マイアミへの旅④【旅の話】
XXIX(24th)スーパーボウルも大方の予想通りサンフランシスコ 49ナーズ(NFC)の勝利で幕を閉じた。
MVPにはサンフランシスコ 49ナーズのQBスティーブ・ヤングが選出され彼にとって前任者ジョー・モンタナにやっと追いつく勲章を手にした試合でもあった。
私のマイアミ3泊5日の旅もスーパーボウルの試合終了により全ての予定を終了した。
観客席から取材に追われていた先輩たちのいるプレス受付に行きホテルに帰る準備を手伝う。
コーディネイターのママさんの予想通り駐車場から出る車は大渋滞になっており係員の話では最後に出る車は2時間後になるとの事だった。
雑誌社の若手編集者もスーパーボウル速報誌発行の為、試合で撮影したポジフィルムを持って日本にトンボ帰りの予定でホテルに戻るのを急いでいた。(今はデジタルカメラの発達と低価格化で現像はしないが)
編集長やカメラマンは会場で行われる記者会見や試合後のインタビューに追われている為にプレス受付で別れを告げた。( ̄— ̄)ノ~~マタネー☆
そしてスタジアムから少々離れ駐車場渋滞が切れた場所でコーディネイターのママさんに携帯で電話して迎えに来て貰おうとポケットから電話を出した。
その瞬間、私は顔面蒼白から血の気が引いた。
それは携帯電話のバッテリー切れのメッセージが液晶に出ていたからである。 (; ̄0 ̄)ノ マジ?
住宅のまったく無いスタジアム周辺には公衆電話は無く、通りすがりの人に『携帯電話を貸して欲しい』と言っても暗闇を歩く怪しい東洋人3人に携帯電話を貸す人も当然無く途方に暮れていた。
スタジアムに戻っても記者会見中の編集長を呼び出す術も無くコディネーターのママさんとも連絡も取れない。
3人は当ても無くコディネーターのママさんが行きに降ろしてくれた場所を探す。
しかし、昼の風景と全く違い正確な場所が見つからない。( ̄ロ ̄|||)ガ~~ン!
1時間ほどぶらぶらと歩いていると交差点に止まる白いバンを見つける。
そう、コディネーターのママさんが連絡があまりに遅いので迎えに来てくれていたのである。
ママさんは通りかかる人に私たちの特徴を話して探してくれていたのだった。
やっとの思いでバンに乗り込んだ私たちはホテルに着くまでママさんに『ありがとう(≧∇≦)』を何十回も言い続けた。
そして、深夜1時過ぎに無事にホテルに戻った私は翌朝7時のフライトの為に帰り支度を始めた。
空港に5時過ぎに行く為には当然タクシーだったので財布のお金を確認した。
何故か残金にお札が無い???( ̄◇ ̄)!焦った私は今日の行動を思い返してみた。
そうだ!NFLエクスピアリンスで切れまくって買い物をしていた先輩にお金を貸していたんだ。
私は『先輩、さっきのお金返して下さい。』と言うと、先輩は『お金を持ってないから借りたんだよ~。返すのは日本に帰ってからだよ』と平気な顔をして答える。
『エッ!!』驚いて『私のタクシー代はどうしましょう?』と尋ねると先輩は『良かったな~ホテルの横にシティバンクがあって』と答える。( ̄‥ ̄)
彼は2時をとっくに過ぎた夜中に銀行へ行けばと軽く言ったので『じゃあ一緒に行きましょう』と言い2人で銀行に向う。
『お前は心配性だな~スーパーウィークは警官が多いから治安は良いだよ。現に誰も歩いて無いじゃん!』と言い入口でキャッシュカードを入れ中に入りディスペンサーの前に行く。(当時は日本にこのような24hシステムは無かった)
お金を下ろして後ろを振り向いた私たちにまたアクシデントが起こる。
それは銀行のガラスにへばり付いた黒人が私たちを見て何かを話しかけているのである。(まさにTVのCMでガラス越しにトランペットを見ている黒人少年のように)
どう見てもちょっと弱ったホームレスなのだが、やっぱり深夜の街で会うのは恐怖である。
彼は私たちに向って『シガー、シガー、シガー、シガー、シガープリーズ』と言っている。先輩はポケットに入っているタバコを彼に見せドアが開くと同時に遠くに投げる。
2人は猛ダッシュでホテルに無事駆け戻った(〃´o`)=3
そして私は一睡もすること無く4時半にホテルからタクシーに乗りマイアミ国際空港に向う。
シアトル経由となる帰国便に取り合えずチェックインを済ませ搭乗開始をロビーで寝て待つ(ー。ー;)zzz♪
ロビーで熟睡状態の夢の中で外国人が私を名を連呼しいる。それは搭乗が開始されているのに飛行機に乗らない私への呼び出しだった。
急いで飛行機に乗り込み自分の席に行くと白人の女性が座っている。
『私の席では?』と聞くと彼女は『私は乗らないの。90歳の母が1人でシアトルに帰るから出発まで座らせて貰ったの』と言い私に『母を宜しくね』と飛行機を降りていった。
当然、90歳のおばあちゃんとはスーパーボウルの会話も噛合わず、家族やタコマに住んでいるぐらいの会話で終始した。
睡眠不足の私は、おばあちゃんとの続かない会話を忘れ熟睡モードに入ってしまう(ー。ー;)zzz♪
そんな私を何故か叩き起すおばあちゃん。良く見ると朝の機内食が出てきていたがフォークが入ったビニールが開けられないようで私に向って『開けてくれ』と訴えていた。
結局、この後もクッキーを『開けてくれ』等の訴えがありシアトルまで熟睡は出来ませんでした。( ̄◇ ̄)!
