Live with Max. -64ページ目

Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

http://ameblo.jp/firewalking/entry-10557127123.html




↑このコンビニ店員。








いつも私の顔を見て挨拶もしてくれるようになっていたのだが、




最近みかけない。




やめたのか?






密かに気になっている。








で、思い出したのが、この店員の話を最初に書いた時、会員様から




『あの店員の話ってスゴイと思うんでけど、それって内海さんが疲れませんか?』




ということを聞かれたことだった。










接客マナーのなっていないムカつく店員にこっちから笑顔で言葉をかける。








まぁ、確かになんで私がそんな気を遣わせなくてはいけないのか?








でも、そのコンビニを利用しないことは、どうしても自分に不都合だったので




このストレスを自分が解決する方法をあれこれ考えていたわけです。












さて、冒頭の会員様からいただいた




『それって、疲れませんか?』




という質問の答えだが、それは人に気をつかうのだから、疲れることなのかも




知れない。










でも、だからと言って、そのお店に行くのやめて、別なコンビニに敢えて




行くようにしたり、毎回不機嫌な思いをしながら利用することの方が




その店員に振り回されていると思うんです。








つまり私は、そっちの方が疲れるんですね。
















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人に振り回される生き方の『勘違い』






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フリードリッヒ・ニーチェによれば




『愛せなくば、通り過ぎよ』




とのことだが、確かに相容れない相手に対して、エネルギーや関心を




奪われるのは、お互いが不幸になるのかも知れない。








だが、人間の感情はそう単純ではない。








嫌なことや、面白くないことがあると、それを態度に出し続けるような




行動に出てしまう人は少なく無い。








恥ずかしながら、20代半ばの私は、そういう人間の典型だったので




よく分かる。








相手が、自分が期待したような言動をとらなかったことを根に持ち




その相手に接する時だけ意識的に態度を変えて距離をおこうとする。










相手は私を不快にさせるつもりなどなかったので、態度の変化に




気付き、私にこう尋ねてくる。








『どうかした?なんかあった?』








私の答えは、沢尻エリカのように、とっつきにくい言葉を選ぶ。




『別に普通だけど』




敢えて語調は丁寧に、そして無表情に言うんですね。










今思うと、よくこんな無駄なことにエネルギーを費やしていられたなぁ、




と、自分のアホさにがっかりしてしまう。








しかもそういう態度の変化というのは、もって数日間だ。自分の心が疲弊する。








一体なんのために、そんなことをしていたのだか。




どれだけ、私は周囲に気を使わせる人間だったことか・・・・










自分は、面白く無いことがあったという理由で、態度を変化させて




距離をおいているつもりなのだが、結局それってその人に振り回されて




いることになっていると思うんです。










★感情的になり、小さな理由で自分自身を拘束していないか?










ということを考えられるようになっただけで、今の自分は昔に比べると




ちょっとだけ自由な人間になれたかなぁ、という気はしているんです。










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本当にそれが自分の望んでいる行動なのか?






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感情的に、嫌な人を避ける、言うことを聞かない。




それらをすることによって自分が望まない行動をとらされていないだろうか。








そんなことよりも、このストレスを少しでも和らげるには、




どんなことをすれば良いのか?








そう考えた方が、明らかに生き方の選択肢が増えますよね。








もし、あなたの周りに、こういう以前の私のような人がいたらどうすれば良いか?








