自分が飽きられるだろうという強迫観念はよく分かる。度量の狭さは自覚しているので、恋人がいる時は心のどこかでそれに怯え、現実のものとなる。他者がいることで愛は成立してそれは相対であり、邦題はパラドクスといえる。時間という軸は絶対で、それに逆らう人、それを歪ませる映画。
他の女に目移りする恋人のものをしゃぶっても機能しなかった。彼女は自分ではない他の女を想像しろといってことを済ませる。翌日、彼の前から忽然と姿を消した。男は根元に割れ目のある木を蹴る。象徴と模倣だろうか。去っていった彼女を忘れることができず、誘惑を頑なに拒んだ彼も時が経つにつれて欲するようになった。しかし常に邪魔が入る。
彼、ジウは彼女、セヒとの思い出のカフェを訪れ、そこでスェヒという女性に出会った。スェヒはジウから永遠に愛されるために整形したセヒで、新たな女スェヒとしてジウの気を惹こうと接近した。セヒへの思いを断ち切れないがスェヒにも思いを馳せる、そんなジウに怒りを覚える。結ばれたら結ばれたで過去であるセヒと決別して現在であるスェヒに移行した、そんなジウに悲しみの平手打ちをする。双方が自分であるがゆえ、女は喜びを得られなかった。全ての秘密を晒し、それを知ったジウが今度は姿を消した。スェヒは根元に割れ目のある木を蹴る。
なぜ彼が行方をくらましたか、真相が分かった彼女はただ待つのみだった。否定された未来は永遠に来ない。絶対の愛は存在し得ない。
Dabi Debo Kanyinsola
ビギナークラスからオープンクラスへ。ドゥンドゥンもあった。ジャンベ以外の打楽器が入るとは豪華である。ナイジェリア出身のダビが打つ美しいジャンベは強烈だった。レベルがいきなり数段階も上がって戸惑う。ついていけるか心配になった。リズムより何より、まず正確に叩くこと。ドラミングも言葉も説得力がある。ただ、せっかくのポエティックな日本語を授けられても、良いことを聞いたという感動だけが残り、肝心なセリフを忘れてしまうのは僕の悪い癖。雰囲気しか思い出せない。
バラクランジャのリズム“○○中中○○高○”と“高○○高高○中中”はククに似ている。低いベース音は使用しない。空白の多さと左右の手の動きに慣れるまで時間がかかった。
1年も経てば過ちなど忘れていて当然だ。あれ
はちょうど昨年の3月、今回は銘店味めぐりということで8軒のラーメンをベビースターにて食べることとなった。日を改めたり、分けて食べたりなんて僕にはそんな選択肢はない。
北海道旭川・山頭火 とんこつ塩ラーメン
店にも行ったことがあるが味を覚えていない。とんこつ塩だったことも忘れていた。独特の香りがおそらくそれなのだろう。くせになる。
北海道札幌・すみれ 味噌ラーメン
多少の辛味がある。にんにくのようなコショウのような、スパイスが効いているように思われる。昔懐かしの味噌ラーメンでおいしかった。
福島喜多方・大安食堂 正油ラーメン
正油という表記にこだわりを感じる。麺が太い。目先を変えずとも美味。喜多方は総じてそうなのか。メンマのような香りがする。
東京池袋・山岸大勝軒 もりそば
ここは覚えている。今はどうなっているか分からないが、何人前を注文しても値段が一緒だった。しかし味は覚えていない。こんな感じだった気がしなくもない。普通。
名古屋・山本屋総本家 味噌煮込みうどん
パッケージにある店舗名が読み取れない。やや平べったく、赤味噌の香ばしさが再現されている。前回の名古屋はイマイチだったが、今回で挽回した。
和歌山・井出商店 とんこつ醤油ラーメン
オーソドックスなベビースターで香ばしい。醤油の味はするがとんこつっぽくない。和歌山といえばとんこつ醤油なのだろうか。
大阪鶴橋・鶴橋風月 ソース焼きそば
まさしくお好み焼きの味だと思ったらこれは焼きそば味だった。イカが強い。鶴橋風月はガオラかスカイAか、CMでよく目にする。そろそろ野球の季節。
福岡久留米・大砲ラーメン 呼び戻しスープとんこつ
このくさみがとんこつ。呼び戻しの意味は知らないが、なるほど呼び戻している。風味が豊かだった。替え玉がほしい。
高台の、閑静な住宅街に囲まれた公園にヒロシを背負って行った。それなりに広いが遊具は少なく、親子連れをちらほら見る程度で練習に適していると思ったのだった。今日は天気が良く4月か5月並の陽気で、パーカーを脱いでTシャツ1枚になろうか悩む。習ったリズムを一通り奏でたところで、派手な眼鏡をかけた初老の女性が近づいてきた。「鳴らしてよ」と、おおせのままに刻むと彼女は踊りだし、二人で笑った。
気分が高揚したのも束の間、次に声をかけてきた中年女は未見と額にしわを寄せている。「すみません、やめてもらえますか」なんて吐き捨てられたら帰る他ない。「禁止されてるんで」ともいわれたが、そんな注意書きはなかったと思い、再度確認すると案の定ブラフをかまされていた。閑静マダムが明日から腹痛に苛まれることを願ってやまない。
部屋に入ってきて、そこには既に人がいて、その存在に気づいて驚く。リアクションにもよるとはいえ、ただそれだけで面白いということを山下敦弘は熟知しているようで、彼の作品で何度か目にした。乾いた笑いや人間の機微、間、それらに長けて日本のジャームッシュとかカウリスマキとかなぞらえることを耳にするが、山下にとってそれは本意でないだろう。前作「リンダリンダリンダ」が当たったこともまた本旨でないように思える。ほぼ同世代ゆえ動向は気になるところだ。
風景を見てあそこに似ていると思い、クレジットにあるロケ地は想像通りそこで、その町は何度か訪れただけなのだが、雰囲気は覚えているものだといこうとでいささか心地良い。その、冬は雪が深い田舎町は平和で、道楽者と警察官の双子が住んでいた。鈴木光と鈴木光太郎は見た目も性格も正反対だった。そこでひき逃げ事件が起こり、死んだはずの被害者女性が生き返ったことから、鈴木家を中心に町の人間のサガが表面化する。守られていた秩序が乱れ、混沌としてボアダムスの音楽が的確。
川越美和といえば元えせラガーマンの僕にとって「スクールウォーズ2」の薄幸の少女であり、当時はアイドルとして売っていたはずが久しぶりに見た本作での姿はやはり薄幸、しかし彼女がスクリーンに映し出されるだけで不快感をもよおすような、すさまじいオーラを身につけていた。役どころを完璧にこなし、女優として開眼していたとは。
周囲の人間は同じ作業服でそれは僕も着ている。工場内は天井が高く、3階ぐらいぶち抜いている。その広い中をあまり目にしない特殊な車両が右往左往している。皆、冴えない顔をして、僕もきっとそうなのだろう。むき出しの蛍光灯と配管に囲まれて、考えることのない流れ作業をこなす。何かを運ぶ。たまに歩く。たまに目が合う。彼女は背が低く、ショートカットで、太い眉毛と幅の狭い唇が常に怒っているような顔だった。彼女の作業服はかなり汚れている。ことあるごとに視線を交え、頻度は増すばかり。意を決した時は持ち場が離れていたのでまず彼女を探す。後姿を確認して近づいた。歩み寄る途中で向こうも僕に気づく。僕の右手は彼女の左手を、左手は右手を絡めて水平に、僕は首を前に倒して彼女は頭をもたげ、その間に視線を外すこと はなかった。
