〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な

こんにちは。

あさのちづこです。




この度、講師を務めさせていただく
ことになりました


「ココロに寄り添うピラティス講座」
の募集が始まりました。




この講座は、こもりむしさん

(ひきこもりの方、何らかの生き
づらさを抱えている方、
社会との隔たりを感じている方)

向けの講座となります。




個々の状態に合わせたオーダー
メイドスタイルの
個人向けのセッションは
現在ご新規の受付を行なって
おりません。



ご興味のある方は、是非
メールレターにご登録ください
ませ。





さて、



今の自分の生き方は自分らしく
ない


本当はこんなはずじゃない


でももう仕方がないんだ


だって、私は....




そんな風に思いながら
生き続けるのは
辛いですよね。




私はとても辛かったです。




当時の私の頭の中は、
常にネガティブな思考が渦巻い
ていて、がんじがらめになった
思考こそが


私そのものだと
思い込んでいました。




でも本当はそうではありません。




ココロに寄り添うピラティス
講座は


いわゆるフィットネスクラブ
などで行われているような
ピラティスとは
まるで異なるものです。



決してインナーマッスルを鍛える
為のものではありません。



本来の私に目覚める為
の小さくて大きな
第一歩を踏み出す
ためのものです。




ピラティスの産みの親である
ジョセフピラティス氏という
1人のドイツ人の男性は


今から約100年程前に


ボディーマインドースピリット
を統合することを目的に


このピラティス
(当時はコントロロジーと呼ばれて
いました)

を編み出しました。




ところが、ピラティス氏の
お弟子さん、そのまたお弟子さん
とピラティスが伝わっていく
中で

それぞれがそれぞれの
解釈を加え、それぞれの
形へと変化していきました。




ある先生は、ピラティスは
姿勢を改善する為のエクササイズ
だと言います。



確かに姿勢は大きく変化します。



ある先生は、ピラティスは
体幹をコントロールする為の
エクササイズだと
言います。



確かに体幹は整い、コントロール
できるようになります。




でも、ピラティス氏が言っていた
ボディとマインドとスピリットの
統合はどこへ
行ったのでしょう?




私が、ピラティスの指導を
始めて


1番初めにぶつかったのは
その壁で、そこからずっと
その答えを探し続けて
きました。




壁にぶつかった当時の私は、
事故によってボロボロになった
カラダをピラティスその他

ありとあらゆる手段を使って
修復させ


姿勢もよくなり、衰えた体幹は
鍛えられ、随分コントロール
できるようにも
なっていました。



カラダさえよくなれば、
また元の生活に戻れる!



そう信じていました。



ところが、ある時心がどんどん
悲鳴をあげだし

気づいたときには、
生きている意味がわから
なくなり、

1秒1秒生きている事が
苦しくて苦しくてたまら
なくなっていました。




ピラティス氏が言っていた事は
一体なんだったの?!



これだけピラティスに向き合い
続けてきたのに、
結局のところ、今の私のなんの
役にも立っていないじゃない!




まず初めに、マインドの状態が
普通でなくなり、ボディから
マインドがどんどん
切り離されていきました。



そしてマインドとスピリット
もどんどん分離していきました。



(これは今だからわかることです)



最終的には、せっかくピラティスを
続け、随分回復していたボディも
少し遅れて、見事に崩れて
いきました。



統合どころか、
ボディーマインドースピリット
全てがバラバラになって
しまったのです。




ピラティスをできるような
状態でもなければ



これまで自分が学び続けてきた
ピラティスが


一体何がよかったんだか
さっぱりわからなくなり


何なら、ちょっとピラティス氏の
事を恨んでさえいたと
思います🙏💦



もう、何なのよ!ピラティスって!




そして、そこから私の
本当の意味でのピラティス
人生が始まりました。




今は、ピラティス氏が言っていた

ボディーマインドースピリットを
統合するということが

一体どうゆうことだか
よくわかります。




そして、それがピラティスに
よって体現されるということも
わかります。



ただ、初めにお伝えすると
それはそう簡単な事では
ありません。



魔法のように、一度のピラティスで
そこに到達することなど
まずあり得ません。




また、どれだけ優秀な
ピラティスの指導者と
出逢ったとしても


あなたの中に

「この先生が私を
変えてくれる」という
思いがあり続ける
限り、


その先生にはあなたを
変えることはできない
でしょう。



そもそも、先生が
ボディとマインドとスピリットを
統合するためにピラティスを
指導している方でなければ


その先生の指導を受け続けても
そこに到達することは
ないでしょう。




ただ、あなたがピラティスを
することによって
向き合う、あなたのその
ボディは


マインドとスピリットを
包括しています。



マインドやスピリットのような
形のないもの、目に見えないものを、
形あるボディが包み込んで
いるような感じです。


つまり、ボディを通して、目に見えない
マインド、そしてその奥にある
スピリットを感じ、そこを
繋いでいくということを
ご自身が意図すれば


必ずそこに到達します。



マインド、つまりがんじがらめに
なった思考が分厚ければ分厚いほど


そこに到達するのは
時間がかかります。



でも、大丈夫!