シアトルに着きおばあちゃんの荷物を見てビックリ!どう考えても90歳のおばあちゃんが持てる量では無い為、2人分の荷物を持って飛行機を降りる。(あのマイアミでの娘が言った『母を宜しくね』はこう言う意味だったのかは不明である)
タコマ空港のロビーに出るとおばあちゃんの迎えに息子夫婦、娘夫妻、子供、親戚など10人程が待っていた。
息子夫妻が荷物を持っている私を見て、とても喜び、お礼をして頂き『マイアミの妹から電話で聞いているよ。今日は家に泊まって行ってくれ。』とのお誘いを頂く。
帰りを急ぐ事情を話すと『次に来る時はシアトル シーホークスを応援にタコマに来て我が家に泊まってくれ』と言われアドレスと電話番号を渡された。感(┳o┳)涙
トラブル続きの旅ではあったが最後に会った家族のお陰で何か気分の良いマイアミの旅となった( ^∇^ )
終わり良ければすべて良し!おばあちゃんとその家族のお陰で気分良く成田まで熟睡のフライトでした。
尚、寒い日本⇒熱いダラス、マイアミ⇒寒いシアトル、日本の寒暖20度以上の旅で、この後体調を崩した事は言うまでもない。(皆さん、旅行は計画的に......)
マイアミへの旅③【旅の話】
今年の顔合わせはサンフランシスコ 49ナーズ(NFC)対サンディエゴ チャージャーズ(AFC)の西海岸同士の対戦となった。
サンフランシスコ 49ナーズ(フォーティーナイナーズ)はアメリカズチームのダラス カウボーイズと90年代を2分するチャンピオンチームであり、今回のスーパーボウルも大方の予想はサンフランシスコ有利と言われている。
対するサンディエゴはシンデレラチームとして大方の予想を裏切ってのスーパーボウル出場となった。
スーパー開催地マイアミでの人気では地元ドルフィンズがAFC所属ともあってサンディエゴ応援がやや勝っているように感じた。
この日の朝もキューバンサンドをスタンドで買ってホテルの部屋で食べ出発準備をする。(*~∀~*)
今回の旅で私のマイアミでの食事の思い出は、この美味しいキューバンサンドだけで終わってしまう。(この日の昼、夜はスタジアムのジャンクフード決定的なので)
そして、この日はコーディネイターのママさんに会場となるジョー・ロビー・スタジアム近くまで送って頂き、試合終了後のに携帯で連絡を取りピックアップしてもらう事にする。
試合前にスタジアム横に隣接された巨大アミューズメントパーク『NFLエクスピアリンス』を見て試合会場に入る予定となりました。
NFLエクスピアリンスのコンセプトである『NFLを体感する。』部分では実演アトラクション(パントリターン・パスキャッチ・パス精度の測定)で経験者の意地を出しながらも満喫しました。(〃´o`)=3
やはりアメリカンフットボール本場でアメリカ人に実演後にGood Job!、Fine!、It is wonderful!!を連発されると嬉しいですね。( ^∇^ )
その後はアメリカ全土から集まったグッズショップ、カードショップが一同に介するコーナーを覗きに行った。( ̄□ ̄;)スゴッ!
