ふるさと干溝

ふるさと干溝

路傍の風景、四季の風。豪雪の里から路傍の草花や雪の里山など、四季折々の風景を綴ります。ブログの説明を入力します。

2026年1月20日(火月)曇/

  

雪の夜の読書「雪夢往来」

 二十四節季の大寒、11日に図書館から借りて来た木内昇さんの「雪夢往来」、第52回の大仏次郎賞氏の長編が新潮社から出ています。前回のブログにも少し触れましたが、この「雪夢往来」は江戸時代の後期、越後塩沢の縮み仲買人の鈴木牧之が雪国の越後の風物や暮らしを綴った作品「北越雪譜」、優れた挿絵とともに興味深い内容が江戸の人の心を鷲掴みにし、ベストセラーとなった随筆ながら、その出版までは紆余曲折、実に40年も掛かってしまったことを素材に。鈴木牧之が多忙な稼業に打ち込みながらも、何故出版の夢を捨てなかったのかということを軸に進んで行きます。

 

  「雪夢往来」のもとになっている、鈴木牧之による「北越雪譜」は実に優れた作品で、その内容も実に多岐に亘っています。雪国に暮らす私どもでも大いに引き込まれてしまいます。私如きが下手な解説など却って作品に失礼ですので、ぜひ一読されることをお勧めします。

 

 「北越雪譜」が世に出て、牧之の長い労苦が報われた時、牧之はその苦労が報われたことよりもその目的をよりどころとして生きて来られたことに感謝しています。物語の最後の方にあった牧之の言葉は「人は何をよりどころとして生きるのか、よりどころとするものを持って生きられることのありがたさ」といったことが伝わって来ます。

 

―おれは果報者だな。

 一生をかけて励んだものが実を結んだことではなく、一生をかけて夢中になれるものがあったことが。このとき儀三治 は身に染みて有難かった。(本文中より)

 

400ページに及ぶ長編ですが読み進めて行く内にどんどん引き込まれてしまいました。

 

 

鈴木牧之『北越雪譜』、木内昇「雪夢往来」

 

 

「北越雪譜」の 越後縮のこと

  牧之生誕の地塩沢は現在では南魚沼市に属しています。魚沼では機織りが盛んな地で。「北越雪譜」の中でこの越後縮の事に詳しく触れています。

 魚沼の厳寒の中で、材料の紵(お)から細い糸を作る紵積(おうみ)、神聖な機織りの事、雪晒しなどの行程の事などが記されてあります。どの工程も寒さ厳しい豪雪の里であるがための厳しさの中での作業、そして厳しい寒さや湿度などの条件の故にできる上質の布、経済的な物を越えた上質の物を作る者としての矜持。牧之の筆からひしひしと伝わって来ます。

 

 

塩沢の「しおざわ雪譜祭り」

 この牧之ゆかりの塩沢では毎年2月に「しおざわ雪譜祭り」が催されています。(今年は2月21日に開催されるようです)

この塩沢の江戸時代の街並みをテーマにした「牧之通り」は実に見事です。

 塩沢の「牧之通り」

 

 私はコロナの前には毎年訪れていましたがコロナ禍後から少し遠ざかってしまいました。私が行った時とは催しも変わっていますが、「塩沢歌舞伎保存会」による地芝居「雪中の議場(芝居)」もコロナ後に3年ぶりに雪の花道で復活だそうです。

 

その時の私のブログのリンクです。 牧之の里の「塩沢雪譜まつり」

(※ちなみに私どもの干溝歌舞伎保存会も411日に魚沼市の「響きの森文化会館」にて11年ぶりに公演を行います。役者の皆さん現在猛練習中です。)

 

 

塩沢の名酒

塩沢には名酒の蔵所があります。「青木酒造(株)」さんの「鶴齢」は鈴木牧之が命名したとされているようです。また北越雪譜に登場する異獣「雪男」がモチーフの「鶴麗雪男」も海外コンペティションでも受賞歴を重ねる人気だそうで、売り上げの一部は山岳救助隊への寄付に当てられているとのことです。

 

 そして、もう一つ蔵元、巻機山麓の長崎地内に「高千代酒造(株)」があります。こちらは「高千代」、「巻機」、「天地人」などの銘柄があります。

 この酒蔵の蔵開きの祭りにはもう10年以上も前になりましたが、何度かお邪魔したことがあります。下記のURLはその時のブログです。

 

ある酒蔵の蔵開き、三国街道塩沢の宿へ

 

 

 

 

大型の居座り寒波

 今日から「大寒」、日本海にJPCZ(日本海寒帯気団集収束帯)が発生して、大型の寒波が居座るようです。昨年も今頃の時期には1m弱の積雪でしたがその後寒波が強まり、2月の末には270cmの積雪がありました。今年もこれからどうなって行くのか分かりませんが、ここ数日の雪の状況には要注意です。

 

 

 

 

2026年1月11日(日)晴れ/

 

2026年の幕開け

 年が改まったと思ったらあっという間に松も取れ、昨日は小正月の行事の塞ノ神が行なわれました。通常は15日に行われていたのですが、最近では15日が休日では無くなったので、近日の日曜日に行なわれるようになりました。