態度がおかしい理由を本人に聞いたり、誰かに相談したり、




態度を改めさせようとするよりも、








【自分が相手にとって欲しい行動や態度で相手に接し続ける】




ことの方が建設的な場合が多い気がする。








気を遣うので、一時は疲れるかもしれないが、




悪感情によって意に反した行動をとったり、他人の気に入らないところを




グチグチと周囲に漏らしているよりは、よっぽど得な生き方なんではない




だろうかと私は思います。








自分の考え方を変えればそれで済む感情的な問題なら、




相手が悪い




あっちが間違っている




といったことを考えることの方が疲れる人が多いのではないでしょうか。







9月のはじめに iphone4を買いました。



iphoneを買ったのは、今回が初めてなのですが、あまりの楽しさに


まだ感動が冷めやらず、周囲にiphoneを勧めまくっています。




各社からiphoneに対抗するスマートフォンも発売されているが、


iphone4を脅かすにはまだまだ及ばないだろうという気がする。




ソフトバンクは電波が他社に比べて弱いとか、おさいふケータイ機能が


無いとか、いくつか弱点もあるのだが、これらを理由にスマートフォンを


選びをすると多分後悔すると思います。




スマートフォンの意義、そして各機種のクリエティブさを考えると


私はiphoneしか選択肢がなかった。





そんな訳で、iphoneに関することを色々調べていたら、


心が本当にワクワクするものを発見しました。




アップル社のCEO、スティーブ・ジョブスのスピーチです。


私は知らなかったが、かなり有名なスピーチらしく、ご覧になられた方も


多い方と思いますが、この人は『スゴイ!』の一言ですね。





この動画を見終わった時、情熱・熱意の塊が、雷のように


心に『ドーン』と入り込んできたような感覚でした。



↓2つの動画です。




http://www.youtube.com/watch?v=qQDBaTIjY3s


http://www.youtube.com/watch?v=ShoOOS2GrWU

先日、ニュース番組を見ていたら、蓮方議員のファッション撮影問題が


報道されていた。






議員活動の記録ということで、国会議事堂内で雑誌の撮影を許可を


とっていたらしいが、いざ雑誌を見ると、高級ブランド服に身をまとった


蓮方議員の姿と、その時着ていた服の値段が載っているだけ。




議員活動のことなど何もない。





議員活動の記録といいながら、結果的には国会議事堂という場を、


そんなことの目的に使用してしまったのだから当然お咎めを受けますよね。






蓮方議員が着ていた服は、その雑誌(VOGUE)側が持ち込んだ


ものですが、衣装の値段も相当なものだったんですね。




で、それを



『事業仕分けをしていた人が、一着100数十万の服をとっかえひっかえ


 着ているのはどうか?』




ということが問題になってました。






私が驚いたのは、蓮方議員がそんなことをしていたことよりも、


上記のようなやりとりが本会議で行われていたことでした。




蓮方議員は閣僚ですし、そういった行動は責められるでしょう。



でも、


『それ、本当に本会議で真剣に討論しなきゃいけないの?』


って感じでしたね。








さらに蓮方議員にその突っ込みを自信たっぷり入れていた片山議員も、


実は過去に同じことを自分がしていて、それを報道陣に指摘されると、





『私は仕分け担当じゃありませんから』





これはには唖然としました。









ところで、蓮方議員といえば、事業仕分けでスパコンについて



『世界一になる理由は何かあるんでしょうか?』


『2位じゃダメなんでしょうか?』



が、かなり話題になったのは、まだ記憶に新しい。




この発言で蓮方議員は、各方面から批判を受けてしまいました。


私も最初は、



『2位でいいと思うものを開発しても売れないだろ』


と思ったのですが、どうも腑に落ちない感じがしました。





それは開発事業側の態度です。



どんなことでも、本気で1位を目指している人の意思とか考え方というのは


これでもか!?と言うほど、明確なものだと思うんです。





本気で、本当に、真剣に、世界一位を目指しているのなら、


あそこで、蓮方議員が絶句するほどの、揺ぎ無い明確な返答があって

然るべきだったのではないだろうか・・・という気がしたのを覚えている。





だから蓮方議員も、決して



『別に2位や3位でもいいんなじゃないですか?』


という意味で質問したのではなく、






『本当に世界1位を獲る気なら、予算が必要な理由をもっときちんと説明しろ』




ということを言いたかったのかも知れない。








本気で1位を目指してないんだったら、数百億円という予算を与える


必要性には疑問も残るだろう。






この発言をメディアが一方的な方向に捉えて報道したことによって


蓮方議員はバッシングを受け、多くの人もその通りに感じてしまったと

思います。





でも、あの時の光景を思い返すと、蓮方議員のことよりも、開発側の

態度の方がなんか物足りなかったなぁという気がした方も多かった


のではないでしょうか。



個人的な意見で申し訳ないが、本気で『世界一位』目指してる人の


雰囲気はなかったように感じた。






たまには、レスミルズのことでもネタにしてみます。



イントラにとっても実は、新曲レッスンを受ける楽しみはあります。



新曲の研修をリリース毎に受けにいくのですが、会員様と同じで


今回はどんな曲かなぁ・・・・


トレーナーはどんなパフォーマンスをしてくれるんだろう・・・・



という期待感があります。




しかし最近、研修前にある程度、曲やコリオを頭に入れてから


受講するということをしていました。




それまでは、まっさらな、何も知らない状態で受けていましたから、


やっぱり何か新鮮さが無いんですね。




研修会場のスタジオに入った瞬間に新曲が流れているんですが、


以前だったら、



『これは、何曲目だろう?』とか考えながら、曲に聞き入ったり、


コリオシートを直ぐに開いて、食い入るように読み込んだりするんですが。




ここ数回の研修では、普通に澄ました顔して準備をしている自分に


気付きました。




★新曲の楽しみや、ドキドキ感が薄れている。



明らかにそこが違うんですね。



他のメンバーはどうなのかな?