コップの水を一旦空にして、
今この瞬間から


私は私の人生を生きる


と決めさえすれば


必ずそちらに向かいます。



私と一緒に、その初めの第一歩を
踏み出してみましょう。




あなたのボディは、あなたが思う以上に
ずっとあなたのことを
想ってくれています💕


答えは全てあなたの内側にあります。


詳細、お申し込みはこちらから

〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な

〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な



こんばんは。
あさのちづこです。




先週、無事JR西日本での講演を
終えることができました。
 
 
かなり長文になってしまいまし
たが、自分の思いを確認する
為に書き記しておきたいと
思いました。
 
 
お時間のある方はお付き合い
ください。
 
 
 
講演を行った1月17日は
ちょうど震災から25年の
日であり

改めて私たちが日々当たり前
に生きているのではなく

生かされているという事を
感じさせてもらえた日でも
ありました。
 
 
会の初めに、ご参加くださっ
た約100名の職員の方々と
共に

お亡くなりになられた
全ての方々に黙祷を捧げ
させていただきながら
 
事故から約15年が経ち
今こうして

加害企業ー被害者

としてではなく
一人の人間対人間として
 
「安全の本質とは何か」
ということについて一緒に
深く考えていける日が
やってきた事に

心からの感謝の念が
湧き起こりました。

 

私は今から約3年前、息子が
まだ生後半年頃に
無邪気に遊んでいる
彼の姿をぼーっと見ながら 
 
「私はいつまで自分の
人生から逃げ続ける
つもりなんだろう。
 
子供は親の背中を見て
育つというけれど
今の私にはどこにも
見せる背中がない。
 

本当は息子に自信を
持って見せられる
背中でありたいな。」

と思っていました。
 
 
何度も死に縁に立ち
それでも生かされ続け
目の前には我が子が
笑っているのに

それでもまだ苦しみの
中で一人もがいていました。
  

ふっと、自分にこう誓い
ました。
 
 
「これからはもう自分の
人生を生きよう。」
 
 
 
それまではどうだったか
と言うと、事故に遭って
から10年以上が経ってい
ましたが、一言で言え
ば私は「被害者」でした。
 
 
何かの被害に遭うと、それ
だけで被害者と表現されますが

私のいう被害者とは

「自分自身の人生は自分以外の
何者かによって動かされてしまった」

というような意識を持っていたと
いうことです。
 
 
事故から10年以上が経ち
JR西日本とのさまざまな
交渉も全て終え、

心身ともにある程度の
落ち着きを取り戻し、

自分はもう事故からの
延長線上で生きているの
ではなく、

事故を乗り越えて今ここ
に生きていると、
そう自分でも思っていた
にも関わらず、本当のところ
そうではなかったという事です。
  


心の奥底では、
「あの事故さえなければ
私のこの心の弱さがこれ程に
露呈される事はなかったのに。
 
ましてや、そううつ病といっ
たような忌まわしい診断を
受けることも再発の恐怖に
怯えることもなかったのに。
 

あの事故さえなければ、
当たり前のように身体の
後遺症や事故の記憶あり
きで毎日を生き続ける
必要もなかったのに」
 
そんな思いがいつも私の
根底に流れていたのです。
 

 
私は今「安全が侵されること
の一番の代償とは何だと
思いますか?」
と聞かれたら、

真っ先にこう答えると思います。
 

それは、被害に遭った人たちが
被害を受けることによって

「自分の人生が自分以外の
何者かによって変えられて
しまった」という意識が
根付いてしまうことだと。
 


その事は被害そのもの以上に
深刻な被害だと私は思います。
 

安全が侵されるということの
真の被害は、目に見えることや
数字で表現できる事の中から
見つけ出すことなど到底
できないのです。
 

 そしてその真の被害を
乗り越えるということは

本人自らが、これまで受け
続けてきた傷に気づき

それらを一つ一つ受け入れ
そして自らが癒し続けることであり
 
その先に

「自分の人生は全て自分が
選んだ結果であり、

自分の人生は自ら選ぶことが
できるということ、

それは他の何者にも決して
犯す事ができないのだ」
という事を思い出す、

途方もないプロセスを経ていく
事だと言えると思います。
 
 

傷が大きければ大きいほど
全てを受け入れ、全てに感謝
できるようになるには長い
時間がかかります。


どれだけ時間がかかっても、
その苦しみから逃れることが
できず一生涯苦しみ続ける人もいます。
  
 

