新国立劇場のワーグナー/タンホイザーの公演を観に行きました。ワーグナーの歌劇・楽劇の中でも特に好きな作品、とても楽しみです!
新国立劇場
ワーグナー/タンホイザー
指揮:アッシャー・フィッシュ
演出:ハンス=ペーター・レーマン
美術・衣裳:オラフ・ツォンベック
照明:立田 雄士
振付:メメット・バルカン
領主ヘルマン:妻屋 秀和
タンホイザー:トレステン・ケール
ヴォルフラム:ローマン・トレーケル
ヴァルター:鈴木 准
ビーテロルフ:荻原 潤
ハインリヒ:与儀 巧
ラインマル:大塚 博章
エリーザベト:リエネ・キンチャ
ヴェーヌス:アレクサンドラ・ペーターザマー
牧童:吉原 圭子
4人の小姓:前川 依子/福留 なぎさ/花房 英里子/長澤 美希
合唱:新国立劇場合唱団
バレエ:新国立劇場バレエ団
管弦楽:東京交響楽団
タンホイザーはこれまで実演をいろいろ観てきましたが、特に印象に残っている公演は以下の3つです。
◯1998年のベルリン・ドイツ・オペラの来日公演
(指揮:クリスティアン・ティーレマン/演出:ゲッツ・フリードリッヒ/タンホイザー:ルネ・コロ/ヴォルフラム:ベルント・ヴァイクル)
※私が初めてオペラの実演を観た公演です。往年のヘルデン・テノール、ルネ・コロさんがワーグナーを歌った最後の日本公演でした。
◯2007年の東京オペラの森の公演
(指揮:小澤征爾/演出:ロバート・カーセン/タンホイザー:スティーヴン・グールド/エリーザベト:ムラーダ・フドレイ/ヴェーヌス:ミシェル・デ・ヤング)
※タンホイザーを世間に理解の得られない画家に読み替えたロバート・カーセンさんの演出が最高!東京で2回、同じ年のクリスマスにパリ・オペラ座でも観ました。
◯2013年のバイロイト音楽祭の公演
(指揮:アクセル・コーバー/演出:セバスティアン・バウムガルテン/タンホイザー:トレステン・ケール/エリーザベト:カミッラ・ニールンド/ヴォルフラム:ミヒャエル・ナジ)
※セバスティアン・バウムガルテンさんの意欲的で凝りに凝った演出に魅せられた公演。カミッラ・ニールンドさんのエリーザベトが歌・演技とも素晴らしかったです。
ただし、タンホイザーは作品自体が傑作中の傑作だと思うので、観る公演観る公演、みな感激のもと楽しんできました。今日も浸るだけ浸りましょう!
第1幕。序曲は不思議な生き物が登場した後、バレエが展開。ミハエル・フォーキンの「レ・シルフィード」、イリ・キリアンの「小さな死」、モーリス・ベジャールの「春の祭典」と、古今東西のバレエの愛の情景を思わせる振付けが付いて、男女の愛をいろいろな形で魅せます。
タンホイザーとヴェーヌスが登場。新国立劇場の演出は、グラスファイバーのような透明な大きな筒により構成させる近未来的な舞台ですが、この一見、無機質な舞台が背景だと、タンホイザーが自然を求めて、「森の生気を」「小鳥の愛らしい歌を」と歌う歌が、非常に実感を持って伝わってきます。
前段のバレエの衣裳も明るい色がなく、灰色を基調としたコンテンポラリー・アートのようですが、そんな環境の中でずっと過ごしたら、例えヴェーヌスとの愛があったとしても、タンホイザーでなくても耐えられないことでしょう。ヴェーヌスベルクを独特に、象徴的に描いた演出・舞台・衣裳です。
トレステン・ケールさんのタンホイザーとアレクサンドラ・パーターザマーさんのヴェーヌスのこの辺りのやりとりは充実の歌詞も含めて、非常に見応え聴き応えあり。そしてタンホイザーが「マリア」と叫んで、第2場に移りますが、ヴェーヌスが消えた場所にマリア様らしき女性が出現!
しかも背格好からすると、第2幕に登場するリエネ・キンチャさんのエリーザベトだったのではないでしょうか?タンホイザーではヴェーヌスとエリーザベトに女性の二面性を持たせる演出もあり、さらには2役を同じ歌手が歌う公演すらありますが、この演出の第2場への転換もこのことを意識したものだと推察します。
第2場は冒頭の牧童がひたすら瑞々しい!さすがは吉原圭子さんです。そして東響のイングリッシュ・ホルンによるシャルマイも見事。ヴォルフラムの「エリーザベトのもとに留まれ!」からタンホイザーの”Zu Ihr ! Zu ihr !”の歌、そして、最後に第2幕の愛の動機が予告めいて降臨する音楽もあざやか。素晴らしい第1幕!
第2幕は冒頭からのリエネ・キンチャさんのエリーザベトの素晴らしい殿堂のアリア!期待感、喜び、寂しさなど、その歌からよく伝わってきました。クラリネットとチェロもいい感じで絡みます。タンホイザーとの二重唱も聴き応え十分。行進曲は東響のスペクタクルな演奏と新国立劇場の合唱団の迫力の歌が見事。
そして歌合戦の場面。騎士たちの歌は詩的な内容ですが、結局のところ、あなたたちは美しい女性を見てるだけで、何もできないんでしょ?「歓楽の泉、そこに私は大胆に近づく。」パパゲーノ大先生を師として仰ぐ私としては、断然タンホイザー派です。エリーザベトもタンホイザーの歌には大いに反応する一方で、ビーテロルフの「拙者守るでござる」のアナクロな歌には、顔を背けていました(笑)。
そして私がタンホイザーで最も好きな、エリーザベトの救済の歌から壮大に音楽が盛り上がる場面。今日はエリーザベトの歌が出てくる前のオーボエの前奏で早くも涙…。そしてエリーザベトの救済の歌は、キンチャさんの凜として威厳のある素晴らしい歌!タンホイザーはまた、エリーザベト伝説を伝える作品でもあることを十二分に体感できる瞬間です。
掛け合いで入るチェロの刻みがまたいい。その後の男声合唱の展開は、ワーグナーの対位法の妙もあって大いなる聴きもの。騎士たちのカノンからエリーザベトが加わっての重唱、そして転調を伴った合唱の大きな盛り上がり!何という素晴らしい音楽!ワーグナーを聴く愉悦!もうボロ泣きでした…。ハンカチぐしゃぐしゃ…。
ヘルマンがローマへの巡礼を促して、巡礼の合唱がこだまする瞬間。みなが舞台奥を向く中、タンホイザーのみ反対側のエリーザベトの元へ。後ろ姿なのでよく分りませんでしたが、私にはエリーザベトが赦しを与えたり、十字を切ったりしているようにも見えました。そして第1幕の”Zu ihr”と対照的な”Nach Rom”で終了。素晴らしい第2幕!
第3幕。まず前奏曲が大いなる聴きもの。エリーザベトの救済の動機が最初はオーボエ、次にフルートでしみじみ奏でられて心に響きます。3音のシンプルな旋律なのに、どうしてこんなに魅了されるのか?法王の動機から破綻の場面は東響が痺れるほど上手い!
この第3幕では前奏曲の途中で幕を開けなかったので、自ずと音楽に集中するため、数々の動機を含めた音楽から、情景や感情を思う存分に思い浮かべることができます。この前奏曲の場面を音楽に集中させるために、敢えて第2幕は早めに幕を開けて殿堂を見せたのではないか?と思わせるほどに、閉められた幕は効果的でした。
前奏曲の後、エリーザベトを想うヴォルフラムの歌が切ない…。巡礼の合唱の場面は再び新国立劇場の合唱団の見事な歌が聴きもの。エリーザベトの祈りの歌。キンチャさんは第3幕も想いの溢れる歌が本当に素晴らしい。そしてヴォルフラムの夕星の歌。2004年の新国立劇場のワーグナー/神々の黄昏のグンターでのイケメンっぷりが懐かしいローマン・トレーケルさんは、ややくぐもって控えめな歌声。思いやりの込められた温かい歌に聴こえて素敵でした。
タンホイザーが出てきて、いよいよローマ語り。第1幕と第2幕はややなよっとしたところもあったトレステン・ケールさんのタンホイザーですが、ここは吹っ切れた印象で堂々たる迫力の歌!ぶっきらぼうに投げやりに歌うところ、法王のお告げの硬い声色、最後の激情の歌と見事なローマ語り!
第2幕ラストでエリーザベトに赦され、巡礼で数々の苦行を重ねた上でのこの歌。トレステン・ケールさんの前半が緩かったのはペース配分ではなく、きっと幕による歌い分けでしょう。何しろ、2013年のバイロイト音楽祭のタンホイザー、2014年の新国立劇場のパウル(コルンゴルト/死の都)でも魅せた卓越したテノールです。
そしてヴェーヌスが出てきて緊迫の3重唱の後、たっぷりの「エリーザベト」2連発。そして杖に若草が芽吹く奇跡!この演出では全幕グラスファイバーのような筒により構成された舞台で、第1幕第2場の春の草が萌えるシーンもただ緑色の照明の光で表わされていましたが、最後の最後に本物の緑が出てきました!
私は、この演出での無機質で人工的な舞台装飾は、この感動的なラストのための布石あるいは設定だったように思います。この若草の芽の出現によって、この後の世界の風景が変わっていくのかも知れません。エリーザベトとタンホイザーによる偉大な奇跡。
そして若草の芽の周りを取り巻く合唱が本当に見事。締めはここぞとばかりに、オケが巡礼の動機を頭にアクセントを付けてたっぷりと奏でて終わりました。ここまで堅実に振って充実の響きでタンホイザーの音楽を存分に楽しませてくれたアッシャー・フィッシュさん、豪快で見事なラストでした!感動的なラストに再びボロ泣き…。
いや~、歌手が揃って、オケも合唱も素晴らしく、見応え聴き応えのある素晴らしい公演でした!演出も非常に分りやすく、リラックスしてタンホイザーの世界に浸ることができます。特に第2幕の後半、第3幕のラストは涙涙でした。タンホイザーって、本当に名作ですね。
当然のことながら、終演後は友人とドイツ料理のレストランへ直行!(笑)ドイツビールにドイツワイン。ドイツの芸術とお酒を大いに楽しんで盛り上がりました!(おかげで感想は半分くらい飛んでしまいましたが、笑)
(写真)タンホイザーの舞台、ヴァルトブルク城から臨んだ新緑のテューリンゲン地方の風景(上)と遠目から見たヴァルトブルク城(下)。
ワーグナーは失意のパリを去ってドレスデンに向かう途中、テューリンゲン地方の春の自然の美しさに感動し、このことがタンホイザーを作曲したきっかけとなりました。