パスタ熱冷める?!
ちょっと前にあるサイトを見ていたら無性に家庭のコンロでも使えるダッチオーブンやスキレットが欲しくなってしまい。ほとんど衝動的にネットで買ってしまった。
それ以来届くまではいつもダッチオーブンやスキレットを使うレシピばかり見ているせいで、あまりパスタを作るとか食べるといった気持ちになれなくなってしまっていた。
そしてようやく届いたので、今日の朝は早起きをしてまずはシーズニング。
両方やったので結構疲れました。
そして何より暑かった。ビール2本も飲んでしまった!
シーズニングの終わった奴等を見ていると、その黒光りした姿に我ながら惚れ惚れしてしまう。
さっそくダッチの方で“ミネストローネ”を試してみた。
本来はいきなり酸味のある物は止めた方がいいらしいが、我慢出来ないのでいきなりやってしまった。
作り方はいたって簡単!
いつものパスタと同じでにんにくに香味野菜とベーコンをぶち込んで、後はトマトを入れて煮込むだけ。
煮詰まったらジャガイモとパスタ
(結局パスタじゃないか?という突っ込みは無視して)
調べたレシピには水とコンソメを入れてあったのだけれど、化学調味料は嫌だったので、鶏がらスープを取って使ってみた。
仕上がりはかなり美味しく出来ました。
いつものベランダに出て、“ミネストローネ”と
鶏がらスープを作る時に使った鶏がらの身をほぐして中華風に味付けをしたものと一緒に食べました。
ちょっと遅めのブランチに頂いた初ダッチオーブン料理は最高でした。
次は“アクアパッツア”に挑戦して見よう!
ちなみに購入したのはいずれも10.1/4のサイズ。
これならば家庭のコンロでも大丈夫。
本当はユニフレームのものがよかったのですが、結構高いのでダッチの方は違うメーカーにして妥協してしまった。
シーズニングして思ったけれど、やっぱりユニフレームの方が使い勝手は良さそう。
洗剤でも洗えるし・・・・。
オイルサーディン・アンチョビにトライ!
いつも行くバーの若い衆が去年ぐらいからバーのマスターと一緒によく釣りに行っている。
話はよく聞いていたがいっこうにいい成果が上がらないので記憶から飛んでいた。前日に期待して待っているといつも・・・・
○○○なので。
すると、今年も皆で釣りに行くという。はじめの頃はやれキスが釣れたらどうのこうの、と言っていたが今では謙虚にシコ鰯なら何とかなりますというので頼んでおいた。
200匹は硬いです!なんて言うものだから、それ以来行きつけの「魚幸」さんに行ってもシコ鰯がトロ箱一杯になって売っているのを見ると、ついつい買ってしまいそうになっていた。
トロ箱一杯分のシコ鰯たったの500円だからもうビックリだ!
しかし、うちの女房様は下拵えの事を気にしてなかなかいい顔をしてくれないので、いつも買わず終いになっていた。
そんな折バーの若い衆の話を聞いたので、頼んでみたもののあまり期待はせずにいた・・・・
ところが、翌日のまだ寝ている昼頃に電話が鳴って起こされてしまった。
「澁谷さんのところはどれぐらい必要ですか?」
ついわたしも失礼な事に
「釣れたの?」
と単純に聞いてしまった。
「ええ、まあ。200匹ぐらいはありますよ」
驚きと喜びを胸に飛び起きて、家にある一番大きいボウルを持って外に出た。もう既に近くまで来ているというからだ。
釣りの翌日には苦虫を噛んだような顔をしているいつもの様子とは違って、釣りの成果に大満足したような、これでもかあ~、どうだあ~みたいな顔をしていた。
さっそくその成果の程を見せてもらおうと、クーラーボックスを開けてみると・・・
いましたシコ鰯ちゃん達!!!
何匹いるかよく分からないが、とにかくたくさんいたので持って行ったボウル一杯分のシコ鰯を頂いた。
この後の調理が上手くいくかどうかは、その時までのお愉しみというわけだ。
今回頂いたシコ鰯は予定では初挑戦となる“アンチョビ”にしてみようと思っているからだ。
このアンチョビは熱処理などせずに単純に塩だけでの発酵?熟成?なので、どの作り方を見ても自己責任において作るように注意書きされている。
発酵せずに腐ったりしたら大変だ!