 

 この日も大雪予報でしたが、午前中は朝に若干雨がありました。その後なんと日が差して来ました。でも空の風は動きが早く、雪になるのは時間の問題の様に思われました。案の定、図書館から本を借りて帰って来た2時頃からは急に雪模様となって、一気に積もり始めました。

 

 

晴れ間には魚沼をあちらこちら

 ここ2・3日続いていた晴天に当地大力山には大勢の方々が訪れていたようです。

しかし、天気はまた下り坂のようで、大雪との予報が出ています。先日の雪では我が家の前では最高1mの積雪になりましたが、少し押し詰まって80cm程になっていました。

 

 この寒波のやってくる前の晴天の間に、家周辺の雪の始末を済ませ、そして、翌日の快晴には市内のあちらこちらに車を走らせてみました。

 

 もっとも市内のあちらこちらと言っても車を楽々止められる場所も少なく、走りながら目につく風景をカメラに何枚か収めて、また移動する、といった慌ただしさです。 そんな状況でしたが晴天の魚沼の風景を何枚か紹介します。

 魚沼市から南魚沼市に向かう17号線バイバスから南方面に聳える魚沼三山(越後三山)は年明けの寒波でさらにその姿を膨らませ、険しさを雪の衣装で隠して唯々悠然としています。

国道17号線バイパスから魚沼三山(越後三山)を

 

 そこから少し南魚沼市へ向かって走ると水無川を横切ります。上流は水量豊かな谷川ですが、僅か数キロの間に伏流水となって地下に潜ってしまいまして、今の時期にはご覧通りの水無川です。

水無川、奥の山は駒ケ岳です

 

 この川を渡ると旧大和町です。此処に奥只見レク都市公園のひとつ「八色の森公園」があります。この公園内の池に、「光の池」と「自遊池」がありまして、私はトンボの季節になるとここをよく訪れるのですが、今日は池田記念美術館に隣接する「光の池」を覗いて見ました。

八色の森公園の「光の池」

 

 広い公園は今の時期、歩くコース以外は雪の下ですが、それでも晴天の休日には訪れる方々もけっこうありました。

池には沢山の水鳥が浮かんでいます。以前には皆さんに可愛がられていたアヒルがいたそうですが何年か前の冬、獣に食べられてしまったそうです。池にはかなり大きな鯉もいるのですが、水温の低い今の時期は底の方でじっとしています。

池には多くの水鳥たちがのんびり

 

 鳥たちは冬になると山沿いの池などから町場の水辺に下りて来ます。町場では危険が少ないことを知っているのです。

マガモなどの水鳥

 

マガモのペアーものんびりと

 

 

 八色の森公園を後にして、今日輝いていた巻機山を写そうと南に走りました。南魚沼市の清水地区に聳える巻機山は麓に機織りの盛んな地域があることから織姫伝説もある、美しい山です。

 この麓を走る国道291号線は群馬県前橋市から新潟県柏崎市を結ぶ一般国道ですが、この清水峠は車は通れず、そして人さえ通るのは困難な酷道と呼ばれているようです。

 

 その清水集落から登山道があって、春には春スキーを楽しむ人が訪れます。巻機山は4つのピークの総称で、前巻機、巻機山本峰、割引岳、牛が岳で構成されています。深田久弥の日本百名山にも数えられています。

巻機山の優美な姿

 

 

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)を反対側の湯ノ谷地区から

 ここで巻機山の姿を写真に収めた後、小出に引き返し、其処から大湯地区に足を延ばしてみました。

 大湯地区は旧湯ノ谷村に属する温泉地で、奥只見の水力発電所のダム工事や、更にその前の銀の採掘が盛んだった頃から賑わっていたようです。

 

 その大湯地区から魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)への登山道の、駒の湯コースや、枝折峠のコースがあって、シーズンには登山者が多く訪れます。また近年人気になっている枝折峠の滝雲を見に訪れる方も多く、シーズン中は大湯公園からシャトルバスが運行されています。

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)

 

 今年は本格的な降雪はまだこれからのようで、まだ昨年のピークの半分以下です。これから2月にかけての厳冬期、油断の出来ない時期が続きます。ちなみに昨年2月の大湯公園前の道路の風景です。除雪機に吹き上げられた雪もあるので、完全に積もった雪とは言えませんが、雪の多さは想像出来るかと思います。

大湯公園の前の道路の雪の壁

 

 

 扨て、図書館で借りて来た木内昇さんの「雪夢往来」雪国魚沼の暮らしや文化、など多岐にわたって記された江戸時代の名著、鈴木牧之の「北越雪譜」が刊行まで40年もかかってようやく世に出たそのことを書いた長編です。この雪の深い時期にじっくりと読もうと思っています。

鈴木牧之『北越雪譜』、木内昇「雪夢往来」

 

 

 

 

 

 

 

2025年12月23日(火)晴

 

師走最後になるかもしれない晴れ間

 本年最後の晴れ間かも、と言う天気予報。今回はリュックを背負ってカメラや飲み物を背負って散歩に出かけました。

 

