新築中のマイホームと足場

今から35年前の1990年の夏に25年ローンを組んで着工したマイホームは

年末ギリギリに引き渡され東京から引っ越した

 

 

新築当時のマイホームと街並み

周りはまだまだ空き地が多く人間関係も煩わしくない立地だったので

生活騒音や子供の遊び声への苦情などなかったのだが

 

 

リフォーム前のトイレ丸見えの部屋

新築したのはいいのだが暮らし始めると色々不具合が発覚し始め

玄関からトイレが丸見えの構造だった

 

 

リフォームした玄関ホールと棚

そして19年前の2007年に諸事情あってリフォームを断行

問題のトイレ丸見えは廊下を左にずらして目隠しできた

 

 

京町家の紅殻色トイレと手洗い場

トイレは小洒落た和風にということと広さにこだわった

 

 

タンクレストイレ リフォームの交換部品

シャワートイレも当時で始めたタンクレスというスリムなデザイン

INNAXの新商品は35年前で22万円の価格

 

 

紅殻色の建物と郵便ポストの看板

トイレの壁紙にもこだわって紅殻(ベンガラ)色とし

岡山県の吹屋郵便局の塗装を参考にした

 

 

紅殻色の壁紙とコンセント

一度貼られたものをダメ出しし

再度張り替えたこだわりのクロス

 

 

青い手洗い鉢と蛇口

手水鉢も当初の土色からエメラルドグリーンにダメ出しした

 

 

浴室のシャワーとボトル類

浴室は新築時から1.5坪の広いもので保温性も高かったが

窓が小さく暗かったので浴室にも手を加える

 

 

浴室リフォームで広々とした空間に

窓を大きく開口するために提案されたのが・・・・

 

 

リフォーム後の明るい浴室と洗面空間

玄関の向きを変えることによりできた空間を

坪庭に改造し湯船からも楽しめる構造にするとともに

脱衣室との間仕切りを透明アクリルにすることで

広い空間を確保した

 

 

システムキッチンとシンク、コンロ、食器洗浄機

キッチンも手狭に感じ使い勝手が悪かったので・・・・

 

 

広々としたキッチンとダイニング、リビングの空間

圧迫感のある壁を撤去してダイニングとの一体感を確保

 

 

和室でくつろぐ子供、新築時の思い出

ついでに和室リビングを解体した

 

 

和室の収納と家具

和室の押し入れも取り壊し広いリビングに改装する

 

 

広々としたリビングダイニングと吹き抜け

押し入れ部分はTVスペースに様変わり

 

 

リフォーム用作業車と新品ウォシュレット

そんなこんなで愛されてきたシャワートイレだが

ここへきて時々ウオッシュレットが動かなくなった

業者に相談すると寿命は10年で交換部品がなくなるという

 

 

トイレ交換作業をする男性

便器としてはまだまだ使えるのだが

日本独自に発展してきたガラパゴスウオシュレットは

様々な部品で機能するものだから故障も発生しやすい

 

 

リフォーム後のタンクレスシャワートイレと洗面台

コンセントを一旦抜いて入れ直すと起動するのだが

20年経過しているのだからこの際交換することに

 

 

トイレタンクレス交換作業中の男性

今回もタンクレスタイプがTOTOの小売価格40万円のものが

3月中に注文すれば半額の20万円とのことだったので

一も二もなく発注した

 

 

リフォーム後のトイレと廊下、収納

これに設備工事屋さんの工事費が

お友達価格で2.5万円という破格の半額くらいの請求

いつもありがとうございます

 

 

トイレリフォームで配管工事をする人

INNAXからTOTO製品に変わるので

同じタンクレスなのだが排水塩ビ管のサイズなど

微妙な違いがありしばし説明書と首っ引き

 

 

トイレリフォームの準備と資材

水漏れ等の心配もなく19年間利用できた

 

 

交換前の古いトイレとトラック

搬出した便器はまだまだ現役でがんばれそうな風情なのだが

 

 

タンクレスシャワートイレ交換作業

排水口に無事に結合できたようでめでたしめでたし

 

 

TOTO製タンクレスウォシュレット操作パネル

操作盤も変わったのでどこに何があるやら

取り外して裏側にもいろんなボタンがついていてしばらく悩みそう

 

 

犬と車のある住宅の外観

思えば新築からかれこれ35年

 

 

家族と犬、玄関前の記念写真

この玄関口にはいろんな思い出がこもっている

 

 

黒い外壁のモダンな二階建て住宅

子供達がそれぞれ独り立ちしたが

孫達が喜んで泊まりに来る家づくりを目指して

気合いを入れたリフォームが完成してはや19年

 

 

リビングでくつろぐ家族と子供たち

35年前の引越し直後の正月の記念写真

 

 

家族と犬がソファに座っているリビング

リフォームしてからもいろんなところに不具合が生じ

今度はこっちを次はあっちをと手を加えなければならないが

家族の絆だけは不具合が生じないように

日頃のメンテナンスを心がけなければならない

 

 

 

実家にあった小手毬の立木を掘り起こしてきた

 

 

こんなセダンによくも入ったもんだというくらい

立派な枝ぶりの小手毬ちゃん

 

 

全長2メートルを超える立木は

今を盛りに咲き誇っている

 

 

移植先は石油タンク前の手狭な場所

 

 

何故ここかというと左手のタンクの目隠しの必要性から

 

 

