9月もはや2週目となりました。日本の公立の小中高は、気分的には今週から新学期スタート、というところかも知れません。この週末に宿題の最後の仕上げをした人も多いのではないでしょうか。
 又、朝夕が涼しくなるにつれ、夏の疲れがどっと出て来るのもこの時期。私もつい先日までは、半パンに半袖Tシャツで寝ていましたが、先週から長いパンツと長袖シャツに切り替えました。それでも汗をかかなくなったところをみると、夜は本当に気温が下がったんですね。今年は妙にきちんと秋が来て、ちょっとびっくりしつつ、秋口の風邪に気をつけている今日この頃です。

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 さて、今夏、8月10日以降に海外に出た人、あるいは、既に海外に滞在していた人は、イギリスで起きたテロ計画容疑者逮捕の影響を少なからず受けたのではないか、と思います。日本のニュースでも、手荷物検査に長蛇の列が出来、薬などの必需品が持ち込めずに困っている人の話などが取り上げられていました。

 実は私の同級生の1人も、8月13日にオセアニア方面に向けて出発しました。きっと大変な目に合っているだろうなぁ、と思いきや、意外や意外、帰国後届いたメールによると、靴まで脱がなければならず、長蛇の列だったアメリカ行きを除けば、手荷物検査は、普段以上に簡単で、彼女自身もこれで大丈夫かな、と不安に感じたくらいのあっけなさだったとか。というわけで、だめもとで持って行ったペットボトルも、検査もなく通過したらしく、検査が終わった後、アメリカ行きの人に何でも渡せる状態だそうで、だとすれば、アメリカ行きの長い検査は一体なんの為だったのか、と呆れた次第です。
 又、彼女が以前、空港に勤めている人から聞いた話では、空港職員しか入れないドアを開ける為の暗証番号が419(良い空港)だったとか。(汗)何だか余りにもお粗末な暗証番号で、笑うこともできず、じわっと冷や汗が出る想いがします。

 それにしても日本の危機管理が甘いことが指摘され始めて久しい訳ですが、それが一向に改められる気配がないのは何故なのでしょう。
 かく言う私達も、1991年に日本を離れるまでは、「危機管理」という言葉とは「無縁」と言って過言ではないほど、無防備に暮らしておりました。
 その後、91年にフランスとドイツ、92年にイギリスに渡り、自分を中心に半径5メートル以内にどんな人物がいるか、確認しながら歩けるくらいにまでには、危機管理能力が回復。が、私達のこの能力を最大限に高めてくれたのは、なんと言っても、93年から6年半滞在したフィリピンです。

 いつ、どこで、何が、どんな風に起こるか分からないこの国では、例えばA地点までたどり着くためには、どれだけの備えが必要かを、まず考えなければなりません。
 例えば、私達が住んでいたケ〇ンシティからマニラ中心部まで、決まった時間にたどり着かなければならない時は

1) 曜日と時間帯とを考えて、交通渋滞で遅れることを予測し、所用時間+2時間前には出発する。
2) 途中、エネルギーを消耗しつくしてしまわないよう、水分と食べ物を携帯する。
3) スリなどに狙われない為に、基本的に大金は持ち歩かず、どうしても持ち歩く必要のある場合は、お腹に巻く。
4) 万が一、ストや洪水などで、予定の道路が通行止めになった場合、他にどんな迂回ルートがあるか、確かめておく。
5) 人と待ち合わせする時は、会えなかった場合のことを打ち合わせしておく。

などを考えてから、行動していました。特に当時は今の様に携帯電話もなく、1度家を出たら最後、お互いに連絡を取り合うのは極めて困難だった為、待ちぼうけを食らわしたり、食らわされたりしない為にも、5)は必須でした。

 そんな日々の暮らしの中で学んだことは、絶えず「最悪の事態」を予想して行動する、ということです。もしバスが動かなかったら、もし電気が止まったら、もし水が止まったら、もし電話が使えなくなったら、もし飛行機が飛ばなかったら、もし大渋滞に巻き込まれたら、もし台風が来たら、などなど、フィリピンで起こりうる無数の「もし」について、具体的にシュミレーションし、「最悪の事態」に備えて行動すれば、多くの場合はうまく切り抜けられました。

 というようなことが習慣化していた私達が、久し振りに、日本から来たばかりの日本人と行動を共にすると、その「詰めの甘さ」に呆れることが多々ありました。
 例えば、ある時、あるNGOスタッフがご高齢の方1人を連れて、フィリピンを訪れたことがありました。その帰り際、飛行機の待ち時間を利用して、そのスタッフがフィリピンの人と一緒に、場所が定かではないある人の家を訪ねることになりました。その間、私達は、その高齢者の方と空港で待つことになったのですが、スタッフが出かける前に

「もし、〇〇さん(スタッフの名前)が、予定通り戻って来られず、飛行機の時間が来たら、この方(高齢者)だけでも、飛行機に乗って貰いますか?それとも、ここで待っていた方が良いですか?」

と尋ねました。と言うのも、その日は、国内線と国際線を乗り継いで、帰国の予定だったので、もし国内線に乗れなければ、その時点で2人分4つのフライトチケットが無駄になるからです。
 すると、そのスタッフは、その時までそんなこと考えもしなかったという顔で、暫くぼーと宙を眺めてから

「…どうしたらいいでしょうねぇ。…」

と逆に聞き返して来ました。その余りにもぼんやりした返答に、私達も開いた口がふさがらず、しばらくの間、妙な沈黙が流れたことを、未だによく覚えています。

 海外経験豊富なNGOスタッフですら、こんなに「薄ボンヤリ」しているのですから、平均的な日本人の意識がどのようなものか、想像がつくというものです。そして、そのような個人の集団が、日本という国を形成しているわけですから、日本が狙いやすい国のトップ5に選ばれても不思議ではありません。

 危機管理能力とは、生物にとって、生き長らえてゆく為に必要不可欠な能力です。ですから、もちろん、海外でのみ必要なものではありません。
 例えば、癌好発年齢であると同時に、親の介護が始まる世代でもある40代半ばの私達の日常生活には、この能力を発揮しなければならない様々な事態が待ち受けています。もし自分が癌になった時、あるいは、局所再発した時、あるいは、転移した時、自分は自分の人生の中で、何を最優先し、何から着手していくのか。親がもし認知症になった時、身体が不自由になった時、あるいは、死亡した時、自分にはどんなケアができ、どんな手続きが必要なのか。いつでも起こりうる確率の高いこうした事態に備えておくことは、誰にでも必要不可欠であるとと同時に、個々がこうした自分の「危機」に備える能力を発揮することができなければ、国家としての「危機」に備えることなど到底できないような気がしてなりません。
 保険加入率の極めて高い国でありながら、本当の意味での「憂い」のない「備え」は、案外、疎かにされているのではないかな、と思う、今日このごろの私です。

                                  ラピス(Lapis)