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気になったこと

いろいろ発信したいと思うことで、特に書き留めたいことをこのブログにて発信してまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。

三浦綾子 電子全集 氷点(上)/小学館

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三浦綾子さんの書いた『氷点』上下巻を一気読みしました。
キリスト教の原罪について書かれた素晴らしい内容でした。
感想について、忘れないうちに書きたいと思い、こちらも一気に考えていることを書きました。

主人公は医師で病院経営者。妻は美人で病院経営も順調で男女二人の子供に恵まれ、何不自由しない暮らしを送っていた。

そんなある日に妻の不貞中にまだ3歳の長女がタコ部屋出身の男に絞殺される。

その男には赤ちゃんがおり、妻は赤ちゃん出産時に死亡。また男も逮捕後留置場内で自殺。

自分の不貞中に殺されたことを知って激しい後悔の念に駆られた妻は亡くなった3歳の長女だと思って育てるので、赤ちゃんが欲しいと夫に願う。

妻は病気のため不妊手術をしていた。そして夫は3歳の長女を殺した犯人の子供が孤児となり乳児院にいることを知った。

このため、妻の不貞中に放置された長女が殺されたことを知った夫は妻への復讐のため、3歳の長女を殺した犯人の子供を引き取り、妻には何も知らせずに自分の子供として育てさせ、いつの日か真実を話して妻を激しく後悔させることによって自分の復讐とするのであった。


人間の憎しみとはこのように深く、激しいものなのかと思わずにはいられません。

夫から妻への憎しみだけではありません。

人の間にうごめく憎悪の感情がこの小説にはたくさん出てきます。

もっと素直に話し合ったら、もっと感情を表に出したらと思うことがたくさんあります。

しかし、沈黙が美徳とされる日本においては、話しすぎること、感情をあらわにすることは美徳とはされないのですね。

いろいろ引用したい文がありましたが、その中でも気になった文章が二つあります。

「なにを考えているのかわからない、というのは思慮深いということである。」
「秘密を持つということは大人になったということである。」

2つ目の「秘密を持つということは大人になったということである。」
この文章はこの小説における一番重要なことではないかと思うのです。

この小説における一貫したテーマはキリスト教における人間の原罪。

原罪とはエデンの園で神との約束を破ってイブが禁断の木の実を食べて、アダムにも食べさせてしまったことです。

その結果、裸でいることが恥ずかしくなってしまったことです。
裸でいることが恥ずかしい。
それは心が裸になることも恥ずかしいと思うことにもつながります。
そしてその姿を隠すことになるのです。

裸の姿を隠し、神に対してもうそをついた罪を隠し、そしてついには自分の感情さえも隠すことによってお互いがお互いを疑い合って生きていってしまうことになるのです。

こういうプロセスを考えると、これは子供が大人になっていくプロセスと同じではないかと思うのです。

純真無垢であった子供がいろいろ教えられ、大人と子供は違うことを知っていきます。

いつしか大人の世界は思慮深く、子供の世界は浅はかだと思うようになります。

ついには自分の感情を抑え、思慮深くなります。

思慮深くなる。言い得て妙です。

病院長夫妻に引き取られ、大事に育てられた犯人の娘はとてもいい子供に育ちます。
しかし、この娘もある事件を境に思慮を持ち始めます。
そして人を疑い始めるのです。

純真無垢な心とはなにか。

そしてエデンの園で禁断の木の実を食べる前のアダムとイブが持っていた心で、その約束を破って純真無垢な心をなくしたことが原罪ではないのかと考えてしまいました。

さらにこの小説にはもう一つのテーマがあります。

聖書にもある、「汝の敵を愛せよ」ができるのか。

主人公である夫は、自分の娘を殺した犯人の血が流れている犯人の子供を愛情をもって育てられるのか。

「汝の敵を愛せよ」を実践できるのか。

キリスト教においては、人は神の子であり、人類は兄弟。
同じくこの日本においても子供は授かりもので、天からいただいたもの。

そのように考えると、子供とは自分の所有物ではないのです。
一つの独立した存在で、その心は誰にも侵害できない。

血を受け継ぐと言っても、元はと言えば、出所はすべて同じなのです。
さらに言えば、身体も借り物であり、精神が宿り、その存在を知らしめるためだけの道具。
それは言葉も同じで、言葉は発した瞬間に精神から離れ独立に存在するようになる。
だからいろいろな言葉を使って表現しなければ、その言葉を発した人の本当の意味を知ることはできない。