しかし大きな会場では何を見て良いのかも判断出来ないぐらいのグッズやスポーツトレーディングカードが所狭しと陳列してありました。
アメリカ人はスーパーボウルが開催される前一週間をスーパーボウルウィークと言い、NFL決勝戦で盛り上がって行く開催地の街、スタジアム、アトラクションを1週間かけて楽しむ為に休暇を取って開催地を楽しんでNFLシーズンを終える。
そして次のNFLシーズンを迎える秋までNBAのFINAL、NHLスタンレーカップ、MLBのワールドシリーズを応援しスポーツライフを満喫する。
本当にアメリカンスポーツの地元密着とその全てをファンが応援出来るようなスケジューリングは最高である。( ^∇^ )
私の馴染みが深いテキサス州ダラスもNFL(ダラス カウボーイズ)NBA(ダラス マーヴェリックス)NHL(ダラス スターズ)MLB(テキサス レンジャーズ)MLS(ダラス バーン)と週末の土日に楽しめ、金曜の夜はそれぞれの大学チームが試合を行う。
1年中地元のプロスポーツチームと大学チームを応援出来る。スポーツ好きにはたまらない!!
そして試合開始前の派手なショーはスポーツと言うよりエンターテイナーのショーを見るようである。
よくスーパーボウルは試合開始前までが面白く試合の結果は至って一方的で凡戦で終わると良く言われる。
今回も前半は良くサンディエゴが食い付いたが後半は一方的にサンフランシスコが押しまくり試合を終えた。(私は睡眠不足と凡戦が祟り後半に2度ほど記憶が飛んでしまった(┳o┳)
初日のトラブルを2日目、3日目と順調に終え、私のマイアミ強行日程の旅も明日の早朝便に乗り帰国することで無事に終わるはずであった。
つづく..... ( ̄ロ ̄|||)ガ~~ン!
マルコン!キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!【川崎F】
マルコンは左サイドとCBをこなすアトレチコ・パラナエンセの主将で185cm83kgの屈強な体格と強いキャプテンシーを持ち合わす。
一時はフランスリーグのクラブが獲得に乗り出し川崎フロンターレ入団が不安視されていましたが、本日のモバフロの速報メールに『背番号6MFマルコン』の名前がありました。
それにしても今日の新体制発表会の速報メールを出すなんて『モバフロGJ!!』
これでFWジュニーニョ、マルクスとMFマルコンの新ブラジルトリオが良いコンビネーションを構築してくれることに期待したい。
私は残念ながら仕事で新体制発表会には行けず、外資アイスチェーンのパティーのイベントでスヌーピーと一緒にホテルで働いていました。
イベント会場となった東京プリンスタワーパークホテル
マイアミへの旅②【旅の話】
トラブル続きの旅も成田から19時間経ち、やっとマイアミの古びた『Riande Hotel』に到着した。
明日(正確には今日)からのスーパーボウルウィークの旅を楽しみにしっかり休もうとホテルの部屋に向う。
ドアを開けるとライターの先輩とその仲間(デザイナー、編集者、カメラマン、コーディネイター)が狭い部屋で私の到着を首を長くして待っていた。
やっぱり到着が遅れていたので心配してくれていたんだと感激をする。(まったくの間違えであったが)
到着早々『遅いな~』『何でこんな遅いんだよ』『遅れているのに、お前サインなんかもらって!』と皆から一斉に大ブーイング。。( ̄ロ ̄|||)ガ~~ン!
そしてライターの先輩が『よし行くぞNFL主催のエクスピアリンスパーティー』( ̄◇ ̄)!
『車だったら30分ぐらいだろう』(あんたアメリカの車で30分って何処まで行く気??)
私が『いやもう夜中の1時近くだしパーティー会場に着いたら2時になっちゃいますよ』と言っても誰も耳を貸さない。(パーティーはオールナイトが当たり前の国である)
勝手に『マーカス アレンがゲストらしいよ』『タグリアブー(NFLコッミショナー)は帰っちゃたかな』とか言いながら車に乗り込む。
車で走ること30分そこはマイアミではなくフォートローダーデール(エクスピアリンスパーティー会場)であった。
この時点での私の興味は睡眠しか無く、しょうがなくビールを飲んでホテルに帰ったら直ぐに爆睡体制を整える事にした。
カウンターに行きビールを頼むと、いかにも若い店員が『何歳?ID見せて』と言って来た。
私は『30歳だから飲んで良いんだよ』と言っても首を振るので免許書を見せビールをオーダーした。
その若い店員はおもむろにポケットからディズニーランドで身長制限をクリアーした子供がはめるリストバンド出し、私の手に付け『今度、ビールを売ってくれなかったらリストバンドを見せれば買えるよ』と言い残しカウンターの裏に去って行きました。。( ̄◇ ̄)!
