染めと織の万葉慕情32
どんぐり染めの歌
1982/11/12 吉田たすく

どんぐり染の話ですが、このどんぐりで染めますと大変深みのある茶色や黒茶色に染まります。
以前、私の織物工房に織の研究に来ていた研究生の一人が、どんぐりがたくさんなっているというので、取って来てもらった事があります。 因幡一の宮の宇倍神社の娘ですので、神社境内にたくさんのどんぐりがなっていたのです。どんぐりを染色鍋に入れて煮て一番液を取り、また水を入れて二番液を煮出します。一番よりも二番、三番液の方が濃い色が出て来ます。一、二、三番を一緒にして、これに糸を入れて煮て、灰か泥で媒染すると赤味をおびた茶色が染まるのです。また、鉄媒染をしますと茶っぱい黒色に染まります。
どんぐり染の事が万葉集に六首のっています。
どんぐりの事を橡(つるばみ)といいますが、橡の衣(きぬ)はどんぐりの液で染めた黒茶色の衣の事です。 当時の衣服令というきまりでは家人、奴婢などの下賎な者の着る衣の色となっています。他の染色にくらべ、入手しやすいどんぐりでいちばん地味な色であるから、そのような賎民の衣の色にされたのでしょう。
橡(つるばみ)の
衣(きぬ)は人皆
事無しと
いひし時より
着ほしく思ほゆ
橡で染めた黒茶色の衣を着ている賎民の女ならば、わずらわしい事はないと聞いてから、私はその橡の衣を着たいと思っている。
貴人の乙女や普通の娘は、事後わずらわしい事がおこりがちだが、橡の娘なら後でそんな事もないときくから(橡の衣を着たい) 一夜ねてみたいと思っているというので
しょう。
この歌は第七巻の「衣に寄す」 歌の中の一首です。これにつづいてまた一首
橡の(つるばみの)
解濯衣(ときあらいきぬ)の
あやしくも
殊に着欲(きほ)しき
このタ(ゆうべ)かも
橡で染めた黒茶色の解き洗い衣を着ていた賎民の娘と長く親しんでいたが、妙に、とりわけ着たい(ねたい)今日の夕です。
次に物に寄せて思をのべる歌
かくのみに
ありける君を
衣にあらば
下にも着むと
わが思へりける
橡の
袷(あわせ)の衣
裏にせば
われ強(し) ひめやも
君が来まさぬ
こういうお気持ちであったあなたを着物ならば一番下に着ようと思っています。(はだとはだをふれあいたい)と衣に寄せて歌い、次の歌も嫁衣に寄せた歌です。
橡のあわせを裏に着るように、あなたのお気持ちがこちらに向かなければ、無理とは申しませんけれど、あなたのおいでのないのは、ああ。となげきの歌です。
下賎な色であったつるばみ色も、私の工房で染めて綴っています。 実にすばらしい茶色です。着尺に織り、ストールを織っています。
(新匠工芸会会員、織物作家)

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つるばみ【橡】 の解説
訓読み とち・くぬぎ・つるばみ
①とち。トチノキ科の落葉高木。 ②くぬぎ。ブナ科の落葉高木。実はどんぐりと呼ぶ。 ③つるばみ。どんぐりの古名。
実またはその梂 (かさ) を煮た汁で染めた色。灰汁 (あく) 媒染して薄茶色、鉄媒染して焦げ茶色や黒色に染める。また、その色の衣服。奈良時代、家人・奴婢 (ぬひ) の着る衣服の色。
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(新聞の番号が一つ進んでいますが、なぜか新聞では8から10に飛んでいます。ミスか9だから避けたのかどうかわかりませんが、後日96が2ツあり、トータル100ページとなっております。)
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『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。
これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。
尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「foo-d 風土」の中のカテゴリー『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、そちらをご覧ください。
https://ameblo.jp/foo-do/
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吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。
風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。
東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。
代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士
尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。
吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく