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一息


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ふう。

つかのまの一息。。


静かな夜を満喫しすぎて、もう3じです。



あ、そうそう。

ご存じでしたか?

足首も腱鞘炎になるっていうことを。


夜中、右足首の激痛で目が覚め、冷えたのかな~なんてそのまままた寝て。(← ま がいっぱい)

朝起きたら、歩けないくらい痛いのです。


びっこひいて立ち仕事へ。

休憩時間に病院に行ったら、おもしろいおじいちゃん先生で、さわってもくれずに診察終了でした。


別になんともないんだよ、って。

足袋はいていれば治る、って。


や、足袋は履けません。


その日はびっこひいて一日立ち仕事。



処方された湿布して、スポーツしている母からサポーター借りて、一晩寝たらほとんど痛みは無くなりました。





結局は、 toshi ってことですね。

こういうところに、でるのって。



きゃあ。

いやだ。








「彼女について」


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先日、おとなになって初めて明治神宮に行きました。

とても気持ちのいいところですね。。




たったいま、よしもとばななさんの「彼女について」を読み終えました。

一気に。

泣きながら。


なんていうか、びっくりしてどきどきして、ぼーーっとしています。





最近、いろいろなことが一挙に起こっていて、そのおかげで“いまだけに生きる”という状態にいることがたやすくなってきたと感じています。



「これもすべて流れていく…」。


きっついな~っていうことが起こっているときも、そう思うとシンプルに受け止められます。


反対に、とても楽しいときやうれしい気持ちのときもそう思うと、なんてかけがえのないものなのだろうと、思い切り味わうことに集中できます。


自分を憐れんだり、自分や自分以外を責めたり、言いわけしたり、とりつくろったり、今楽しいのに明日のイヤなこと考えて今を台無しにしたり、とかね、そういう潜在的に居心地のいい類のものに、巻き込まれないですんでいます。




最近のその感じが、この「彼女について」を読んで、より輪郭をくっきりと、わたしに刻み込まれました。


いま、生きているだけで素晴らしい。


毎日の生活のなかで、大切なひとたちとの関わり合いのなかで、ああ、いまのこの感じいいなぁ~好きだなぁ~っていうすべての瞬間を、大切に、めいっぱい、存分に、感じたい。



一人残らずみんなが、誰かの愛によって生きているからこそ。











委ねるということ


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チェストナット、とちの木。




数日前、チェリープラムをとりはじめました。

初めてなうえに、まったくピンと来なくて、なんでだろーと思いつつ。


たった今、分かりました。


とりはじめた2~3日後に、ものすごくショックを受けてドキドキ動揺して、きっとしばらく引きずってしまっていたような出来事に遭遇していたのです。。


そうなることを、防いでくれたのだと思います。


落ち込みからの復活が、早かったです、笑。

しっかり落ち込みはしちゃうのですが、起こっていることの本当の意味とか、そこからわたしが学ぶべきをちゃんと見つけることができて、余計なマイナススパイラルには巻き込まれなかったのです。



ひとつ、実感しました。


人はそうそう変われないですよね。

変わろうと、潜在意識から思わないと。


これでもかっ!!的な大きな大きな出来事とか起こって、ショック療法じゃないけど、それでやっとのこと、しかもきっぱりと変わることができたりするものですよね。




わたしはいま起こっている状況によって、完全に委ねるということがどういうことか、完全に分かりました、笑。



ラインホルド・ニーバーの祈りの、この部分を、自分に落とすことができたような気がしています。


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変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。


そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。


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そしたら、すっごーい身軽になりました。



あと。


自分を信じることって、本当に大事ですね。




あとあと。


わたしを支えてくれる大切なひとたち、ありがとうね。

わたしを信じてくれていて、ありがとう。

いてくれて、本当にありがとう。。