 しかし晴天と言えど、さすがに師走も後半となればけっこう風は冷たく、今回はネックウォーマーを付けて出かけました。ルートは特に決めずに歩きながら思いつく方向に歩いて見ます。

 自宅を出て先ず公園に向かいます。そこから北西に向かい魚野川を目指しました。

 

歩き始めて暫くするとウメモドキ(梅擬)の赤い実が鈴なりに生っていました。色彩が乏しいこの時期にはひときわ赤い色が鮮やかに目立っていました。

ウメモドキ(梅擬)

 

 それから魚野川に向かう大池川の横の道を歩きます。ここではマユミの実が見られました。この実は小鳥のエサになるようですが、毒性があって人は食べられません。

マユミ(真弓)

 

 魚野川までは大池川のほとりを下って行きます。たまに生命力の強い帰化植物のセイヨウタンポポやヒメジョオンなどが見られますが、枯草の堤防はすっかり冬の佇まい、寂しい限りです。

 

 

八海山が奇麗に光っていました

 

 今日は八海山に日が差してきれいに輝いています。

八海山(その1

 

 今日は光の加減が良くていつもより輝いているように見受けられましたので、何枚か写してみました。

八海山(その2

 

八海山の険しい八ツ峰(その3

 

 魚野川に出て、上流に向かって堤防を歩きます。中学生の頃はよく此処に来て泳いだり魚を捕まえたりした所です。今はコンクリートの護岸ですが、当時は玉石積みで、川には沈床と呼ばれる木枠に玉石を詰めた護床が沈めてありまして、その中は魚たちの絶好の棲家になっていました。

 

 

魚野川に架かる福山橋の思い出

 1Kと300m余り、福山橋と言う橋があります。60年ほど前の春先、まだ雪解け水が濁流の様に流れていました。当時の川幅はもっと狭く、橋の高さはずっと低かったのです。そしてまだ舗装もされていない橋には所々大きな穴が開いていて、濁流の流れる水面が恐ろしい勢いで流れていました。

 その橋を夕暮れ、一人で渡らなければならない事情が出来て、歩いたことがありました。今では考えられなかった状況で、いつまでも忘れられません。

 

 

 魚野川を離れ、我が家の方に向かう途中、路肩から道路の法面に黄色い実が見えます。色彩の乏しいこの時期黄色の色が目を引きますが、これは外来植物のワルナスビという厄介な植物なのです。

ワルナスビ(悪茄子)

 

 

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)の見える渓

 2時間ほどぶらぶらと歩いて家に帰って来ました。時刻は2時半、まだまだ陽が残っていますので、きれいだった駒ケ岳の写真を撮って来ようと、今度は車で出かけました。

行く先はお隣の南魚沼市、水無川の上流です。水無川と言っても上流はかなりの清流です。

 

 上流には8月でも雪が残っている所も有って、イワナも沢山澄んでいました。下流に行くと流れの多くは伏流水となって地下に潜ってしまい、魚野川との合流点付近ではすっかり水が無くなってしまいます。それで水無川と呼ばれています。

 

 紅葉の季節や初雪の頃にはこの場所が好きで時折来ますが今年は雪が無くて今の時期でも来られました。

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)と郡界尾根

 

正面が魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)

 

 

 この後六日町方面まで足を延ばして巻機山の白い峰も写したのでしたが、この頃には太陽の加減が悪くなってしまいましたので、今回は紹介しませんが優雅な山容は麓に暮らす人々の心の山で、多くの方々に愛されている山です。

 

 

 今日も設けと言えるような穏やかな日になってくれまして、儲け物をした思いの一日でした。こうやって来るべき物が来ないということはあり難いのですが、反面少し落ち着きませんね。

 

 

 

 

2025年12月19日(金)快晴

 

師走の後半風景とは思えない穏やかな空の下

 忘年登山を雪の越後を逃れ群馬の山で登ったその後。魚沼も雪が減り続けすっかり初冬の風景に逆戻りして、昨日は最高のインディアンズサマー、好天の予報に触発されて山友から大力山のお誘いがありました。

 

久しぶりに大力山

 朝8時、今朝はぐんと冷え込み、日陰はかなり寒いです。足元は凍っていまして、かなり滑りました。

宝泉寺口の中部北陸自然歩道の看板「宝泉寺」

 

 今から2週間ほど前の7日、秋葉様を過ぎて少し行った所の鉄塔付近で親子連れの熊の情報がありましたが、翌日に登った方の情報では熊の足跡は見えず蹄の足跡が残っていたそうで、イノシシの足跡では、と推定していました。

 

 話は少し飛びますが2日前、市内の中学校付近い熊が出ました。今までこの時期に熊がうろつくなどと言うのは考えられなかったものですが、最近の情勢は少し違うようです。

 

 扨て、私どもはその後入手した写真からカモシカだろうという判断が濃厚でしたし、まだ里には柿の実が残っている木が沢山あるのに熊は手を付けていないようなので、餌の無いこの尾根に出没する可能性は低いと思われます。

 