この犯人の娘も同じことだと思います。
犯人の血を受け継いだのは、単にそれを借りただけ。精神やその存在は天から授かったものなのです。

そのように考えると、たとえ、殺人犯であったとしても、それを犯した人の心は誰もが持っている純真無垢な心をなくし、憎悪や人を疑う心、つまり原罪を持った心なのだということがわかります。

そしてその原罪の意味を知り、純真無垢な心を取り戻すことがキリスト教の役目なのではないのかと思ってしまうのです。

そして「汝の敵を愛せよ」とは原罪を持った人の心を純真無垢な心に戻すことなのではないのかと思ってしまうのです。
企業戦士

先日、見本市に参加したときにいろいろな人に会いましたが、某素材メーカーの元営業マンと会いました。

一緒に仕事をしたのはもう20年近く前です。当時は中国がまだWTOに加入する前で、インターネットも今ほど普及していない時期でした。

その後、世界は大きく変貌し、その素材メーカーも別の素材メーカーに吸収合併されました。元の会社での不採算事業は廃止したり、他社に切り売りされたり、しかしその中でも新規事業などで、活躍できる人材、どこに行っても適用できる優秀な人材は、さらに競争力があり、将来性有望な部署に引き抜かれました。

国内にあった工場も不採算工場はどんどん閉鎖され、よりお客様に近く、コストが安い海外の工場が作られ、優秀な人材はそれらの海外工場の工場長やマネージャーとして海外赴任することになったのです。

中には中国工場に行って、家族と離れ離れになって8年以上経過した人もいます。8年間一度も家族に会っていないのです。まさに最前線の戦場で働く兵士です。

海外の競合先と戦ういうのはこれほどまでに大変なことなのかと思います。

しかし、前線で働いているそのような人が悲壮感を持っているのかというと全く事情が異なります。素材メーカーは国内の全ての金属製品の元となるため、日本の競争力向上にはなくてはならない存在なのです。

そのため、素材メーカーが倒れたときには日本の競争力は完全に地に落ちる。そういう使命感がとても強いのです。

素材メーカーの社員の方々がよくこう言われます。

「俺たちが日本を動かしている」

企業戦士とはそういう彼らのことを言うのだと思います。

そしてそういう人たちがいたことで、日本の競争力も非常に高まったのだと思います。

昔の仲間に会って、以前いろいろ一緒に仕事した素材メーカーの営業マンやエンジニアの話になったとき、そのすべてが全く別の会社に行ったことを知りました。

そんな話を聞いたとき、ぼくはなんてのんびりしていることかとふと思ってしまったのです。
おはようございます。

今日、トヨタの燃料電池車ミライを見る機会がありました。

運転席に座ってパワーをオンにすると、座席が前に進み、ステアリングが下がってきて運転モードになります。これはレクサスと同じ仕様ですね。

そしてトランスミッションについては、プリウスと同じ操作。
エアコンとかの操作はレクサスと同じ仕様になっています。

ただ、仕様だけで質感等はふつうの自動車というような感じです。
運転しませんでしたが、乗り心地はプリウスと同じだそうです。

今回一番気になった水素についてですが、危険性について聞くと全く問題ないとのことでした。

これはトヨタのホームページに書かれていることとほとんど同じことを言われていました。

それから燃料補給については、専用のカプラがあり、今のところ素人の方が燃料補給することはできない、つまりセルフスタンドはまだまだ先のようです。

燃費や水素の価格については、ガソリン車に合わせたとのことです。これは安くしてもらったのか、高く設定されたのかはわかりません。

そして今現在の問題は水素ステーションがまだまだ不足しているということですね。設置に多大なコストがかかることがネックのようです。

ガソリンスタンド1軒あたり、約1億円のコストで設置できますが、水素ステーションとなると約5億円のコストがかかるそうです。政府の補助金を使っても自己負担が3億円かかってしまうんだそうです。

燃料電池は水素と酸素を反応させて水を作り、その過程で電気を得ることができます。
CO2を排出しないので、クリーンなエネルギーと言われていますが、水素を生成する過程でCO2を生成します。