安全が侵されるということは
それほどのことだと言うことです。
 
 
光を見いだす事ができないまま
ずっと苦しみを抱え続けている人
たちのそれぞれの苦しみは
その本人にしかわかりえないのです。
 
 
だからこそ、真の安全を追求し
続けるということは、目に
見えないものを感じとって
いくということ

相手を100%理解する事は
できないという前提に立って
相手の心に寄り添っていく
ことが大切なんだと思います。
 
 

幸いにも私は10数年という時を
経て、それらのプロセスを乗り越え
自分の身に起きた出来事全てに
感謝するようになりました。
 

例えばそれは

今も身体に残る大きな傷を
見た時に

「あの痛みを乗り越えて
くれてありがとう」と自分を
守ってくれた身体に対して
感謝の気持ちが溢れてくる
事だったり
 
身体の痛みや痺れが強く
なった時に
「どうしてあげたら楽に
なれる?」と身体に聞き

そしてそれに応えてあげられる
ようになった事だったりします。
 
 
例えばそれは、薬を呑み続け
なければ一生繰り返す病気だ
と診断された双極性障害に
ついて思いを巡らせた時、

当時の破壊的な症状を
思い返しても

「再発しても再発しなくて
も、まあどっちでもいいか」

と思えるようになった
ことだったりします。
  
 
私はこれまで自分が背負っ
てきた重荷が、本当は重荷で
はなく
大きな財産だったといことを
思い出し、被害者として
の私に感謝の気持ちを持って
さよならする事ができました。
 
 
 
そして、被害者としての私を
終え、これまでの安全が侵され
たあの日からのプロセスを
客観的に振り返った時

正直な感想として、これは
経験してみなければわかる
はずもなかったなと
思いました。
 
 
また、同時に事故が起こる
前の私も、そしてJR西日本も
この事に対してほとんど
準備してこなかったとも
思いました。
 


わかってもらいたいのに
わかってもらえなくて
苦しんでいた被害者の私。
 
 
わかりたくてもわかることが
できなかった加害企業のJR西日本。
 
 
当時の私は怒りと悲しみの
渦の中にいて、気づくことが
できなかったけれど

今になるとその両方の気持ち
が痛い程よくわかります。
 
 

だからこそ、被害者として
の自分を終えた今、私に
できることがあると
思いました。
 
 
 
真の安全を追求する為に
その両者の思いを少しで
も繋ぐことができるの
ではないか
 
ゼロになることはないで
あろう事故の被害を最小
限に抑える為に準備できる
ことがもっとあるのでは
ないかと思ったのです。
 
 
 
だからこそ、JR西日本と
いう会社で働く事を選び
安全を追求し続けるという
使命を与えられた社員の方々
一人一人が

「安全の本質とは何か」
という事を知る為に
 
安全が侵されるとはどう
いう事なのかという事を

たった一人の被害者の事故
後の人生を、自分の命、
もしくは大切な人の命と
重ね合わせて一旦全部
感じ切ってみるという事を
してみてはどうかと思いました。
 

そうでもしてみなければ
安全が侵されるということ
が一体どういう事なのか
わかりようもないからです。
 
 
それがわからないままに
あの事故を外側から形に
見えるものだけを辿り
また断片的に見続けてい
ても、

真の安全にたどり着く
など到底できないからです。
 
 
他人事ではなく、自分の身に
起きた出来事として心で感じる
ことで、わからないなりに
わからないということがわかり

わからないなりに相手の心
に寄り添う事の大切さを
知ることができるように
なると思ったのです。
 
 
それは、真の安全へと向かう
スタートラインに立つ事
だと思いました。
  
 
 
約2年前に、自らの経験を
話すことで、きっと誰かのお
役に立てるはずだとそう信じ

そこに何の根拠もないまま
自らの経験を伝えていくと
決めました。
 

そしてその日から、これ
までの約15年間を振り返り
ながら、真の安全とは何な
のか、

安全の本質とは何なのかと
いうことについて
ずっと考え続けてきました。
 
 

そして、先日の講演で初めて
安全の本質についてお話
することができました。
 

私が考える安全の本質とは

その本質が愛であることに
気づき、そこを知り続けて
いく姿勢そのもの

を指します。
 
 
それは
「万一事故が起きたら誰
かの人生を台無しにして
しまう、だから安全でい
なければならない」
といったような、

恐れから生まれる安全
とは異なります。 
 

聴いてくださった方々は
少なからずそれらの
違いに気付いてくださった
のではないかと思います。
 

ただ、本当はその恐れの中に
も必ず愛が息を潜めています。
 

私たちは愛を持って恐れ
に向き合うことで、根っこ
はみな一つだということに
気づくことができると思うのです。
 


講演を終えた後、さっと手を
あげてご自身の言葉で感想
を述べてくださった社員の
方々や、

控え室に挨拶に来てくださった
経営陣の方々の内から
溢れるエネルギーを感じ取り

組織の人間としてのあなた
ではなく、
一人の人間としてのあなたが
私の想いを受け取ってくださっ
た事に大きな感動を覚えました。
 
 