でも、せっかくなのでやってみようと思った。丁重にバーの皆さんに御礼を言って、さっそくおうちに戻って気持ちが変らない内に下拵えを女房様にも手伝ってもらってやってみたが、二人掛りでやって手開き全て終えるまでに1時間たっぷり掛かった。結構キツかった。ズーッと同じ体制で処理をしているので腰が痛い!
とにかく全て下拵えが終わってみると、意外と量がたくさんあるので、せっかくだから半分はアンチョビにして
(失敗するかもしれないし・・・・)
残りは“オイルサーディン”に挑戦してみる事にした。
いざやってみると意外と無いものもたくさんあった(塩やオリーブオイルを大量に使うので)ので、アンチョビ用はペーパータオルでよく水切りして、オイルサーディン用の方は塩水に付けて締めておき、もうお馴染みの「松原商店街」へと散歩しに出掛けた。
買い物?散歩から帰ってさっそく水切りしておいたシコ鰯を見てみると、いい感じに水が抜けているので買ってきた塩をふんだんに使ってタッパーに引き詰めた。後はもう時間まかせ!
上手くいくかどうかは神のみぞ知る。
わたしがアンチョビを仕込んでいる間に、女房様の方はオイルサーディンを仕込んでもらった。
こっちはちゃんと熱処理をするので、まあそんなに大失敗は無いだろう、と思って任せておいた。
失敗してもせいぜい素揚げになっちゃうぐらいだから・・・。
そうは言っても圧力鍋を使っても1時間ぐらいは掛かるので、それまではまだ安心は出来ない。
ちょうど出来上がる頃には、わたしの出勤時間になってしまったので、出来の方はまだ未確認である。
まあ、帰ってからのお愉しみ!といったところ。
ちなみにアンチョビを作っているタッパーの方に後々なにやら汁が出てくるらしいのですが、これが俗に言う“ナンプラー”なるものらしいのだが、ちょっと使う気にはなれそうもありません
(おなか壊しそう!!)
キザな奴
いつものバーで飲んでいると会計時に財布から札を出す時にいちいちピン!ピン!いわせる奴がいた。
何だコイツ!
どんだけ金持ちかというのをアピールする素振りなのかどうかは分からないが・・・・
いやみな奴だ!
そんな彼のお相手は学生時代の先生とその奥様らしいのだが・・・
どうやら奥様は彼の同期らしく名前で読んでいた。
それなりに歳も取っているのに・・・
この先生はどんな思いでお相手をしていたのだろう?
ドギーバック(Doggie Bag)
日本でいうところの食べ終わった後に「これ残りを包んでくれる?」みたいないわゆるテイクアウト・お持ち帰りの事なのだが、アメリカではレストラン等で食べきれなかった物などを“ドギーバック”といって持ち帰るそうだ。
まさしくテイクアウトなのだが、これを今の日本のレストランでやろうとすると応えは「ノー」である
(なかには要望に応えてくれる店もあるようだが・・・)
食中毒等の危険がある為とは思うが、これはどんなものだろう。
わたしは酒飲みなので、レストランのコースなどを頼まれてしまうと食べ切れない。
作る人の事を思い、自分の店の従業員の事等を思うと、せめて少しぐらいは持ち帰って皆で食べさせたいという気持ちになる。
いろいろなお店で言ってはみたが、何処でも応えは「ノー」である。
だったらいっそのことアメリカ式に“犬にやるので持ち帰る”と言った方がいいのだろうか?
それともタッパーを自分で用意して勝手に持ち帰ればいいのだろうか?
主義・主張と弁護士が大切なアメリカでさえ認められるドギーバックが、何故日本のような国では認められないのかは、何かおかしいように思う。
アメリカでは自己主張をする分、後は自己責任って事かな??
