断片の集積 -27ページ目

断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

今日から授業が始まった。何やら面白くなっていきそうだ。まずリスボンに入る前の導入として、グループに分かれて、世界の都市のモニュメント性について調べるという課題が出た。大体の班が3人グループで、一つの都市を調べているのだが、日本人が入った班は3人で2つの都市を調べて比較しろ、ということになり、僕らの班は京都とニューヨークを調べることになった。京都のという都市のモニュメント性って何だ?そんなこと考えたことないから楽しい。班の仲間のポルトガル人は日本のことをほとんど知らない。京都ってどこだってレベルである。いきなり、めちゃくちゃ英語が鍛えられる。日本のことを知らない人に日本文化を説明しなければならない。難しいが、やりがいはある。そして彼らはヨーロッパの都市のようなわかりやすいモニュメント性を要求する。そういうのと日本のモニュメントは違うって説明する。金閣寺も銀閣寺も清水寺も日本人で知らないやつはほとんどいないけれど、それが京都という都市のどこにあるのかを地図上で示せって言ったら結構わからない人もいると思う。そしてそれらはヴィスタが効いていて遠くから見えるというわけではない。日本のモニュメンタリはメンタルのモニュメンタリとも言えるもので、ヨーロッパとは違うっていう話をする。でもうまく理解されない。ただアシスタントの助教のような先生は理解してくれ、モニュメントの要素を持っているのは建物やスタチュウ、通りだけでなく広場やパーク、そしてビジネスでさえもその可能性がある(これは間接的で、ビジネスの力によってモニュメントとなりうる建築が作られる可能性があるっていうことで、皇帝とか権力とか共産主義とかと並列と考えられる)と言っていた。

とりあえず、明日(明日も授業がある!なんとデザインスタジオだけで火・水・金の週三日!)僕が、京都について何かしらのデータを持って行って、説明することになった。大変。中世において、陰陽思想に基づき、朱雀、青龍、白虎、玄武に相応の場所を選んでいたこととか、京が遷都し、変わっていくたびに古い宮殿(大極澱)は壊され、その部材が新しい宮殿に用いられていたこととか、どうやって説明すればよいのだろう。大文字焼のかがり火とかどうやって説明すれば伝わる?難しい。でも面白いよね。日本のことを全く知らない人に日本の良さを伝えられるのだから。とりあえず、京都駅と京都御所を結ぶ通りを軸に、東山、北山などに寺が集まり、寺と同様に山にも神が宿っていることを、だから山もモニュメンタリであることを大文字焼とかを使って説明しよう。それから、京都もニューヨークもグリッドだから、都市の規模を考えるにはセイムスケールで重ねてみて、ニューヨークのほうが小さいのに人口は圧倒的に多いみたいな話も有用なのか?でも、モニュメントには関係ないか?  ちなみにニューヨークは、スカイスクレーパーが密集して建っていて、その集合体が一つのモニュメントになり得ていると共に、その中に、大事な建築とどうでもいい建築があって、どれもスカイスクレーパーでモニュメントになりえるポテンシャルを持ち得ながらも、アイレベルからの小さなスケールでの都市の中では、特定のいくつかの建築のみがモニュメントとなっているところが面白いと思う。

ニューヨークはともかく、京都を説明できるようにしなければ。これから準備だ。


それからデッサン。デッサンの授業もとることにしたのだ。いきなり、黒人男性のヌードデッサン。ほんとに最初の授業からモデルが来て脱ぐとは思っていなかった。びっくりだ。それで、過去は美化される傾向にあるけど、やっぱり絵が下手になっていると感じた。対象を捉えるのがこんなに下手だっただろうか。そして、昔はもっと自信を持ってどんどん描いていたよな。この授業を受けることで、昔みたいに描ければいいなって思う。そして、この授業をとったのは正解。絵を描いているときは余計なことを一切考えず、対象に集中することができる。これはものすごく良いストレス解消になる。


最後に夢。今日変な夢を見た。矯正器具と一緒に歯が左側の奥歯から順番に3本抜け落ちるというもの。そして、抜け落ちたあと、僕は変な場所にいた。友達の家なのだけれど、そこはリスボンの坂の途中にある歴史を感じさせる住居の高層階のようでも、羅生門の上の、下人が老婆から追剥する場所にも思えた。でもそこに住んでいる友達の家族はみんな親切で居心地が良かった。本当に奇妙な夢だった。これは何かの象徴なのだろうか。まあいい。