慎重に掘り起こしたつもりだったが

輸送中に土がはだけてきた

 

 

穴を大きく掘り起こしたいのだが

両隣の株や汚水枡が邪魔して広く掘り起こせなかった

 

 

なんとかギリギリ入る程度の穴なので窮屈そう

 

 

花の感じは素晴らしい

 

 

花がタワワに咲き誇っている

 

 

タンクの目隠し大成功

 

 

いつまできれいに咲いてくれるのだろうか

 

 

ちょうど白い薔薇も花をつけ出した

 

 

美しすぎる

 

 

赤い薔薇も頑張っている

 

 

こちらはほぼ20年ものの老木だが

 

 

フキの葉っぱの間から可憐な花が

 

 

春紫苑は野草だが荒地に強い

 

 

植えて2ヶ月が経過したじゃがいもは元気に成育中

 

 

身の丈70センチくらいに伸びすぎて

肝心のジャガイモに栄養が回らないつるボケが心配
 

 

トマトも安定の成長ぶり

 

 

すでに小さな身をつけているものも

 

 

弱々しかったネギもなんとか真っ直ぐ伸び始めた

 

 

きゅうりも頑張っている

 

 


スイカの生育が遅いのが心配

 

 

実家から秋に移植した芍薬は

 

 

あと少しで大輪の花を咲かせそう
 

 

玄関の春の鉢バナも元気だ

 

 

玄関のタイルの隙間から花を咲かせる逞しいやつ

 

 

ツタバウンランはすみれのような花を咲かせる

今年の春も我が家の庭は元気です

 

 

薫風香る5月某日

仲間を募って広瀬川をウオーキングした

 

 

参考にしたのは新日本歩く道紀行推進機構さんのHP

 

 

大橋の袂でキリシタン殉教者の慰霊碑を初めて見学した

 

 

その先にある銭形不動尊を学習

 

 

仙台半の通貨仙台通宝ゆかりの不動尊とのこと

この場所の対岸山頂に青葉山の政宗騎馬像が見られる

 

 

台風の都度川の氾濫に見舞われた花壇地区は

その後上流へのダム建設や突堤の設置で

今は花壇自動車学校が一体を活用している

 

 

学校関係者と思われる車両のナンバーは

なぜか同じ3388

 

 

評定河原には陸上グランドや野球場があり

広瀬川が花壇地区で大きく蛇行している

様子を見ることができる

 

 

評定河原橋を渡って瑞鳳殿を目指す

 

 

参道はかなりの長さと坂道になっており

同行者の一部が麓で待つこととなったので

途中の鹿児島県人七士の墓と伊達家菩提寺である

瑞鳳時境内のお参りのみで瑞鳳殿手前で戻ってきた

 

 

途中の青龍荘は老舗旅館天龍角の跡地に建てられた結婚式場

2024年に開業し1日1組の貸切挙式が売りらしい

 

 

続いてお霊屋橋を渡るが昭和10年に突貫工事で作業され

僅か244日の突貫工事で完成させたと言うから驚きだ

以前は木製の吊り橋があった

 

 

橋の先には肉の伊藤の本店がある

固い信用軟らかい肉の看板が微笑ましい

 

 

橋の先にはセコイヤ類化石林の案内看板があり

300万年まえの立木が火山灰に埋もれ

珪化木として炭化し生きる化石として保存されている

 

 

水が干上がると完全に化石が姿を現してくれる

 

 

その先は米ヶ袋遊歩道が続き対岸には

仙台の老舗割烹である東洋館が建つ

 

 

左手に宮城県工業高校があり

右手は聳えるような断崖絶壁だが

そこにマンションやアパートがずらりと建っている

 

東日本大震災でも被害がなかったが

この先いつまでも大丈夫と言う保証はないが

遮るもののない高所からの眺めは最高だろう

 

 

土樋付近は東北学院大学の本拠地であり

学生向けアパートや単身者向けマンションが多い

 

県道286号に出ると愛宕大橋に出る

橋の袂では大規模な水門工事が行われており

新宮沢橋の竣工に合わせて工事が完了するらしい

 

 

長町から五橋を通って市内中心部に入る道路は

いつも大渋滞の場所だったが

昭和50年に開通したことで渋滞が緩和された

 

 

これにより東北自動車道へのバイパスも完成するとともに

同時に仙台市電が廃止されることとなる

 

 

 

愛宕大橋の下を潜って愛宕橋方面のサイクリングロードを歩く

 

 

愛宕橋の先は宮沢橋がありここでは新宮沢橋が工事中だ

 

 

愛宕堰は鮎の魚道があるほか

仙台平野を潤すための取水口が古来より設置されている

 

 

これは愛宕橋付近に戦前まであった愛宕プール

50メートルプールや飛び込み台もあって

市民に愛されていた

 

 

同じく昭和初期の宮沢橋付近の画像で

対岸の大きな建物は専売公社と宮城農業高校がある

 

 

この場所には個人所有の通称一銭橋が架けられており

昭和以前は農業高校生は一銭を払って

近道の宮沢渡しを利用して通学していた

 

 

新宮沢橋は286への渋滞箇所だったが

ももなく新橋の完成でくねくね交差点が解消される

 

 

ゴール近くの愛宕橋が近づいて来た

 

 

愛宕橋付近は仙台七夕ん時期に合わせた夏祭りの中心地で

花火大会や精霊流しが開催され

花火大会は桟敷席まで設けられた

 