 この時間帯、まだ日光が当たらない斜面は、かなり滑りまして、ピン長の用意をして来なかった私は滑ってまいりました。

5合目手前から小出郷を振り返ります

 

 9合目になりますと、路面に雪が少し積もっていまして、そこからは滑らなくなりました。

 

 東屋からは快晴の空の下、南の八海山方面から巻機山、妙高山や北西の刈羽三山、長岡市の東山丘陵など、久々の素晴らしい眺望に満足です。

八海山

 

南西の金城山から巻機山方面

 

北西、小出郷から長岡市東山

 

 

すっかり見られなくなったノウサギの姿

 頂上には獣の足跡が沢山ありましたが、狐の足跡ばかりで、期待されたトウホクノウサギの足跡は全く見られませんでした。

 私どもが子供の頃は、ノウサギは沢山いまして、雪の朝、家の周りには夥しいほどの足跡がありました。

 燃料事情の変化で、柴の代わりに天然ガスが普及し、山の柴が伐られなくなると、藪が増えてウサギは活動出来なくなってすっかり減ってしまいました。

狐の足跡

 

 

下山後は日常の家の作業に精を出し

 師走には珍しい晴天を満喫しながら大力山を後にして、自宅に戻ってからいろいろと気になっていることを片付けました。

 

 その後、庭に椅子を引っ張り出して日向ぼっこをしていると、青空を背景に柿の実が、そして近くの枝にスズメガ一羽、目に入って来ました。

何でもない風景ですが、なんとも暖かさが漂う風景でした。

木守柿

 

家の玄関先を根城にしているちゅんちゅん

 

 

 扨て、昨年は湿って重い雪に枝を折られた木々が多かったのですが、今年は年内大雪にはならないようです。雪があるべき時に降らないと困ることも多い雪国の暮らし、何事も極端ではなく、ほどほどにと願う毎日です。

 

 

 

2025年12月14日(日)雨

 

魚沼は時雨と青空が「代わりばんこ」

 師走の初めに行った忘年登山の日、魚沼は雪荒れの天気でしたが、本格的な根雪には至らず、インディアンズサマー、時折顔を出すお日様に心うきうきとしてみたり、代わりにやってくる寒波がもたらす冷たい時雨に空を恨めしく見上げたりする日が「代わりばんこ」です。

 

 積雪が少なくても一面に白い世界になると、晴天の日でもとても寒いです。それでも何とか表に出て、本格的な雪降り前の晴天を楽しみに出かけます。

 

 表に出て、まず目を向けるのは故郷の山「魚沼三山(越後三山)」です。三山は右から見てハナコ山と地元では愛着を持って呼ぶ方も多い。八海山、中ノ岳、駒ケ岳の頭文字を付けた愛称です。八海山は奥の入道岳が1778m、千本桧小屋の背面の岩場で1707m、駒ケ岳は2002.6mと標高では中ノ岳が一場高いのですが、八海山は標高のわりに荒々しく、駒ケ岳は優雅に、そして中ノ岳はあくまでも静かに悠然としていて、それぞれが故郷の山として愛されて魚沼の地を見守っているのです。

小出の町場から眺める三山の姿です

 

 それらの山に降った雨や雪の多くは魚沼の里を潤す多くの沢から魚野川に集まって来ます。その水が多くの魚を育み、アユ漁や、サケ漁も、鱒漁など漁業も盛んで、川にまつわる様々な物語を生み出しました。

 

 

 その魚野川の流れに立ち入って餌を探すダイサギがいました。こんな寒い時期に流れの中にたたずむ姿には感動させられます。

魚野川の早い流れに立ち入って餌をとるダイサギ

 

 

 扨て、そんな寂しい季節の晴れた日に歩いてみました。南天などはどこの家にも赤い実を付けて立派なものが多く目立ちますが、もうだいぶ傷んでしまった物も目立ちます。

 

 道端にツルウメモドキ(蔓梅擬)の赤い実がありました。この植物は園芸や生け花などで人気の植物だそうです。

ツルウメモドキ(蔓梅擬)ニシキギ科ツルウメモドキ属

 

 

 それからフユイチゴ(冬苺)の様子はどうかと山の方に行って見ました。昨年は丁度降ったばかりの雪と苺の赤い実のコントラストが奇麗でしたが、今年の冬イチゴはもうほとんど実を落とし、毛の生えたような額だけが残っていました。

フユイチゴ(冬苺)バラ科キイチゴ族

 

 

 その近くにコマユミの実が残っていました。この木はニシキギとよく似ています。先日公園のニシキギをブログで紹介しましたが、この後公園に行って比較用の写真を撮ろうと思います。

コマユミ(小檀)ニシキギ科ニシキギ属

 

 

 山道でコマユミを見ましたので響きの森公園に行ってニシキギ(錦木)の実を写しました。枝にコルク状の翼があるのが特徴とか。

 この木には青リンゴのようなにおいを出すカメムシ、キハラベリカメムシの食草だとか、

ニシキギ(錦木)ニシキギ科ニシキギ属

 

ニシキギ(錦木)その2

 