それでは準備をしなくては。

今日は取り立てて何もなかった(シアードに行ってみていなかったいくつかのカテドラルを見、その広場の向かいで行われていた、リノベーションの現場を盗み見してきたが)ので書くこともないと思っていたが、いくつか覚え書き程度に書いておく。


明日から授業が始まる。早く授業を受けたくてうずうずしている。今日、若い先生に会って建築とアーバンの違いを尋ねてみた。彼はちょっと困った表情を浮かべて、「あくまでも僕の意見だけど」と前置きしたうえで答えてくれた。それは、設計プロセスにおける視点の違いの話がメインで、都市のほうがよりコンテクストを読み込むことを重要視するというような事を言っていた。つまり、逆にいえば、都市と建築にはっきりとここが違うという大差はなくて、アーバンをとっても2セメでは詳細図面とかも「もちろん書く」ていってた。それがどの程度詳細なのかはわからないけれど。話を聞いて思ったのは、それならなにも迷わずに最初から都市を選んでよかったじゃないかってこと。やっぱり去年の印象が悪すぎたからなあ。今年、僕が都市を選んでよい作品を作ってその印象を変えることができればって思う。


オリエント駅について何も書いていなかったので記述しておく。オリエント駅に行ったのはもう何日も前に感じられるけど、実際は4日くらい前か? オリエント駅は、僕の構築物の原点といえるもの。建築の原点は、叔父の山梨の家が設計士の手で作られ、何でもないけれど、すごく気持ちの良い空間が出来上がり、それを体験したこと。オリエント駅を“構築物”と表現したのは、最初に写真を見て感銘を受けた時は、それを建築として見ていなかったから。高校1年の時に、世界の駅・電車のカレンダーが僕の家にあり、そこにオリエント駅が映っていた。それを見たときに、強い光の中、白い砂、白いプラットホーム、白い木々のような構造物からなされたその駅を、「ここは一体どこなんだろうか」 「この白い砂がどこまでもずっとつながっているようだ」って感じた。なんだか、その写真ではプラットホームと線路の周りに敷き詰められた砂に段差がほとんどないように見えて、ホーム、白い砂、そして写真には映っていないどこか遠くの街がずっと一体となってつながっているような印象を受けた。そして、それが強く心に残った。

実際のオリエント駅は、地上からは切り離され、空中に浮いており、ホームには階段でアクセスするという形態で、僕が思い描いていたのとは違っていた。しかし、ホームと地下のメトロ、バスターミナルを結ぶコンコースは圧倒的で、構造体だけでここまですごい空間が作れるのかと感動した。友達は果たしてこれは構造体のみと言えるのだろうかと言っていたけれど、構造と装飾が一体となっていた時代から、装飾が奪われ、構造と機能が一体となり、装飾はあったとしても表層になり下がったという歴史の流れを考えれば、構造が機能のみならず、それ以上の形態としての美のようなものをまとったカラトラヴァの建築は、新たな地平にあるといってもよいのではないか。カラトラヴァって写真とか見てもそんなに好きではなかったけれど、実際の空間を体験すると圧倒される。もし、カラトラヴァってなんだかなって思っていたら、一度生の作品を見てから判断することを勧める。もちろん生を見なければ何も分からないってのは何事においても当たり前の事実だし、今書いたことは他の建築家についても同様だが、ここまで、圧倒されたというか、実際の空間と写真のイメージが違ったことは珍しいから、すごく興奮した。


今日久しぶりにあるブログを読んだ。リスボンに来てまでって思ったけれど、批判的~とかの理論は戦略であるとはっきり書いてあって、なんだかすっきりした。大事なことは何なのかって実はちゃんと分かっているのではって。でも、いろんな人のブログの内容を漁って批評してるのはちょっとなあ。もちろん、批判されることに対して、ディスっているのではなくて、ちゃんと伝わってなかったり、表層的な面しかとらえてないのにそれを批判しているナイーブな反応に対してディスっているんだけど。 批判的~については一回ちゃんと書きたいと思っている。どこに賛同できて、どこに疑問を持っているのか、批判的~をちゃんと批判しないといけないと思う。そうやって一度文章化しておくことが、たとえそれが自分の理解力不足を露呈することになったとしても、今後につながると思うので。いずれにしろ、この理論は僕の中では避けて通れない部分だと思う。読んでない人は、一応ちゃんと読むべきだと思う。個人的な意見としてだけどね。