水素は今のところ天然ガスの成分であるメタンを水蒸気の反応させて水素を取り出しますが、その過程で一酸化炭素、二酸化炭素が発生します。

しかしながら、これらの一酸化炭素、二酸化炭素は二酸化炭素貯留法という方法を使って地中に埋めるので、大気中に拡散し、温暖化には影響しないということだそうです。ただ確実かどうかはまだわからないそうです。

ご担当の方に燃料電池車の燃料は再生可能エネルギーではないですね、と質問すると申し訳なさそうに、「はい」とお返事されていました。

それでもまだまだ燃料電池は開発中の段階で、水から水素を得られるようになると現状とは全く変わってきますとおっしゃっていました。

しかし、電気自動車が太陽光発電による電気を使えば、燃料費はほぼ無料になりますし、現在、実験中のワイヤレス送電や電磁誘導方式によって、充電しながら走ることができるようになれば、電気自動車に比べて、燃料電池車はかなり不利になるのではないですかと質問しました。

これに対しては、将来的には燃料電池車は燃料電池車の得意な分野で活躍し、電気自動車、ガソリン自動車も同様に得意な分野で活躍するようになる。だからすべての自動車が燃料電池車や電気自動車になるわけではないですよ、とのことでした。

しかし、どうなんでしょう。現在全国のガソリンスタンド数は約30,000カ所。水素ステーションも同じようにつくるとなると、さらに5億円×30,000カ所となり、投資総額は15兆円!

燃料電池車の普及にはこのへんの問題解決がとても大きいような気がしました。

トヨタミライ燃料注入口カバー
トヨタミライ燃料注入口
トヨタミライエンジン内右側
トヨタミライエンジン内左側
トヨタミライ運転席
トヨタミライバッテリー
トヨタミライ


ボールド 突き抜ける力 超ド級の成長と富を手に入れ、世界を変える方法
著者: ピーター H ディアマンディス

ボールドを読み始めました。強烈ですね、これは!これを読んで未来のことを想像してみました。

近い未来に起きそうなこと、または起きると非常に便利なこと。

① 個人個人が工場を持てるようになる。本書でも書かれている通り3Dプリンターの出現によって生産方法がかなり変わってきたことを指摘しています。

そしてそれは例えば、スペースステーションのような極限の場所では非常に価値あることだとされています。なぜなら、宇宙空間では部品が壊れたからといってすぐに修理できないし、かといって大量に交換部品を宇宙空間には置けない。

しかしステーション内で生産ができれば、そういう問題は一揆に解決してしまうのです。

また、現在は3Dプリンターというと樹脂製品と金属製品だけですが、たとえば、同じような要領で衣服が作られたらどうなんでしょうか。

オリジナルな衣服は洋裁や和裁のように特殊な技術を持った人にしかできませんし、衣服自体も工場でなければ、繊維製品自体できませんし、これを昔のように機織り機を使ってつくれば、なおさらコストと時間がかかります。

これを3Dプリンターのように技術革新でもって新しい、だれでも簡単に使える機織り機ができ、ミシンをもっと簡素化し、だれでも使えるようにしたら、どうなるでしょうか。

いまあるファストファッションはおそらくなくなるのではないでしょうか。あたかもイーストマンコダックが、写真におけるフィルムがなくなったように。

また、3Dプリンターも進んでいくと自動車とかもっと複雑なものが作られると思います。

また衣服、金属、プラスチック製品だけでなく、食糧についても同じ革命が起きる可能性があるのではないでしょうか。

まだまだ非常にマイナーな耕作形態ですが、実際に水耕作キットというものができ、キット、水、養分、太陽光があれば、土地がなくても誰でも簡単に栽培でき、収穫できる耕作キットが販売されています。これも技術革新が進んで、もっと簡単に栽培でき、効率よく収穫できるようになったらどうでしょうか。

ということで、将来の姿は各家庭が工場になるのではないかと思ってしまいます。

② 現代の感覚で行くと、各個人が生産を進めるとコスト高という側面がありますが、各家庭が生産する量が少ないということを考えれば、いろいろなものが小さくなっていくのではないでしょうか。

