小さな猫がいた。掌におさまる、ヒヨコほどの猫だった。僕はそれを撫ぜ、愛でているつもりだったが潰してしまった。力の加減が分かっておらず、殺したのだった。

この夢には原体験がある。小学校の理科の時間で蝶か何かの青虫を観察している最中、机を這うその青虫をもっと見ようとして虫眼鏡を近づけたら、接触して圧死させたのだった。動物の殺生に対する強い意識はないが、かわいいと思っていた青虫を絶命に追いやった後悔は今も時として思い出す。

レジカウンターの後ろに取り置きのシュトーレン があった。今年も冬を告げる。袋に入ったシュトーレンにはメモ用紙が貼られ、誰が予約しているのかが記されている。その中の一つに「たかちゃん」と書いてあった。僕よりも長い常連なのであろう。いつものパンを買って会計をしていると、他の客が店に入ってきた。女主人と同年代の女性が杖をついている。僕に釣りを渡しながら彼女を視認した女主人は「ああ、たかちゃん。取ってあるよ」と声をかけた。幼馴染だろうか。
最近suicaを手に入れたがチャージのタイミングが分からない。最寄が私鉄なので自動販売機でのそれがない。いやあるのかも知らん。しかし知らん。JRに乗り換える頃合いでチャージすれば済むのであろうが、その時は高確率で忘れる。結局、最寄で降りる際に足りない分だけを清算機で払うに留まる。今月は先月に引き続き早々に財布が寂しくなり、カードに多額を蓄えることができない。経済的な負の連鎖は断ち切りたいところである。

レインマン 映画の「レインマン」を見たのはおそらく小学生の頃で、そのストーリーとなぜ“レインマン”なのかということを全く覚えていなかった。

キャストは4人だけ、舞台装置も簡素で無駄を極限までそぎ落としたかのような演出が役者の演技力を問う。演劇を見る機会はほとんどなかった。過去に行ったのは指を折って数えられるほどであるゆえに新鮮だった。2時間を超えても退屈しない。途中にある15分の休憩が集中力を切らすことにもならない豪腕ぶりだった。

しかし見終わった後も映画を思い出さない。僕は今一度確認すべきだ。当時も今も泣いたというのに。

ライブが1週間後に迫り、徐々にではあるが音は合ってきた。連日の練習で手が痛い。懸念材料は二つ。一つは僕自身で、慣れないサンバンを担当することは経験不足からくる心の余裕のなさに繋がっている。もう一つは練習に来れない人のこと。あまりの参加率の悪さに業を煮やし、メンバーから外すことを今日決めた。温度差が否めなかった。人数が増えれば価値観も増える。どちらかを立てなければいけない場合、切るという選択肢を選ばなければならないと、再確認しながらも心苦しさは残る。
映画館に行ったが、なぜそれを見ようと思ったのかは明確でない。邦画だった。僕が出演していた。スクリーンに映し出される自分に違和感がある。僕はそれを知らずに見に行ったのだ。エキストラではなく、いくつかのシーンで登場し、セリフもあった。これが酷い。とんだ大根役者だった。棒読みのセリフにぎこちない動き。周囲の観客に僕の存在が気づかれやしないか内心ビクビクしていた。映画の出来としては悪くなく、佳作という印象を持ったが、起きたらその内容はすっかり忘れた。

近くの自転車店へ、びあんち号を押して行った。店先には何かを卸していた業者の人しかおらず「ちょっと待っててね。若旦那、若旦那!」と中に呼びかけると僕より幾つか上の、薄毛に眼鏡と膨らんだ腹の愛嬌のある若旦那が出てきた。スポーク は計5本がだめになっており、全てをなおしてもらうことになったが若旦那には無理なようで店主が出てきた。

商店街の中にあるそこは、パンクの修理や空気入れで客がひっきりなしに来る。「またパンクしちゃったよ」といって、還暦前後と思しき男性が持ってきた自転車には「魚や次男坊」と書かれたガムテープが張られていた。いかにも下町で客と世間話をしながら、職人然とした店主は流れるような手つきでびあんち号を生き返らせる。

一口に53年ぶりといっても僕は31年しか生きていないわけで、中日ファンになったのも物心がついてからとすると25年ぐらいだろうか。今から25年前の1982年に中日がリーグ優勝を果たしたことはあまり記憶に残っていない。テレビに映る日本シリーズをかすかに覚えている。悔しさを知ったのは1988年。いつか日本一になってくれと、僕だけに限っていえば20年弱、そう願っていたに過ぎない。たかだか20年だ。たかが野球だ。何かに還元できるでもない、他人から見たら無意味で無益な心血の注ぎっぷりが単に実を結んだだけ。

おちょこ程度の器の僕よりも、さらい小さいおちょこの裏はあるか否かという器の人間が、結実の采配を非難しようがどうしようが、リーグ制覇を成し遂げていなかろうが、中日ドラゴンズが日本シリーズに勝ったという事実を噛みしめて僕は思ったより穏やかな気持ちのまますすり泣く。