まだまだ自分にはできる
ことがあるようです。


次の2月5日の講演に向けて
私自身も安全の本質について
何度でも考え抜きたいと思います。 
  
 
何だかまとまらない文章ですが
今の思いをそのまま書き残して
おきたいと思いました。


最後まで読んでくださりありがとう
ございました。



〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な

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✨身についた事は一生の宝です✨ 今日、30sessionのコースを終了されたNさんの言葉。 . . 60代、大きな悩みがあったわけではないけれど、カラダのあちこちが痛かったり、転けやすくなっていたり、体力の衰えを感じていたり。 . 本当はやりたいことも、カラダが気になって、躊躇ってしまう。 . このままじゃあかんなって、いろんな治療院に通って、パーソナルトレーナーについてもらって、いろいろしたけれど、根本からは何も変われなかったというNさん。 . でも、歳だから仕方ないかな... .半ばそんな風にも思っていたとき、私の所へ来てくださり、 覚悟を持ってはじめられました✨ . . そして30session目の今日! . . . また追々書こうと思うけれど、カラダの変化も、ココロの変化も、何より意識の変化が素晴らしかった! . . . あなたのカラダって、単なるカラダじゃない。 . 生まれる前から今日までのあなたのヒストリーが全部詰まってる。 . そしてカラダは小宇宙なんて言うけれどまさにその通りで、カラダってボディとマインドとスピリットが全部畳み込まれている。 . だから、もしあなたがカラダをカラダとして、ココロはココロとしてみていたとしたら、すごくもったいない。 . そして、またそれとは別の世界でスピリチュアルを捉えていたとしたらそれまたとてももったいない。 . 全ては一つだから。 . そして、それらを繋ぐ鍵は、ボディの感覚。 . カラダもココロも死の縁を彷徨って、這いずり回って、それでもめげずに自分を観察し続けて、気づいたことだから、これだけは間違いない。 . だから私は、カラダの悩みがある人も、ココロの悩みがある人も、そこに生きづらさを感じている人も、何はともあれボディの感覚を磨くことをオススメしてる。 . 忘れかけたボディの感覚を取り戻すことで、あなたのこれからの人生はもっと豊かになる💕 . Nさんのカラダと笑顔がそれを教えてくれている✨ . . #Nさんありがとうございます #初めは自分のカラダの写真を見るのも嫌だと言っていたのに #誰かのお役に立てるならどんどん使ってって #これからもよろしくお願いします #60代女性 #ピラティス #pilatesforspirit #幸せな時間 #宝塚市ピラティス #宝塚ピラティス #中山寺 #兵庫ピラティス #ルルレモンウェア #ニッティドプラス

浅野千通子(あさのちづこ)(@chizuppp)がシェアした投稿 -


〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な



こんばんは。
あさのちづこです。



2月に生きづらさを抱えるこもり
むしさんの為の

ココロに寄り添うピラティス講座

の講師をさせていただくこと
になりました。



内側から本気で変わるには
個々のカラダとココロに
寄り添うことができる
マンツーマンのスタイル

そして単発ではなく一定
の期間を通して関わらせ
ていただくスタイルが
もっとも効果的だと
感じ

今は個人向けの継続セッション
しか行なっていないのですが

今回、ご依頼いただいたイベントは
グループレッスン

そしてたった一回の開催です。



そして対象の方々は、生きづらさを
かかえ長年就労されていない
方々。


参加者の方は私を知らない方
がほとんどだと思います。


私にとっては初挑戦となりますが
私だからこそ伝えられる事が
必ずあると信じ、今から少し
ずつ内容を詰めています。



私自身20代後半の頃、ココロが
悲鳴を上げ、その後社会との
隔たりが日に日に大きくなり
気がつけば家から出られなくなっ
ていた時期が長くありました。



当時は、「両親が死んでしまっ
たら私は一体どうなって
しまうんだろう...」と

そんな不安に押しつぶされ
そうになりながらも
今の生活を変えていく事が
ただただ怖くて
月日だけが過ぎていました。



「こんなはずじゃない、
こんなはずじゃない...」

そんな心境を通り過ぎると
次は「これこそが本当の私だ」
と思うようになっていました。



辛い現状から抜け出せない
人の心情が痛いほどわかる
ので、一見綺麗な言葉の
ようで、相手のココロを
余計に苦しくさせてしまう
ような事は
言いたくないと思っています。


