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so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、インドで墜落したボーイング787機、主翼が大きく上にしなっているのが特徴です。

 

 

機体の製造には日本の企業が大きく参画しています。

 

おおよそ35%の部位が日本製です。

 

内訳は:

主翼:三菱重工業(MHI)フルサイズの複合材製主翼を設計・製造。

中央翼部分(胴体と主翼の接合部):川崎重工業(KHI)

前部胴体(コクピット部分を含む):川崎重工業

垂直尾翼(垂直安定板):富士重工業(現・SUBARU)
 

その他:ランディングギア関連部品やキャビンインテリア、電子機器や油圧システムの一部にも関わっています。

単なる下請けではなく、開発段階から投資や設計に参加しているのが特徴です。

 

あの翼を日本刀のように美しくしならせながら、どんどん高度を下げていく光景は、なんとも言い難い辛い気持ちにさせられます。

 

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、原題は【In the Land of Saints and Sinners】で、聖人と罪人の土地ですかね。

 

舞台はIRAのテロが盛んな時代の北アイルランド。

 

主演は地元出身のリーアム・ニーソンですから期待して観ました。

 

 

いま気付いたのですが、リーアム・ニーソンってぼくと同い年なんですね。

 

歳取ったァ〜。(^^ゞ

 

もうアクションは無理な年齢。

 

動作ごとにため息をつく。

 

とうとう彼もアクションが見せ場の映画を卒業して「人情もの」に戻ってきたか?

 

北アイルランドの片田舎の寂れた風景の中で繰り広げられる人情劇。

 

しかし、この映画はハズレです。

 

見るだけ時間の無駄。

 

台本は支離滅裂で知性のかけらも感じられない。

 

彼は田舎に住む殺し屋。

 

数え切れないほどの殺人を犯しているんですが、殺人を依頼する胴元(?)も同じ村に住んでいる。

 

普通なら、それだけ殺しを依頼されるのだから、都会に住むターゲットであるはず。

 

ところが、ターゲットも村の近辺に住んでいる設定。

 

彼は殺し屋業を卒業するのだけど、知り合いの少女が親から虐待されているらしいという理由で、自らその相手を殺しちゃうんです。

 

せっかく足を洗ったのに、そんな軽い動機で人を殺すかあ?

 

村に逃げてきたテロリストもバカ揃い。

 

首領の女はアイルランドのために戦っているともっともらしいことを言いながら、村のパブに集まった村人全員を爆殺しようとする。

 

テンポも悪い、展開も悪い、ストーリーはチグハグ、登場人物はバカ揃い、おまけにアクションはショボい。

 

リーアムがこんな映画の出演依頼を受けたのは、何か財政的に困っているのかと疑ってしまうくらい。

 

★★☆☆☆

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、トランプの2期目は1期目よりはるかに問題が複雑化しています。

 

【世界の安全保障】

1期目 ISISの掃討

2期目 ウクライナ戦争が継続中(ロシアの拡張主義)
    ガザ・イスラエル紛争激化(中東の不安定化)
    中国の台湾圧力が高まる

    イスラエルによるイラン攻撃で全面戦争のリスク
 

【経済】

1期目 経済は好調(税制改革、株高)
    COVID-19前までは比較的安定

2期目 インフレ高止まり、利上げの影響
    気候変動による自然災害の激化
    AI・産業構造の転換で労働市場が混乱

 

その他国内問題、外交問題はより深刻化して多国間の強調が必要なのに、相変わらず「アメリカ・ファースト」を掲げ一国主義・反同盟志向の傾向を強めています。

 

1期目は「比較的単純な課題」に「派手なパフォーマンス」で乗り切れましたが、2期目は単なる「演出」では乗り切れないでしょう。

 

彼には協調性がなく独断的で、長期的なビジョンを持たず行き当たりばったりです。

 

問題を単純化し、そのことによって分断を煽ります。

 

自分がもたらした結果に責任を取ろうとせず、上手くいく時は自分の手柄、失敗した時は他人に責任を転嫁します。

 

基本的な常識が欠除し、過激な噂に飛びつきます。

 

第1期目はある意味幸運だった。

 

彼の繰り出す奇策に世界が慣れていなかった。

 

彼には時代が求める資質がまったく備わっていないとぼくは結論づけるのですが、この考え方は間違っているでしょうか?