お酒を買う度にリストバンドを見せている私を横目に先輩たちは笑いながら雑誌のネタ探しをしていました。
結局、睡魔と戦い1人でパーティ会場で飲み続けていた私を横に先輩たちは帰りの車で『パティーは記事の収穫も無かったし盛り上がりもイマイチだからホテルで寝てれば良かったな~』などと話をしていました。(朝の4時まで居てそれな無いだろう!!ヾ(`◇´#)ノ
翌日は朝から起こされホテル裏にあるキューバ移民が経営しているスタンドバーガーショップ(日本の立ち食いそば)で皆さんお薦めのキューバンサンドを食べる。(これは絶品でした。( ^∇^ )
2日目の取材予定は元NFLプレイヤーでスーパーボウルに出場したオーナーが経営するスポーツショップ、アメフト強豪大学マイアミ大学、ベイサイドショッピングモール、NFL名QBダン マリーノが経営するスポーツバーに行く予定である。
1件目のスポーツショップ『ベンチウォーマー』のオーナーが面白く、私たちがスーパーボウル出場の思い出を聞いたところ『店の名前だよ』と答える。
そう彼は『ベンチウォーマー』(控え選手)で試合には出場していないのであった。
そして彼が『名前が思い出せないが昔、日本人野球選手のスターが来たぞ』と言った。私たちは『サダハル・オーでは?』と聞くと『すまん名前は忘れたが私にロケットに乗りたいが知り合いはいるかと聞いてきたぞ』との話を聞き一同『長嶋茂雄だ!!』と納得してしまった。( ^∇^ )
そして、最後のダン マリーノ(マイアミ ドルフィンズ名QB)が経営するスポーツバーで食事とお酒を飲みマイアミ2日目の夜にしてやっと食事と言える物を口にした。
しかし、翌日に控えたスーパーボウル本番の予定チェックが深夜まで続き睡眠は2日目も取れませんでした。(┳o┳)
そして、早くも私にとってマイアミ最後の1日スーパーボウル当日を迎えることにになる。
つづく.........
マイアミへの旅①【旅の話】
阪神淡路大震災から11年が経った。
その日に私はアメリカンフットボール誌でコラムを連載している先輩からの国際電話で事態の深刻さを伺い知る。
朝のニュースでは鉄道道路網が寸断され都市機能が崩壊され、長田地区の火災などの光景がヘリコプターからの映像で映しだされていた。
しかし、親戚縁者が関西にいなかった為、安否を気遣う知り合いも少なく、京都の友人から凄い揺れで驚いた程度の情報で震災を受け止めていた。
そしてオフィスで通常に勤務している私に先輩からの電話が入る『今からマイアミまで来てくれ!』『えっ?』
この先輩は冗談が好きなので学生時代の『渋谷のセンター街のコーラが日本一美味いから買って来てくれ』との会話を思いだし『何処にある喫茶マイアミですか?』と聞くと『ばーか!アメリカのだよ』とマジ答えされてしまった。
理由は震災で予定していた関西在住のライターと連絡が取れず、スーパーボウルの取材を手伝いに来てくれとのことだった。
スーパーボウルと言えばNFL(ナショナルフットボールリーグ)の王座決定戦で、アメリカ人でも一生に一度見れれば幸せと言われている米スポーツの一大イベントに行けるチャンスを無駄にすることも無く『行きます!』と即答する私。(自身としては1992年以来2度目のスーパーボウル)キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!
しかし、宿も無くエアーの手配も取っていない私のドタバタ劇のマイアミへの旅はここから始まる。
一応、サラリーマンである私は当時の上司に有給届けを提出し休みを取る。
仲の良い同僚だけに行き先を伝え、他の人には『温泉でも行ったんじゃないですか?』と言ってもらうことにする。
日程は2泊4日の強攻日程で旅行代理店に務める大学の後輩にエアーを頼む。
そこでまたトラブル『先輩、滞在3日以上じゃないと格安チケットは発券出来ないですよ』との回答『ゲッ!』 (; ̄0 ̄)ノ マジ?