まぁ、もしかしたら、今回私は、もともと新曲発表会に参加する予定が


なかった状態での受講だったので、そう感じただけかも知れない。




もし、そうでなかったら、そんな一歩引いた考え方も出来なかっただろう。


普段は、新曲発表会に向けての確認や練習で頭が一杯のはずだ。




だからある意味、インストラクターも『レスミルズマニア』と言うことが


出来るんじゃないでしょうか。



で、今回新曲発表会から遠ざかって感じたことは、やっぱり自分はマニア


ではなく『レスミルズファン』として、新曲を味わいたいなぁということです。




研修が終わったら、どうせひたすら練習の日々が待っているんだから


研修の時くらい、新曲のワクワク・期待感を楽しみたいなぁという気がしました。




やっぱりまっさらな状態の時の方が楽しいんですよね。


研修後の帰りに車で、皆で感想言い合ったりして。




今度、レスミルズジャパンに東北でのワークションプもうちょい早くならんか


お願いしてみようかな・・・





















※人生をコントロールする戦略について、興味のある方は、是非最後まで


読み進めて下さい。




格闘技好きの方なら、このタイトルを見ただけで、


すぐにヒクソン・グレイシーを思い出すでしょう。




ヒクソンの強さは別として、そのマインドの在り方というものが私は好きでした。




その精神的境地に憧れ、以前は格闘技系の雑誌にヒクソンのコメントや


インタビューが出るたびに購入し、それを日課のように何度も何度も読み


返していたくらいです。私のバイブルでしたね。




そのヒクソンが書籍を出版した。



タイトルは 『無敗の法則』




格闘家としてのヒクソンの背景にはどのような考え方があり、いかなる原動力が


働いていたのか。そして闘うことをやめた理由が明かされている。




最近、読みたくて買っていた本が溜っているが、これは優先順位が上だ。





出版に際してのインタビュー記事を読んだのだが、心に残ったのが




★現実を受け入れ、それに対処する



というヒクソンの姿勢だった。




実は現役として結果的に最後の一戦となった試合の後に、


巨額のファイトマネーが絡んだオファーがあった。




しかし、それは自分の息子が亡くなって3週間後に舞い込んだものだった。





試合は8カ月後。


『最高の条件提示、最高の相手であり、その試合が実現すれば格闘家人生


においても最高の一戦になっていただろう。』



ヒクソンはそう振り返っている。





その一戦での勝利を、亡くなった息子に捧げようと思えば、さらなるモチベー


ションで、自分の強さも更に高めることが出来ただろう。




しかし、ヒクソンはそのオファーを断ってしまった。


息子が亡くなって3週間ということもあり、家族と一緒に立ち直ることを優先した。




後に、ヒクソンは『私は、またと無い機会を逃した』と言っている。



それもそのはず。


その後、自分に相応しい試合を待っている間、月日は流れ、結局良いオファーは


ないまま、彼の黄金時代は去った。もう闘うことは無かった。




『巨額なファイトマネーが得られたであろう、最後の大きなチャンスを逃した。』


『その試合が、人生を大きく変えていたかも知れない』



こう振り返っている。



しかし、ヒクソンはその息子の死という不運や、自分の判断と


その結果についてを嘆いたり、後悔しているわけではなかった。




普通なら、


『あの時に、どうしてあんな不運なことが起こってしまったんだろうね』


『試合は8カ月後とはいえ、そのタイミングでオファーが来るなんてね・・・』



そう思いませんか?