 

イスラエルとイランが本格的な戦争に向かっているのを見て、とても不安な気持ちになっています。

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、ぼくは「いつかはクラウン」のクラウンを買いました。

 

CROWNは王冠の意味です。

 

クラウンには「道化師」という意味があります。

 

せっかくのクラウンなのに、道化師かぁ〜・・・って思っていました。

 

でも道化師のクラウンのスペルは「CLOWN」です。

 

日本人が不得意な「R」と「L」の違いなんですね。

 

ああ、良かった。^m^

 

・・・・・・・

 

ぼくはトランプをよく言えばショーマン。

 

実態は道化師(Clown)だと見抜いています。(一つ目のC)

 

大統領選挙をショーに仕立てたのが彼の勝因です。(以前も書きました。)

 

彼の法律や憲法を無視した独善的な言動に対して、アメリカ国民から「No King in America!(王はいらない)」との反発が起きています。

 

すなわちKing=Crownです。(二つ目のC)

 

そして3番目のCは、Chiken(ニワトリ)=腰抜けです。

 

説明の余地はないと思いますが、「TACO(Trump Always Checkens Out)」と言われトランプが激怒したとか。

 

腰抜けの道化師が王様気取りでアメリカのトップの座に座っているという構図です。3Cs。

 

この見立てに誰か反論ありますか?^m^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、このブログで何度も取り上げた「行う」の多用。

 

AI君と何度もやりとりしてぼくの言いたいところをまとめてもらいました。

 

・・・・・・・

 

最近、テレビや新聞でやたらと目にする言い回しがある。


「集会を行う」「討議を行う」「確認を行う」――あらゆる場面で「行う」が使われている。


NHKでさえ例外ではない。むしろ率先して“無味乾燥な文語風表現”を撒き散らしているように思える。

 

この「〇〇を行う」という構文、形式ばってはいるが、どこか空虚だ。


たとえば「討議を行っています」より「討議しています」あるいは「討議が交わされています」の方が、やりとりの生きた手触りがある。

 

「ロケットの打ち上げが行われました」では、誰が何をしたのかが霞んでしまう。


「ロケットが打ち上げられました」の方が、ずっと明瞭だ。

 

言葉は本来、出来事の実感を運ぶ器だ。


「雨が降っている」には、空の様子、湿った空気、傘の音すら含まれている。


それを「降雨が行われている」と言ったら、冗談だろう。

 

「〇〇を行う」は、まるで空っぽの器のように、どんな語にも無理やりかぶせられる。


だがそのせいで、本来の動詞が持っていた重みやニュアンスがごっそり抜け落ちてしまう。


まるで言葉の蒸留水化である。

 

背景には、英語の影響もあるかもしれない。


英語には「have a discussion」「make a decision」など、動詞+名詞構文が多い。


これを直訳すると「討議を行う」「決断を行う」となりがちだ。


だが英語と日本語では、言語の骨格がまったく違う。


日本語は動詞の質感が命だ。「交わす」「進める」「加える」――動きと関係性を生む言葉が、文化を織ってきた。

 

とくに危機感を覚えるのは、こうした型どおりの表現が、“正しい日本語”として若い世代に刷り込まれてしまうことだ。


子どもが作文で「質疑が行われました」と書いたら、教師は褒めるかもしれない。


でも、その言葉には、だれがどんなふうに、どんな思いで問うたのか、まったく伝わってこない。

 

このままでは、日本語はどんどん無機質になっていく。
 

合理的で効率的だが、感情も風景も温度も伝わらない――そんな言葉だけが残る。
 

それをぼくは「日本語の自殺」とすら感じている。

 