 

そして本日の最終目的地である食堂に到着

 

 

店内は昭和の香りが残る街の定食屋

 

 

その昔に仙台市内に数十店舗存在した

叶やを名乗る店の生き残りが長町一丁目にあった

 

 

定食が中心のきたな美味い店そのものである

 

 

生姜焼き定食の米が美味い

 

 

一足早い冷やし中華も懐かしの味

 

 

天津飯も街中華の本領発揮

 

 

値段も800円前後で良心的

昭和遺産とも言える定食屋は

老夫婦?が一生懸命「叶や」の看板を守っていた

 

 

今回のブログ編集にあたっては仙台市が運営する

上記のH Pが大いに参考になり

懐かしの画像も合わせて解説文も引用させていただいた

 

 

ただし最後まで分からなかったのが大橋の川床の穴の正体だった

広瀬川の淀み橋や霊屋下には甌穴(魚が作る産卵場所)や

滝壺にできるポッドホールの可能性もあると言うのが

この画像をgoogleのAIに質問するも答えが出なかった

しょうがないので今度は画像なしで

「大橋の川床の穴は何?」と質問すると

昔の橋脚跡だと一発で回答が返って来て納得した

 

そうだよな どう見ても人工物だよななどと納得したが

広瀬川HPさんの盛りだくさんのページを一生懸命読ませていただき

本当に勉強になりましたありがとうございます

 

 

 

 

3月下旬に植えたジャガイモが2週間くらいで芽を出してくれた

芋を2個並べて植える2個上とかに初めて挑戦するので

この先の成育がちょっと心配だが

 

 

そんな心配をよそに植えて1ヶ月後には大きな葉っぱが伸びてきた

ということでそろそろ芽欠きをして

数ある芽の中から2本だけを残す

いわゆる2本立ちにして栄養をそこに集中させる

 

 

自宅庭の新規造成畑は午後しか日が当たらないので

成育がちょっと心配なのだが

 

 

一方こちらは実家の花壇だったところを

畑を無くした素人百姓が急拵えで造成した畑

 

 

狭い畑なので手前に見える田んぼ用の波板畦ガードを使って土の流出をガードする

順調に育ってきたので芽欠きの後は追肥と土寄せをした

 

 

一方夏野菜は4月の2週目には植え付けたので

1ヶ月後には順調な成育

 

 

ちょっと早いがポールも立てて2本仕立てで

脇芽を一本だけ育ててやり

その他の脇芽は早めに除去する

 

 

4月下旬にはスイカ苗も植え付け

暫くはミニ温室で低温障害の予防と

風除けで暫く過保護に育てる

 

 

一緒にカボチャ苗も一本だけ畑の隅に植えてみた

 

 

前年11月ごろに実家の日当たり悪い空き地に

畑を造成しようとして掘り返し途中で諦めた場所

 

 

それと言うのもあまりにもの石ころだらけに

一度は造成を諦めたところ

 

 

なんとかさつまいもも育てたいと意を決し

改めて石ころ除去と土壌改良することに

 

 

ここは1にちぬ血の2時間も日が当たらいところなのだが

失敗を覚悟で挑戦してみることにした

 

 

手で土と石ころをより分け

ふるいを使って根っこやゴミを除去した

 

 

なんとなく様になったので俄然やる気が出てきた

 

 

その1週間後にホームセンターに

元気なさつまいも苗を発見したので

マルチを張った上で20本の苗を斜め差しで植えた

 

 

これは前年の晩秋に実家から移植した芍薬だが

半年の時を超えて土の中から芽を出してくれた

 

 

ここも朝の2時間しか日が当たらないので

花まで咲いてくれるか甚だ不安ではあるが

辛抱強く面倒を見ることにしよう

 

 

なっとか蕾も見えてきたので

何輪かは花を咲かせてくれるだろう

 

 

こちらも同じく実家から移植した薔薇の老木だが

何本かから新しい枝を伸ばしてくれたが

まだ蕾は見当たらず今年は葉っぱだけで終わるかも

 

 

実家にある南天の移植を思いつき

 素人植木屋に挑戦

 

 

根回りが結構大きい上に

他の灌木と根っこが絡まっており

掘り下げるのに苦労する

 

 

全高2メートルを超える成木なので

車に入れるのも一苦労

 

 

植える場所も下水枡が干渉し合う

狭い土壌なので植え付けに一苦労

 

 

肥料なども漉き込んでなんとか完了

 

 

灯油タンクが丸見えなのでここの目隠しが必要

 

 

と言うことで何とかタンクが隠れてくれたが

ちゃんと根付くかは2ヶ月後を見ないと分からない

そんなこんなの春の庭仕事の一部始終で今日もいい汗かいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仙台から京都大阪神戸の旅4日間の最終日の午後

異人館などの見学を終えていよいよ甲子園球場に向かう

 

 

この日は阪神対巨人伝統の一戦3連戦の3戦目

とは言っても2戦目は大雨で試合中止となった

 

実は今回の旅に合わせて第2戦のチケット購入を関西の知人に依頼

ファンクラブに加入している人がいたので

優先販売に期待をかけたが

 

 

ファンクラブ加入者でもこの有様なので

一般発売はなおのこと望み薄だ

 

 

SNS上でも近年の加熱気味チケット争奪戦に嘆き節

とにかくサーバーにすら入っていけない惨状

 