みな、変わりたいけど変われなくて
苦しんでるんだもんね。


それでも覚悟を持って伝え
たいことはあなたが変わると
決めれば、必ず今の状況を
「あんな時もあったね」と
言える日が来るということ。



答えは、全てあなたの外側
ではなく内側にあるということ。



ほんの小さな変化のきっかけ
となれば幸いです。



【2月の講座】
ココロに寄り添うピラティス講座

【講師紹介】
浅野千通子(あさのちづこ)

【定員】
約20名 

【参加資格】
生きづらさを抱えてる人
長年就労されていない方
40代以上の方、大歓迎です
未成年の方は保護者の同意があれば参加可能です

【会場】 
宝塚市立西公民館 レクルーム(予定)

【日時】
2/15(土)14:00〜16:00

【参加費】
500円

【申込み方法】
以下の案内をご参照ください



こもりむしの会代表の康子さんと✨私の事をSNSで見ていてくださっていたようで、以前からSNSでは繋がっていたのですが、この日初めてお会いする事ができました✨


✨あなたの幸せは、必ずあなたの内側にすでにあります✨



〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な


〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な


あけましておめでとう
ございます✨⛩🎍
 

いよいよ、2020年が始まりましたね。
 
 
昨年、神様はまた一つ私に
大きな試練を用意して
くださっていました。
 


ここからは、この夏お空に
帰った私の子供の話です。
 


なんとなく読みたくないと
感じた方は、この先は
読まないでください。
 

 
2019年の夏、その日の
妊婦健診は、たいくんを
喜ばせたくてたいくんを
連れて行きました。
 

先週まで画面の中に
小さな動きと共に写っ
ていた存在が今日は
微動だにしなかったので

先生は少し焦った様子で
何とか心拍を確認しようと
しているようでした。
 


嫌な予感がして、横で手
を繋いでくれていたたい
くんの手をギュっと
握りました。
 
 

結果わかったことは
私は2週間前の健診の
すぐあとくらいから

お腹の中の我が子が
もう動かないことを
何も知らないまま生活して
いたということでした。
 


そして、そこから
処置入院の日の前日
まで、動かなくなった
お腹の中の我が子と
さらに10日程一緒に
暮らしていました。
 

 
この子は、最期の時1人
お腹の中でどんな
気持ちだったんだろう... 
 
 

動かないお腹に手を
あてると、止めどなく
涙が流れてきて、どれ
だけ泣いたかわから
ないくらい毎日泣いて
過ごしました。
 


たいくんはそんな私を
元気付けようと、何も
気付いてないふりをし
て、私を笑わせよう
としてくれていました。
 
 

処置入院の前日までに
、 自然に私の元に出
てきてくれないかな...

そう思いながらも
とうとう出てきて
くれることはなく
処置入院の前日の
診察を受けることに
なりました。
 


先生は、「あれっ?
おかしいな?」と一通り
探してから言いました。
 

「もう出てきてしまったんだね。」
 

私は、出てきていない
ことを知っていましたが
そういうことならと
明日の処置を断り家に
帰ることができました。
 


心のどこかでほっとしていました。
 


あとは、どのタイミングで
出てきても大丈夫よ。私が
ちゃんと拾ってあげるからね。
 


そう思いながらも、私は出
てきた我が子に取り乱さ
ずに接してあげられるの
か不安でした。
 
 

その日の晩、急にお腹が
痛くなりトイレに向かう
と、そこでお腹の中にいた
赤ちゃんが勢いよくトイレ
の中に落ちていきました。 
 


慌てふためいて、立ち上がり
どうにかしようと思った瞬間
自動のセンサーが反応し
お腹の中の赤ちゃんは勢いよく
トイレの水とと共に
流れていきました。
 


あっけないほど、一瞬
の出来事でした。 
 


へなへなと床に崩れて
しばらく現実がよくわから
なくてぼーっとしていました。
 

 
その後、私にじわじわと
湧いてきたのは、意外
にも深い悲しみでは
なく、ありがとうと
いう感謝の気持ちでした。
 


ありがとう、ありがとう。
 


あなたが処置という名目
で、外の世界に掻き出され
私の中が洗浄されて
「はい、おしまい!」
ってされるのがすごく
嫌だったのに、

初めての事に何もわから
ないまま、医師の言葉に
従ってしまい、モヤモヤし
ながら過ごしていたこと
をわかってくれていたんだね。
 
 

あの日の晩、本当はまだ
お腹の中にいたのに
医師に見つからない
ように一生懸命隠れ
てくれていたんだね。
 
 
お風呂場で出てきたら
私が泣きながら血塗れ
になってあなたを必死
に探そうとするだろう
なって、敢えてトイレ
で出てきて

探しようもない暗い下水道へ
何の躊躇いもなく、流れて
いってくれたんだね。
 
 