だから今こそ、僕たちは言葉の手触りを取り戻さねばならない。
 

「する」でいい時は「する」でいい。「開く」「交わす」「進める」「伝える」――
 

本来の動詞を呼び戻そう。言葉に血を通わせよう。
 

言葉が生きていなければ、そこにある人の心もまた、死んでいるのだから。

 

・・・・・・・

 

ついでに、辞書を作ってもらいました。(^^)/

 

『〇〇を行う』言い換え辞書(初版)

 

「〇〇を行う」表現

言い換え候補

備考・ニュアンス補足

集会を行う

集会を開く

開催の主体・意志が伝わる

討議を行う

討議を交わす/進める/する

交わす:双方向性がある

理事会が行われる

理事会が開かれる/開催される

公的・正式な印象を強調

協議が行われる

協議がなされる/進められる

双方のやり取りが主眼

質疑が行われる

質疑が交わされる

動的・議論的な印象

施政方針演説を行う

施政方針演説をする/発表する

「する」で十分。誤解されない

届出が行われていない

届出が提出されていない/なされていない

法的手続き感を出すなら「なされていない」

議論を行う

議論を交わす/進める/深める

場合に応じて使い分け

撮影が行われる

撮影がされる/実施される/行なわれる(写真業界では許容)

記録映像系なら「実施」もあり

規制緩和を行う

規制緩和を実施する/進める/する

「する」でOKな文脈も多い

捜索を行う

捜索をする/実施する

緊急性を強調するなら「捜索を急いでいる」なども可

コンクールを行う

コンクールを開く/開催する

イベント色が強いので「開催」が自然

確認を行っている

確認中である/確認している

報道では「確認作業中」も多用

立ち入り調査を行う

立ち入り調査をする/実施する

「調査を行った」も定型的だが味気ない

ロケットの打ち上げが行われる

ロケットが打ち上げられる

「誰が」「何を」したかが明瞭に

検討が行われている

検討が進められている/されている/なされている

「なされている」はやや堅いが正確

確認が行われている

確認中である/確認されている

現在進行形が合う場面多し

攻撃が行われる

攻撃が加えられる/実行される/あった

「あった」なら報道語っぽい簡潔さ

会見が行われる

会見が開かれる

自発性・公式性が出る

修理が行われていない

修理がされていない/終わっていない

結果が重要なら「終わっていない」

 

 

 

・・・・・・・っということで、トランプが主にメキシコ方面から不法入国してくる移民を目の敵にしています。

 

彼は白人至上主義者であることは紛れも無い事実でしょう。

 

中国を嫌うのも、ベースにあるのは人種差別の感情です。

 

まがりにも米国大統領ですから、それを言っちゃオシマイですが。(;^_^A

 

ずいぶん大雑把な話ですが、MLBに在籍する選手の国別割合は以下のとおりです。(2024年)

  • アメリカ出身:約58%

  • ドミニカ共和国:約12%

  • ベネズエラ:約6%

  • キューバ:約3%

  • プエルトリコ:約2.5%

  • メキシコ、パナマ、コロンビア、ニカラグアなど:合計で約3%

  • その他(日本、韓国、カナダなど):約6%

アメリカ出身の中にはラテン系のルーツを持つ選手もいますので、選手のうちおおよそ半分は外国選手なのです。

 

ということは、ベースボールというアメリカの国技は外国選手がいないと、現在のレベルを保てないのです。

 

そんなこと気にしていたら、贔屓のチームや選手をファンたちは応援できないはずなのです。

 

正直なところ、この人種に対する偏見はぼくの中にもあります。

 

たぶん皆さんも同じじゃないでしょうか。

 

そこを狙って分断を煽り、為政者が自分の力を見せつけようとする試みは危険なのです。

 

ヒトラーを思い出せば、いかに危険か分かるはずです。

 

国民もそんな古い手に軽々しく乗せられないよう賢くならなければならないのです。

 

移民は確かに深刻な問題でしょうが、今アメリカに必要なのは知恵なのです。

 

MLBをのんびり観戦しながら、その知恵は何なのか考えてみてはどうでしょう?

