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Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 札幌暮らし13日目。今日は遂に観念して職場の近くにあるタカキューへコートを買いに出かけました。すると店の前にストーム・トルーパーがいた!(この記事書くために名前調べた)。

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 一緒に写真撮ってもらっていた若い男性二人組は、「ストーム・トルーパーと写真撮れて、もう思い残すことねーーっ!」って言ってました。やっぱりスターウォーズは凄いなぁ!中に入ってるの僕の元上司です。


 札幌暮らしといっても、先週一週間はなんやかんやで東京滞在。その間の大きな出来事の1つは加圧トレーニングの学会参加。そこで色んな方が発表をされていた。

 中には医師や大学の教授などもいらっしゃったのですが、そういった人達の発表を聞いていて確信した。ボディビルは医学の10年以上先を走っていると。

 ボディビルや、そこに関わるニュートリション業界では、とっくの昔に通り過ぎて既知の事実であることを、さもあまり知られていない有益情報であるかのような発表が目立った。
 具体的内容を言ってしまうと、特定されてしまうので控えますが。やっぱりボディビルは凄いなぁって、改めて思いました。


 そしてもう1つは2日間に渡る支配人会議。ここでは、一部に新将命先生のセミナーも加わった。質疑応答の時間で

『新先生はスポーツクラブに通っていたこともあるそうですが、良いと思うスポーツクラブについて教えて下さい』

という意味の質問がでた。


 その時の新先生の答えが『トレーナーの人が笑顔で接してくれることかなぁ』だった。質問者の意図としては、もっと突っ込んだ内容の答えを聞きたかったのだろうが、これは完全にお客様視点の答え。やっぱり、お客様にそう思ってもらえるような関係作りって大切だ。新先生は、そういうのが嬉しかったという。もう何十年も前のことなのに。

 もう1つ印象深かった話。新先生がセブンイレブンのお偉い様と対談した時に聞いた話の一部。店舗が良くなるも悪くなるも、店長の影響力が最も大きいという話。業績が良くない店舗でも、店長が変わるだけで良化するという。
 これは間違いなく事実だろう。そのことを改めて確認した。スポーツクラブでも支配人の店舗における影響力が一番大きいと思う。というか、もしそうでないと言うなら、寂しいではないか。


 セミナーと会議後、同僚と新宿駅近くの餃子居酒屋へ行った時のこと。その店はちょくちょく行くのだが、ここのアルバイトは僕が知る限り、みんな笑顔があって話しかけやすい。僕はそれが良いことだと思うので、わかい女性従業員にそのことを伝えたんですね。

 『ここはみんな笑顔で、話しかけやすい雰囲気で、それが好きなんだよね!』と僕。


 その後の、アルバイトさんの一言に僕も同僚も驚いた。『それは店長の影響だと思います!』と即答だった。

 笑顔が大事であり、店長の影響力こそが最も業績に影響を与えるという話を聞いた後に、こんな出来事があるなんて。


 スポーツクラブでも、スタッフに対する支配人の影響力は最も大きい。そしてそれはこの餃子居酒屋で僕が感じていたようにお客様まで届くということが分かった。新先生の話の直後にこんな体験するなんて!

 スタッフがよりたくさんのお客様に笑顔で接するために支配人ができることはなんだろうか?スタッフへ笑顔の重要性を説くことだろうか。
 いや、それは違う。新先生は「自責」の大切さについても話していた。そう、変わるのはまずは自分である。
 支配人、店長といった人が、スタッフに対して笑顔の大切さを語ることではない。スタッフに対するそのような視線を、お客様へと向けてみよう。

 支配人や店長が、自分の視線をスタッフではなくお客様へと向けた時、餃子居酒屋のアルバイトのようなことがきっと起こる。

 『ここの従業員は、みんな笑顔でとても話しやすいんですよね!』

 『それは店長の影響だと思います。』


 従業員がそんなことを即答するなんて、すげーーなぁ。


 それは店長とその他の従業員間だけの話じゃないな。僕はどうだろうか。支配人の皆さんや、店舗のスタッフと一緒に笑顔でお客様と良い関係を作りたいなぁ。


 美味しい餃子を食べながら、心からそう思えた。セミナー直後というタイミングでこんな体験をできたのだから、これは単なる偶然ではないなぁ。『この出来事から学びなさい』と、神様が教えてくれている。そんな気がしてならなかった。




 


 


 


 



 
 東京で人が密集しているとこのコンビニはレジの前にとにかく長い列ができる。秋田でいったら、どこか近所で花火大会でもやっているのか?というくらいの列だ。並んでいる人がジャマで商品を手にするのもやっとというときもある。

