〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な
こんにちは。
あさのちづこです。
週末は、何らかの生きづらさを抱える
こもりむしさんや、そのご家族の方向け
のピラティス講座に講師として
参加してきました。
前半では、14年前の私自身の
ピラティスとの出逢いから、今日までの
心身がボロボロになった話をからめながら
ピラティス氏が追求してきた
ボディーマインドー
スピリットの統合
について
それらがバラバラになるってどういうこと?
また、それをピラティスで体現する
ってどういうこと?
という大きな疑問について、私なりの
答えをお伝えさせていただきました。
そして、後半はピラティス実践!
ピラティス氏は
10回やって違いを感じ
20回やって変化を感じ
30回やって全てが生まれ変わる
という言葉を残されているのですが
今日はたった1回のピラティスで
ほぼピラティス初体験の参加者の
みなさん全員が
10回やって到達できるという
「違いを感じる」という
ところまでいけることを
願い、レッスンを行いました。
レッスンでは、シアターゲームを
したり、イメージだけで身体を
変化させるワークをしたり、
お互いの身体に触れ合ったり
しながら
いわゆるピラティスエクササイズは
ほどほどに
とにかく参加者の皆さんが
ご自身の可能性を信じ、
自らの力を最大限に引き出せる
ようガイドさせていただきました。
今日の目標である「違いを感じる」
ために、レッスン前後に
①歩く
②前屈
③1分間の呼吸
をそれぞれ感じてもらったのですが
レッスン後は皆さん、口々に
「最後歩いている時に自分のセンターを
感じました!」
「手のひら分の長さほど、前屈が深くなりました!」
「最後の呼吸では瞑想状態に入れました」
とそれぞれに感じた違いを
シェアしてくださって、
とっても嬉しかったです。
実は、「1分間呼吸に意識を向け
続ける」事って、そう容易い事で
はなく
特に、普段からマインドに支配され
がちな方は、1分の間に意識があっち
にいったりこっちにいったり
してしまいがちなのですが
その度に「呼吸に還る」という事を
してくださいと始めにお伝えして
いました。
すると、今回ほとんどの方が
レッスン後の1分間の呼吸では、
意識があっちこっちに飛んでしまう
回数が減りました!と言ってくださり
それがとても嬉しかったです。
\マインドとスピリットの違い/
\それらを繋ぐ鍵となるボディの感覚/
この事を頭で理解するのではなく、
自分の内側で感じその感覚を磨いて
いく事は
今回のようなこもりむしさんに
限らず、きっと誰にでも大切な
事のように思います。
また、それこそが私が
ずっと大切にし続けている
Pilates for spirit
(スピリットに生きるため
のピラティス)
なんだと改めて再確認しました。
そして、それは幸せに
生きる為のピラティスとも
言い換えられるのだと思います。
講座終了後に、一緒に入ってもいいよーという方が集まってくださいました🌸想像していたピラティスとは違うかったというお声をたくさんいただきました。
今回、アシスタントとして参加して
くださった、
私の大切なクライアントでもある
西村峻くん(←彼はピラティスは受けていない)が、講座終了後に
「ピラティス、舐めてましたわ!」
と呟いていて
普段はほぼマンツーマンでしか
セッションを行っていない私ですが
「何かまだ私にできることがある❣️」
と、何だかワクワクするものを
感じました。
今日のご参加者の方々が
それぞれに本来の自分を思い出し
一歩前に進む日が必ず来ることを
心から信じています🌸
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〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な
〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な
実体験から得た、本来の私を生きるコツ〜
こちらの講演会は中止となりました。
以下をお読みくださいませ。
こんにちは。あさのちづこです。
〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な
こんにちは。
あさのちづこです。
過去、結婚に対してとても臆病だった頃
の話。
当時の私は、大学病院の精神科を退院し
1年半が過ぎた頃で、精神状態はかなり
安定しており、外から見ると
割と普通の人でした。
でも内側はそうではありませんでした。
長いうつの時期に何年間も
極度にネガティブな思考を
繰り返してきた事で
症状としてはかなり落ち着いて
いたものの、私の内側には極端
に狭い思考がべったりと
へばりついていました。
苦しみが長ければ長いほど
たとえある時そこを抜けたと
しても
内側にへばりついたものまでが
きれいに剥がれ落ちるまでは
少し時間が必要なのです。
当時、私はなぜ結婚が
怖かったか?
