〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な



こんばんは。
あさのちづこです。




先週、無事JR西日本での講演を
終えることができました。
 
 
かなり長文になってしまいまし
たが、自分の思いを確認する
為に書き記しておきたいと
思いました。
 
 
お時間のある方はお付き合い
ください。
 
 
 
講演を行った1月17日は
ちょうど震災から25年の
日であり

改めて私たちが日々当たり前
に生きているのではなく

生かされているという事を
感じさせてもらえた日でも
ありました。
 
 
会の初めに、ご参加くださっ
た約100名の職員の方々と
共に

お亡くなりになられた
全ての方々に黙祷を捧げ
させていただきながら
 
事故から約15年が経ち
今こうして

加害企業ー被害者

としてではなく
一人の人間対人間として
 
「安全の本質とは何か」
ということについて一緒に
深く考えていける日が
やってきた事に

心からの感謝の念が
湧き起こりました。

 

私は今から約3年前、息子が
まだ生後半年頃に
無邪気に遊んでいる
彼の姿をぼーっと見ながら 
 
「私はいつまで自分の
人生から逃げ続ける
つもりなんだろう。
 
子供は親の背中を見て
育つというけれど
今の私にはどこにも
見せる背中がない。
 

本当は息子に自信を
持って見せられる
背中でありたいな。」

と思っていました。
 
 
何度も死に縁に立ち
それでも生かされ続け
目の前には我が子が
笑っているのに

それでもまだ苦しみの
中で一人もがいていました。
  

ふっと、自分にこう誓い
ました。
 
 
「これからはもう自分の
人生を生きよう。」
 
 
 
それまではどうだったか
と言うと、事故に遭って
から10年以上が経ってい
ましたが、一言で言え
ば私は「被害者」でした。
 
 
何かの被害に遭うと、それ
だけで被害者と表現されますが

私のいう被害者とは

「自分自身の人生は自分以外の
何者かによって動かされてしまった」

というような意識を持っていたと
いうことです。
 
 
事故から10年以上が経ち
JR西日本とのさまざまな
交渉も全て終え、

心身ともにある程度の
落ち着きを取り戻し、

自分はもう事故からの
延長線上で生きているの
ではなく、

事故を乗り越えて今ここ
に生きていると、
そう自分でも思っていた
にも関わらず、本当のところ
そうではなかったという事です。
  


心の奥底では、
「あの事故さえなければ
私のこの心の弱さがこれ程に
露呈される事はなかったのに。
 
ましてや、そううつ病といっ
たような忌まわしい診断を
受けることも再発の恐怖に
怯えることもなかったのに。
 

あの事故さえなければ、
当たり前のように身体の
後遺症や事故の記憶あり
きで毎日を生き続ける
必要もなかったのに」
 
そんな思いがいつも私の
根底に流れていたのです。
 

 
私は今「安全が侵されること
の一番の代償とは何だと
思いますか?」
と聞かれたら、

真っ先にこう答えると思います。
 

それは、被害に遭った人たちが
被害を受けることによって

「自分の人生が自分以外の
何者かによって変えられて
しまった」という意識が
根付いてしまうことだと。
 


その事は被害そのもの以上に
深刻な被害だと私は思います。
 

安全が侵されるということの
真の被害は、目に見えることや
数字で表現できる事の中から
見つけ出すことなど到底
できないのです。
 

 そしてその真の被害を
乗り越えるということは

本人自らが、これまで受け
続けてきた傷に気づき

それらを一つ一つ受け入れ
そして自らが癒し続けることであり
 
その先に

「自分の人生は全て自分が
選んだ結果であり、

自分の人生は自ら選ぶことが
できるということ、

それは他の何者にも決して
犯す事ができないのだ」
という事を思い出す、

途方もないプロセスを経ていく
事だと言えると思います。
 
 

傷が大きければ大きいほど
全てを受け入れ、全てに感謝
できるようになるには長い
時間がかかります。


どれだけ時間がかかっても、
その苦しみから逃れることが
できず一生涯苦しみ続ける人もいます。
  
 

安全が侵されるということは
それほどのことだと言うことです。
 
 
光を見いだす事ができないまま
ずっと苦しみを抱え続けている人
たちのそれぞれの苦しみは
その本人にしかわかりえないのです。
 
 
だからこそ、真の安全を追求し
続けるということは、目に
見えないものを感じとって
いくということ

相手を100%理解する事は
できないという前提に立って
相手の心に寄り添っていく
ことが大切なんだと思います。
 
 