 先日もそんな状況で3分くらいは並び続けたときがあったのだが後ろにいる女子2名が仕事上の人間関係に関するような愚痴を大声でしゃべっていた。

 『ああいう人がいると、本当にやる気なくなるよね。人を振り回すのやめてほしい。あれ以来ぜんぜんテンション上がらないんだけど。。。』

とか、いった話をグタグタと話し続けている。話のネタとして同僚に愚痴っている程度だったかも知れないが、それが本当にストレスで仕事が楽しくなかったとしたら酷いよなーなんてことを考えながらレジの順番を待っていた。

 何が酷いって、自分が振り回されているのを他人のせいだと考えてしまうこと。そのままいくとずーっとイライラしたり悲しんだりしながら仕事を続けることになるだろうから。

 てなことを考えたときにふと思い出した話。2ヶ月くらい前のことだったろうか。仕事上の対人関係の悩みに関する相談の電話があった時のこと。

 水島さん(仮名)は20代の女性で、普段からとても明るく人を不快にさせるような言動をとるようなことはまずない。
 ところが、周囲から心外な事を言われことがちょくちょくあったようでかなり落ち込んでいる様子。しかも自分がそのような目に合っている理由もまったく分からないという。

『わたしのことを一緒に働いている仲間として認めてもらえていないのかなぁと思って、最近もう仕事に行くのが辛い時があるんですよ。』と水島さん。

『何の理由もなくそんなふうにされるってことはないから、なにかきっかけとか積み重なってきたことでもあったのかなぁ?』

『普通にわたしが、仕事のことで◯◯という提案をして、それをみんなでやっていきたいって言っただけでも、そのことに対してすごいバカにしたような感じで喧嘩腰に否定してきたりするんですよ。それに、わたしの人間性を否定するよなひどい言葉まで使ってきたりしてきて。。。その人達に話しかけることもできないんです。』

『なるほどー。何か原因があったにせよ、仕事上でそういう感情を態度や言葉に出すのは確かに良くないなぁ』

『わたしは店舗とお客様のために良いと思っていったのに、すごい酷い言い方で否定されるんですよ。お前に言っていることは**********だ!とか。』

『そうかぁ。水島さんはそれが皆に役立つと思って言ったんだよね。だったらそれでもいいんじゃないかな。しょうがないよ。』

『たしかにそうですよね。でも、ああいう言い方されると、もうなんだか仕事が辛くなってきて。』

『ちなみにその「人達」ってのは、何人いるの?水島さんにそういう態度をとるのは?』

『うーんと、3人です。』

『スタッフは全部で何名?』

『たぶん◯◯名くらいです。』

『そんだけ人数いるなかの、たった3名でしょ。水島さんに協力的な仲間はそれよりもっとたくさんいるんじゃないかな。』

『はい、他の人達は話をちゃんと聞いてくれて協力してくれるんですが。』

『そうだよね。水島さんはその3名に認めれたいの?何のために仕事をしているのかな?』

『そんなことはないですけど。。。』

『だよね。自分が良いと思ったことをしていて、それに協力してくれる仲間もちゃんといるんだから、職場でそんな態度をあらわにしているような人たちに認めてもらえなくてもいいんじゃないのかな。その3人に認めてもらうために働いているわけじゃないし、そもそも全ての人に好かれようとすること自体必要ないでしょ。』

『そうですね。たしかに。』

『皆によく思われようとしながら生きていたら、自分が良いと思ったこともできずに人の顔色うかがうだけの人生じゃん。』

『はい、そうだと思います、ありがとうございます!』と水島さん。

そして次の言葉を言った後に、水島さんの声はとても力強く明るくなっていた。

『酷い言われ方された時はさすがにショックかもしれないけど、でもそんな人間に自分が振り回されるのは絶対に拒否しようよ!できそう?』

『はい、できますっ!』


だいたいこんな感じのやりとりだった。


 実際、こういうことって誰でも何度か経験あるんじゃないだろうか。もちろん僕もある。水島さんの場合は不安感によるストレス、冒頭の後ろにならんでいた女子は相手に対するイライラのストレス。

 良いと思うことをしようとして、それを理解してくれたり協力してくれる仲間がいるのに、認めてくれない一部の人に気をとられて、その人にまでよく思われようとしたり、嫌われるわれるのを恐れていたら、いったい何のために、誰のための人生なのか?って話。

 そんな時に、勇気を持って自分が良いと思ったことをするのに役立つ言葉。

『自分が良いと信じたことをするのなら、嫌われる人には嫌われてもいいい。その人に好かれるために仕事をしているわけではない。その人に好かれるために生きているわけではない。』


