして、今日輝いていた巻機山を写そうと南に走りました。南魚沼市の清水地区に聳える巻機山は麓に機織りの盛んな地域があることから織姫伝説もある、美しい山です。

 この麓を走る国道291号線は群馬県前橋市から新潟県柏崎市を結ぶ一般国道ですが、この清水峠は車は通れず、そして人さえ通るのは困難な酷道と呼ばれているようです。

 

 その清水集落から登山道があって、春には春スキーを楽しむ人が訪れます。巻機山は4つのピークの総称で、前巻機、巻機山本峰、割引岳、牛が岳で構成されています。深田久弥の日本百名山にも数えられています。

巻機山の優美な姿

 

 

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)を反対側の湯ノ谷地区から

 ここで巻機山の姿を写真に収めた後、小出に引き返し、其処から大湯地区に足を延ばしてみました。

 大湯地区は旧湯ノ谷村に属する温泉地で、奥只見の水力発電所のダム工事や、更にその前の銀の採掘が盛んだった頃から賑わっていたようです。

 

 その大湯地区から魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)への登山道の、駒の湯コースや、枝折峠のコースがあって、シーズンには登山者が多く訪れます。また近年人気になっている枝折峠の滝雲を見に訪れる方も多く、シーズン中は大湯公園からシャトルバスが運行されています。

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)

 

 今年は本格的な降雪はまだこれからのようで、まだ昨年のピークの半分以下です。これから2月にかけての厳冬期、油断の出来ない時期が続きます。ちなみに昨年2月の大湯公園前の道路の風景です。除雪機に吹き上げられた雪もあるので、完全に積もった雪とは言えませんが、雪の多さは想像出来るかと思います。

大湯公園の前の道路の雪の壁

 

 

 扨て、図書館で借りて来た木内昇さんの「雪夢往来」雪国魚沼の暮らしや文化、など多岐にわたって記された江戸時代の名著、鈴木牧之の「北越雪譜」が刊行まで40年もかかってようやく世に出たそのことを書いた長編です。この雪の深い時期にじっくりと読もうと思っています。

鈴木牧之『北越雪譜』、木内昇「雪夢往来」

 

 

 

 

 

 

 

2025年12月23日(火)晴

 

師走最後になるかもしれない晴れ間

 本年最後の晴れ間かも、と言う天気予報。今回はリュックを背負ってカメラや飲み物を背負って散歩に出かけました。

 

 しかし晴天と言えど、さすがに師走も後半となればけっこう風は冷たく、今回はネックウォーマーを付けて出かけました。ルートは特に決めずに歩きながら思いつく方向に歩いて見ます。

 自宅を出て先ず公園に向かいます。そこから北西に向かい魚野川を目指しました。

 

歩き始めて暫くするとウメモドキ(梅擬)の赤い実が鈴なりに生っていました。色彩が乏しいこの時期にはひときわ赤い色が鮮やかに目立っていました。

ウメモドキ(梅擬)

 

 それから魚野川に向かう大池川の横の道を歩きます。ここではマユミの実が見られました。この実は小鳥のエサになるようですが、毒性があって人は食べられません。

マユミ(真弓)

 

 魚野川までは大池川のほとりを下って行きます。たまに生命力の強い帰化植物のセイヨウタンポポやヒメジョオンなどが見られますが、枯草の堤防はすっかり冬の佇まい、寂しい限りです。

 

 

八海山が奇麗に光っていました

 

 今日は八海山に日が差してきれいに輝いています。

八海山(その1

 

 今日は光の加減が良くていつもより輝いているように見受けられましたので、何枚か写してみました。

八海山(その2

 

八海山の険しい八ツ峰(その3

 

 魚野川に出て、上流に向かって堤防を歩きます。中学生の頃はよく此処に来て泳いだり魚を捕まえたりした所です。今はコンクリートの護岸ですが、当時は玉石積みで、川には沈床と呼ばれる木枠に玉石を詰めた護床が沈めてありまして、その中は魚たちの絶好の棲家になっていました。

 

 

魚野川に架かる福山橋の思い出

 1Kと300m余り、福山橋と言う橋があります。60年ほど前の春先、まだ雪解け水が濁流の様に流れていました。当時の川幅はもっと狭く、橋の高さはずっと低かったのです。そしてまだ舗装もされていない橋には所々大きな穴が開いていて、濁流の流れる水面が恐ろしい勢いで流れていました。

 その橋を夕暮れ、一人で渡らなければならない事情が出来て、歩いたことがありました。今では考えられなかった状況で、いつまでも忘れられません。

 

 

 魚野川を離れ、我が家の方に向かう途中、路肩から道路の法面に黄色い実が見えます。色彩の乏しいこの時期黄色の色が目を引きますが、これは外来植物のワルナスビという厄介な植物なのです。

ワルナスビ(悪茄子)

 

 

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)の見える渓

 2時間ほどぶらぶらと歩いて家に帰って来ました。時刻は2時半、まだまだ陽が残っていますので、きれいだった駒ケ岳の写真を撮って来ようと、今度は車で出かけました。

行く先はお隣の南魚沼市、水無川の上流です。水無川と言っても上流はかなりの清流です。

 

 上流には8月でも雪が残っている所も有って、イワナも沢山澄んでいました。下流に行くと流れの多くは伏流水となって地下に潜ってしまい、魚野川との合流点付近ではすっかり水が無くなってしまいます。それで水無川と呼ばれています。

 

 紅葉の季節や初雪の頃にはこの場所が好きで時折来ますが今年は雪が無くて今の時期でも来られました。

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)と郡界尾根

 

正面が魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)

 

 

 この後六日町方面まで足を延ばして巻機山の白い峰も写したのでしたが、この頃には太陽の加減が悪くなってしまいましたので、今回は紹介しませんが優雅な山容は麓に暮らす人々の心の山で、多くの方々に愛されている山です。

 

 

 今日も設けと言えるような穏やかな日になってくれまして、儲け物をした思いの一日でした。こうやって来るべき物が来ないということはあり難いのですが、反面少し落ち着きませんね。