結局、帰って時差ボケを治す1日が無くなり、帰国翌日に勤務する強攻日程となる。
宿泊先は先輩のホテルか雑誌社カメラマンの方の部屋に転がり込むことにする。
そして成田からテキサス州ダラス経由マイアミ行きの一人旅が始まる。
行きは常夏マイアミ&ディズニーワールド(フロリダ)行きの新婚さんに囲まれる18時間の一人旅となる。
経由地ダラスに到着し乗り換えの間に以前お世話になった日本人の雑貨店のオーナーに電話をする。
私が空港にいると知ると見送りに来て頂き1年ぶりの再会を果たす。
スーパーボウル進出を逃したダラスファンの落胆ぶりなどを聞きコラムの下調べをする。
(DFW空港からのダラス中心地)
ダラスフォートワース空港から国内線に乗り換え一路マイアミ国際空港に向かう。( ̄— ̄)ノ~~マタネー☆
(着陸直前のマイアミ市街の夜景)
マイアミの空港は治安が悪くバッゲージクレイムに鉄格子が張ってありその周りに眼つきの鋭い中南米系のホームレスがたむろしている。
そんな場所で荷物を待っていると今度は停電でターンテーブルが止まり足止めを食らう。(≧□≦)
しかし、そんな暗闇の中でダラスカウボーイズのWRケビン ウイリアムス一家【マイアミ大出身】に会い、『ダラスのスーパーボウル進出を逃した事が残念だった』との話をし、着ていたカウボーイズのジャケットにサインを頂く。(≧∇≦)
無事に停電も復旧し自分のバックを引き上げタクシーで先輩の泊まるホテルに向う。
ホテルはマイアミの中心街を通る大通りフラグラーストリートにある『Riande Hotel』
あまり聞いた事の無いホテルだったのでタクシードライバーに住所も教えると『フラグラーね大丈夫』と言って車を出す。
車はフラグラーストリートに着いたが、タクシードライバーは首をかしげながら大通りを何回も往復し走り続ける。
『ホテルが分からないの?』と尋ねるとタクシーは超高級ホテルのエントランス前に車を着ける。
『これ?』とタクシードライバーに聞くと『12時過ぎたから勤務時間が終わった』『お金いらないから下りてくれ』と言って猛スピードで走り去る。( ̄◇ ̄)!
超高級ホテルのベルボーイが歩いて来て日本語で『ご宿泊ですか?』と聞くので『ここはRiande Hotel?』と尋ねると『そのホテルは2ブロック先だね』と言われた。
日本語を喋るベルボーイのお姉さんは東京の浦安に住んでいるらしく彼も一時日本に滞在ていたらしい。(浦安は東京じゃないって!( ̄‥ ̄)
結局、タクシードライバーはRiande Hotelが見つからず仕事を放棄して逃げていったようだ。ヾ(`◇´#)ノ
ベルボーイの彼がしっかりとしたタクシーを呼んでくれて無事に先輩の泊まっている古いアパート風の小さなホテルに夜中の12時半すぎに到着する。(〃´o`)=3
(Riande Hotel前の大通りフラグラーst)
これでマイアミの1日目が終わったと一安心した私であったが、それはまったくの勘違いであった。( ̄ロ ̄|||)ガ~~ン!
つづく....
日本サッカーの国際化【海外移籍選手一覧】
いよいよJリーグが発足して14回目の2006年シーズン開幕を迎えようとしている。
各チームの戦力補強も終盤に差し掛かり、近年はオフシーズンの海外移籍が普通の話題となっている。
そこで、今までの海外挑戦をした日本人選手をまとめてみた。
イタリア(セリエA)
三浦知良 ジェノア(1994年-1995年)
名波浩 ACヴェネツィア(1999年-2000年)
中田英寿 ACペルージャ(1999年-2000年) - ASローマ(2000年-2001年) - ACパルマ(2001年-2003年) - ボローニャ(2003年-2004年) - フィオレンティーナ(2004年-2005年)
柳沢敦 サンプドリア(2003年-2004年レンタル移籍)-FCメッシーナ(2004年7月~)
中村俊輔 レッジーナ(2002年-2005年)
イングランド(FAプレミアリーグ)
稲本潤一 アーセナル(2001年-2002年)-フラム(2002年-2004年)-ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(2004年~)
戸田和幸 トッテナム・ホットスパー(2003年)
西澤明訓 ボルトン・ワンダラーズ(2001年-2002年レンタル移籍)
中田英寿 ボルトン・ワンダラーズ(2005年~)
イングランド(イングランド1部リーグ)
川口能活 ポーツマスFC(2001年11月-2003年8月)
稲本潤一 カーディフ(2004年12月1ヶ月間レンタル移籍)
スコットランド(スコティッシュ・プレミアリーグ)
中村俊輔 セルティック (2005年8月~)
オランダ(エールディビジ)