(それでも、結婚したい!と
思えるようになったことは、
当時大きな進歩ではありました)
いくつか理由はあったけれど
一つ、大きな理由がありました。
他人が聞いたら、呆れるような
話かもしれないけれど、
私は真剣に、あるシチュエーション
に怯えていました。
それは
義理のお母さんに「りんごを剥いて」
と頼まれるシーン。
誰かと結婚したら、きっとそんな日が
やってくるでしょう。
でも、私はりんごの皮を剥くのが
下手くそだったのです。
いや、りんごだけじゃなく桃も洋梨も。
いや、今思うと下手くそというよりは
そもそも経験値が浅かったのです。
当時、私がりんごを剥くとさっきまで
つるんと皮を光らせ
自信満々だったはずの果物が、
ガタガタの顔をして泣いていました。
当時の私は一生懸命考えました。
「そうだ、ピーラーで剥くのは
どうだろう?」
じゃがいもならピーラーで剥いても
何一つ不思議はないわけだし。
でも、もし息子の嫁がピーラーで
りんごを剥きはじめたら
義理のお母さんは心底呆れ果て
息子たちの結婚を認めた事を
きっと後悔するだろう...
やはり、ピーラーで剥くわけには
いきません。
ならば、私は
「りんごの皮くらい剥けるに
決まっているしゃないですか」
とでも言いたげな余裕の表情で
包丁を使って上手に剥くしかない...
いや、でも剥けないのに!?
ああ、やはり結婚については
りんごの皮を剥けるようになって
から改めて考えよう。
はぁ...ため息。
35歳を過ぎて、本当にこんな調子
でした。
そして、りんごの皮を剥く練習を
することもありませんでした。
時は経ち今年のお正月、私たち
家族は大樹の実家でお正月を
迎えました。
お義母さんが、せっせとお昼ご飯の
用意をしていたので
ふと口にしました。
「何しましょう?」
「あ、じゃあちづこさん、
この皮剥いてちょうだい」
あぁ、これは私が5年前に毎日
恐れていたあの光景!
結婚したら、いつかやってくるに
決まっていると思っていたけど
ほ〜ら、やっぱりやってきた!
さて、どうなったか?
私は、「はーい」と答えて
皮を剥きはじめた。
もちろん、お義母さんや大樹の
ように、美しくは剥けないし、
そんなにスピードも出ない。
でも、誰が私にそんな美しさを
求めているだろう?
誰が私にスピードを求めて
いるだろう?
誰一人そんなもの求めていない。
私は、いつものペースで
皮を剥いた。
そう、あんなに恐れていたけれど
結婚してからは、なんだかんだ
で下手くそながらに
いろんな野菜や果物のの皮を
剥いてきた。
たいくんがりんごを食べたいと
言えば
「ママは、下手くそだから
無理なの」
なんて言い訳が通じるはずも
なかった。
知らず知らず、必要だったから
経験を重ねることができた。
この世界は、必要な事が必要な
タイミングで起こるように
なっているのだから。
私が恐れていた現実がやってくる
ことなどなかった。
あれだけ恐れていたのに。
自分にとって望む未来をイメージ
したとき
一方では、今そうでない自分を
突きつけられる。
強く願えば願うほど、今そうで
ない自分がはっきりと
浮き彫りになる。
時にそこに恐怖を感じる。
今の自分を認められなくなる。
でも、それで大丈夫だったんだ。
そんな自分に気づいてあげ
ればそれでよかったんだ。
自分にとって望む未来が
やってきた時、本当に変わるのは
現実そのものではなく、
自分の内側。
だから、本当にこう在りたいと
思ったら、そう決めるだけで
いい。
今の頭で、できない理由を
考えなくてもいい。
現実とは全く無関係に
「私は運命の人と結婚する!」
そう決めるだけでよかった。
ちゃんちゃん
〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な
〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な
こんにちは。
あさのちづこです。
何気なくFacebookに投稿したら
たくさんの方がイイネして
くださったので、
こちらにも投稿😊
【2人の母】
私の母は長年さつこさん1人だった。
しかし大樹と結婚したことで、
母が2人になった。
大樹のお母さんのきょうこさん。
2人ともタイプが全然違うけれど
共通しているところは
「娘や息子の友達は私の友達」
だと信じているところ。
週末、ご近所夫婦を招いてホーム
パーティをした。
岐阜から泊まりに来ていた
京子さんは
嬉しそうに料理を作りながら
ご夫婦の話に興味津々で
耳を傾けている。
ふと気づくと、さつこさんが
テニスの話で奥さんと大盛
り上がりしている。
そう、気づけばいつもこんな感じ。
私たちが開くホームパーティ
にはかなりの高確率で2人の
母が混ざっているのだ!
その様子は何の違和感もなく
むしろ自然すぎる感じ。
そしてほとんどの場合、さつこ
さんを誘うのは私ではなく
大樹なのだ。
うちではもう見慣れた光景
だけどきっとこれは神さまの粋
な図らいに違いない。
嗚呼、神さまいつもありがとう🌸✨
〜生死を彷徨い続けた14年間の壮絶な












