マイアミへの旅④【旅の話】 | がんばれ少年・少女サッカー!

マイアミへの旅④【旅の話】

XXIX(24th)スーパーボウルも大方の予想通りサンフランシスコ 49ナーズ(NFC)の勝利で幕を閉じた。

MVPにはサンフランシスコ 49ナーズのQBスティーブ・ヤングが選出され彼にとって前任者ジョー・モンタナにやっと追いつく勲章を手にした試合でもあった。

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私のマイアミ3泊5日の旅もスーパーボウルの試合終了により全ての予定を終了した。

観客席から取材に追われていた先輩たちのいるプレス受付に行きホテルに帰る準備を手伝う。

コーディネイターのママさんの予想通り駐車場から出る車は大渋滞になっており係員の話では最後に出る車は2時間後になるとの事だった。

雑誌社の若手編集者もスーパーボウル速報誌発行の為、試合で撮影したポジフィルムを持って日本にトンボ帰りの予定でホテルに戻るのを急いでいた。(今はデジタルカメラの発達と低価格化で現像はしないが)

編集長やカメラマンは会場で行われる記者会見や試合後のインタビューに追われている為にプレス受付で別れを告げた。( ̄— ̄)ノ~~マタネー☆

そしてスタジアムから少々離れ駐車場渋滞が切れた場所でコーディネイターのママさんに携帯で電話して迎えに来て貰おうとポケットから電話を出した。

その瞬間、私は顔面蒼白から血の気が引いた。

それは携帯電話のバッテリー切れのメッセージが液晶に出ていたからである。 (; ̄0 ̄)ノ マジ?

住宅のまったく無いスタジアム周辺には公衆電話は無く、通りすがりの人に『携帯電話を貸して欲しい』と言っても暗闇を歩く怪しい東洋人3人に携帯電話を貸す人も当然無く途方に暮れていた。

スタジアムに戻っても記者会見中の編集長を呼び出す術も無くコディネーターのママさんとも連絡も取れない。

3人は当ても無くコディネーターのママさんが行きに降ろしてくれた場所を探す。

しかし、昼の風景と全く違い正確な場所が見つからない。( ̄ロ ̄|||)ガ~~ン!

1時間ほどぶらぶらと歩いていると交差点に止まる白いバンを見つける。

そう、コディネーターのママさんが連絡があまりに遅いので迎えに来てくれていたのである。

ママさんは通りかかる人に私たちの特徴を話して探してくれていたのだった。

やっとの思いでバンに乗り込んだ私たちはホテルに着くまでママさんに『ありがとう(≧∇≦)』を何十回も言い続けた。


そして、深夜1時過ぎに無事にホテルに戻った私は翌朝7時のフライトの為に帰り支度を始めた。

空港に5時過ぎに行く為には当然タクシーだったので財布のお金を確認した。

何故か残金にお札が無い???( ̄◇ ̄)!焦った私は今日の行動を思い返してみた。

そうだ!NFLエクスピアリンスで切れまくって買い物をしていた先輩にお金を貸していたんだ。

私は『先輩、さっきのお金返して下さい。』と言うと、先輩は『お金を持ってないから借りたんだよ~。返すのは日本に帰ってからだよ』と平気な顔をして答える。

『エッ!!』驚いて『私のタクシー代はどうしましょう?』と尋ねると先輩は『良かったな~ホテルの横にシティバンクがあって』と答える。( ̄‥ ̄)
彼は2時をとっくに過ぎた夜中に銀行へ行けばと軽く言ったので『じゃあ一緒に行きましょう』と言い2人で銀行に向う。

『お前は心配性だな~スーパーウィークは警官が多いから治安は良いだよ。現に誰も歩いて無いじゃん!』と言い入口でキャッシュカードを入れ中に入りディスペンサーの前に行く。(当時は日本にこのような24hシステムは無かった)

お金を下ろして後ろを振り向いた私たちにまたアクシデントが起こる。

それは銀行のガラスにへばり付いた黒人が私たちを見て何かを話しかけているのである。(まさにTVのCMでガラス越しにトランペットを見ている黒人少年のように)

どう見てもちょっと弱ったホームレスなのだが、やっぱり深夜の街で会うのは恐怖である。

彼は私たちに向って『シガー、シガー、シガー、シガー、シガープリーズ』と言っている。先輩はポケットに入っているタバコを彼に見せドアが開くと同時に遠くに投げる。

2人は猛ダッシュでホテルに無事駆け戻った(〃´o`)=3

そして私は一睡もすること無く4時半にホテルからタクシーに乗りマイアミ国際空港に向う。

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シアトル経由となる帰国便に取り合えずチェックインを済ませ搭乗開始をロビーで寝て待つ(ー。ー;)zzz♪

ロビーで熟睡状態の夢の中で外国人が私を名を連呼しいる。それは搭乗が開始されているのに飛行機に乗らない私への呼び出しだった。

急いで飛行機に乗り込み自分の席に行くと白人の女性が座っている。

『私の席では?』と聞くと彼女は『私は乗らないの。90歳の母が1人でシアトルに帰るから出発まで座らせて貰ったの』と言い私に『母を宜しくね』と飛行機を降りていった。

当然、90歳のおばあちゃんとはスーパーボウルの会話も噛合わず、家族やタコマに住んでいるぐらいの会話で終始した。

睡眠不足の私は、おばあちゃんとの続かない会話を忘れ熟睡モードに入ってしまう(ー。ー;)zzz♪

そんな私を何故か叩き起すおばあちゃん。良く見ると朝の機内食が出てきていたがフォークが入ったビニールが開けられないようで私に向って『開けてくれ』と訴えていた。

結局、この後もクッキーを『開けてくれ』等の訴えがありシアトルまで熟睡は出来ませんでした。( ̄◇ ̄)!

シアトルに着きおばあちゃんの荷物を見てビックリ!どう考えても90歳のおばあちゃんが持てる量では無い為、2人分の荷物を持って飛行機を降りる。(あのマイアミでの娘が言った『母を宜しくね』はこう言う意味だったのかは不明である)

タコマ空港のロビーに出るとおばあちゃんの迎えに息子夫婦、娘夫妻、子供、親戚など10人程が待っていた。

息子夫妻が荷物を持っている私を見て、とても喜び、お礼をして頂き『マイアミの妹から電話で聞いているよ。今日は家に泊まって行ってくれ。』とのお誘いを頂く。

帰りを急ぐ事情を話すと『次に来る時はシアトル シーホークスを応援にタコマに来て我が家に泊まってくれ』と言われアドレスと電話番号を渡された。感(┳o┳)涙


トラブル続きの旅ではあったが最後に会った家族のお陰で何か気分の良いマイアミの旅となった( ^∇^ )

終わり良ければすべて良し!おばあちゃんとその家族のお陰で気分良く成田まで熟睡のフライトでした。


尚、寒い日本⇒熱いダラス、マイアミ⇒寒いシアトル、日本の寒暖20度以上の旅で、この後体調を崩した事は言うまでもない。(皆さん、旅行は計画的に......)