小野伸二 フェイエノールト (2001年7月 - 2006年1月)
平山相太 ヘラクレス・アルメロ(2005年8月~)
藤田俊哉 FCユトレヒト(2003年8月 - 12月レンタル移籍)
戸田和幸 ADOデン・ハーグ(2004年)
西澤明訓 FCフォーレンダム(1995年)
小倉隆史 オランダエクセルシオール(1993年-1994年レンタル移籍)
船越優蔵 FCテルスタ(1996年)
スペイン(リーガ・エスパニョーラ)
安永聡太郎 レリダ(1997年-1998年リーガ2部A)- ラシン・デ・フェロール(2002年リーガ2部A)
財前宣之 ログロニュス(1997年レンタル移籍リーガ2部A)
城彰二 (2000年レンタル移籍)
西澤明訓 エスパニョール(2000年-2001年レンタル移籍)
大久保嘉人 マジョルカ(2004年12月-レンタル移籍)
福田健二 カステリョン(2005年12月-リーガ2部A)
ドイツ(ブンデスリーガ)
奥寺康彦 1FCケルン(1977年-1980年)-ヘルタ・ベルリン(1980年-1981年)- ヴェルダー・ブレーメン(1981年-1986年)
風間八宏 バイヤー・レバークーゼン(1984年-1985年)-レムシャウト(1985年-1988年、1996年-1997年)-ブラウンシュバイク(1988年-1989年)
尾崎加寿夫 アルミニア・ビーレフェルト(1983年-1987年)- ザンクト・パウリ(1988年)-ツゥル・デュッセルドルフ(1989年アマチュア)
永井雄一郎 カールスルーエSC(1998年-1999年)
高原直泰 ハンブルガーSV(2003年~)
フランス(リーグ・アン)
松井大輔 ル・マン(2004年9月~)
中田浩二 マルセイユ(2005年~)
広山望 モンペリエHSC(2003年)
大黒将志 グルノーブル(2006年~)
ポルトガル(スーペル・リーガ)
広山望 ブラガ(2002年)
ベルギー
鈴木隆行 ゲンク(2002年)-ヒュースデン・ゾルダー(2003年)
遠藤雅大(昌浩) K.Vメケレン(2000年-2001年5月) -ラ・ルビエール(200年.6月-2002年)
クロアチア
三浦知良 クロアチア・ザグレブ(1999年)
松原良香 HNKリエカ(1999年)
財前宣之 HNKリエカ(1999年)
デンマーク(スーパーリーガ)
川口能活 FCノアシェラン(2003年-2004年)
スイス
松原良香 スイス・ドゥーレモン(1999年)
スロベニア(スロベニアリーグ)
森山泰行 ヒット・ゴリッツア(1999年)
韓国(Kリーグ)
海本幸治郎 城南一和天馬(2001年 - 2002年)
前園真聖 安養LGチータース(2003年)-仁川ユナイテッド(2004年)
中国(Cリーグ)
藤吉信次 成都足球倶楽部五牛隊(2003年)
オーストラリア(Aリーグ)
三浦知良 シドニーFC(2005年11月-2006年1月レンタル移籍)
ブラジル
水島武蔵 サンパウロFC(1979年-1984年)-サンベントFC(1986年)-ポルトゲーザFC(1987-1988年)
三浦知良 ジュベントス (1982年)- サントスFC(1986年2月-1990年)
広山望 スポルチ・レシフェ(2002年)
前園真聖 サントスFC(1998年)ゴイアスEC(1998年レンタル移籍)
鈴木隆行 CFZ・ド・リオ(1997年)
阿部敏之 CFZ・ド・リオ(1997年)
池内友彦 CFZ・ド・リオ(1998年レンタル移籍)
菅原智 サントスFC(1999年)
佐原秀樹 グレミオ(1997年)
アルゼンチン
高原直泰 ボカ・ジュニアーズ(2001年 - 2002年)
岡谷良 クラブ・オリンポ(2003年)
パラグアイ
武田修宏 スポルティボ・ルケーニョ(2000年)
広山望 セロ・ポルテーニョ(2001年)
福田健二 グアラニ(2004年)
メキシコ
福田健二 パチューカ( 2005年1月-7月)-イプラアト(メキシコ2部2005年7月-12月)
ホンジュラス
松原良香 プログレッソ(2001年)
*選手名で赤字はJリーグ発足以前に海外移籍した選手(選手登録の無い留学は除外)
(調査に漏れがあるかもしれません。)
しかし、私の子供の頃は東洋のコンピューター奥寺康彦が海外で活躍する日本人の代名詞だったが、プロリーグ(Jリーグ)発足14年で日本サッカー国際化の効果は本当に驚きである。
フッキ獲得も年内は札幌出張!【川崎F】
しかしフッキの保有権は川崎Fに残し、今シーズンは去就が噂されたコンサドーレ札幌への期限付き移籍で騒動は決着した。