これはもっともな感情だし、事実でもあっただろう。



でも、ヒクソンは、そんなことを考えても今の自分の問題は何も解消しない


ということを心得ていた。




その時のヒクソンは、こう決心していた。


『現実を受け入れ、計画を立て直し、新しい自分に生まれ変わって、


新たな人生を歩む』




この言葉も、私の心には、音を立てて響くかと思うほど重く感じた。




言葉で見聞きすると『確かにそうだよな』と思えるし、現実を受け入れる


というのは『そうしなきゃいけないだろう』と簡単に考えることも出来る。





しかし、他人や環境を責めるのが人の本質だ。


この問題には気付いているようで気付いていなことが多い。




悪い事態を招いたのが自分のせいではない理屈や弁解なら、


例え極端だと分っているものでも利用したい。




これは人の基本的防衛反応ではないだろうか。




他人が正しくないことをしたために、


自分が重荷を背負ったり、嫌な思いをする。




自分の意思とは無関係に、降りかかってきた、


不運としか言いようのない出来事が起こる。



そんな時、こんな言葉が口をつくだろう。


あるいは考えるだろう。



『何で自分がこんな不当な目に合わなきゃいけなんだ?』


『どうしてあの人は、私の言っていることが分からないんだ?』


『あの時、ああいうことが無ければ上手くいっていたいのに』


『私はこうしようと思っていたが、●●のために出来なかった』




不当で、不運で、不可抗力であったならば、これらの言葉は絶対に正しい。


私もあなたも間違ってはいない。





しかし、それでも責任は自分にある。それを認められますか?


これを認めない限り、現実を受け入れたことにはならない。




何故なら、

自分は正しかった、何も悪いことはしていない。不可抗力だった。


それが事実だとしても、次のことだけは絶対に変わらない現実だからだ。




・その問題を抱えているのは他の誰でもなく自分だ


・その感情を作り出しているは自分だ


・そしてそれにどう対処をするのかを選択するのも自分だ





他人や環境のせいにするのをやめて、


全ての責任が自分にあることを認めるということだ。



どんなに理不尽なことであっても、自分の人生をコトロールしたいと


思うのなら、この考え方から逃れる術は無い。




犠牲者を演じていても、問題がひとりでに解決することはない。




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★自分が正しいかどうかではなく、物事がそれでうまくいくのかどうか?

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そういった、【自分自身との対話を大切にする】ということ、


そういう姿勢を私はヒクソンから学んだような気がする。





これは人生をコントロール出来る【法則】といってもいいような


気がした。




この考えに共感を頂ける方、


今よりも自分の人生をコントロールする戦略を知りたい方、


もし、あなたがその1人であるなら、是非ともお勧めしたい1冊だ。


ヒクソン・グレイシー 無敗の法則/ヒクソン・グレイシー
¥1,680
Amazon.co.jp

目の前の現実は同じでも、戦略なら変えられる


~ ヒクソン・グレイシー ~

コココッコさんから、前回のブログにコメントをいただいておりました。



ありがとうございます。周囲からそのようなお言葉をいただけることは


本当にモチベーションアップに繋がります。



そういう言葉をトレーニング中に限界を感じたところで思い出すと、


『このセットが終わったところで、もうぶっ倒れても構わない!」


というくらいの気持ちにすらなるんですよ!本当です。



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先日、犬の散歩をしていたら、信号の前で停止したとたん


突然エンストした車を見かけました。



すぐに、『あぁ、これがアイドリングストップシステムの車かぁ』と気付いたのですが、


それにしても驚いたのは、発進時のスムーズさです。




モーターで静かに「キーン」という感じで音を立てずに、しかし力強く加速していくのが


印象的でした。




ところで・・・・



おそらくずっと前から議論されていることだとは感じるのですが、


ハイブリッドカーは果たして本当にエコなのかどうだか?




実はそうでもないらしい。




走行時の排出CO2ばかりが私達には情報としてインプットされますが、


車の製造時に排出されるCO2やエネルギー消費量というのは意外に


デカイんです。




車の寿命を考えると、走行によって排出される総CO2の約4分の1くらいが、


車体製造時に排出されるCO2量だそうです。




さらにハイブリッドの場合、燃料電池の寿命があり定期的に交換が必要ですが、


この電池の製造や、廃棄にも多大な環境負荷が同じように発生します。


※リサイクルもあります。




燃料電池を製造元では、「これでエコカーなどとはとても言えない」という声すら


あるらしいです。



ハイブリッドカーというのはイメージのエコのようです。




税制優遇制度も終わっていますので、今後は今までのようには販売が伸びるか


どうかも疑問です。別路線の車の開発にメーカーは必死なのではないでしょうか。




★本当のエコカーとは?



それは、中古車を買う、あるいは1つの車を乗り潰すことだと私は思います。




エコカー購入への補助金や税制優遇よりも、中古車購入や走行距離に応じて


何らかのメリットがあったらどうだろうか?