ありがとう、ありがとう。
 
 

この世に生まれてきたと
いうだけで、それが
どれだけの奇跡の
重なりなのかという
ことを、その小さな
身体で命をはって教えて
くれてありがとう。
 
 

今日まで生きていると
いうだけで、それが
どれほどの幸せかと
いうことを教えて
くれてありがとう。
 

 
宇宙の始まりから、次の
世代へまた次の世代へと
命がバトンされて
奇跡的にこの世に生まれた
私という存在。
 

届けたくても届かなくて
バトンされずに途絶えた
命もたくさんあったに
違いない。
 
 

でも、今地球に生きて
いる私たちは、そのバトン
を確かに受け取ったから
今ここに生きている。
 
 

ありがとう、ありがとう。
 

 
宇宙の始まりから続く
バトンを受け取った
自分に対する誇りを
思い出させてくれてありがとう。
 
 
 
その日以来、時々お空の子供に
想いを馳せることはあっ
たけれど、また平穏な生活
に戻りました。 

 

時々、思い出してぽろっ
と涙が出ると、それを
見たたいくんは
 

「ママ、赤ちゃんはお空
に一回帰っただけやって。
また帰ってきてくれるよ!」
 

と言って、私を元気付けて
くれました。
 

何も理解していないふりを
していたけれど、本当は
全部わかっていたようでした。
  
 
 
2020年はどんな一年にし
たいかなと頭の中にイメージ
を膨らませた時、

また我が子への感謝の想い
が湧いてきて、急に書き記し
たくなったので、ここに
書かせていただきました。
 

 
2020年は、これまで以上に
スピリットに生きる人が
増えていく一方で

動きを失ったマインドや
ボディに支配され
スピリットに生きられない人
が増えていくようにも思います。
 


私は、1人でも前者で生きる
人が増えていく事を心から
祈りながら 

マインドやボディに縛られず
スピリットに生きる
生き方をさまざまな活動を
通して伝えて続けていこうと
思います。
 
改めまして、本年もどうぞ
よろしくお願いいたします✨
 

皆さまに幸あれ💕✨
 

浅野千通子



〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な


〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な



あさのちづこです。




あとわずかで2019年もおしまいと
なりました。



皆さんはどんな年末をお過ごしですか? 