 この木には青リンゴのような臭いを出すカメムシ、キバラヘリカメムシ虫の食草だとか、この年の秋止まっていたのを写しました。黄色いのは幼虫だそうです。この時には少し揺すって見たりしましたが、青リンゴの臭いは確認できませんでした。来年もう一度やってみたいと思います。ちなみに昨年はカメムシが大量に発生しましたが、今年はごくわずかでした。

キバラヘリカメムシ

 

 

 扨て、今年は大騒動の熊でしたが、今年の漢字にも「熊」が一番だったようです。来年はどんなになるのか、心配の種は尽きませんね。

 

 

 

 

 

 

2025年12月4日・5日(木・金)

 

魚沼は大雪、群馬は快晴

 日々あわただしく暮らす中にあっという間に師走に入り、私どもが計画した山と温泉の旅は本年の最後の山旅になりそうです。その忘年登山は群馬県岩櫃山と四万温泉です。

 直前まで魚沼は晴天続きで、関東方面も天気は上々。しかし私どもが予定した4日には降雪が魚沼市内の多い所では50cm超えとの予報、隣の群馬県の山添も降雪が予報されていました。

 

 私は、岩櫃山は初めてでして、蜜岩コースのような鎖場などの連続するコースは最初からパスする予定でしたし。勿論雪が降る荒れの天気では登山も中止を視野に入れて魚沼を出発しました。

 岩櫃山はNHKの大河ドラマ「真田丸」のオープニングにも映像が使われたそうで、真田氏の上州侵略の拠点となった「岩櫃城」があった山だそうです。

計画した「岩櫃山」写真はネットより

 

 

雪降る中、魚沼を出発しました

 前日の夜降った雪は15cm程、同じ市内守門地区では30cmを越えて、今季最悪の天気でした。それでも越後が雪なら関東は快晴。それが例年の事ですし、予報も群馬県中之条町辺りでは快晴とのことでしたから、期待は出来ました。

 

 お隣群馬県は近いので、魚沼出発は9:30とゆっくりです。関越自動車道を魚沼ICから乗って関東方面に向かいます。川端康成の「雪国」の舞台となった越後湯沢の山は雪を被って山水画の様な風情です。

越後湯沢、魚野川対岸の山

 

 此処から国境の長いトンネルです。小説「雪国」の逆、トンネルの向こうの青空を期待しながら長い三国トンネルを潜ります。

 

 トンネルを抜けた群馬県水上町界隈に雪は見られましたが、大した量ではありません。進むにつれて雪は少なくなりました。今日は月夜野IC.で高速道路を降りて、国道17号線を少し越後方面に走り月夜野大橋を渡った所、真田氏ゆかりの名胡桃城跡の所で左折して、中之条町方面に「渋川下新田線」を走ります。高山村の中山と言う所で国道145号線に出、其処を右折して、中之条町に向かいます。

 

 岩櫃山「平沢登山口.コース」

 145号線を進み中之条町から東吾妻町に入り、岩櫃山「平沢登山口」の駐車場に向かいます。

 

岩櫃城周辺図

 

 駐車場には11時半に到着しました。駐車場には車は1台も見えません。天候の悪い予報でしたが、それにしても駐車場にはなんと、私どもの車一台のみだとは。

 

 

沢通りコースから岩櫃山、帰路は尾根通りコースへ

 さっそく支度をして出発します。平沢コースは沢通りと尾根通りがあって周回出来ます。コースも初心者向けとのことで、体力的にもあまりレベルの高い山ではないようですが、侮れません。

 

平沢登山口案内板

 

 路面は白くなっていますが、雪ではありません。霜が真っ白に道路に降りているのです。

沢通りコースと尾根通りコース分岐

 

 歩き始めると直ぐに尾根通りとの分岐があります。今日の行きは沢通りコース、帰路には尾根通りコースとしました。特に急登も無く穏やかな初冬の枯葉が積もった道を歩きます。

歩き始めの沢通りの風景

 

 35分で尾根コースとの分岐のある櫃の口と言う所に出ます。ここから少し険しくハシゴや鎖などが出て来ました。

結構ごつごつした岩が現れました

 

 しかし大して長いハシゴや鎖は無くて、息が切れることも無く登られました。

 

 9合目まで来ましたら前方に岩櫃山のピークが見えまして、同行のHさんが鎖で登っている所です。9合目から頂上直下までは鎖を使って一旦下がり、少し尾根を歩いて直下に出ます。

9合目から見た岩櫃山頂上(802.7m

 

頂上の岩場を登るHさん

 

 私はストックとザックを9合目に置いて空身で頂上に向かいました。頂上から鎖が2本たらされていまして、これで攀じ登るようです。私は高いところは苦手ですが、さほどの恐怖感は感じられず、何とか頂上に立たれました。

岩櫃山頂上

 

 頂上はあまり広く無くて大勢は立てませんが、今日の岩櫃山は私どもに貸し切り状態ですので安心です。ここでは街並みが直下に見えて結構な高度感が感じられました。

眼下の風景、高度感があります

 