例えば10万kmくらい走って、次の車検はどうしようか?と迷うのなら、


走行距離10万km以上の場合、補助金が出るとか。




新車購入は予算的に厳しいけど、この古い車にまた10万の車検費用かけるくらいなら・・・・


という人にとってはありがたい話ではないだろうか。




まぁ、ともかくエコカーだろうが、なんだろうが新車を買えば、環境に負担がかかる。


そういうことです。中古車こそ真のエコカーではないでしょうか。




と、ここまで書いておいてなんですが。


地球温暖化って、実は大した問題じゃないんですよね。


南極の氷は溶けませんし、モルディブも沈みません。




じゃ、なんで先進国が世界的な会議まで開いて、

CO2排出量削減などと掲げているのか?



政治的な問題があるのと、真実を知らない政治家が多いのと・・・・




その証拠に、温暖化を気にするなら、CO2なんかより


もっと憂慮しなくてはいけないことがあるのに、


それについてはまず表には出てこない。




とにかくCO2を減らせ!一辺倒だ。どう考えてもおかしい。


ここまで全世界を振り回して良いのだろうか・・・・



長くなったので、これについては、また機会があったらブログでお伝えします。







3枚だけですが。






↓コンテスト2日前(水抜き直前です)




photo:01







↓右にいるのは2位の堤さん(北海道)。

 ステージ裏で結構お話しをしたのですが、気さくで、とても話やすい方でした。

 

 胸の厚みは、状態の開き方が違うので分かりづらいですが、腕と肩のインパクトでは

 完全に負けています(汗)。下半身ではいい勝負かなと思います。



photo:02





↓背中の立体感と脊柱起立筋では私が勝っているように見えます。


 