わたしはというと・・・ 




お昼から移動を始め、
約3時間半かけて岐阜県郡上
へ向い、

御先祖さまにこの一年
家族皆が無事過ごせた
ことの感謝の気持ちを
伝えてきました。



今は岐阜の実家で
お義母さんの手巻き寿司を
食べながら、

お義父さんにビールを注がれまくり
すでにほろ酔いおっさんです。



今年は 
自分の弱さをこれでもかって
くらい知った年でした。




またそれと同じくらい、自分の
強さを知った一年でもありました。




2019年の年始め
崩れた体調が元に戻らず、
そのままズルズルと
ココロも崩れ、


自分らしさを失いつつ
ありました。




ピラティスを通して
自分らしく生きることを
お伝えしているはずなのに

ちっとも自分らしく
生きていない自分に

焦りを感じまくっていました。




でも、ふと
気づいたんです。




この流れのままいったら
昔のパターンをまた
繰り返すだけだなって。




そこから、自分の弱さに
開き直り、弱さと向き合うことを
やめました。



弱くて結構!
そうよ、私めっちゃ弱いです。


弱いままでオッケー
だよー、そのままで
いいよーって

弱さを忘れるくらいまで
自分のココロを休めてあげました。



人って、ちゃんと底を感じ切ると
浮上するようにできているので、


しばらく本気で休んだあとは
ふわーっと浮くことができました。




その後は、お一人お一人と
引き寄せられるように
ご縁がつながり、


お仕事は過去最高に
飛躍しました。




またお仕事は充実しながらも
家族と過ごす時間や
友人と過ごす時間は
増えていました。




また、今年の終わりには
念願だったJRでの講演を
実現し、300人の方々の前で
堂々と話しきることが
できました。




そして、年の終わりには今年
私と関わってくださった
コース受講中のクライアント
様方から、さまざまな
お声をいただきました。




「これまでは自分と
向き合うのは嫌だったけど
ちづこさんと出会って、
自分と向き合うって楽しい
ことだと知りました。」



「ちづさんと出逢って
いなかったら
今も自分を知ろうともせず
自分に不平不満を言い
続けていたと思います。」



「カラダもココロが気
づけばどんどん軽くなっ
ていて今は歳を重ねる
ことが楽しいです。」



「ピンチの時でも
「私なら大丈夫!」と
自分に対して自信を持って
生きるようになって
いました。」




「目の前の出来事がどうで
あろうと自分は自分を
生きる覚悟ができました。」




どの方も、


これまで自分
だと思いこんでいた
自分は、実は本当の
自分ではなく


本当の自分は、自分が今思う
以上に可能性のある
存在で


その可能性を引き出せるのは
他の誰でもなく、自分自身
だということを肌で感じて
こられました。


そして、少しずつ少しずつ
自分で自分の可能性を
引き出す力を養って
こられました。



結果、皆さまのカラダは
自然と重力と調和する
方向へと導かれ

内側から根拠のない
自信と、私なら大丈夫と
いう根拠のない安心感に
包まれ


個々に大きな変化へと
繋がっていきました。




皆さまの変化を一緒に見せて
いただきながら、

自分自身を振り返り
今思うことは



自分自身が自分の弱さを
引き受けるからこそ


誰に何と言われようと
ブレない本当の強さが
手に入るということ。




本当の意味で強い人とは、
その裏側でその強さと同等の
弱さを、覚悟を持って
引き受けてきたからこそ
だということです。



「本来の自分を生きる」
生き方、あり方へと自分自身が
納得しながら歩んでこれた
この一年、


そして、「本来の自分を生きる」
生き方へとシフトする
お手伝いをさせていただく
ことができた一年、


いろいろあったけれど
本当に素敵な一年だったなと
今はとっても満たされた
気持ちです。



私に関わってくださった皆さま

本当にありがとうございました。



2020年も、それぞれに
自分らしさを追求して
生きていきましょう。


それでは、良いお年をお迎えください。



■潜在意識と繋がり、本来のあなた
のカラダとココロを取り戻す
継続コースは、年明け以降
若干名ご案内することになりました。

また、もっと気軽に私のセッションを
受けてみたい方へ向けて、
親子やご友人同士で始めるコースや
オンラインでのプランも始める予定
です。お楽しみに!


2月15日に宝塚市にて開催予定の
ひきこもりの方を対象にした、
「心に寄り添うピラティス講座」の
講師を担当させていただきます。
何とかふんばれば、外に出れる方に
是非、脚を運んでいただければと
思っています。


〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な


〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な



こんばんは。
あさのちづこです。


先日神戸市垂水区のオラシオンさんが
主催してくださった、私あさのちづこ
のお話会。
 

神戸からだけでなく、芦屋、加古川
高槻、京都からとたくさんの方々が
遠方からご参加くださり、皆さまと
とても素敵な時間を過ごさせていた
だきました。
 

お越しくださった皆さま、オーナーの
随賢さん、法子さん、演奏やお歌を披露
してくださった皆さま、本当に
ありがとうございました。
 
  
お話の初めに演奏してくださった曲
「いつも、何度でも」
 
ちづさんにぴったりだからと
急遽、みなさんで練習して
くださったそうです。
 
 
その歌詞を改めて聴いたとき
ある記憶が蘇り、涙が溢れてきました。
 
 
 
ーさよならのときの 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる
 
生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんなおなじー
 

 
「自分は、今から死にに行くんだ」
  
スピードがどんどん上がっていく
電車の中で、そう直感しました。
 
その直後事故が起き、しばらくして
自分が生きていた事が分かり、
 
「やっぱり生きられるんだ!」
と希望を抱いた数分後

一緒に電車に挟まり、ぴったりと
寄り添っていた青年が
(その時は青年だと思ったけど、本当は
違うかもしれない)
  
突如、私の胸を押し潰すように
暴れ出しました。
 

胸の前にあった左手で必死に
押し返し続けたけれど

彼の力の方が数倍強くて
息がどんどんできなくなって
それでもその力は収まらなくて

やっぱり死ぬんだと思った直後
彼の息が先に途絶えました。
  

さっきまであれだけ強い力で
私を押しつけていたのに、
その瞬間、まるで彼が
私の前からいなくなったように
静かになりました。
 
 
 
