染めと織の万葉慕情18
はかない露草
1982/8/6 吉田たすく
古代の染物は、摺染(すりぞめ)(注1)をいろんな草花でためしています。 カキツバタもそうでしたが露花もその一つです。
今年の梅雨は空梅雨なのか、この山陰でも降りそうで降りません。むし暑さもなく、すごしやすい日がつづきます。
梅雨の時期になれば、庭さきの雑草の中に可憐な露草の花がつつましく顔を見せます。 笹に似た葉を持った細い茎に、同じ淡緑色の小さな舟形のがくが花を包んで伸びてくると、上側が割れて藍紫の花が顔を出します。 まだ朝露の残っている時刻に咲く草であり、朝露が消える風情をもつのでその名に露草をもらったのでしょう。 やさしくちょっとはかない名前です。
夕方になるとしぼみます。 小さな花ですが、近くで見るとちょうど鴨の鳥の頭の色羽根の形によく似ているのです。
万葉集にこの露草の歌が九首し ありますが、その内の四首は「鴨頭草(注2) 」の文字があてられています。 形から来た文字ですね。他の歌は「月草」になっています。
そして両方とも「つきくさ」と読んで「つゆくさ」とは読みません。月草の月はお月様の意でなく着き草、布に花の色の着く草、染草のことです。露草が染料として斑(まだら)の衣染に使われたのです。
この九首とも気持ちを表すのに露草の摺染を使って歌います。
月草に
衣ぞ染(し)むる
君がため
斑(まだら)の衣
摺らむと思ひて
ところが、露草で染めた紫色は間もなくうつろうてしまうのです。また、水に濡れると色あせてしまいます。定着しないのですね。
染まる(恋愛する)けれどもうつろう色(はかなく消える恋)として、美しくも悲しい歌が生まれます。
月草に
衣は摺らむ
朝露に
濡れて後には
うつろいぬとも
露草で衣を染めて、あすの朝露で色あせてしまうかも知れないように、あすの朝はあなたと別れてしまうでしょうが、せめて今夜一夜だけでもあなたに染まりたい、女心の切ない気持ちを歌っています。
露草の色が消える、あの人の色も消える恋の悲しさ。
朝は咲き
夕は消ぬる
鴨頭草の
消めべき恋も
我はするかも
結ばれる事のないあの人への想いを歌い、露草を手にそぼ降る雨にうたれている姿が見えるようです。
鴨頭草に
衣色どり
揺らめども
変(うつろ)ふ色と
いふが苦しき
申し出をうけたが、移り気なところが心配でというのでしょう。
また、それとは対照的な歌で
百に千(ももにち)に
人は言ふとも
鴨頭草の
移(うつ)ろうこころ
われ持ためやも
他人がいくら言っても、あなたへの想いは変わりません。どうぞ一緒になりましょう。 初夏の清く涼やかな可憐な露草にたくして、恋心を歌います。
現代は、露草の液を「青花」といって、洗えば必ず消えるので染物の下絵描きに使っています。
(新匠工芸会会員、織物作家)
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(注1)
摺染(すりぞめ)
古くから用いられてきた技法で、草や木の葉、花などをそのまま布に置き上から叩いてその形を生地に染めつけたり、葉や花の汁を摺りつけて染めていました。
この方法で染めたものを摺衣(すりごろも)といいます。
(注2)
鴨頭草(つきくさ・かもとぐさ)露草(つゆくさ)の古名であり、この草の花弁の色素を得ることからこの名がつきました。
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こうやって「染めと織の万葉慕情を読みといていますと、今回はいつも以上に、ロマンティストで繊細で優しい父の姿と その愛する母の姿が浮かんできました。
この繊細さがあの素晴らしい織物を作り続けたのだと思います。
「野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石」では、いつもお客様のテーブルの脇に小さな野の花を飾っていますが、 露草の咲く頃はいつも大好きな露草を飾ろうとするのですが、とても小さく儚く、花を一日持たせるのがとても大変です。それでも飾って見ていただきたい大好きな花です。