 頂上で少し休憩してすぐに下ります。Hさんは鎖で懸垂下降で降りて行きました。私も続いて降りました、

 

 9合目にデポしたザックにストックを括り付けて下ります。登り始める時間が遅かったので、お昼の時間は少し過ぎましたが、8合目を少し下ったところで昼食にしました。

 季節が冬と言うことで蚊やヒルなどの害虫の類には行き会いませんでした。

 

 

下りは尾根通りのコースです

 30分ほど昼食とコーヒータイムの後に再び下ります。尾根通り分岐までは同じ道を下ります。

 

こんな岩が屹立しています

 

尾根通りコースから岩櫃城跡経由登山口

 尾根道に出て少し明るい道を下ります。

尾根通り5合目

 

 快適に道を下るとピッチは進みます。

奇麗な遊歩道となっています

 

 岩櫃城本丸跡に着きました。戦国武将ではとても人気の真田幸村ゆかりの城跡、東吾妻町の方々の愛情も伝わるよく整備された史跡です

 

岩櫃城本丸跡

 

 ここからも快適に下って登山口に到着しました。

 

登山口にある観光案内所

 

 ここの案内所は今日は開いて開いていませんでしたがパンフレットなども沢山置いてありまして、シーズンには賑わうのでしょう。

 

 観光案内所の前と横に正確な名前は分かりませんが十月桜というか、十二月桜と言うか冬に咲く.桜が咲いていました。愛想の無い冬の時期に訪れる人々に精一杯のおもてなしでしょうか。

冬に咲く桜、少しほっこりしました

 

 

扨て、山登りの後は温泉とお酒でしょう

 心配された雪の山、とはならず快適に忘年登山を終えました。勿論この後は温泉とお酒が待っています。

 岩櫃山から渋川方面に少し走り中之条町から国道353号線で四万温泉に向かいます。奥に向かうと少し雪の量が増えて、路面の日陰は凍っていました。

 

 ホテル到着後はすぐにお風呂に向かい、温まります。夕食は6時半からで時間がありましたので持参のビールを飲みながら時間を過ごします。夕食は飲み放題のコースでしたがその前にかなり入ってしまいました。

 

 風呂には何度か入りまして温まり、昼の歩きの疲れもあってか早めに寝眠りました。

 

 翌日も朝風呂に入りまして贅沢な時間を過ごし、ゆっくりと宿を後にしました。

 

 

帰路は道の駅でお土産などを買って」

 帰路は同行のHさんが欲しいものがあるとのことで、来た時の国道145号線には入らず、国道353号線を吾妻川に沿って渋川方面に走ります。途中小野子と言う地名にある、目的の「道の駅おのこ」に寄りましたが、目的の物は入荷していないとのことでした。

国道353号線にある「道の駅おのこ」

 

 さらに渋川方面に進み、昨日走った道路「渋川下新田線」に入り、月夜野方面に進みます。中之条町からの国道145号線とクロスする直前の高山村中山で「道の駅中山盆地」に寄ってお土産を買いました。

吾妻郡高山村中山の「道の駅中山盆地」

 

駐車場を出てすぐ国道145号線と交差しますが、直進して月夜野方面国道17号線の「名胡桃城跡」に向かいます。

 

 名胡桃城跡が近くなった所の道路横にリンゴ園の直売所がありました。ふじが一袋500円で販売されていましたのでお土産に買いました。

 

 この後は国道17号線に出まして名胡桃城跡を横に見て、利根川に架かる月夜野大橋を渡ります。下流方面に赤城山でしょうか、群馬の名峰を眺めながら関越自動車道月夜野IC.から越後に向かいます。

月夜野大橋から右方向の山々

 

 

 お決まりの国境の長いトンネルの先には寒い雪の世界が待っていました。

 

無事に忘年登山を快晴の中で終えることが出来ました。家に帰ると家人が.お土産をとても喜んでくれました。また長岡市に住んでいる孫娘が修学旅行のお土産を持って訪れてくれました。

 

 翌日には東京からやって来ていた先輩と友人たちと楽しく飲むことが出来ました。最近では体力の低下も顕著になって来て寂しい気持ちに陥りますが、反面こうした嬉しい日々が続いている事に感謝です、

 

 

 

 

2025年11月30日(日)快晴雨

 

魚沼市初雪の頃

 先日に魚沼は里にも初雪を見て、一年で一番寂しい季節を迎えました。

 

 季節の指標に二十四節季という分類があります。1年を24に分けて概ね15日毎の、季節の変化や、農業の目安などの大事な指標としています。そして更にそれより細分して概ね5日ごとに分けた72候と言う季節の指標もあります。

それらによると、24節季では今は「小雪」そして72候では朔風払葉(きたかぜ木の葉をはらう)と言う季節です。

 

 私が小学生の頃、この本格的な雪降り前は大人たちは実に忙しそうでした。冬の燃料はガスなどの無い時代、ボイと言われる柴が主体でしたが、それをストックしなければなりません。そのボイを摘んだものを「ボイニオ」と呼んでいました。それから思い出すのは大根洗いの風景、小川に板を渡して数人の女性が上下流に並んで板に腰掛けて洗います。洗った大根は「ダイコダテ」という藁と杉の葉で囲った貯蔵小屋を家の玄関先に作って貯蔵していました。此処に入れておくと凍みないのです。