「死ぬ」とはゼロにかえること。
 
 
本当にそう。何もなくなる。
  
いや、なくなるんじゃなくて
 
本当は何もなかったことに気づく。
 
全部自分が創りあげたものだった
ことに気づく。
 

自分が死に直面したとき、
またあの日の記憶が何度も蘇る
中で、死とはそのようなものだと
感じました。
  
 
でも、確かに私は生きていて、
一方であの日あの瞬間まで
続いていた107名の命が、
途絶えました。
 
 
ー生きている不思議、死んでいく不思議ー
  
 
何で私が生き残ってしまったんだろう
何で彼が死ななければならなかったんだろう
 
 
事故から数年後、そんな答えのない
問を自分自身に問い続け、

生き残った自分を責め、
死んでいった彼に謝り続けていた
時期がありました。
 
 
あの事故から約15年経って、今思うのは、
私が生かされ、彼が死んでいったことに
理由なんてなかったということ。
 

今、生きていることも、死んでいくことも
同じくらい、当たり前のことではない
ということ。
 

だからせめて、今生かされている
私たちにできることがあるとすれば
 

それは、今という一瞬一瞬を、
幸せに生きるということ。
 
 
お話会や講演をさせていただくたび
私自身、今生かされているという
奇跡に魂が震え、
生かされていることへの
感謝の気持ちが溢れてきます。
 

このような機会をいただき、本当に
ありがとうございました✨
 

今年の講演会やお話会は、無事全て
終わりました。
 

お話を聴いてくださった皆さま、本当に
ありがとうございました✨
 

来年に向けて、また少しずつ準備して
いこうと思います。
 

↓瀬を千尋の神隠しの主題歌でもある、木村弓さんの「いつも、何度でも」
何度聴いても素晴らしい歌声です。




〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な


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今日のたいくん。 . 保育園をお休みさせて、私のお仕事についてきてもらった。 . もちろん、たいくんは大喜び&テンションマックス。 . さらに街中がクリスマス一色で、大興奮🎄 . 私たちが話をしている最中、ずーっと横で静かにしていてくれたたいくん。 . 途中、邪魔したらあかんなーと思ってくれたのか、ものすごく申し訳なさそうな表情で「たいくん、おしっこしたいねん」と囁いてくれた💕 . さすが、気遣いできる3歳児😊 . 帰りの電車はいつものように爆睡。 . . . 最近、たいくんに付き合ってもらえる仕事のときは、保育園をお休みさせて、たいくんも一緒に連れて行くことがよくある。 . 子供が喜ぶような遊び場に連れて行ってあげるのもよいけど、大人の世界を見るって特別な経験だしね。 . 保育園を休んでお出かけ!というのもまた子供心にワクワクするよね、きっと。 . いろんなものを見て、いろんな人に触れて、いろんな考え方があることを知って、いっぱいいっぱい感じて欲しいなと思う。 . 感じたらダメなことなんて何もないしね。 . もちろん、怒りも悲しみも憎しみも全部。 . 自分の内側にあるそれらに蓋をし続けて、何回も溢れかえらせて苦しんできた私だからこそ、たいくんには伝え続けたい。 . どんな感情も味わいきったら必ず起きた出来事に感謝して消化できるよって。 . またやってきても、それは前のものとは違うからねって。 . それに、またしっかり感じ切ればいいよって。 . 今日は、何を感じたのかな? . #講演会場下見 #度胸って後からついてくるんだね #ママはたいくんのおかげで強くなった #ママはたいくんのおかげでよく寝るようになった #3歳男の子 #梅田阪急 #イルミネーション #くるみわりにんぎょう

浅野千通子(あさのちづこ)(@chizuppp)がシェアした投稿 -

こんにちは。

あさのちづこです。

 

 

11月末に開かれたJR東日本

高崎支社主催の安全フォーラム。
 


私たちが毎日安心して当たり前に

電車を利用しているその裏側では

 

こんなにも企業の努力があった

のかということを少しだけだけど

内側から知ることができ、

 

私の中で鉄道会社に対する

捉え方が少なからず変わった。

 

 
そもそも安全って何だろう?と

講演の準備をしながらずっと考えていた。

 

 
考えれば考えるほど、これまで

電車の安全を当たり前に

考えていた自分に気づかされた。

 

 
私は何一つ悪くないのに、

あんな目に遭わされた...

 

そんな風に心の奥で思い

続けていた時期も長くあった。

 

 
でも安全を誰かに押し付けた

ところで、そこから安全は生まれない。

 

 
安全ってみなで創り上げ続け

ていくものだから

 


乗客の安心、安全は、企業側の

個々の人たちの安心、安全

なしには成り立たない。

 

 

私も安全、あなたも安全
 
 
当たり前のことなんて

やはり何一つない。

 

 
あなたの命を守りたいから

こそ、

 

私は私の命を大切に

生きるという姿勢が

大切なんじゃないのかなって。

 

 
子育てとすごく似ているなって

そんな風に感じた。
 


 
300人の方々の前で小一時間も

話すことになるなんて

 

数年前は考えるだけで

逃げ出したくなっていた

だろうけど、

 
ホスピタリティ溢れるJR東日本の

方々の優しさに触れ、

何だかほっとした。

 

 

人と人って、見えないところで

しっかり繋がっていると、

緊張ってそんなに生まれない

んだなと。

 

 
成長の機会を与えてくださった

JR東日本の方々に感謝です💕✨

 

 

2020年も、必要とされるならば

どこへでも飛んでいって

お話させていただきたいと

思っています。

 

 

【取材・講演のご依頼、お問い合わせはこちらへ】

info@asanochizuko.com