 

と言うことでほぼギブアップの窮状報告があり

この時点でチケット入手は諦めることに 

 

と言うことで1週間後の一般発売に挑戦することにしたが

こちらも朝からネットに繋がらず

昼過ぎに繋がったと思ったらすでにsoldout

熱狂的トラキチの前に夢は儚く消えた 

 

 

と言うことで折角神戸に来たのだからせめて甲子園を参拝すべく

急遽前日になって甲子園スタジアムツアーを検索

スタジアムツアーは満席だったので練習見学コースを予約した

 

 

甲子園歴史博物館の見学料も込みのチケットだったので

まずは練習風景を見学して猛虎打線を間近で応援することにした

 

 

ツアー参加者一行20名ほどは一矢乱れぬ行動で

指定された座席についたのだが

 

 

トイレは事前に済ませ

声を出さずに

席を立たずに

飲食は禁止

などとがんじがらめの集団行動

もっと間近で見学できるものと期待したのだが

選手との距離は30メートル以上離れているので

背番号で選手を判断しなければならない

 

 

阪神電鉄の沿線開発の一環として着手した球場建設だが

当所の鳴尾球場から現在の甲子園に建て直したのは1924年

 

 

収容人員5万人と言う巨大球場が誕生し

全国中学校優勝野球大会の第10回大会開催以降

高校野球の聖地として現在に至っている

 

 

因みに甲子園という名前は1924年の十千と干支が

ともに先頭の(甲)きのえと(子)ねだったことから

60年に一度の縁起のいい年として甲子園と命名された

 

 

甲子園球児が持ち帰る土は

全国各地の選りすぐりの黒土に白砂をブレンドし

世界屈指の屋外球場としてのコンディションを維持している

 

 

現在は左右両方のアルプススタンドの

銀傘延長工事が行われており

完成すれば外野以外は雨対策や灼熱対策に効果を発揮する

 

 

練習風景観戦は20分ほどで終了し

この後は甲子園歴史館の見学となる

 

 

2010年に開業した歴史館は幾度かのリニューアルを経て

2022年に現在の甲子園プラスに移転オープンした

 

 

高校球児の聖地に相応しい

貴重で充実した展示が目を見張る

 

 

常連校の名物監督の紹介まである

 

 

春と夏の大会の県別の優勝チーム地図は

東北と日本海側が寂しい表示となっていた

 

甲子園を目指す高校球児の漫画の中でも水島新司のドカベンは

日本中の野球少年たちを夢中にさせた

 

 

しかし女子の心も惹きつけたタッチはその主題歌も愛されたことから

数ある高校野球漫画の中でもナンバーワンの人気を誇ることなった

 

 

甲子園フォントと言われる手書きの選手看板の中でも

バース 掛布 岡田の名前は

阪神ファンにとって無双のラインナップである

 

 

これまで甲子園で活躍した学校名が印字された

ボールがずらりと並ぶ

 

 

一方こちらは名門チームの帽子がずらり

 

 

歴代の名勝負画像と両チームのユニホームが展示されていたが

この映像は秋田の金足農業が準決勝で決めた2ランスクイズの瞬間

 

このほか古すぎるが松山商業と太田浩司率いる三沢高校の

決勝再試合の懐かしい映像も流れている

当時仕事をサボって街頭テレビで三沢を応援していたことを思い出した

 

 

スコアボード下から球場を眺望する通路の途中には

歴代名選手の中でも野球殿堂入りした名手たちの

ブロンズパネルが並んでいる

 

 

甲子園のグランドサイズは本塁から118メートルあり

ホームランが出にくい球場として有名である

昨年一番ホームランが出たのは横浜スタジアムの126本だが

因みに甲子園では38本しか出ていない

こんな広い球場で阪神は結果を出しているのだから

日本一は当然のこと

 

 

歴代三菱電機がオーロラビジョンでスコアボードを彩ってきたが

2019年に大型一面化して大迫力となった

 

 

博物館内にはいろんな記念写真用パネルが設置されている


 

タイガースグッズの購入に色々悩んだ結果

お薬手帳にしました

 

 

そろそろ帰りの便の時間が迫ってきたので

名残惜しいが帰らなければならないが

すれ違うトラキチたちは16時の入場時間に合わせて

嬉々として球場に押しかけてきた

 

 

記念に近もっちゃんと記念写真

今年もたのんます

 

 

仙台に無事に帰還後に

動画のアップやブログの整理をしていたタイミングで

チケット購入を依頼したYさんから

慰めの日本酒六甲おろしが届いた

 

 


添えられた手紙には「娘ともども笹かま美味しくいただきました」

毎年この酒を引っ掛けながら阪神の日本一を応援しているので

一緒に味わってくださいとの嬉しい文面が

 

今年の阪神は投手陣に不安が残るものの

打撃陣の踏ん張りで日本一奪還に邁進している

全国のトラキチの皆さん今年も最後まで応援しましょう

 

 

新大阪ワシントンプラザは景色の見える外向きの部屋と

菱形の内側吹き抜け側にしか窓のない裏部屋があるが

景観悪しなどの表記がない部屋に通され

いささか不満のまま一夜が明けた

 

 

朝食は付いてないので前夜のうちに近所のコンビニで

サンドウイッチとオニギリとカップ味噌汁の朝食とした

前夜飲みきれなかったレモンハイを朝から引っ掛けた

 

 