そう考えると自己責任を持てない民族性だからテイクアウトも出来ない、はじめっから自己主張もするなって事か?
飽食の時代といわれるが故なのか?
今週は久しぶりにサボっちゃいました。火曜・水曜と2日間も・・・・。
実際にはその間にいろいろ面白い事もあって、その事はまた気が向いた時にでも書くとして、今日は先日ちょっと思ったことを書いてみた。
今の店にいるような若い連中に何が食べたいか?と聞くとまず間違いなく
“焼肉”
という答えが返ってくる事が多い。
わたしも若い頃は確かに焼肉は好きだったので気持ちはよく分かるのだが・・・・
・・・・オジサンにはもうちょっと重過ぎるし、キツイ!
そんなある時、店の女の子が掃除を手伝ってくれたお礼に店の下にある焼肉屋さんにリクエストにお応えして行く事になった。
その日はうちの女房様と三人で行ったのだが、「何を食べたい?」と聞いても遠慮して「任せます」というので、ユッケ・レバ刺し・タン塩・塩カルビ・ねぎサラダを頼んだ。
このねぎサラダはいわゆるねぎチャーシューのチャーシュー抜きみたいなヤツなので、これを塩かルビに巻いて食べるとかなり旨い!
出てきたモノを順に焼いていくと、今日の焼き物は全て“塩”なのでタレは必要無い筈なのだが、連れて行った彼女はタレを用意して付けて食べ始めた・・・。
まあ、こんな事はBBQをやっていればよくあることなので流していたのだが・・・・
ひと通り食べえ終わって追加を頼もうとして
「何が美味しかった?次は何がいい?」
と聞いてみると
「何でもいいです」
と言うので、じゃあ、今網にあるタンとかルビのどっちがいい?と聞いたら
「えっ!どっちでもいいです」
「・・・今焼いているどっちがいい?」
「どっちがどっちか分からないので、どっちでもいいです」
「・・・・・」
タンとカルビは見た目も違うし、味も違うだろ!
そう思うと何を喰わせても同じだなあ、と再確認した。
以前にも書いたようにいい肉を喰わせても、当時安かったジンギスカンを喰わせても、彼等に残るのは
“肉喰えた!”
という実感だけ。
自分で料理もしなければ、買い物もしない今の若い世代には無理ないかもしれない・・・。
でも、何か寂しいねえ~、そりゃあファーストフードでも十分だよなあ~。
結局いつでも何処でも何でもあるから、食材一つ一つの旬も分からなければその味も分かっていない。
アメリカ的に何でもケチャップ・マヨネーズ・マスタード・BBQソースがあれば何でも喰えるという事か・・・・
そうだ!
忘れちゃいけないチーズソースみたいなのもそうかなあ・・・・。
無題
ふと想うと“くッそー、絶対やってやる!”みたいな気持ちはいつ頃身に付いたのだろう?
よくよく想い起してみるとやはり、わたしの場合は若い頃の学生時代、部活動の中で自然と身に付いていたように思う。たまたま入った部活や先輩にも恵まれたお陰だと思う。人はやはり影響を受けやすいものだ。特にまだ固まっていない若い頃であれば尚更だ。
本当にそういった意味では感謝をしている。
まあ、その当時はとにかくキツクて大変だったけど、そういうツライ事の方が後々いい想い出になるのはみんなご存知の通りだ。
しかし、嫌な想い出は何時まで経っても嫌な想い出の様にも思う。
何が違うのだろう?
キツク、ツライ想い出も嫌な想い出も紙一重の様にも思う。結局はその状況を少しでも嫌だ!と思った瞬間にいい想い出にはならないのではないだろうか?
それとも後々に出てくる結果次第で過去の想い出も変るのだろうか?