小さいから安いというわけではありませんが、少なくとも材料費は低く抑えられます。だからモバイル化とともにダウンサイジングはもっと進んでいくのではないでしょうか。

さらに現代社会では工場で商品を大量生産してコスト削減をおこなっていますが、未来では反対に工場を大量生産して工場自体のコストを下げていくのではないでしょうか。この場合、工場とは究極にモバイル化され、ダウンサイジングされた3Dプリンターに代表される新しい生産システムを持った機械のことです。

現代は工場で生産し、商品を個人に売るから未来は工場を販売し、個人が商品を作る。こういう時代になるのではないでしょうか。

かなりざっくりと思いついたことを書きましたが、現代

ではインダストリー3.0からインダストリー4.0に移行していっていると言われています。しかも21世紀は史上最も変化の激しい産業革命以来のすさまじい時代になると言われています。だからこそ大きな注意が必要ですね。

しかもこうした本を書く著者はたいてい日本人以外が多いです。日本ではこうした議論が尽くされているのでしょうか。非常にやばいなと思いました。


ボールド 突き抜ける力/ピーター・H・ディアマンディス

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マイクロソフト本社入口

ぼくが参加している勝間塾のなかで塾生の一人が企画してくれたイベント「マイクロソフトのオフィス見学 ~どうやってリモートワークを実現させているのか~」に参加しました。リモートワークを以前会社で取りいれたものの、実際に運営するには困難なことも多く結局その対象社員もやめてしまったので、いまでは行っていませんでした。しかし、広く社員を募集したいという目的もあり、通勤できなくても仕事ができるという環境には非常に興味があり、今回勉強しようと考え、参加させていただきました。


しかしながら、今回参加して、また、案内役のマイクロソフト社の椎野さんの話を聞いてリモートワーク以外のことで非常に得ることが多く、ここでシェアしたいと思います。


まず、マイクロソフト社の社内に入って、やはり今の最新のIT企業だという風に思いました。また、非常にコストをかけてオフィスを構築していると強く感じ、やはり儲かっている会社は違うなと正直思いました。

エグゼクティブミーティングルーム

働くということ

 やりたいこと、できること、そしてそれは必要とされているか

マイクロソフトだけでなく、小さい会社から大きい会社まで自社がやりたいことは何か、そして自社ができることは何か、そしてそれは必要とされていることなのか。この自問自答は非常に重要だと思いました。マイクロソフトはOSやオフィスのようなソフトを通じて社会に存在する問題を解決する方法を考え、創造することでニーズを満たしてきたと思いました。同じように自分の会社であれば、なにを通じて社会に存在する問題を解決する方法でき、何を創造することでニーズを満たすことができるのかを考えなくてはならないと思いました。

今回の見学会で椎野さんの上司の粋な計らいで、運よくエグゼクティブ専用のミーティングルームを見学させていただくことができました。そこで話されていることは商品の値決めなどの話ではなく世界観の話をされるのだそうです。世界観。まさに世界のもつ問題のソルーションを語る場なのだと自分なりに考えてしまいました。

このことは個人のレベルにも落とし込めます。見学会最後に椎野さんに新しい人材を雇用することと外注に出すことの違いを聞いたのですが、その答えは非常に明確でした。社員にはソルーション能力を求め、それ以外には求めないということでした。

これには非常に共感してしまいしたし、その通りだと思いました。だれにでもできる仕事なら、だれでもいいことになります。しかし問題解決となれば、ソルーションはさまざまですし、それをさらに高めれば、クリエイションになります。この差は非常に大きいと思いました。本当に世の中には問題が山積しています。そして多くの、そしてさまざまなソルーションを求められます。それを意識しているか、また、そういう能力があるかどうかは非常に重要だと思いました。

さらには評価についても360度評価はもちろんのこと、時間に対する評価ではなく、コミットメントの達成に対する評価です。これは当然ですね。しかし、仕事には始まりも終わりもないと言われたことには驚きました。ぼくは会社経営者なので、仕事に始まりも終わりもないのは当然と思っています。しかし、マイクロソフトの社員がそう思っているとは思いもよりませんでした。てっきり時間通りに働いているものだと思っていました。