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、最近やたらに「そうなんですね」と相槌を打つことが気になります。

 

「そうなんですか」を使う人が激減しているようです。

 

「そうなんですね」と「そうなんですか」の違いを調べてみました。

 

そうなんですか:確認・やや客観的・疑問・意外性→少し距離あり

 

そうなんですね:共感・受容の姿勢→親しみやすい   

 

本当に微妙なニュアンスの違いですが、距離感や柔らかさに違いがありますね。

 

最近は人間関係を「なんでも当たり障りなく丸めていく」感じが日本語社会の空気にあるようです。

 

ぼくはヘソ曲がりなので、最初から何でもかんでも丸く収めようとする言葉を連発したくないだけなのです。

 

とりあえず安全な表現を使っとけや・・・ってな態度。

 

それって、逆に冷たい態度じゃないですか?

 

 

・・・・・・・っということで、【ザ・コンサルタント】は以前観ていたので、【ザ・コンサルタント2】をAmazonプライムで観ました。

 

そのうち前作を思い出すかな?と思っていたら、完全に記憶から消えていました。(>_<)

 

 

まずこの映画の原題は「Accountant(会計士)」であって「Consultant」ではないこと。

 

主人公(ベン・アフレック)は「高機能自閉症」いわゆる「アスベルガー症候群」、すなわち高い知的能力と特定の分野での専門性を持つ患者である設定です。

 

彼の場合、やたら数字に強いのですが、対人関係は超苦手なのです。

 

だから、会計士なのです。

 

金融犯罪局長(J・K・シモンズ)とその部下の黒人女性と、主人公の弟が出てきますが、前作の再登場でした。

 

全く忘れていました。

 

じゃあ、前作を見ておくべきかというとビミョーです。

 

特に凄腕の殺し屋が主人公の弟だったというのはすでに前作で説明されています。

 

・・・・・・・

 

完全に忘れていた前作「ザ・コンサルタント」を見直してみました。

 

コレがよくできたシナリオなんですね。

 

起承転結がしっかりしていて辻褄が合っているんです。

 

その証拠にかなりヒットしたそうなんです。

 

それを完全に忘れるとは・・・。_ノ乙(、ン、)_

 

・・・・・・・

 

そして9年後に二匹目のドジョウを狙ったというワケです。

 

ベン・アフレックが老いたのは仕方ない。

 

いい味が出てきたとも言えるので。

 

でも、シナリオに前作のような緻密さが見えない。

 

特にアスベルガー症候群の示す超能力に焦点が合って、荒唐無稽になりすぎているところが気に食わない。

 

兄弟愛にも重点が置かれますが、無駄なシーンが多すぎる上に笑えない。

 

ちょっと穿った見方とは自覚していますが、アメリカ映画はスーパーヒーロー(超能力者)映画ばかり作っていますよね。

 

目先を色々変えたけど、飽きられた。

 

そこで、超人は超人でも、現実にありそうな超人=アスベルガー症候群に目をつけたこの9年前の映画を思い出したのです。

 

ですから、スーパーヒーロー映画の別バージョンなのです。

 

デア・デビルで大コケしたアフレックも乗り気だったはずです。

 

ぼくはこういう発想が気に入らないんです。

 

なぜなら、精神障害者をダシに使っているからです。

 

主人公はもちろんのこと、主人公をバックアップする超天才集団もアスベルガー症候群。

 

ご丁寧に凄腕の女殺し屋が出てくるのですが、自動車事故で頭をぶつけて超能力を発症した設定なのです。(無理ありすぎ。)

 