関西4日間の旅の最終4日目は六甲山と神戸界隈を周遊し

甲子園球場を見学して伊丹から仙台へ帰る行程

 

ホテルに荷物を預けて新大阪から姫路行き快速に乗り

六甲山への入り口であるJR六甲道駅を目指す

 

 

六甲道からバスで六甲ケーブル下駅まで行き

そこから六甲山上駅への往復きっぷを購入した

車内は欧米系訪日客の団体で賑わいを見せていた

 

 

1000万ドルの夜景を謳う六甲山系からの夜の眺望は素敵らしいらしいが

せいぜい5万ドルの夜景と思われる画像しか見つからなかった

 

 

山上駅で降りケーブル待ちをしていると

眼下の工事現場が気になって調べると

昔は表六甲線というロープウエイが六甲山頂まで営業していたが

2004年からの運休期間を経て2024年に正式に廃止を決定

現在古い索道を駅舎の撤去工事をしているらしい

 

 

神戸市内を見下す眺望は山上駅からの眺望で十分だった

 

 

結局ガーデンテラスまで行ったが山上での滞在時間は1時間未満で

早々に帰りのケーブルで下界に降りてきた

 

 

再びJRに乗車して三宮駅で下車し

適当な昼食場所を探す

 

 

Google mapで検索すると評価4.7の洋食屋さんを発見

予約必須との記載だがダメもとで押しかけることにする

 

 

店は神戸異人館に繋がるトアロードから2軒ほど奥まったところにあり

オモテのチョコレート屋さんに間違って入ってしまうほど

看板の位置が紛らわしい

 

 

店に到着したのが開店の11時直後で

おそらく予約客が一通り着席した直後と思われた頃

 

予約してないんですがと遠慮気味に尋ねると

空いてる席にどうぞと奥のカウンターに案内された

 

 

テーブル席が全部で8席

キッチ目の前のカウンターが5席

奥のカウンターが4席のこじんまりした店内

 

 

オススメの本日のランチを注文しながら

テーブルの冊子類に目をやると

この店の紹介本や記事が目に入った

 

 

元々は祖父が太平洋の女王と呼ばれた日本郵船の浅間丸でコックをしており

船から降りや後には仲間とレストランハイウエイを元町に開店

その味を引き継いだビストロジローと共に

孫に当たるDAITO店主が味を引き継いだ

 

 

自慢のカニクリームコロッケは

船内調理では油で揚げることができないことから

コロッケはオーブンで作られ油っこくない

その手法を店主も引き継ぎ

揚げない洋食の店として2022年にオープンしたもの

 

 

ハンバーグもふんわりジューシーで

調理は全て注文を受けてからスタートするので

最低15分お待たせしますの案内が出ている

 

 

すでに着席している客への提供が一巡してからの調理なので

40分以上は待ったのだが

蛤の赤だしも含めて全て美味しくいただきました

 

 

せっかく北野地区まで来たので異人館地区を一巡した

 

 

そこからいよいよ阪神電車に乗って阪神甲子園球場へ

今日は伝統の一線阪神巨人戦のナイトゲームの3戦目

とは言っても人気のプラチナチケットはどうあがいても手に入れることはできず

已む無く球場見学ツアーに申し込んだ

 

 

但し友人に依頼していた観戦希望日は前日の第2戦だったが

前日は大雨で試合中止になったので

チケットを確保できていたら落胆のほどはいかばかりか

 

 

折角神戸にまで足を伸ばしたのだからということで

前日に思いついて練習風景見学ツアーへの申し込みとなった

もっと近くで見られるのかと思ったら

背番号を見ないと誰が誰なのかわからに微妙な距離感だったが

一通り猛虎打線のクリーンナップの練習風景を

この目に焼き付けることができた

因みにこの三連戦の阪神は15日の雨で中止を挟んで巨人に2敗した

 

 

甲子園歴史館で歴代チームのユニホーム展示や

高校野球の歴史を振り返る展示を十分楽しんだ後

ホテルで荷物をピックアップし新大阪駅前から

空港バスで伊丹空港へ到着した夕食はカレーをいただいた

普通なら夕食どきにはビールの一杯も引っ掛けるのだが

仙台空港にマイカーを預けているのでそういうわけにはいかない

 

 

伊丹空港は2022年に全面リニューアルしており

保安検査場を抜けた先のフードコートが大充実しており

立ち食いの握り立て寿司屋さんや

焼き魚専門店などがいい匂いをさせていた

 

 

仙台からの到着便が10分以上遅れて到着したが

その程度なら普通は挽回するのが飛行機の所要時間の常識だが

この日は全員搭乗完了してもなかなかタラップがはずされず

動き出すまで30分以上案内もなかった

 

 

結局仙台到着は所定の21時から40分も遅れ

自宅に着いたのは23時を過ぎていた

 

 

風呂を浴びてビールのアテは伊丹空港で買った551の肉まん

いやはや怒涛の京都大阪神戸4日間の旅は事故なく帰還した

お疲れ様でした

 

関西の旅3日目は大阪への移動日

前日の朝食は都ホテル京都八条の地下1階にある

朝粥の店うおまんだったので

この日はブッフェ会場に行ってみた

 

 

チェックイン時から欧米人の団体さんで大混雑のホテルだが

朝食会場も団体さんで大行列

和洋のブッフェスタイルなのだがライブキッチンは見当たらず

意外におかずの種類は限られている

 