 自分の人生を悔いなく生きる!と胸を張って言える自信はないが、自分が良いと信じたことくらいは他者に左右されずやり抜く。
 アドラー心理学を学んでから、僕はいつでもそう思えるようになった(できるようなったとまでは言い切れない笑)。
 それだけでなく、自分の言ったことや行動が、周囲から「え?」と思われるようなことを、以前に比べるとだいぶ気にしなくなった。むしろ「え?」って思われるくらいがいい。人と同じことを考え、人と同じ行動をしていても自分の価値は生まれないし、失敗や気まずい思いをすることも成功体験の1つだしね。

 ちょと、話がそれましたが、今日書いたことは、頻度は多くないにしろ、こういう経験ってこれからも必ずしていくだろう。10人いれば1人か2人は自分とは合わない人がいるのが当たり前だろう。なのにそこに振り回されてしまう。

 そのような悩みを持っている人に、アドラーは衝撃的な勇気を与えてくれる。『人を動かす』のデール・カーネギー、『7つの習慣』のコヴィー博士、『ライフ・ストラテジーズ』のフィリップ・マグロー。みな、アドラーに絶大な影響を受けた人物達であることはその著書を読めば明白だ。

 上記の著書はやさしい内容ではないが、アドラーは実にシンプルだ。『人の気持ちって難しいなぁ』そんなことを考えたことはありますか?アドラーを知ればそんな悩みはたちまち消えるでしょう。

 問題は、世の中や他者がどうであるかではなく、自分がどうであるか?そのことを理解した時、世界はシンプルな姿を取り戻す。人はみな、自分の主観から逃れることはできない。でも主観とは自分だけが変えることができるもの。そのことに気づいた時、すべてがシンプル化する。

 対人関係に悩ことが多くて、疲れてしまう人。すぐに感情的になってしまう人。そんな人へは特に興味を持っていただけたらと思います。

 ちょっくら腰を据えて考えたり、やることがあり秋田へ戻ってきていました。場所を変えると、接する人や見聞きすることも変わるので、色々と勉強になることばかりだなぁと感じるこの頃です。

 ところで自宅に戻ってきてちょっと嬉しかったのが庭。春になってから妻が突然、芝生を張り替えてきれいにしたいと言い出し、その時生えていたものをいったん全部掘り起こして土だけにする作業が始まった。

 芝生とスギナやらその他の雑草を掘り起こし、根っこから土をほろって草だけを捨てる作業はかなり面倒で労力と時間がかかったが、その時の状況がコレ。
↓奥の方が掘り起こして花壇をつくったところ。手前の方が古い芝。
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↓で、ぜーーーんぶ掘り起こしてまっさらに。
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このあと散々まよったのが、人工芝にしてしまうか、ちゃんと植えるか。
妻がネットで検索して情報を集めたり、ホームセンターへ実物を見にいったり。近所の家の庭をモモと散歩ついてでにのぞいてみたり。

迷いに迷って芝の苗を購入することに。
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↓少しずつ広がりはじめ。
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鮮やかな庭に蘇りました。出張でほぼ留守にしていたので、妻が一人で全部やったようなものだが。帰ってきたら、下の写真のような感じ。
芝刈り機も買ったよ(けっこうマジな顔で働いている)
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モモと孫も一緒に裸足で遊べる
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見事なビフォー、アフターでした。

 庭をみっともない状態にはできないので、いったん思い切って手をつけ始めたら、あとには退けない、やるしかなかったが無事完成。

 と思ったら、今度は妻が植えていたバラのツボミが、先日全部なくなってしまった。1日で虫に食われてしまったようで、大ショックを受けていた。

 今度は虫対策かな。そんな様子を見ながら思った。その繰り返しだなぁと。何かを成し遂げたと思った時、いつも新しい隙間が現れる。
 先のことなど考えていなくても、今できることを黙々と粛々とやり続けていれば、隙間は現れ、それを埋める努力をすれば成長し、そしてまた新たな隙間を見つける。

 きっと次のバラの季節には、素晴らしく咲いていることだろうな。

 バラがうまく育たないのは虫のせい?それとも環境のせい?そんなことを考えていてもどうにもならない。
 未来のどこかで?それを考えるのも悪くないが、今いる場所で自分に何ができるか?それを考えるだけ。それがバラを咲かせ、自分も輝ける最もシンプルな方法かな。

 様変わりした庭の、キレイな芝生を見ながらそんなことを考えていた。


 9月20日、秋田でのレッスンを最後に、レスミルズインストラクターとしての自分にピリオドを打ちました。

 理由は、もう既に3ヵ月間まともにレッスンをできていなかったことと、それが今後どのくらい続くのかはっきりと現時点では判断できないから。いるんだかいないんだか分からないような状態が長期間続き、目処が立たない状態であれば、いったん辞めるべきかなと。建前的にはそんな理由です。

 少し前までは、レッスンを担当し続けることは良いことだなぁと思っていました。振り返るとそれが可能な状態だったからそう判断していたのかも知れない。
 それが可能じゃないってことは、当然、他にやらなくてはいけないことがあるわけなんですね。簡単に言うとそれがレッスンをやめる目的です。これが本音。

 僕は数ヶ月前から、仕事がマルチタスク状態で手一杯なのをごまかしながらやっていることを認めるようになってきた。自分で積極的に仕事を増やし過ぎてしまったことが原因。
 自分のキャパや能力の問題があるにせよ、そんな状態で、良い仕事なんてできるわけがない。自分で「やる」と言って作った仕事だからギブアップしたくなくてズルズルときてしまった。これは完全に病気です。

 今後は「何をしないか?辞めるべきか?」にも拘っていこう。本気でそう身に染みたことは良い経験だったかも知れない。
ここで、「またやれる機会はあるかも知れないから、引退じゃなくてお休みってことにしとこう」ってことも可能だけど、それじゃ全然拘っているとは言えない。現実的に可能だとしても、そういう姿勢が、必ず目に見えないところで結果にかかわってくる。

 レッスンをやめるというのは、僕にとって大きなことではあるけど、何もそういうことだけではない。普段からしている小さなことについても同じことが言える。

 映画やテレビを見てはいけない、趣味レベルの雑誌を読んではいけない、現状に即直結しない勉強や読書もしてはいけない、新聞も読んではいけない。そんなことはやめよう。

 大げさだとか、それは極端だとか、そんな声が聞こえてきそうだが、誤解を恐れず主張します。起業しようとか、今のビジネスで成功しようと思うなら、そのくらいの姿勢で良いと僕は思った。
 
 映画やテレビを見ること、趣味レベルの情報を集めていること、読書も勉強も新聞を読むことも。はっきり言ってそんなことは誰でもしていることですよね。
 それが成功に「今」直結することなのかどうかを見極めている。これが成功している人とそうでない人の違いではないだろうか?他の人と違うことをやっているから成功しているはずじゃないですか。

簡単な例でいうと、以下のようなこと。

①社内で、『○○のことならあなたが一番詳しい、任せられる』と思われるための知識やスキルといった能力があるか?

②顧客から、『○○のことなら御社に相談するのが一番だと思って』と相談されるためのノウハウや実績があるか?

③そのような信用を得られる人格や会社の対応があるか?

 1ヵ月で本を10冊読んでも、仕事以外で夢中になれることも大切できたとして、①~③のようにお客様や会社のために「今」貢献できているか?それができてなかったら何のためだろう?いつか役立つから?誰のために?それとも本やメルマガにそう書かれているから?

 そういうことが成功に必要だと思っているうちは、次のステージは遠い。僕は先ほど書いたような失敗を通して、ようやくその意味に気付いた。少なくとも起業して成功するタイプではない。
 ①~③のようなことに直結することは、成功のためという視点でみれば、実は平凡なことですよね。当たり前。
 でも、そこで突出した結果を出すことは、その他大勢の人とは取組方のレベルが異なる。だから大勢の人がしているようなことを自分がやっていてはいけないという意味です。


 阪急電鉄や宝塚歌劇団をはじめとする、阪急東宝グループを成功へと導いた創業者である小林一三氏のこんな言葉がある。


「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ」


 他の事ではなく、まずは今できること、与えられたことにとことん集中しなさい。自分が直接影響を与えられることが、どんなに小さく狭い範囲であろうと、そこを一生懸命照らすことができる人が次のステージに進む。

 アドラー心理学的に考えると、そもそも新たなステージなんてものは存在しない。そのために「今」があるわけではない。今という時間は「今できることをするため」にある。未来は「今」の積み重ねでしかないのだから。「今、ここ」がすでにもう本番なのである。表現は違えど、小林氏の言葉とも一致するではないか。


 自分が最も大きな影響力を発揮できることは、どんなことか?背伸びせずにそのことに集中してみよう。それ以外のことは勇気を持ってやめよう。それによって、今まで気づかなかった隙間があることにも気づけるはず。