 

 そんな大人たちが冬の支度に大わらわの頃、私ども子供たちは何をしていたのでしょうか。勉強していたという記憶は全く無いですね。

 

 そんな頃初雪がやって来ます。凩や時雨の騒がしい音が、ある夜一切消えて静かな夜になります。音が一切消えた時間は不思議な世界でした。

 音の消えた夜が明けた朝に初雪がありまして、その初雪は木の枝にやさしく纏わりついて、とてもきれいな物でした。厳しい冬の前触れにも関わらず、その風景を私は好きでした。

 

 

カワセミの睨み合い

 その11月も残すところも僅かとなった先日、ある公園の池から流れる小川の畔でカワセミが2羽向かい合っていました。最初は番いかな、と思ったのでしたが、どうやら2羽ともオスのようで、今は恋の季節でも無いことから、これは仲良しではないなと思いました。

これは睨み合いでしょうか

 私はこの場所にはもう何年も来ているのですが、カワセミを見たのは初めてでしたので、カメラを向けて暫く見ていました。

ガンの飛ばし合いも一休みでしょうか

 

 私は15mほど離れた場所でカメラを構えていましたが、彼らの近くに車が走って来て、彼らは下流に移動して行きました。

 

 
鴨が集っています  

 その下流の池のほとりには沢山の鴨たちが集っています。公園の池には大きな鯉もいまして人が近付くと餌を期待して寄って来ます。

 

この池は危険が少なく彼らはのんびりとしているように見えます。しかし、それでも以前には人に懐いていたアヒルも居たのでしたが、ある時獣に襲われて食べられてしまったようです。公園と雖も全く安全と言うことでも無いようです。

池のほとりで休憩中の鴨たち(その1

 

池のほとりで休憩中の鴨たち(その2

 

 

魚沼三山

 里の初雪を見てから既に10日余り、公園のニシキギはあの赤い葉をすっかり落とし、夥しい赤い実だけを残しています。

ニシキギの赤い実

 

 

 そして魚沼三山、頂は大分白さを増しました、

 

魚沼三山(越後三山)

 

 駒ケ岳からグシガハナの稜線、そして左側の急な渓はオツルミズ沢の絶壁

駒ケ岳(2002.7m

 

 こちらは八海山の岩峰、薬師岳の先八ツ峰の手前に千本桧小屋も見えます。

八海山の頂の岩峰

 

 

 扨て、11月も終わろうとしています。師走を前にした小春日和。実に暖かな長閑な日和となりました。明日からは大きな寒波がやって来るようです。

 

 

 この記事を書き始めて既に何日も経ってしまいました。なかなか根気が続きません。これからますますこうしたことが多くなって行くのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

2025年11月18日(雪)

 

立冬から10日、里にも初雪が下りて来ました

 高い山に3回降れば里にも雪が下りて来ると言われるその雪がいよいよ下りて来ました。

 

 その雪が降る二日前、晴天の小春日和が続いていましたが予報でこの陽気の後には強い寒波が雪を運んで来るとのことでした。まだ冬タイヤへの交換の済んでいない乗用車と軽トラックの2台の交換を済ませたその後、周辺の山を見に車を走らせてみました。

 

 

 水無川の上流に聳える魚沼三山。魚沼駒ケ岳、既に上は白くなっていますが、麓はまだ色付きを残した木々も見えます。

水無川上流に見える魚沼三山(越後三山)

 

 駒ケ岳を見ながら上流に向かうと更に駒ケ岳が近づいて、その険しさが一層よく見られます。

正面奥のピークが魚沼駒ケ岳

 

 正面の尾根は郡界尾根と呼ばれる実に険しい尾根で、この水無渓谷と反対側を流れる佐梨川との間に有りまして、そこには登山道はありません。

ヨモギから駒ケ岳に連なる郡界尾根

 

 魚沼駒ケ岳(2003m)は三山の中では2番目の標高ですが、その山容から深田百名山に数えられて、毎年多くの方々が足を運びます。

魚沼駒ケ岳(越後駒ケ岳)

 

 

 

初雪のあった日の魚沼市の風景を少し

 前日の午前中はまだ暖かなかな日差しが残って、多くの木々に枯れ葉が残っていましたが、夕方から吹き荒れた凩が落ち葉を舞い上がらせ、木々に残る枯れ葉を吹き落として行きました。

 

 そして一晩明けて表を見るとうっすらと白くなっていました

まだ銀杏は葉を残していました

 

 やはり雪の降る日は寒いです。猫もストーブの前で丸くなっています。

 

 春には沢山の桜を咲かせる魚野川左岸の桜堤も今は静かに初雪の寒さをこらえています。

 

魚野川左岸の桜堤の堤防道路

 

 2月に「国際雪合戦」の行われる奥只見レク都市公園「響きの森公園」雪のコロシアムも元気な雪の戦士たちがやって来るのを待っています。

奥只見レク都市公園「響きの森公園」の雪のコロシアム

 