photo:03






↓大会を運営された湧島理事長のブログ









1.右有痛性分裂膝蓋骨


2.左中殿筋腱炎



先週の金曜日、お医者様から下された診断名だ。



日常生活においては、痛みはさほど感じません。上り下りやしゃがむ


時に少し気を遣うくらいだ。


コンバットとパンプも、『ちょっと痛いなぁ』という程度で支障は無かった


のですが、高重量を扱う脚のトレーニングでは、特にスクワットで激痛が走り、


実は、数ヶ月前から本来扱える重量より50kgも軽い重量で行うのがやっと


という状態でした。




ケガの話しをブログに書こうと思ったのは、上記1の有痛性分裂膝蓋骨は、


皆さんにも潜んでいるかも知れないケガですので是非知っておいて


もらいたかったからです。


特に小・中学で激しい運動をしていた人で、男性に多いそうです。




これは膝のお皿が文字通り2つ以上に分裂してしまう症状です。


一番多いのは皿の外側上の部分の分裂だそうです(私もこれです)。




成長期に激しいスポーツをすることによって、皿が割れると考えられているらしい。



割れても大半は無症状で、痛みも伴いません。ですから、膝の皿の形が


左右で違ってたりしていないかは見た目で確認しておいた方が良いです。


なぜかというと、無症状であっても、その後何らかの強いストレスが加わると、


痛みを発することがあるからです。




実は今年の春に、コンバットでジャンピングニーをした時にズキっ!と来てから


痛むようになったのですが、その後44の2曲目で登場するディコイターンの


連続で更に痛みが増し、そこからおかしくなっていった。





左右の膝の形が違うけど、今は痛みは無いという人はご注意下さい。




私もてっきり、痛めてから『右の膝が変形している!』と思ったのですが、


医者からは『これ小学校の時から、こういう形だったと思いますよ』と


言われました。



今の状態でも運動は続けて問題ないが、痛みをとるには運動を


中止する必要があるとのことでした(当然ですね・・・)。




確かにレッスンでは、跳んでも、着地で膝を柔らかく使うと、あまり痛みを伴わない


のですが、今のままでは脚のトレーニングが全く出来ないので、さすがに観念して、


脚のトレーニングとレッスンを休むことにしました。




2~3週間で痛みは引くそうだが、運動中に再発することもあり、それを


繰り返すようだと、手術も考えなくてはいけないらしいです。



コンバットやボディステップなど、ハイインパクトな動きのプログラムを


中心に行っている方は、自分の皿を一度じっくり観察してみるのが


良さそうです。






ところで、話しは変わりますが、木曜の更新で、コンテストの画像をいくつか


アップしたいと思います。



『見たい』というご要望を下さった方には、『では、月曜日に 』とお返事していた


のですが遅くなり申し訳ございません。



少々お待ち下さいませ。










私にとっての今年のコンテストシーズンは終わったわけだが、


早速、来年の目標とそのためにすべきことのリストを書き出して


自宅の冷蔵庫に貼り付けてみた。




その時に、ふと自分の『ある変化』に気付いた。




競技を行う、または続けること自体がプライオリティとなることも


ありますが、順位や得点、タイトル、勝ち負けなどといった成績にも


拘り、その競技で高みを目指すには、ただ続けているだけではダメ


ですよね。




他人と競い、勝たなくてはいけないのですから、そのための準備が


どれだけ出来ているかという要素も重要になります。





勝ち負けに拘るのなら、当然それをやり抜くための覚悟のが必要だ。




真剣勝負だという気構え無しで挑み、負けて悔しがるのは


本当の悔しさではない気がするんです。





今思うと、今よりももっと時間が無い状況でも強い意志を持って


やるべきことを徹底していた時期があった。




4年前、仕事がとてつもなくハードな時期があったのですが、休日は殆どなく、


睡眠時間は3~4時間程度という生活が半年ほど続いていた。



それでも、トレーニングだけは欠かさず計画通りに全てこなしていました。




食事も、睡眠もままならない状況で、そんなことをしているわけですから


当然カラダの発達なんかあったもんじゃありません。



だけど、そんなことは十分承知の上でそんな生活を送っていた。


そんな環境でも、トレーニングが出来ている自分に満足はしていたんです。





今の自分はどうだろうか・・・・と考えると、



『今出来ることはやり抜いた』と、まるで自分に言い聞かせているだけじゃないか?


と感じ始めてきた。



心理的限界を高める努力をしなければ、来年の目標は達成出来ない。




そのためには、まずは仕事への集中力をもっと高めること、そしてトレーニングと


栄養摂取なども同じくらい徹底することが必要だ。忙しさを言い訳にしないためには


日常を支える仕事に対する集中力が最も大切だというのが私の考えです。





★覚悟という鞭を持つこと



4年前の自分と比べると『覚悟』というものが欠けていたのでは・・・・


効率を求めつつも、一度自分に課したことは何が何でもやり抜く。



この気持ちがなければ、心理的限界は高められない。



1位の選手の仕上がり具合を思い出すと、気迫と己への厳しさが伝わってくる


くらいで、私など赤子同然で飲み込まれるようだった。




肉体に磨きをかけ、さらに上を目指すにために、今一番私に必要なのは


この気持ちだと考えさせられた。本当に出場してよかったです。





2010年 東北・北海道ボディビル選手権


結果:第3位




1位の選手は上腕と三角筋前部のインパクトが羨ましいくらいらいでした。



脚は他の下位の選手よりも細いくらいなのに、『見せ方が上手で全然印象が変わる』


とかなり近い距離で見ていた人が言っていたのが聞こえた。




2位の選手はラインナップでは、文句なしに一番目立っていたと思います。


仕上がりは若干甘く見えましたが、上半身のアウトラインとバルクでは、


明らかにずば抜けていた。




私はというと、まず腕が細かった。


上位2名の選手と比べると、『ごぼう』のような腕だ(汗)



前回のコンテストに比べると、カラダが一回り小さい状態だったが、


私が気にしていた脚のサイズよりも、特にフロントポーズでの上腕の


弱さで差がついたのでは、とのお声を、コンテスト後に複数の人から


言われました。






終了後、ステージから控室に戻るまでに審査員の方や、会場の係の方から、


たくさん声を掛けていただけて、とても嬉しかった。




身に余るお褒めの言葉や、ここにちょっと書けない裏話的なことまで・・・





しかし、私がどうこうというよりも、今回のコンテストを運営して下さった北海道の


皆様には本当に感謝です。





相当大きなエネルギーを消費されてきたことと思います。




進行に若干ハラハラする場面はありましたが、あれだけたくさんの観客が入って


下さったことは、選手として本当に嬉しいことの1つです。




湧島理事長のジムのブログをずっと前から読んでいたのですが、準備段階から


本当に大変な努力をされ続けてきたのが伝わってきて、この大会に参加出来た


ことが何よりも大きな喜びでした。




是非、北海道での全国規模の大会も行っていただけたらなぁと思いました。





結果に関しては残念でしたが、自分のしてきたことに悔いはなく、また新たな


モチベーションが強烈に沸きあがるのを感じました。




来年の目標


・コンテスト時のサイズを取り戻すこと。


・弱点と指摘された上腕のバルクを増すこと。



他にも色々あるが、まずは周囲から指摘されたことから、素直に受け止めて


改善していきたい。