川崎Fも左サイドとCBをこなすアトレチコ・パラナエンセの主将マルカン(マルコス・アルベルト)の獲得が進んでおり、FWジュニーニョ、マルクスの残留が既に決まっている為に外国人枠3は埋まった状態である。
フッキが川崎Fに残留した場合、昨シーズン同様に3人のレギュラーブラジル人が出場停止になった時の空き枠での出場となってしまう。(贅沢を言えばその要員は欲しいのだが)
ただ、昨年もJ1で出場出来ない時期に出場したサテライト、練習試合のような格下相手で通用した強引な突破とキープがJ1では通用せず悪い結果として出ていたので、札幌に行き実践経験を積み日本サッカーに適合するのは川崎Fに取ってもベストの選択と思われる。
フッキには『札幌の寒さと自身の球離れの悪さには気を付けて頑張って来てもらいたい』
HULK(フッキ)
ポジション/MF
生年月日/1986年7月25日
身長/体重 179cm/79kg
出身地/ブラジル
サッカー歴
コリンチャンス・デ・アラゴアス(ブラジル) - コリンチャンス(ブラジル) - ヴィラ・ノベンス(ポルトガル)- サンパウロFC(ブラジル)- ヴィトーリア(ブラジル)- 川崎フロンターレ - コンサドーレ札幌(2006年2月1日~2007年1月1日)
出場記録
J1リーグ通算 9試合/1得点
カップ戦通算 1試合/0得点
天皇杯通算 2試合/2得点
オフィシャル発表------------------------------------------
川崎フロンターレでは、昨シーズン、期限付き移籍にて当クラブに所属しておりましたフッキ選手を、完全移籍にて獲得致しました。今シーズンにつきましては、コンサドーレ札幌へ期限付き移籍致しますので、お知らせ致します。(契約期間 2006年2月1日~2007年1月1日)
国立競技場で男女決勝が同日開催!【インカレサッカー】
当日は娘と息子が所属するサッカー部の5年生男子が杉並新人戦大会でグランドを使用するため他の学年・女子は練習が休みとなりました。
幸い天気も良く暖かくなったのと娘が大学女子サッカーを見てみたいとの事から国立競技場に行きました。
インカレのチケットは元旦に天皇杯で国立競技場に来場した際に娘が入場口付近でJUF(大学サッカー協会)の女性に招待券(2枚)を頂いての観戦となりました。(私、妻、息子は招待券を頂いてないのですが?)
試合は12時から全日本大学女子サッカー選手権決勝の早稲田大学対東京女子体育大学が対戦し、14時30分から全日本大学サッカー選手権決勝の駒沢大学対順天堂大学の試合を観戦しました。
女子の決勝はユニバーシアード2005トルコ・イズミル大会で銅メダルを獲得したメンバー4名が在籍する早稲田大と6連覇を目指す日体大を敗り波に乗る東京女子体育大の対戦となった。
試合は1対1で一進一退の攻防を見せていたが延長に入り自分たちに流れが来たチャンスを逃さなかった早稲田大学が佐藤衣里子の決勝PKを守りきり2対1で優勝を果たした。
内容はやはりLリーグと比べると精度が落ちるのは当然であるがパスの展回、スペースの使い方、DFの高さなどは良かったと思った。
逆にFKの精度、ミドルシュートの威力、球際でのチェックの厳しさ、選手個々のスピードに関してはかなり劣ると感じた。
娘にとっては試合のスピードが丁度良いのか、観戦しサイドの開き方、絞り方、4バックの両サイドのバランスの取り方などを状況ごとに良く聞いていた。(延長に入ってからは空腹の方が気になっていたようだが)
そして私が楽しみにしていたのが早大応援で密かに話題になっているULTRA早稲田を見て来ました。
メンバーは8名程度でしたが太鼓と声の通る応援をしていました。
男子の決勝は関東対決となり連覇を目指す駒澤大学と16年ぶりの優勝を目指す名門順天堂大学の対戦となりました。
試合は序盤、個々のフィジカルで勝る駒澤大を順天堂大の出足の早い守備からしっかりパスを繋ぎ崩して行く攻撃陣が優位に試合を進める。
駒澤、順天とお互い良い時間帯がハッキリ別れる物の順天大が優位な時間が多くなる。
この厳しい時間帯に駒澤大のボランチ菊地がたまらずファールで止めこの日2枚目のイエローで前半で数的不利を作ってしまう。
しかし順天大は流れの良い時間帯に得点が出来ず後半開始早々に10人の駒大にFW原、MF田谷と連続で得点を奪われPKで1点を返した物のの試合はそのまま2対1で終了してしまった。
駒澤大は数的不利になったお陰で、前半戦の肉弾戦の中央突破、最終ライン、ボランチからのロングフィードの放り込みから、後半はサイドを有効に使った崩しに切り替え勝利を収めた。
順天大もMF佐藤、島嵜のしっかりとしたパス回し、DF谷内が中心に統率の取れた守備とゲームの主導権を握る時間帯は多かったが決めるべき時間帯を逃してしまったのが痛かった。
駒澤大学2年連続5回目の優勝おめでとう!
