染めと織の万葉慕情17
カキツバタ
1982/7/30 吉田たすく
東郷池(注1)の湖畔に新しい公園が出来て、そこにカキツバタの大花園が造られています。 先日、誘われて参りました。
紺、紫、白の大輪の花がたおやかにほころび、水面(みずも)にゆれていました。コンクリートではありますが、ジグザグに橋も造られ、伊勢物語の八橋をわたる気持ちです。
この時期になりますと、 万葉のカキツバタの歌がうかびます。
住吉の
浅沢小野の
かきつばた
衣に摺り付け
着む日知らずも
カキツバタの花を衣に摺(す)りつけて着る日はいつなのだろうか、という歌です。花の色を衣に摺りつけることは、桃の花の時にもありましたが、染の技術のまだ発達していない原始染色は花そのものの色をすりつけて、斑(まだら)の衣に染めたのです。
カキツバタは日本人に古くから親しまれた花の一つです。カキツバタの名は、衣に摺りつけたのでカキツケバナから起こったと言われております。
大伴の家持の歌に
杜若(かきつばた)
衣に摺りつけ
大夫(ますらお)の
きそい猟りする
月は来にけり
という歌があります。
青紫に摺り染した衣を、ますらおが着飾って初夏の野に猟をしている 月が来た、という季節感あふれる歌です。森や林の間の野草の野原を進む大夫の姿が見えるようです。
カキツバタの美しさを美人にたとえた歌もあります。
われのみや
欺く恋すらむ
杜若(かきつばた)
丹つらふ妹(いも)は
如何にかあるらむ
杜若(かきつばた)
丹つらふ君を
ゆくりなく
思ひ出でつつ
嘆きつるかも
私だけが、こんなにあなたを恋いしたっているのであろうか。 カキツバタのようにうるわしく、ほおをほのかに紅に染めた貴女は、私のことを思ってくれているのかい? 少々心配な気持ちです。
次の歌も同じように、カキツバタのような紅さしたほおの美しい君を思い出しては、 嘆き会いたい気持ちでいっぱいだ。
杜若
咲く沼の官を
笠に縫ひ
着む日を待つに
年を経にけり
カキツバタの咲く沼の管で作る笠を着る日を待つうちに、年月は經てしまった。好きなあの娘と結ばれるのはいつのことか、と嘆いた歌です。
失恋の気持ちは、カキツバタのあまりにも美しい花によって一層深さを増していきます。万葉には、心を花に寄せた歌がたくさんあります。
(新匠工芸会会員、織物作家)
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杜若丹つらふ君をゆくりなく思ひ出でつつ嘆きつるかも
杜若(かきつばた)は色の美しいことから丹(に)つらふにかかる枕詞。丹(に)つらふとは赤く照り映える美しい色をしているの意。
杜若のようにほんのりと紅いろの美しいあなたの顔をふと思い出してはため息をついております
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(注1)東郷池
東郷池(とうごういけ)は、鳥取県東伯郡湯梨浜町にある周囲12kmほどの汽水湖であり、長さ2kmほどの橋津川を通じて日本海につながっています。池の中央付近の湖底からは温泉が湧くという全国でも珍しい池であり、湖畔には はわい温泉と東郷温泉があります。僕は子供の頃実家から釣り竿を持って東郷池に鮒や鯉釣りに自転車で50分ほどかけて何度か行ったことがあります。(車だと18分くらいです)
また、冬には池から湯気が立つ神秘的な風景も見られることがあります。
東郷池周辺は鳥取でも有数の20世紀梨の産地。 梨は日本中で作られていますが、20世紀梨は鳥取県が一番だと思います。その中でも東郷の20世紀梨は肌理細かく瑞々しい美味しさで世界で一番美味しい梨だと思います。
古くは入江であり、近くには伯耆(ほうき)一宮の倭文(しとり)神社や羽衣石(うえし)という天女の羽衣伝説の場所もあり、古代の出雲王朝の織物や物資の重要な積出港であったとおもわれます。
羽衣石(ウエシ)は倉吉市の中心でお城もあった打吹山の天女伝説の天女の舞い降りたところです。
倭文(しとり)とは倭文織(しずおり)のことで、まだ綿や麻が無い頃から織られていた日本最古の織物と言われています。文章に出てくるのも、源義経を慕って鶴岡八幡宮で頼朝の前で静御前が今様を踊って歌った「しずやしず しずのおだまき」の本歌の、平安時代に在原業平の伊勢物語を最後に倭文織の文献は出ていません。
伊勢物語は、現存する日本の歌物語中最古の作品です。
伯耆国(ほうきのくに=鳥取県の西半分)の第一番の神社が織物に関するという事はここは古代織物の大産地だったということですね。
倭文織もまだ現代でも多くの研究者が解明中です。
写真の東郷池は湖畔の旅館に泊まった時に撮った夕景です
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『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。
尚このシリーズのバックナンバーは私のブログ 「foo-d 風土」の中のカテゴリー『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、そちらをご覧ください。
http://foo-d.cocolog-nifty.com/blog/cat24334548/index.html
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吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。
風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。
東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。
代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士
尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいる。
吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

