今日はシントラを経て、ロカ岬へと向かった。シントラは、こじんまりとしていて、坂が多くて、森もあって、非常に心地よかったけれど、完全に観光地化されていて、観光客ばかりで、それがちょっと残念だった。と言ってももちろん僕らも観光客なのだけれど。シントラにも見るべきものはたくさんあったようだけれど、僕らはムーア人の城跡にのみ行き、それ以外はご飯やお菓子を食べ、町をふらふらして過ごした。ムーア人の城跡は、丘の上にあり、眺望が最高だった。その丘に登るのにバスを使ったのだが、くねくねとした山道をバスは攻める攻める。昔なら確実に酔ってた。丘は町を見降ろす所に位置しているのにもかかわらず(街の中心のすぐ近くにあるにもかかわらず)、自然に囲まれていて、気持ちよかった。城壁のある頂上まで徒歩で少し登らなければいけないのだが、その頂上までの道のりが、巨岩が多くて、気も生い茂っていて、でも強い光も木々の間からさしてきて、なんだか沖縄のウタキを思い出した。またみんなで沖縄にいって、すごく親切で、立地もよくて、料理のおいしい、「みさき」に泊まりたいなって思った。
頂上に残されていた城壁は、サン・ジョルジェ城のそれより、正確でしっかりと残っていて、さらに規模も大きく、街をどっしりと見下ろしていた。そこから見下ろすシントラの町もまた美しかったな。
その後、観光客相手の店(シントラの中心部にはそういう店しかないよね、仕方のないことだけど)で昼食とシントラの名物菓子、ケイジャーダとトラヴセイロを食べた。どちらもとりたててうまいというわけではなかったけれど、優しい味のお菓子だった。
ロカ岬までの道もまた、くねくねで、バスはまたも攻める攻める。岬に着くと、大きな夕焼けの太陽が海の向こうから僕らを見下ろしていた。海の上には淡いぼんやりとした霞と雲がグラデーションを作って、かかっていて、オレンジの光を拡散させ、吸収していた。やがて、時とともに、太陽は形を明確にしながら、ゆっくりと、だけどあっという間に沈んでゆき、強い風と静寂と美しい空のグラデーションだけが残された。本当に最果てというか、地球で最後の陽が沈んでいくような、そんな感覚だった(実際にはアメリカとかはまだ昼真最中だけれど。メキシコに行ったのがもう随分と前に感じられる)。「さいはて」と言うとゲド戦記を想像してしまう。ジブリによって間違った伝え方をされた(と僕は思っている)ゲド戦記を読んだことがない人はぜひ読んでみてほしい。一般的にあれは冒険ストーリであると思うけれど、動きの少ない2巻の描写とか、雰囲気、空気感はものすごく美しくて、狂っていて、大好きだった。もちろん今でも大好きだ。
世界中の美しい景色をもっともっと見たい。建築とかもそうなんだけど、いろんなことをすべて忘れて、ただ美しいって思えるものをみたい。そういうのって、自然しか持ちえないもので、しかも時の流れを感じられるものしか持ちえない気がする。そして意外と、身近なところで感じられたりする笑 どこにいても同じものもあるし、全然違っていることもある。そういうことを、一年かけて見分けていければいい。そのためには、まずこの国の住人に、ちゃんとならなくては。
「例えば僕らは戻れないところまで行く 今にも割れそうな通わない心さえ抱えて」 そういうことだと思う。通わなくても必死に通わせようとして、歩けないふりをしたい時があっても、鞭打って歩いて、戻れないところまで行ってしまえばいい。もう戻れなくなってもいい。でも、勝手なイメージを過信しちゃいけない。自分の感じた事を信じなければならないけれど、それが真実かどうかは分からなくて、勝手なイメージだって理解していなきゃいけない。間違っちゃいないなんて言っちゃいけない。そういうことだと思う、本当に。何度聞いてもいい曲だ、これは。「いつも通りの道を そう、いつもと同じ風 違うな今ならわかるだろ」 わかるようになるんだろうか。なるといいな。
ムーア人の城跡の城壁と森と眼下に広がるシントラの街
沈みゆく太陽
夕暮れ後のロカ岬。荒野の果てにひとつのモニュメントが立ち、ユーラシアの最西端を伝える。