 

ご飯1膳を食べた後にパンを摘んでみたが

全てが残念な味のものばかりだった

 

 

2泊した都ホテルをチェックアウトして

目の前の京都駅からJRでこの日の宿新大阪のホテルに

荷物を預けて地下鉄を乗り継ぎ大阪城へ向かった

 

 

大阪城内も訪日客が一杯でお祭りのような賑やかさ

降りた駅から30分近くかかって入場ゲートに辿り着く

 

 

ところがここでは入場券購入の行列ができていたが

この行列に並ばない人がスマホ片手に売り口へ向かっている

 

 

よく見るとチケットを持ってる人の優先ゲートとなっている

慌ててスマホで検索するとネットから購入できるようだが

そのことを理解するのにすでに20分以上も行列していたので

外国人観光客状態で券売機でチケットを購入

 

 

この群れの状態でみんなが天守閣を目指すのだから

今度は直行エレベーターの行列が待っていた

 

 

階段はスムーズに進んでいるようだったので

息をあげ上げ展望台を目指す

 

 

各階には様々な趣向を凝らした展示物があり

大阪城の歴史を解説している

 

 

元々この地には石山本願寺があったが信長が攻め落とし

秀吉の時代に城を築いた

 

 

豊臣の末期に徳川軍との冬の陣や夏の陣を経て攻め落とされた

 

 

徳川の時代になって豊臣時代を上回る壮大な城に建て替えられた

 

 

続いて四天王寺まで路線バスで足を伸ばした

ここは聖徳太子が建立したと言われる宗派を問わぬ修行の場所

 

 

聖徳太子と同じ法華経を重視していた最澄率いる天台宗が

四天王寺との関係を深め天台宗の寺の時代が続いた

 

 

しかしその後は天台宗から独立し

和宗と宣言して現在に至っている

 

 

 

明治45年に初代通天閣が誕生したが

戦時中の大火で一度は解体された

 

通天閣の立つ新世界地区は日雇い労働者の街のイメージが強く

朝から酒を飲み将棋を指しパチンコをするおっちゃんの街だった

 

 

しかし今では外国人が大挙した押し寄せ

かつての簡易宿泊所は外国人向けゲストハウスとなり

パチンコ屋は消えて派手な看板の串カツ飲食店に様変わり

 

 

客も外国人なら呼び込み側の店のスタッフも

英語を話す外国人労働者が雇われている

 

 

昼時なので店を探しているうちに

生ビール1杯150円の看板に誘われ入店したが

串カツを500円以上注文せよとの条件付きに騙された

 

 

大阪に来たらたこ焼きでしょうと思って注文したが

からりと焼かれておらず微妙な味

 

 

とんぺい焼きは中身の豚肉が豚肉臭くて堪らんやつ

 

 

口直しにカスうどんでお茶を濁した残念な昼食となった

 

 

雨が本格的になる中を天王寺動物園を横切って

あべのハルカスを目指す

 

 

300メートルの高さを誇る日本一の商業ビルは

晴れていれば展望台から六甲山や淡路島を眺望できるが

この日はあいにくの土砂降りで展望台は諦めた

 

 

京都の2日間の晩飯とこの日の昼食は残念続きだったので

新大阪駅内の今夜の夕食は失敗が許されない

数ある店舗を吟味して?落ち着いたのがケラーケラーカヴァという

ビストロ風ビールとワインの店

 

 

6種の前菜セット2200円との安くて美味そうなメニューがあったので

速攻注文し黒ビールで乾杯したが

二人で1皿は量が少ないがどれを食べても美味かった

 

 

この後お勧め但馬鶏の唐揚げはデカくて皮ぱりで中はジューシー

最後にクリームパスタをワインで流し込んで満足な夕食となった

 

 

都ホテル京都八条の地下1階にある和食の店うおまんは

朝御膳のお粥と豆腐が人気の店

 

 

豆乳鍋の豆腐は最後の一滴まで美味しい味わい

 

 

普通に利用すると4,000円だが

ホテル宿泊者は3,300円で利用できるが

今回我々は朝食付き12,000円で予約したので

気軽に利用することができた

 

 

この日の午前中は内外の観光客に評判の伏見稲荷大社へと向かった

 

 

京都駅からJR奈良線で2駅目が最寄りの稲荷駅

通勤時間帯に京都駅から乗車したので通勤通学の利用者で車内は満員

 

 

駅を降りると観光バスで来た訪日客や修学旅行生

そして一緒に電車から吐き出された欧米系の観光客で改札口はカオスな状態に

すでに早朝参拝を終えた帰路につく乗車客とのすれ違いも凄まじく

狭い駅周辺は押し合いへし合い

 

 

なんとか参道を上がっていくと次なる関門は

外国人にも人気の御朱印受付所

近年の訪日客に御朱印は人気の記念品らしく

漢字がクールで嵩張らない御朱印帳は引く手数多で

一人で10冊くらいのご朱印帳を抱える猛者もいた

 

 

我が同行者は身軽なバック一つで来る時に

肝心のご朱印帳を持ち忘れ

泣く泣く紙札を購入する羽目に

 

 

近年訪日客の映えスポットとして人気急上昇の

伏見稲荷は朱色の千本鳥居の迫力で訪日客の参拝が後を絶たない

 

 

千本鳥居と称される境内の鳥居は全体で1万本以上あるらしく

新たな鳥居の設置は希望者が多いが半年待ちの状態が続いている

 