わたしは精神論者ではないのでよく分からないが、その時その時を自分の力で全力疾走していれば、きっと全ていい想い出なのかもしれない。後悔しない自分の決断と覚悟があればどんな荒波も乗り越えられると思うのだが・・・・。
本当に心が折れてしまって、自暴自棄になるのなら、周りを引き込まずに一人勝手にやればいい。
それなのに周りを引き込んでわざと自己アピールするような奴とは関わり合いになりたくない。
負のオーラは恐ろしいもので無意識のうちに入り込む。
ちょっと論点がズレるが、私なんかその点嫌な後味の残る映画だって絶対に観ない。ホラーやオカルトなんてわたしの人生に必要ない・・・。
・・・・でも、うちの女房様は大好きなんだよね~。
以前にテレビで何故絶叫マシーンや怖い映画を観たり体験したいのか?という話の中で、何の恐怖も無い平和なこの時代、本来持っている危機防衛本能みたいなものを喚起する事でバランスを取ろうとする為だ、みたいな事を聞いたのだが、その点わたしの場合は日々店に出勤したり、営業をしている事の方がよっぽどハラハラドキドキで必要が無いのかもしれない。
部下には自分から挨拶をしない人
同業の知り合いに決して自分からは部下に挨拶をしない奴がいる。
しかも挨拶の時にも席に座ったままである。
いったいどういう教育をされてきたんだ。
確かに役職的にはかなり高い位置にいるようだが、本来なら自らが襟を正してしかるべきではないだろうか。
しかもコイツは自分より目上の人間に対しては誰よりも真っ先に挨拶をするといった芸当まで持ち合わせている。
ハッキリ言って開いた口が塞がらないとはこの事だ!
ちなみにコイツはわたしにも挨拶は自分からしない。
かつてはわたしの部下だったにも関わらず、わたしよりも年下にも関わらず・・・
まあ、そんな事はどうでもいいが・・・。
そうは言ってもわたしも自分自身反省をしなければいけないなあ、と思うこともある。
人の振り見て我が振り直せの諺にもあるようにただ批判するのではなく、自分自身にも反省が必要。
しかしそれにしてもコイツは人の目も見ずに平気で挨拶してくるぐらいだからきっと何かが欠落してしまっているのだろう。
こんな奴が何人もの人を束ねる役職にいるというのだから笑ってしまう!
ちなみにこの人の部下の連中は挨拶すらちゃんとしてくれないコイツの事を影ではボロクソ文句言っているのも現状である。
怖い・怖い、私も注意しようっと・・・
コンパニオンは誉めて育てる?それとも叱って躾をする?
わたしは間違いなく、誉めて叱って躾する。
誉めるべき事はオーバーに誉めるし、叱るべき事はしっかりと叱る!
だが、この業界では基本的には“誉めて~”が主流のように思う。
都内にある大手のグループなどでは初めて女子担当をする者に、
絶対に叱るな!
褒めちぎれ!
そして担当コンパニオンを毎日自宅訪問しろ!
それだけやってろ!
などという指導をしているところもあるぐらいだ。
先日もあるコンパニオンが辞める際に挨拶に来た時、
(実際には急に辞めると電話で言われ、そうじゃあないだろう!店に来てちゃんと言え、といったコンパニオンなのだが・・・)
この店に入ってひとつだけ感謝する事があります、と言われた。
感謝されるのは嬉しいが、たったひとつだけかよ!
などと思いながら話を聞いていた。
誉めるだけではなく叱られた事が勉強になりました、と言ってきた。
何だそりゃあ?
そんな事を言われてもどう反応していいものか迷ってしまった。
確かに今の世代は叱られたり怒られたりせずに育った人が多く、親にも殴られた事が無い“アムロ・レイ”みたいな奴が多すぎる。そんなんだからそりゃあ何かあれば直ぐにパニックや鬱になるってもんだ!
自分の意図しない障害に対しての抵抗力が無い、無菌育ちなのだから。
良かれと思ってやった事が逆に生きる源でもある生命力を弱めてしまうという「デオドラント症候群」みたいな馬鹿な話になるので、皮肉なものだ。
せめて体育会系の部活でもやっていると違うとは思うのだが・・・。
店内での写真撮影はいけないのか?