最後に、このブログのことを誰にも言わずに日本を発って、リスボンにきた。そして、まだ誰にもブログを書いてることを伝えていない。それなのに一日、多い時で50以上、少ない時でも20強のアクセスがある。どんな人が読んでるのだろうか。どういうきっかけでこのブログにたどり着いたのだろうか。わからないけど、そういう、まあ、ある意味での出会いって本当に面白い。最初に意図した、僕とブログは一体なのだけど、パラレルで違った存在であるということの面白さをまじまじと見せてくれる。読んでくれている人、ありがとう。はっきり言って読んでくれている人のことをあまり考慮していない。あくまで、自分のために書いている。でも、アクセスがあると、書こうって気になる。本当にありがとうございます。

今日はシントラを経て、ロカ岬へと向かった。シントラは、こじんまりとしていて、坂が多くて、森もあって、非常に心地よかったけれど、完全に観光地化されていて、観光客ばかりで、それがちょっと残念だった。と言ってももちろん僕らも観光客なのだけれど。シントラにも見るべきものはたくさんあったようだけれど、僕らはムーア人の城跡にのみ行き、それ以外はご飯やお菓子を食べ、町をふらふらして過ごした。ムーア人の城跡は、丘の上にあり、眺望が最高だった。その丘に登るのにバスを使ったのだが、くねくねとした山道をバスは攻める攻める。昔なら確実に酔ってた。丘は町を見降ろす所に位置しているのにもかかわらず(街の中心のすぐ近くにあるにもかかわらず)、自然に囲まれていて、気持ちよかった。城壁のある頂上まで徒歩で少し登らなければいけないのだが、その頂上までの道のりが、巨岩が多くて、気も生い茂っていて、でも強い光も木々の間からさしてきて、なんだか沖縄のウタキを思い出した。またみんなで沖縄にいって、すごく親切で、立地もよくて、料理のおいしい、「みさき」に泊まりたいなって思った。



頂上に残されていた城壁は、サン・ジョルジェ城のそれより、正確でしっかりと残っていて、さらに規模も大きく、街をどっしりと見下ろしていた。そこから見下ろすシントラの町もまた美しかったな。


その後、観光客相手の店(シントラの中心部にはそういう店しかないよね、仕方のないことだけど)で昼食とシントラの名物菓子、ケイジャーダとトラヴセイロを食べた。どちらもとりたててうまいというわけではなかったけれど、優しい味のお菓子だった。



ロカ岬までの道もまた、くねくねで、バスはまたも攻める攻める。岬に着くと、大きな夕焼けの太陽が海の向こうから僕らを見下ろしていた。海の上には淡いぼんやりとした霞と雲がグラデーションを作って、かかっていて、オレンジの光を拡散させ、吸収していた。やがて、時とともに、太陽は形を明確にしながら、ゆっくりと、だけどあっという間に沈んでゆき、強い風と静寂と美しい空のグラデーションだけが残された。本当に最果てというか、地球で最後の陽が沈んでいくような、そんな感覚だった(実際にはアメリカとかはまだ昼真最中だけれど。メキシコに行ったのがもう随分と前に感じられる)。「さいはて」と言うとゲド戦記を想像してしまう。ジブリによって間違った伝え方をされた(と僕は思っている)ゲド戦記を読んだことがない人はぜひ読んでみてほしい。一般的にあれは冒険ストーリであると思うけれど、動きの少ない2巻の描写とか、雰囲気、空気感はものすごく美しくて、狂っていて、大好きだった。もちろん今でも大好きだ。



世界中の美しい景色をもっともっと見たい。建築とかもそうなんだけど、いろんなことをすべて忘れて、ただ美しいって思えるものをみたい。そういうのって、自然しか持ちえないもので、しかも時の流れを感じられるものしか持ちえない気がする。そして意外と、身近なところで感じられたりする笑 どこにいても同じものもあるし、全然違っていることもある。そういうことを、一年かけて見分けていければいい。そのためには、まずこの国の住人に、ちゃんとならなくては。