アスベルガー症候群などの精神障害患者は社会から冷たい目で見られているのは事実ですが、そういうハンディを背負った人たちへの理解を啓蒙するという、一見善意の動機を装っているのです。

 

そのくせ、超能力部分ばかりに焦点が当てられ、結局のところ人間離れした戦闘シーンがド派手に描かれているんです。(お約束の通り、自分たちの弾は百発百中なのに、数十人の敵の弾は当たらない。)

 

どうやら3匹目のドジョウの製作が決まっているそうです。

 

第1作 ★★★★★

第2作 ★★★☆☆

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、東南アジアを旅行すると、刈り取りしている隣でもう田植えをしている光景を見ます。

 

彼らにとって、稲作って簡単なんだなぁ〜との印象を受けます。

 

二毛作なんて当たり前で、メコンデルタでは三毛作が可能です。

 

それに比べ日本は一発勝負です。

 

しかも日本は天災に恵まれています。

 

その年に被害を受けると、大規模な飢饉が発生します。

 

東北を旅行したとき、博物館で飢饉の記念碑(レプリカ)を見ました。

 

 

飢えのために人肉を食べたという記録もあります。

  • 1181年 養和の大飢饉 
  • 1231年 寛喜の大飢饉 
  • 1428年 鎌倉の飢饉 
  • 1461年 寛正の大飢饉 
  • 1642年 寛永の大飢饉 
  • 1732年 亨保の飢饉 
  • 1756年 宝暦の飢饉 
  • 1783年 天明の大飢饉
日本は緯度が高く、稲作に適した気候ではありません。
 
それでも日本人らしい粘り強さで、北海道でさえ米が生産されるまでになりました。
 
・・・・・・・
 
それをなんだぁ〜?
 
古米は家畜の餌とか、古古米は鶏の餌なんて無神経な発言をする議員がいるとは。(ーー゛)
 
東北の人たちがどれほど悲惨な目に遭ったか、少しは歴史に関心を持つべきでしょう。
 
戦時中だって、白米が食べられずに芋ばかり食っていたのを忘れたのでしょうか。
 
・・・・・・・
 
米は日本にとって神聖なものだなんて言いません。
 
しかし、日本人の主食である米を生産するために、先人たちがどれほど苦労したのか、
 
今では「米離れ」なんて言葉がまかり通って、実際米の消費量は年々減っています。
 
そんな傾向を批判する気持ちはありません。
 
でも、米が日本人の主食であることを忘れるべきではありません。
 
・・・・・・・
 
この令和の米騒動もすぐに忘れ去られてしまうことでしょうが、これをきっかけに日本人にとって米とは何かを考え直して欲しいと切に願う次第です。
 
 
 
 
 

・・・・・・・っということで、悪いことをすれば「バチが当たる」と信じています。

 

ぼくの経験でも、何か悪いことが起きると、何かのバチが当たったんじゃないかと過去を振り返ると、必ず思い当たるフシがあるんです。

 

神を信じるとかいうレベル以前に、自然の仕組みとしてそうやってバランスが取れているんじゃないかな。

 

ロサンゼルスのデモを鎮圧するため、トランプが州兵や海兵隊を導入し暴動に発展しています。

 

本来は国民を守るための組織であるはずなのに、その暴力が国民に向けられています。

 

最近のアメリカは外から見る以上に病んでいるようです。

 

ぼくはこれを「アメリカにバチが当たっている」と感じるのです。

 

アメリカインディアンを虐殺し、黒人奴隷を人間として扱わなかったり、日本に対して原爆を用いたり、石油欲しさに戦争を仕掛けたり、そしていま不法滞在移民を不当に排除しようとしています。

 

こんなに悪事を積み重ねているのですから、バチが当たらないはずがない。

 

さらに、最悪のタイミングに最悪の人物が大統領に就いている。

 

まずアメリカ人は、いま自分たちにバチが当たっていると感じるべきです。

 

そして、なんでこんなバチが当たるのか知ろうとすべきなのです。