嬉しいやら悲しいやら......伸二J復帰【浦和レッズ】
小野伸二の日本復帰に私の正直な感想として嬉しいの半分、悲しいの半分である。
伸二の復帰はAFCクラブチャンピオンズリーグに出場する浦和レッズには大きな補強であり、『代表は強いがクラブはアジアで勝てない』との日本サッカーのイメージを払拭するチャンスでもある。
そして小野伸二のワールドクラスのサッカーを日本のファンや子供が生で体感出来る事は本当に幸せな事である。
しかし、小野伸二自身が望む海外での活躍が見られない、日本サッカー界で最も世界レベルに達している(私はそう信じている!)プレイヤーが世界のサッカーファンに披露出来ないのは悲しいことである。
私にとって小野伸二=長嶋茂雄であり、決して浦和ファンではないがクラブを超越し応援してしまう存在なのである。
そのきっかけは、まだ伸二がJデビューを果たす前に無意識に見ていたTVで、ロングフィードを何事も無かったように足に吸い付け素早くパスを出するプレーが画面に映っていた。
私はそのたった数秒の画像を見て小野伸二の虜になり、その後の彼のJデビュー、98、02ワールドカップ、ワールドユース、海外挑戦を楽しみに追い掛けていた。
私の中での『日本人で一番上手いサッカー選手』『キャプテン翼に最も近い男』が5シーズンぶりにJ1リーグの戻って来る。
本当に嬉しいやら悲しいやら複雑な心境である。
しかし、小野伸二が納得して決めた事であれば次のステップの為にとにかく頑張って欲しい。
ベレーザ vs 小学1年生【ヴェルディSS】
仕事から帰り息子に『今日はヴェルディ楽しかったか?』と訪ねたところ『今日はベレーザと試合して負けて悔しかった!』との珍回答!?が帰って来た。
『幼稚園のクラスには川上コーチと弥生コーチもいた』んっ(ー'`ー;)弥生コ~チ???『ベレーザのキャプテンもいた』んっ(ー'`ー;)『ゴール前には本物のバックがいた』???『澤もいた』(呼びつけでm(_ _)m)んっ???
小1の息子の説明が理解出来ず、練習に付き添いで行った妻に聞いたところ、今日はベレーザの選手が大挙して子供たちの練習に参加していたとのことでした。
練習最後のミニゲームではベレーザ6名(澤、大野、泉、中地、酒井、四方の各選手)が単独チームを結成し子供たちと対戦したらしく、ミニゲームの前に担当の大野忍コーチから『本気だからな!絶対負けないよ!』と言われ、子供たちも本気モードでの対戦となりました。
ベレーザの選手たちの華麗なパス回しは、付き添いで来ている母親たちも唸るほど素晴らしく、小1の子供たちを翻弄し当然の事ながら1-0、2-1の連勝でミニゲームを終えました。
しかし小1の子供たちは本気でベレーザに勝ちに行っていたようで、帰りには皆口を揃えて『ちくしょ~悔しいな~』と言って帰って行ったそうです。
息子も『ベレーザの選手は本気だと凄い上手いんだよ!』と力説していました。(君に言われんでも知ってる(T∀T)
私がベレーザの選手たちと試合をした感想を聞いたところ、息子は『いつも半袖の2番の選手(中地選手)が今日は長袖を着ていたよ。』(そりゃ~試合じゃないしっ\(≧▽≦)丿)との珍回答を連発していました(||||▽ ̄)アウッ!
しかしLリーグなどを観戦してベレーザの選手の凄さを以前より理解している息子は『負けたけどスルーパスを通したよ』『ベレーザのパスをカットしてドリブルしたんだ』などと上手く出来たプレーに自信が持て嬉しそうに話をしてくれました。
息子たちに貴重な体験をさせて頂いたベレーザの皆さん、本当にありがとうございました。\(≧▽≦)丿
そして、これからも宜しくお願いしますm(_ _)m