「例えば僕らは戻れないところまで行く 今にも割れそうな通わない心さえ抱えて」 そういうことだと思う。通わなくても必死に通わせようとして、歩けないふりをしたい時があっても、鞭打って歩いて、戻れないところまで行ってしまえばいい。もう戻れなくなってもいい。でも、勝手なイメージを過信しちゃいけない。自分の感じた事を信じなければならないけれど、それが真実かどうかは分からなくて、勝手なイメージだって理解していなきゃいけない。間違っちゃいないなんて言っちゃいけない。そういうことだと思う、本当に。何度聞いてもいい曲だ、これは。「いつも通りの道を そう、いつもと同じ風 違うな今ならわかるだろ」 わかるようになるんだろうか。なるといいな。


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ムーア人の城跡の城壁と森と眼下に広がるシントラの街


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夕焼けのロカ岬からの眺め


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沈みゆく太陽


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夕暮れ後のロカ岬。荒野の果てにひとつのモニュメントが立ち、ユーラシアの最西端を伝える。

いろいろ考えたけれど、自分の気持ちに素直になることにした。僕は、歴史的な既存の都市とどのように関系づけて新たな建物を設計するのかということを学びたくて留学することを決意した。決して郊外開発とか、郊外問題を考えたくて来たわけじゃない。そう考えると、僕が選ぶべきは、アーバンのスタジオだと思う。もちろん、日本で縮小都市を考えるうえで、リスボンのような状況(人口は増加し続けており、郊外の発展が必要。でもこういう時代だし、ただ開発するんじゃなく、グリーンとかクリーンとかも考えなければならない)もあることを知っておく必要性はもちろんある。でもそれは、そこに課題で何かを設計することとは別の話だ。そして、去年までの敷地なら美術館のみならずどんな建築を建てても、ある意味説得性があったけれど、今年の敷地はそういうわけにはいかない。というかむしろ、都市のスタジオと建築のスタジオ、名前の付け方逆なんじゃないのかって思う。歴史的要素の多い、ベレンという観光地に、新たに美術館を設計するのは(その前段階でモニュメンタルという視点から都市計画を行うにしても)建築の課題で、一方、郊外の交通とかあらゆる点で重要な敷地に何かしらの建築を設計するってのは、そこに立つべき建築は限られてくるし、マクロな視点でその敷地をどうマネージメントしたらいいかを考えるのは都市の課題なのではないか。 最終的に建築のそのスタジオが何を設計させるのかはわからないが(人によって別々というのは考えにくい)、それがその土地に不適切だろって思うものだとしたら僕は意欲的に課題に取り組めないと思うし、そういう意味で、歴史を学んで、都市的なレベルでの再ゾーニングをして、最終的には美術館を造るってのはすごくわかりやすい。わかりやすすぎる分、それでいいの?とも思ってしまうが、その課題に対して疑問はないし、意欲的に取り組めると思う。ただ一つ心配なのは、そこが都市のスタジオであるということで、建築は1/2位の詳細図面まで書くのに、都市は都市だってことを免罪符にそういう部分がなあなあになったらいやだなってこと。でも、俺はそういうとこまでやりたいってことを主張すれば、やらせてくれるだろうし、都市にいるからこそできることもあると思う。日本にいるときだって、自分で動いて、先生とコンタクトをとって切り開いてきたと自負している。大変な境遇になったからこそ、そういう面で大きく成長出来たと思うし、行動力と無駄な自信はついた。始まってしまえば、ついていくだけで大変かもしれないけれど、今の時点では、モニュメントについても論文書けるくらい調べて、考えて、設計はもう一番とるぞぐらいな気持ちでやりたい。それから、リスボンの歴史地区の再開発における法規制とか、古い家々(アルファマ地区とか)の平面プランとかの測量調査とか、縦方向にどう住戸割りがされているのかとか、どのくらいのレベル(プアーorチープ)の人が住んでいるのかとか、保存の方法、特に地区全体としての保存の方法とかを調べてみたい。さらに、ヨーロッパの街って、こんなに立て込んでいるのにどうして息苦しくないんだろうか(都市の厚みがあるのにそれは息苦しさではない)とか、いろいろ調べてみたい。この10か月間を誰よりも有意義に過ごしたい。ただ、楽しかったで終わりたくない、リスボンの郊外開発時の都市レベルにおけるゾーニングの仕方について知りたい。同時に東欧とかに行って、減築の方法も学びたい。


やりたいことがたくさんありすぎて、それを全部こなすことはできないけれど、どちらかといえば都市のほうが余裕があるらしい(先輩いわく)し、そういうやりたいことを示せば、それができる可能性は広がる気がする。意欲的というのは大事なことだと思う。