幸いにも私は10数年という時を
経て、それらのプロセスを乗り越え
自分の身に起きた出来事全てに
感謝するようになりました。
 

例えばそれは

今も身体に残る大きな傷を
見た時に

「あの痛みを乗り越えて
くれてありがとう」と自分を
守ってくれた身体に対して
感謝の気持ちが溢れてくる
事だったり
 
身体の痛みや痺れが強く
なった時に
「どうしてあげたら楽に
なれる?」と身体に聞き

そしてそれに応えてあげられる
ようになった事だったりします。
 
 
例えばそれは、薬を呑み続け
なければ一生繰り返す病気だ
と診断された双極性障害に
ついて思いを巡らせた時、

当時の破壊的な症状を
思い返しても

「再発しても再発しなくて
も、まあどっちでもいいか」

と思えるようになった
ことだったりします。
  
 
私はこれまで自分が背負っ
てきた重荷が、本当は重荷で
はなく
大きな財産だったといことを
思い出し、被害者として
の私に感謝の気持ちを持って
さよならする事ができました。
 
 
 
そして、被害者としての私を
終え、これまでの安全が侵され
たあの日からのプロセスを
客観的に振り返った時

正直な感想として、これは
経験してみなければわかる
はずもなかったなと
思いました。
 
 
また、同時に事故が起こる
前の私も、そしてJR西日本も
この事に対してほとんど
準備してこなかったとも
思いました。
 


わかってもらいたいのに
わかってもらえなくて
苦しんでいた被害者の私。
 
 
わかりたくてもわかることが
できなかった加害企業のJR西日本。
 
 
当時の私は怒りと悲しみの
渦の中にいて、気づくことが
できなかったけれど

今になるとその両方の気持ち
が痛い程よくわかります。
 
 

だからこそ、被害者として
の自分を終えた今、私に
できることがあると
思いました。
 
 
 
真の安全を追求する為に
その両者の思いを少しで
も繋ぐことができるの
ではないか
 
ゼロになることはないで
あろう事故の被害を最小
限に抑える為に準備できる
ことがもっとあるのでは
ないかと思ったのです。
 
 
 
だからこそ、JR西日本と
いう会社で働く事を選び
安全を追求し続けるという
使命を与えられた社員の方々
一人一人が

「安全の本質とは何か」
という事を知る為に
 
安全が侵されるとはどう
いう事なのかという事を

たった一人の被害者の事故
後の人生を、自分の命、
もしくは大切な人の命と
重ね合わせて一旦全部
感じ切ってみるという事を
してみてはどうかと思いました。
 

そうでもしてみなければ
安全が侵されるということ
が一体どういう事なのか
わかりようもないからです。
 
 
それがわからないままに
あの事故を外側から形に
見えるものだけを辿り
また断片的に見続けてい
ても、

真の安全にたどり着く
など到底できないからです。
 
 
他人事ではなく、自分の身に
起きた出来事として心で感じる
ことで、わからないなりに
わからないということがわかり

わからないなりに相手の心
に寄り添う事の大切さを
知ることができるように
なると思ったのです。
 
 
それは、真の安全へと向かう
スタートラインに立つ事
だと思いました。
  
 
 
約2年前に、自らの経験を
話すことで、きっと誰かのお
役に立てるはずだとそう信じ

そこに何の根拠もないまま
自らの経験を伝えていくと
決めました。
 

そしてその日から、これ
までの約15年間を振り返り
ながら、真の安全とは何な
のか、

安全の本質とは何なのかと
いうことについて
ずっと考え続けてきました。
 
 

そして、先日の講演で初めて
安全の本質についてお話
することができました。
 

私が考える安全の本質とは

その本質が愛であることに
気づき、そこを知り続けて
いく姿勢そのもの

を指します。
 
 
それは
「万一事故が起きたら誰
かの人生を台無しにして
しまう、だから安全でい
なければならない」
といったような、

恐れから生まれる安全
とは異なります。 
 

聴いてくださった方々は
少なからずそれらの
違いに気付いてくださった
のではないかと思います。
 

ただ、本当はその恐れの中に
も必ず愛が息を潜めています。
 

私たちは愛を持って恐れ
に向き合うことで、根っこ
はみな一つだということに
気づくことができると思うのです。
 


講演を終えた後、さっと手を
あげてご自身の言葉で感想
を述べてくださった社員の
方々や、

控え室に挨拶に来てくださった
経営陣の方々の内から
溢れるエネルギーを感じ取り

組織の人間としてのあなた
ではなく、
一人の人間としてのあなたが
私の想いを受け取ってくださっ
た事に大きな感動を覚えました。
 
 

まだまだ自分にはできる
ことがあるようです。


次の2月5日の講演に向けて
私自身も安全の本質について
何度でも考え抜きたいと思います。 
  
 
何だかまとまらない文章ですが
今の思いをそのまま書き残して
おきたいと思いました。


最後まで読んでくださりありがとう
ございました。



〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な