コロシアム背面の山は昔から集落の人々に親しまれているブナ林と、一本杉の山です

「響きの森公園」奥にはブナ林と一本杉の山

 

 

 

 初雪は降りましたが、初雪がすぐ根雪になることは無くて、しばらく穏やかな日がやって来ます。そして通常は年末のクリスマスの頃に根雪になります。年を超えてから根雪になることもあります。

 

 そして春まで長い、長い魚沼の冬が続きます。

やがて春がやって来て、春にはまた新しい命が躍動しいつもと同じように季節が進んで行きます。そして自分にまた一つ過ごしてきた春の数が増えるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 2025年11月15日(土)晴れ

 

初冬の時雨の季節に恵みの小春日和

 高い山は白く雪化粧を初めまして、里も寒い日になりました。

 

 此処魚沼地方の象徴的な山、魚沼三山(越後三山)はもう2回ほど冠雪しまして、里にもいつ雪が下りて来ても不思議ではない時期になって来ました。

右側は八海山、奥の白い山が魚沼駒ケ岳

 

 そんな中ですが公園ではニシキギが紅葉しています。もういつ雪になるかも知れない時期ですが、植物たちはいつも一番きれいな表情を表現できる時期を知っているようです。

紅葉が見事なニシキギ

 

 ニシキギが見事に紅葉し、赤い種子を付けています。

ニシキギの種子

 

 冬を前に精一杯化粧する雪国の木々は健気でもあり、またしたたかでもあります。

 

 

大力山の登山道整備

 厳しい冬の前には雪国の人は多忙です。いろいろな作業が雪降り前に待っています。私はメインの雪囲いを先日に片付けました。大仕事の一つが終わりましたので細かい作業は少し先延ばしにして、この日大力山の遊歩道の整備に仲間たちと出かけました。

今年も賑わいました大力山です

 

 大力山には今年も大勢の方々が訪れてくれました。またこの大力山から黒禿の頭、鳴倉山の周回コースを利用した「魚沼スカイラン」が開催されて、数百人規模の大会だったと聞き及んでいます。

 

 扨て、しばらく懸案事項でありました遊歩道ですが、7合目からの「下の舟窪」付近の洗堀が目立つようになっていましたので、今回は其処を重点に整備することにしました。

 

 

 いつもの宝泉寺口を9時に出発することにしました。天気は今日、明日(土・日)は晴天の予報で絶好の日和でしょう。暑かった今年の夏は既に彼方に去って、小春日和の遊歩道は快適です。

秋葉様横から大力山

 

 7合目の分岐から沢側を「下の舟窪」と言いますが、ここは窪地の故に洗堀が進みやすい地形です。ここからを今日の作業場所に決めて作業に入ります。

 

7合目の分岐

 

 材料は既に運んであって、今日は設置だけなので作業はスムーズに行きました。

 

ステップのプラスチック製品設置作業

 

 1時間余りの作業で材料の設置を終えて、あずま屋に向かいます、途中アズキナシが沢山実を付けていました。

たわわなアズキナシの実

 

 

あずま屋にて

 この日100回目と言うご婦人は既に下山入りまして、作業中の私どものに挨拶をして下って行きました。あずま屋には女性が一人休憩中で、今回初めてとのことでしたが、いろいろ話も弾みました。

干溝の集落、間もなく雪化粧でしょうね

 

 そうこうして居る内に大勢の方が登って来られました。福島からお出で下さったそうで、黒禿の頭まで足を延ばし、夜は大湯に泊まるのだそうでした。

 

 この方々には大力山バッヂが遊歩道整備に使われている旨の趣旨を話し、沢山購入頂きました。ほんとにありがとうございました。

 

 

 この方々に挨拶して別れ、私どもは下ります。途中で単独のご婦人が登って来られました。Tさんとおっしゃる私のブロ友さんです。暫く言葉を交わしまして、彼女は登って行きまして、私は下りました。

 

 7合目 から少し下った所にキタテハが飛んでいました。とんとご無沙汰だった今年の蝶でしたが、こんな時期に出会うのも嬉しいことです。

7合目の付近で見つけたキタテハ

 

 

 秋葉様まで下りて来まして、此処から私は左の毘沙門堂の方に降りて行きます。此処にはミニ三十三番の観音様が祀られていまして、私の家の物もありますのでその様子を見ながら降りて来ました。

 

 コシアブラの幼木が白葉(黄葉)していました。こんな風景を見るのも楽しい里山の散歩道ですね。

コシアブラの白葉(黄葉)

 

 それから白とくれば赤いものも要りますよね。モミジの紅葉がありました。

モミジの紅葉

 

 

それから先日に引き続き秋の味覚のヒラタケを

 以前には実にたくさんのキノコが採れたものでした。最近では出会いの少なくなってしまったキノコですが、この日は沢山採れました。

ヒラタケの収穫

 

 

 天候に恵まれて、懸案だった遊歩道の手入れも終えられてほっとしています。またこんな小春日和の中で嬉しい出会いもあって、ほんとに良い日になりました。