それから、今日、本屋で LISBON Urban Atlas という、リスボンの56の地区(主に住宅地)についてかなり詳細な調査をした本を買った。45ユーロだった。高かったけれど、今後もずっと使う気がしたし、見ててわくわくしたからつい買ってしまった。その本を見ながらテンションあがっている自分が自分でちょっと気持ち悪かった。俺はいつから都市にこんなに興味を持つようになったのだろうか。歴史地区から郊外開発地まで載っていて本当に面白い。郊外開発の仕方ってもう少し何かないのだろうか。ほんとにいつも思うんだけど。都市のことをもっと知りたいと思う。都市についてもっと考えたいと思う。都市って何なんだ、って。都市ってどうやって存在していて、どんなきっかけで変わるのだろう。都市レベルで物事を見たい。建築は都市を変える力を持つこともあるけれど、建築はもっと都市に寄り添わなければならない場合のほうが多い。ただエゴで設計をするのではなくて、そういうかっこいい建築が必要な場所なのか、都市に寄り添う設計が必要なのかってことを見極めたい。なんだかんだ都市のことをもっと知りたいって思うのは、設計のためなんだって思う。でも、ある若手建築家のスタンス(メディアにもめっちゃでて、都市に対する論文も書いて(なんだかんだ批判的~とか変な~プロセスとか言ってるけれど、僕はあれは「都市に対してもっと主張したい、小さな事務所で設計してるだけじゃ小さな規模の単体の建築しか作れないけれど、日本では建築は一つ一つ独立しているものだけれど、みんながもう少し、都市のことを考えて、既存の都市に寄り添ったら、もっと良い街並みが形成されるだろ」っていう提言だって、援護するつもりで読んだ。あまりにみんな批判的~のことを批判するから、天邪鬼な俺としては、そう言われると、「でもちょっと待ってよ、納得できる部分もあるよ」って言いたくなるんだよね)っていうスタンス)はすごく理解できる。重複するけど、設計はしたいけど、でも小さな事務所っていう小さな世界に入って、ただ設計してるだけじゃ満足できないっていうか。むしろ、建築家は、人と違うものを建てることでしか生き延びる道はないし、有名にはなれないけれど、みんながみんな違う物作ってたら、そりゃあ街並みとしてはうまくいかないし、そこに法規制ってものはあるけど、でも経済性とか、デザイン性とかを第一に考えるんじゃなくて、街並みってものをもっと重要視してもよいと思う。でも、有名になって、発言力を持つためには人と違うものを作らなきゃならないって矛盾が存在してるから、メディアの力とかに乗っかることで、発言力を得て、言いたいことを主張するみたいなさ。難しいね。文章もこんがらがってしまったけれど、整理してる暇はない。明日も早いし。明日はシントラに行くつもり。行けるところ行かなくては。


リスボンは、どこで設計するにしても、車の多さはよく考えなければならない。車通りが多いからって、横断歩道を作らないから、カンポ広場はすごくいいポテンシャルを持っているのに、人が少ない。ウィーンの公園とかめっちゃ人いたで。最初、カンポ広場の離れている(ある種、陸の孤島のようになっている)メリットを考えていたが、どう考えてもデメリットのほうが多い。車もうまく減らしていかなきゃクリーンじゃない。


今日は何だか言いたいことがいっぱいあって、とりとめもなくなってしまったけれど、思ったことをすべて吐き出せるってのは、割と良いストレス解消法である。そういえば、アイマールは昔よりミスが多くなったけれど、やっぱりうまいし、ちゃんと仕事する。本当にいいプレーヤー。昨日のパーティーで寮の住人にベンフィカ派はほとんどいないことがわかったけれど、やっぱりベンフィカの試合を見に行きたい。見ていて面白いもの。はやくサッカーもしたいな。それから、村上春樹の話はどれも何かが失われたり、損なわれたりする話で、留学先でこれからいろんなことに首突っ込んで、いろんなことを体験してやるぞ、攻めていくぞっていうときに読む本じゃないね。とても美しくて、せつないけれどね。なぜだかわからないけれど、こっちにいると日本にいる以上に心が揺さぶられる。人の悪い面ではなく、良い面を見つけなさいっていうけれど、悪い面を見つけてしまっては自分に対して嫌な気持ちになり、良い面を見つけては嫉妬しているぼくは、本当にダメで、いやな奴で、誰とも結局うまく交われないけれど、一人じゃ絶対に生きていけなくて、自分が抜け駆けするのは全く恐れないのに、人に抜け駆けされるのをひどく恐れて、そういう嫌な自分を村上春樹に思い知らさせられた気がする。昨日も書いたけれど、本当に単純なことで、傷ついて、単純なことですべて忘れる。ダメなやつだ笑