もちろんそれは四六時中働くという意味では全くありません。反対に自己管理さえしっかりしていれば、コア時間以外の自分の時間は自由に使えることができます。

つまり時間は自分で管理するものであり、時間で自分を管理されるわけでは全くないわけですね。考えてみれば、ソルーションを行うということは四六時中考えていないとできないことですね。仕事というのは人生の目的の一つでもあるのだと思いました。そして人生のなかには仕事以外にも重要なことがあります。身近な例では家族との関係、子供との関係です。そして地域社会との関係です。このなかで仕事だけが9時から6時まで決まっていることがおかしいのです。なぜなら家族も地域社会もそれをやるのに時間がここからここまでと決まっているわけではないからです。ということは自分で時間管理してそれぞれの目的を達成することが重要なことなのですね。

セミナー室


シェアとコラボレーション

 ひとりのために時間を費やす=コストは?みんなでシェアする=コストは?

椎野さんが社内で一人のために時間を費やそうとしたとき上司からそのコストについて聞かれ、結局はそれをやめてその人ひとりではなく、みんなでシェアできるように変更したとのことです。これは大きなヒントになりました。日々、個人的に教えることは多いですが、上司が一人にかかりきりになるということはコスト的にも問題ですが、おなじ問題、ソルーションをシェアすることのほうがよりコスト的にも理にかなっているということですね。

オープンスペース1

ミーティングとは

 30分で結論がでなければ、次回に持越し。

ミーティングとは話し合いではなく、結論を出すところ。そのためには事前に議題と課題を出し、それに対して事前に準備しておく。普段からそういう意識をしておかないといきなりはできそうにありません。しかし、自分の会社ではさっそく導入したいと思いました。


最後に、今回日本マイクロソフト社を見学して、マイクロソフト社がたんなるWindowsの会社という認識からマイクロソフト社が何を目指しているのかがよく理解できました。

そして今まさに日本に欠けていることを補おうとしていることがわかりました。今回はリモートワークについてはもちろんよく勉強になりましたが、それ以上に働くことについてとても勉強になりました。

最後の最後になりますが、日本マイクロソフト社長の平野拓也社長のこういうメッセージを見つけましたので、紹介します。



オープンスペース2
沖縄空港


仕事で朝一のJALで伊丹から沖縄にやってきました。

まだまだ気温は摂氏30度ありますが、例年に比べてやはりあたたかい秋だそうです。

スーパーにいくと冬物のコートとか売っています。

気温が30度近いのに売れるのかどうか非常に心配です。
勝間塾について

朝日新聞の別刷り土曜版BEって結構面白い記事が多くて、毎週楽しみにしていますが、いつのころか忘れましたが、そこに勝間和代さんが「勝間式『自分ナビ』宣言」という題名でコラムを毎週連載されていまして、その内容にとても共感していました。

それで勝間和代さんの本を読めばよかったのですが、とりあえず無料のオフィシャルサポートメールを申し込んで購読し始めたと思います。それがいつだったかははっきりと思い出せないですが。

それで勝間塾というのを存在することを知るのですが、その目的が5年後に著者レベルにまで引き上げるというものだったので、あまり興味がわきませんでした。自分には関係ないと思ったのです。

それでも気にはなっていました。それまでは自己啓発に関する本を読んだこともありませんでしたし、そういう会合に行くこともありませんでした。

それでは、なぜ自己啓発に興味を持ったかと言うと、それは3-4年ほど前から船井総研の案内がくるようになり、非常に厳しい状況の機械工具業界のレベルアップのために各都道府県に1社だけ限定で会員を募集し、地域オンリーワンとなるべく活動をしているというような案内がきたからです。

船井総研の活動にはいまいち興味を持てなかったのですが、なにかやったほうがいいなあとは思いました。それに素手で船井総研で勉強した奴らに勝てるかなという思いもありました。

それから前の会社の社長がもう十年以上前からマッキンゼーのコンサルティングを受けていると
いうことも聞いていたので、自分の力だけではダメ、なにか勉強しなくてはと思い始めたからでもあります。

それで2014年の12月に決心して、まず入るなら勝間塾に入ろうと思い、切りが良い2015年1月に勝間塾に入塾したのです。

そして1月から3月まで毎月東京まで行き、月例会に参加しました。1月と3月には月例会のあとの2次会にも参加しました。そこで同じ塾生とも知り合い、徐々に勝間塾の勝手がわかり始め、コミュニティに投稿を始めたりしたわけです。