 

鳥居の設置には半径15センチの小さなもので30万円から

設置者の大半は個人ではなく企業からの申し込みが主流のようだ

 

 

本当は山頂である稲荷山を周遊するのがいいのだが

3時間近くかかる上に四ツ辻から上は本格トレッキング覚悟が必要

したがって観光気分の人は稲荷山十文字展望台からの眺望を楽しんで下山する

 

 

でももう一踏ん張りして荒神峰見晴台まで頑張れば

さらに眺望がひらけて納得の景観を目にすることができる

そしてこれはMACCHAN358さんのインスタに掲載された

夕焼けの見晴台の絶景だ

 

 

さらには年に2回だけ電波塔を利用して

提灯が鳥居の形に照らされる行事に出会うことができるらしい

ただし夜の伏見稲荷は神秘的ではあるが

かなり怖いらしいので覚悟を決めていくべし

 

 

およそ2時間の荒業?を終えて一旦ホテルへ戻る

シャワーを浴びて今回の旅の主目的である

会社OB会の全国大会に参加した

全国から懐かしい顔ぶれ八十人ほどが会し旧交を温めた

 

 

会の冒頭で舞妓による踊りの披露があった

 

 

舞妓が結婚すると芸妓になり

こちらのお姉さんは貫禄の舞を披露した

 

 

懇親会は着座の和風フレンチで

最初は刺身のカルパッチョ

 

 

こちらはカサゴのムースとムール貝のワイン蒸し

 

 

最後は牛フィレステーキ

 

 

舞妓さんは記念写真に収まってくれた

 

 

13時から2時間の懇親会に満足しつつ

夕食まで時間があるので京都駅周辺の

スポットを散策することとしてとりあえず西本願寺を訪れた

 

 

西本願寺は親鸞聖人の遺骨を安置した場所

その後蓮如上人が教団を拡大し秀吉の庇護を受けた

 

 

石山本願寺の争いは信長と浄土真宗(一向宗)による宗教政治紛争

巨大な軍事力と経済力を持つ本願寺に対し

足利、武田、毛利、上杉らと連携して信長を多方面から苦しめ

10年以上の睨み合いは全国各地の信長は仏敵という一向一揆に発展した

信長と和睦するか徹底抗戦するかで親子の判断が割れ

そこに秀吉や家康が介入し

最終的には天皇の仲介で顕如が石山を明け渡す和睦となり

徹底抗戦を主張した長男に後継を託さなかったことから

本願寺は東西に分かれる運命を辿り現在に至る

 

 

西本願寺の目の前には千枚漬けで有名な西利の漬物本店がある

千枚漬けは聖護院かぶらを昆布で漬け込んだ京都を代表する漬物

 

 

海の遠い京都では野菜のほぞ御手段として漬物文化が発展し

良質な水と発酵を促す底冷えの気候が漬物作りに適していたのだ

 

 

この日も朝から目一杯の行程だったので

夕食はホテル近くの居酒屋に入る

 

 

15時頃まで会食していたのであっさりしたものということで

昨日も食べただし巻き卵を注文

 

 

そして焼き鳥をすこしつまみ

 

 

汁物が欲しくなったので地鶏鍋を注文

全てチェーン店の冷凍食品でがっかりの味わいだった

 

 

飲み足りない分は部屋で飲むこととし

コンビニで酒とつまみを仕入れ

窓の外の夜の新幹線ビューをつまみに2次会を楽しんだ

 

 

日中もこんな光景を楽しむことができ

撮り鉄にとって都ホテル京都八条からの景観は贅沢の極みの部屋らしい

 

 

 

 

 

 

会社のOB会が京都で開催されたので

夫婦揃ってOBということでANAの一番安いチケットを購入して伊丹に飛んだ

今時は大阪往復が2万円ちょっとなので

新幹線利用という選択肢はない

 

 

15年以上も前の2年間の大阪勤務時代は

毎月1回単身赴任帰省でこの上空を飛んだことを思い出す

 

 

今回の宿は主催者側が用意した都ホテル京都八条

京都駅の南口(八条口)の目の前に位置し

伊丹空港からは直通の空港リムジンで所要1時間で到着する

 

 

朝10時過ぎの到着なので荷物だけ預け市内観光に出かけることにする

ロビー周りは欧米人の団体客がたむろし

日本人の姿は数えるほど

 

 

主催者が用意してくれた部屋はツインの朝食つきで

1人12,000円ということだったが

他の予約サイトと比較しても最安値だったので助かった

 

 

 

八条口には近鉄奈良線のターミナルビルがあり

ビル内にも都シティ近鉄京都駅という系列ホテルがある

 

 

八条口から自由通路を抜けるとJR京都駅に繋がっているが

ここでも多くの欧米訪日客とすれ違う

 

 

京都駅名物の大階段は171段もある

 

 

毎年2月には駆け上がりレースが開催される

 

 

吹き抜け様式の京都駅は今から30年も前に作られた

斬新なデザインと空中経路は

今見てもその先進性には驚かされる

 

 

中央口は別名烏丸口とも言い

烏丸通に沿って京都市交通局の地下鉄が国際会議場まで延びている

 

 

建設当時は賛否両論あった駅前に聳える京都タワーだが

1964年の建設で古都の景観に合わないという批判は

建設当初からあったが現在ではダサ可愛いとかB級っぽいとの

擁護論もあるが高さ規制のある京都では例外中の例外の建築物だ

 