業界に入った頃はそんな事を何とも思っていなかったが、業界に入って暫くした頃あるお客様が写真を撮っていると、他の常連のお客様が怒り始めた。
「勝手に撮るな!もし写っていたらどう責任取るんだ!」
言われてみれば確かにそうかも知れない。
その場に居合わせた他のお客様の立場になればよく理解できる。
そんな事があってからは店内での写真撮影はタブーとなった。
そんな事は言っても実際はテレビの取材などの時には“好きな子を好きな角度で撮影出来る”みたいな勝手なシナリオで放映されたりした事もあった
(全くのウソ・ヤラセで取材の段取りを取った業者が勝手に話を作っていた。今思えばかなりひどい企画である。放映の2日前に突然取材に来て、当日に勝手な企画をやるような業者だった)
とりあえずそれ以降は基本的には写真撮影は禁止なのだが、ある筋
(本職の方ではないです)
の方々を接待していたら、やたらバチバチ撮られていた時には本当に参った!
コンパニオンからクレームまで来た
「あんな事やらせていいんですか?」
わたしは彼女の父親の職業を知っていいたので、改めて彼女に父親の仕事を尋ねた。
「○○です!」
それに対し
「今、君の言っているあの人達もお父さんと同業だよ!」
「・・・・・」
彼女は何も言わなくなってしまった。
「わたしのお父さんもあんな事しているんですかねえ?」
話は変るが最近行きつけのバーで一人で飲んでいると、若いカップルがデジカメでパチパチ撮り出した!
初めは直ぐに終わるだろう、と思ってやり過ごしていたが、終わったと思ったらまたパチパチ。
いっこうに終わる気配が無い!
その後も何かに付けてパチパチ!
さすがに嫌気がさした!
やっぱり13年前に言っていたあのお客様の言い分は正しかった。
私的交際(男女社員)はなぜダメなのか?
この業界では基本的にダメである。
店やグループによっても違うだろうがその処罰対処も様々である。
では、何故ダメなのだろうか?
言い方は悪いが店の商品でもあるコンパニオンに手を付ければダメというのは理にかなっている。
しかし、本質はそういった部分ではないように思う。
さて、ここでは私的交際といっているが、逆をいえば公的交際もあるわけだ。
それをどこででどう判断するかはその状況やそれまでの勤怠次第の様にも思う。
よくお客様などがコンパニオンの○○ちゃんとスタッフの○○が朝方歩いているのを見たとか、たまたま行った店で二人で楽しそうに飲んでいるのを見た等という話を聞くが、これも同じ事である。
ミーティングをしているのにその二人がつまらなそうに話している事の方がおかしいし、大事な話や話自体がもつれれば朝方までミーティングを取る事など当たり前の事である。
しかし、スタッフにとってもコンパニオンにとってもそういった噂は歓迎出来るものではないのも事実なので、双方他の人達に疑われないよう配慮するのも大切だと思う。
ただ、この業界に長くいる者として言えば、スタッフは仕事に没頭すればするほど他の女性との出会いのチャンスは無くなるし、コンパニオンだって仕事に集中していればお客様か店のスタッフ以外との出会いなんて無くなるものだ。
お客様が店のコンパニオンに、コンパニオンが店のスタッフに、スタッフが会社の店長や社長にという好意と憧れの一方通行があるのも事実だと思う。
そういう意味ではスタッフと上司が関係をもつことは無いので、お客様とコンパニオンとスタッフという三つ巴での駆け引きが日々あるのかもしれないが・・・・。
追記すると実際には男同士の私的交際もある。
肉体的なことではなく、
(あったら怖い・・・)
店で知り合ったスタッフ同士が規律違反をしたりして店や会社に損害を与えることは多々ある。これも立派な私的交際だと思う。
上司が部下を育てる手段として一緒に遊んだり飲食することはあるが、それも公的目的があれば成り立つ話で、店にメリットが無ければ必要ない。
ただ、ほとんどの場合はあまり効果が無い。
自分が目線を下げて一緒に遊んでいれば店を辞める事は少ないだろうが、命令系統が徹底出来なくなる。友達になってしまうからだ。
かといって、コミュニケーションも取らず何もしなければいくら命令を出しても機能的には動かないのも事実である。
出切る事ならば“覇者”ではなく“王者”に成りたいものだ。