それで勝間塾には月例会以外にも塾生によるイベントがあるのですが、塾生のひとりで、国語教師のゆかさんという方が先生役をしてくれる大人向けの添削付書評講座が8月1日(土)午前に開かれることが案内されました。

イベント自体関東で開催されることが多いですし、僕自身も出張が多いので、なかなか参加したくでも参加できないことが多かったんですけど、その時はたまたま金曜日の夜に岩手から大阪に帰る途中でもあったので、土曜日の午前なら間に合うと思って、すぐにこのイベントに申込みしたんです。

本当にラッキーでした。
それで、もちろん書評講座ですから課題本があり、それについて書評を書き、イベント前にゆかさんに提出して添削してもらうんですよ。

それでその課題本が勝間和代さんの「やればできる」なんです。実は勝間さんの本はまだほとんど読んでいませんでした。最初の印象は「やればできる」・・・か!ってな感じでした。

そんな感じで、課題本がわかっとときは出張中だったので、とりあえずKindle本を買いました。そして出張中のホテルとかで読み始めたのでした。


勝間和代著 「やればできる」 書評

「やればできる」。
題名を読んで勝間さんもこんな当たり前のことを出版しなければ、
食べていけなくなったのか。そろそろネタが切れてきたのか。
ってそんな声が聞こえてきそうなタイトルです。

しかしこの本を読んで、タイトルのもつぼくの印象は180度変わることとなりました。この本は勝間さんの今までの経験、そしてそれによって得たことをとにかく多くの人に伝えたい。そんな思いが詰まった本です。

そしてこの本に書かれていることはとても本質をついており、今の日本に欠けているもの、そして今の日本でやってはいけないことが書かれた非常に優れた啓蒙本であり、この本によって勝間さんに対するぼくの評価が単なる評論家、仕事ができる人、頭の回転が速い人から、本当に尊敬すべき第一人者に最大限格上げされることとなりました。

さらに、この本に書かれている内容について、是非、多くの人に知っていただくため、そして勝間さんの考えていることを多くの人に広めるために、勝間さんまたは勝間さんの教えを広める宣教師になることをいとわないくらいぼく自身にインスピレーションと感動を与えることとなってしまったのです。

それではこの本がぼくにそこまで最高に評価される理由はなんでしょうか。
それについて、書いてみたいと思います。

この本が出版されたきっかけが香山リカさんの「しがみつかない生き方」にあります。
この本のなかで、香山さんは悪魔のささやきであるコンプレックスビジネスの存在を否定していません。

だれしもコンプレックスはありますから、それをなんとか解決するためのコンプレックスビジネスは必要悪なのかもしれません。しかし、その目的によって人々が精神的に病気になり、ひいては幸福を望みながらがんばりすぎて不幸になると書かれています。

ぼくは、これは読者をミスリーディングしているんじゃないかなと思います。
おそらくですよ、勝間さんも同じように考えているのではないかと思っています。

コンプレックスを解消するコンプレックスビジネスについては、勝間さんが常に否定しているように、努力をせずして簡単に良い結果がでることはありません。

短期間で結果を出そうとするため、努力をしても成功するかどうかは確率的にはとても小さい。反面、短期間に無理な努力を行うことによって病気になるなどデメリットもあります。

コンプレックスビジネスは、こうしたデメリットや副作用についての言及がほとんどされていないことが多い。しかも自分にとって弱みとなるコンプレックスであるから、たいていそれは苦手分野であることが多いです。

人にはそれぞれ違った能力、特長があり、それぞれの能力、特長を伸ばし活かしたほうが自然です。弱点であるコンプレックスを克服することを積極的に推奨するコンプレックスビジネスは
不自然な行為ではないでしょうか。

日本人ならだれでも弱点を克服するように教育させられてきていますから、弱点を克服する努力をする。あるいはそれを助けるサービスがあれば、積極的に活用してなんとか弱点を克服する。

そして克服したあかつきには「すごくがんばったね」と最大の賛辞がもらえる。そのように書くと美談になります。しかし、香山さんの本でちょっと違和感を感じるのは努力=病気の元としていることなんです。勝間さんならたぶん、そうではなくて、間違った努力=病気の元にすると思います。