 

京都駅から地下鉄四条烏丸まで移動し

大丸を左折すると錦市場入り口に辿り着く

 

 

これはもはや商店街や市場の光景ではなく

立ち飲み通りで風情のかけらもない

 

 

これに至っては富士山芸者の

日本ステレオタイプのアメリカ人の感性だ

 

 

大トロ八百円は手が出ないが

これは全部食品サンプルなので気をつけて

 

 

錦市場は市民の台所として繁盛してきたのだが

近年は訪日客のアミューズメントスポットと化し

かなりの店舗が軽食屋台化してきた

 

 

訪日客はSNS情報をもとに店を探し当てるので

情報に載らない店との繁盛ぶりのギャップが激しい

 

 

外国人に対して注意喚起のお触れ書きはあるが

必ずしも理解の上で旅をしている感じでもない

 

 

但し食べ歩きに関しては商店が全体が自衛策を講じており

店内で食べるように促したり

食べ歩きできない提供の工夫を徹底しているようだ

 

 

何かつまんで行こうことでSNSで人気の

だし巻き卵の老舗に入った

 

 

こちらではお茶を飲んでいけと盛んにセールス

 

 

腹が減ったので手軽な京ラーメンの店にと思ったら

正統派京都ラーメンの流れを汲むみやこという店に入店

 

 

イチオシとろ旨チャーシューメンは

とろみのあるパイタンスープに

チャーシューがゴロゴロ入ったスタミナ系で

京都人はご飯と一緒に食べるのがルールらしく

これにもご飯がついてきた

 

 

行列ができる人気店らしく

八坂神社の近くなので外国人客が多かった

 

 

よせばいいのに餃子と唐揚げがセットになった

欲張りセットも頼んじゃった

 

 

ラーメン店の目と鼻の先に八坂神社がある

 

 

八坂神社は祇園さんとの呼称で

地元の人から親しまれている

 

 

祇園祭の時は八坂神社の3基の神輿が繰り出し

山鉾巡行に彩りを添える

 

 

続いては浄土宗の総本山で法然上人が開祖した知恩院の山門は

木造門として日本最大級を誇る圧巻の構え

 

 

法然上人の御朱印をいただきました

 

 

続いては青蓮院を訪問

 

 

青蓮院は天台宗の門跡寺院で

皇室との結びつきがある由緒あるところ

 

 

夏場の青いライトアップは幻想的で人気のイベント

 

 

続いては皆んな立ち寄る平安神宮

 

 

本日4枚目の御朱印です

 

 

初めて神苑なる有料入場スポットを訪問

 

 

あと5日早ければ綺麗な枝垂れ桜が見られたのだが

 

 

見事な枝ぶりの園内

 

 

6月になると菖蒲が見事に咲き乱れる

 

 

遠目で見るとハシビロコウに見えた青鷺

 

 

日本でハシビロコウは動物園にしかいない

 

 

東神苑にかかる太平角は京都御所から移築されたもの

 

 

ベンチに座って庭園を眺めるのも一興 

 

 

夕食は京都駅前の激安イタリアン

 

 

2時間の飲み放題をつけて四千円という激安

 

 

料理は七品つきとはいうものの

出てくるのはカラオケやのつまみ程度のレベル

 

 

その代わり飲み物のバラエティーは豊富で

料理の恨みを酒で晴らす

 

 

飲み放題だけにして料理は別注すれば良かったと後悔

 

 

それではアルコールで元を取ろうと

2人で飲んだ酒は12杯

 

 

最後のどうでもいいようなデザートはパス

 

 

ベロベロで部屋に戻ると

窓の外には京都駅と新幹線の雄姿が広がっていたが

 

 

ピンボケの写真だったので

「出発進行」さんのサイトの画像をお借りしました

 

 

同じく夜の風景だがこの10階の部屋は撮り鉄ファンにとって

垂涎の部屋だったらしい

ありがとうございました

 

今日は長い1日だったなあ

 

庭の菊桃が例年より10日以上早く開花したこの春

 

 

昨年11月に実家の庭から移植した芍薬が

春の芽吹きと同時に無事に育ち始めた

 

 

わずか数日でぐんぐん成長を始め花芽のつくのが楽しみだ

 

 

 

同じく移植した薔薇の老木もめでたく若葉を茂らせてくれて安堵

 

 

 

マルチを張ったジャガイモが20日を経過して萌芽を始めた

 

 

 

陽当たりの良い実家の畑の方が元気が良い

 

 

狭い花壇を畑に造成し直した甲斐があった

 

 

萌芽を始めてからわずか2日でぐんぐん葉っぱを広げてきた

 

 

例年ならGWの初め頃に植える夏野菜だが

JAあさひなで200円のお得なトマト苗を発見したので

気が早いが天気も安定しているので植え付けた

 

 

そうは言っても温室管理と風邪対策で

ミニ温室フードを被せて天気の様子を見る

 

 

フードの足りないところには

農薬袋で風邪対策を講じた

 

 

トマトはわずか1週間で着床したようなのでフードを外す

 

 

気が早いが支柱も立ててやった

 

 

 

苗と支柱を麻紐で繋いだ

 

 

ネギ苗も50本700円と激安だったので

狭い畑の隅っこを利用して植えたのだが

ちゃんと育ってくれるのだろうか