夜、久々にフォトショで遊んだ。なんかいろいろ忘れてて怖くなった。いざ使う段になって、やり方忘れないように、ちょっとだけでもちょくちょく触っておこう。やったことはと言えば、一昨日いったシザのEXPO館のパノラマ合成。俺みたいなやつがちょっといじっただけで、こんな絵ができてしまう。フォトショをいじっていると、世の中の何が本当で、何が本当じゃないのかは自分の目で確かめる以外にないと思ってしまう。そして、自分の心で感じたことのみが真実なのだ。

今日は金曜日ということで、寮の住人たちがパーティーを開いてくれた。みんなで盛り上がって、寮に住んでいない人たちも招待して、とても楽しいパーティーだったけれど、悩みから解放されることはなかった。悩みってのは設計スタジオをどの先生をとろうかということ。先輩たちから聞いていた昨年までの課題と違い、先生ごとによって敷地も異なるし、課題も異なる。一人、選択したい先生がいるのだけれど、逆にいえば彼しか魅力的な先生はおらず、日本人の多くが彼のスタジオをとることを望んでいる。そして、すべての日本人が一人のスタジオを履修することは不可能だ。都市の課題も面白そうではあるが、設計をやる気できて、1/2とか書くつもりで詳細図面まで持ってきたのに、都市を選択して本当に納得できるのかってところがある。一方で、建築の課題はどれも郊外が敷地なのだけれど、日本とは違いすぎる(日本では縮小都市、どうやってコンパクト化するかが主流なトピックだ)からこそ、リスボンという都市(人口上昇が起き、郊外開発が必要)においてグリーンやCO2削減とか地球規模の課題にこたえつつ、どのように開発していくのかを学ぶのも重要だ思う。


結局どうしたらよいのかはよく分からない。ただ一つ言えることは、設計をするつもりで来たってこと。それを反故にしてもよいのかってこと。みんなもう寝てしまった。こんなに悩んでるのはきっとおれだけなんだろう。いつもそうだ。俺はいつも物事を把握するのに時間がかかり、悩みすぎてうまくいかないことが多い。あまり悩まずに、意志を貫いてうまく出来てしまう人もいるのに。そういう人は羨ましい。でも悩むことこそが人間が人間である意義だと思うし、悩むことは必ず次の成功につながっていると信じている。


人間はどんどん欲深くなっていく。来た当初は、無事に一年が終わり、日本に健康で帰れればそれで十分だと思っていた。でもこんなことで悩んだり、将来のことで悩んだり。でも欲深くなければ成長はないとも思う。簡単に意志を折ることはできない。きっとだれもがそうなんだろう。将来のことについても少し話した。みんなそれぞれに悩んでいる。今こうやって悩んでいることを、俺よ、将来思い出してほしい。きっとこの悩みは些細なものと思えるだろうから。いつだってそうだ。目の前の悩みは大きすぎて、過去の悩みは小さいものに見えてしまう。でもいつだって悩みは大きくて、もやもやして、僕を困らせる。同時に成長もさせる。きっと。


小さな幸せってのは些細なことで得られる。すごく親切にしてくれた事務のお姉さんが、あなたポルトガル語の発音がすごくいいわよって散々ほめてくれたとき、お世辞だってわかってたけどすごくうれしくて泣きそうになった。なんで俺みたいな東方の小さな島国から着た変な日本人にこんなに優しくしてくれるのだろうって。同様に、本当に小さなことで、心は弱って、切なくなって、傷つく。本当にもろい。


なぜか寮の電源から充電できない。電池残量がないので今日はこの辺で。うまくいきますように。石田ゆり子みたいな、読む人を優しく、そして切なくさせるブログが書きたい。でも僕には自分のことで精いっぱいで到底無理だ。それが僕だから仕方ない。誰もが、素敵な文章を書けたら、だれもが小説家にも詩人にもなれてしまうもの。そういえば昨日・今日とペソアを読んでいない。もっと勉強し、頑張らなくては。その必要が僕にはある。きっと頑張りすぎるということはない。メキシコにはあっても日本にはない。決して。ポルトガルはどうなんだろうか。