香山さんは「しがみつかない生き方」の前提となる努力について、それをコンプレックスや弱点を克服するための努力と認識し、読者に対して努力することだけが人生ではないというような
ことを書かれていますが、それはちょっと勝間さん流に言うと違った見方になるのではないかなと思います。

また同時に香山さんは勝間さんがいかにも先天的に秀才で脳の構造が他人とは違うかのような印象を読者に与えているように思いますが、これについても本書「やればできる」のなかで勝間さんの経験と知識をフルに活用して読者に非常にわかりやすく説明されており、勝間さんがやってきたことはだれにでもできるということを証明していると思います。

本書で説明されて勝間さんの分析による
しなやか力
したたか力
へんか力
とんがり力
ですが、いままでこのような分析を行い、4つの力に単純化した例はほかにあったでしょうか。非常に優れた分析であり、多くの読者にとって非常にわかりやすい解説となっていると思います。

そしてこの根底に流れる思想は、努力とは改善であるということ。
そして改善を毎日、呼吸するのと同じように自然に行えるようになることが理想であるということ。
そのためには、呼吸をするのと同じように自然に、日々少しづつの努力、改善を行うとよいこと。

そして自分の強みを知り、それを与えられたギフトと思い、その強みの能力向上に努め、自分のもっている強みを持っていない人と協力すること。

そして常に時代の大きな流れの中で日々気づかない変化に敏感になり、自分自身をその変化に適応させること。

そして小さなコミュティでも良いので、そのコミュニティのなかで第一人者となること。こうした人には必ず協力者が現れ、周囲にも非常にいい影響を与えるということ。

もちろん、当事者にとっては、そうすることで自分の求めるものを引き寄せる力も発生し、より能力を大きく開花させることができるということである。

香山さんのばあい、コンプレックスビジネスによる弊害ともいうべき結果について、あたかも努力が悪いと言うかのようである。

これに対して勝間さんは努力は悪ではないが、短期間に集中してやる努力は長続きしないということ。そして結局は愚直に毎日少しの改善を行っていくことが重要であると説いています。

さらに勝間さんは努力の方法についても、間違った努力をしないこと、つまり自分の長所を見ずに短所ばかり注目することをやめ、長所をもっと伸ばすこと、もし長所がわからなければ、ストレングスファインダー等の自己分析テストを行い、自分の長所、能力を知ることを推奨しています。


そして自分ひとりではなく、仲間をつくり、仲間と一緒に行うことを説いています。これは悪魔のささやきであるコンプレックスビジネスから自分自身を守るためでもあります。

今の日本では、そこそこの結果で、そこそこの生活で、そこそこの幸せがあることで満足している人は多いと思います。これもコンプレックスビジネスによる大きな弊害であり、香山さんの著書のようにミスリーディングする本やマスコミ、教師による弊害ではないかと思います。

これを正しい方向に導くことが急がれるのは言うまでもありません。
日本は先進国でありながら、少子高齢化など多くの問題を抱えています。

また日本のホワイトカラーの生産性はOECD諸国のなかでも非常に低レベルであります。もし日本人が香山さんの推奨するそこそこでいいと言う生き方をしていけば、経済大国世界3位の今の日本もいずれ4位、5位、と低下して国力が落ちていくでしょう。

勝間さんが本書で説くように努力が悪いのではなく、努力の方法が悪いのであります。正しい努力をすれば、誰でも能力を高めることができ、ストレスもかからず、精神的に病むこともなく、そして多くの人を幸せにできるのだと思います。

そして日本人がみなそれぞれの知恵、能力を出し合って問題解決に挑めば、少子高齢化やホワイトカラーの低生産性などの問題は必ず解決できると思うのです。それこそが本書の大きな目的であるように感じます。

勝間さんは香山さんの著書「しがみつかない生き方」に答えるという形で、非常に短い時間のうちに、自分自身の経験と知識をより多くの読者に理解できるように4つの力に分析しました。

それは、非常に多忙な彼女が本書の執筆に多大な心血を注いだ結果だと思います。彼女がこの本の執筆に力を注いで、タイムリーに本が出版されたことによって読者がミスリーディングされることなく、正しい方向に導かれたと思います。そうした勝間さんは最高に評価されるべきだとぼくは思います。
やればできる―まわりの人と夢をかなえあう4つの力/勝間 和代

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