 新しいことをする前に、まずはその隙間を埋めるために「何をしないか?何をやめるか?」に拘ってみたい。
 
 ラストレッスンが終わってから、改めてそんなことを考えた。この姿勢でいこうと。
Simplog


 昨日まで、ほとんど仕事だったが、2日半ほど秋田へ帰省してきた。今回は我が家の愛犬モモちゃんと触れ合うことも大事な目的。

 実は、お盆休みで帰省してから東京に戻ったあと、モモの体調や様子が急におかしくなって大変だった。

 何もないのにクーンクーン泣き続けたり、穴掘りの動作を繰り返したり、下痢が続いてしまったりして、妻が病院へ連れていくという事態が発生。

 先生いわく、僕が久々に帰ってきたと思ったらまたすぐいなくなって戻らなくなり、『ご主人に見捨てられた、裏切られたと思っている。』とのこと。
 僕が盆休みで自宅にいた時は、別にあまえてくる様子もなく、自分の部屋で仕事をしていても、モモは玄関で寝ていたりと、どちらかというと離れていたんですね。しかし、その時から泣いたり、穴掘り動作は行っていたので『どうしたのだろう?』とは思っていた。
 それについても先生いわく、『本当はあまえたいんだけど、またご主人がいなくなってしまった時に寂しくなったり傷つくのを避けたいから』だとのこと。

 本当だろうか?そう考えてもみたが、一緒に暮らしていると犬にそういう感情があるということは十分すぎるほど理解できるし、それ以外にモモの体調や様子が急変した原因も見当たらない。

 今回の帰省では、できるだけモモに話しかけ、東京へ戻る時には玄関で、『また戻ってくるからね、仕事だよ。見捨てたりなんかしないからね。』と何度も繰り返しながらハグをしてきた。
 
 それにしても、なんて人間っぽいんだろう。いや、人間とまったく同じじゃないか。自分が嫌な思いをするのを避けるという目的があり、それにそった行動を取る。

 でも、犬は純粋だ。裏表はない。そこが人とは違うかな。人は自分が何かを避けたいと思い行動している時、その目的に合う理由を探したりこしらえ、それらを逆転させる。
 
『○○のせいで、自分はそれをしたくてもできない。』と。ただ単に自分がやりたくないことや、ありたくない状態を避けるために、それをしないための都合のよい理由を必要とする。それで自分を守れるから。
 
 例えば、誰か好きな人に告白をしたくてもできないというような場合、ふられるのは怖いし、勇気がいる。だから告白しない。というふうにはなりにくい。

『あの人は○○だから自分のことはタイプではないだろう』
『自分には○○というところがあるから、あの人は自分を好きにはなってくれない(もしくは付き合ったとしてもうまくいかない)。』

 そう考えれば、告白を先延ばしにすることもできるし、フラれたとしても傷を浅くしたり、体面を立てるのにも少し役立つ。

 恋愛の話を例にあげたが、仕事・対人関係でも、常に同じようなことが起こっているのではないだろうか。やりたい、あるいはやらなければならないと分かっているのに、その努力や困難を避けるためにそれに見合った理由を引っ張り出したり、こしらえたり、他者や環境を批判したり。
 
 でも、むしろそっちの方が苦しい生き方なのではないだろうか。何か思うようにいかない時に、自分を変えることができなかったり、被害者を演じ続けるだけになってしまう。

 モモは僕に甘えないというのを、”何か”のせいにはしなかった。自分でそうるすのが良いと思い、ただそれだけを判断基準にその行動を続けただけだろう。
 そこから何か気づかされることはないだろうか。東京へと移動しながら、そんなことを考えていた。ありがとね、モモちゃん。
 
 
Simplog
 昨夜、帰宅しようとしたら、閉館後のトレーニングを終えた若い男子社員清水くん(仮名)が話しかけてくる。

『内海さん、もう帰るんですか?』

『うん、そうだよ。』

『コンバットやってくれませんか?』

『え?今からっ?』

 時間も遅いし完全に帰る体制だったので、思わずそう返してしまったが、そうか~トレーニングやった上にさらにコンバットもやりたいのか?ぜいたくだなーー!その姿勢が好きだ。

『よし!やるか!清水。』

 スタジオに参加はしていたけど自分がレッスンを行うなんて。準備は何もしていないが、とりあえずiPhoneに曲は入っている。できんのか???もう勢いだ、やってやる。フィットネスですから!

 残っていた男子社員の菅野くん(仮名)と女子スタッフ1名を巻き込み、お客様3名のレッスンをしっかり前説付きで30分ほど真剣に行った。

 心拍数はあがり、僕も汗だらだら。巻きぞい男子社員の菅野くんも、僕と同じく帰ろうとしていて、参加を躊躇していた。
 しかし、他のメンバーからの「ふーん、帰っちゃうんだぁ」という雰囲気に降参し、『分かりましたよ!やるに決まっているじゃないですかっ!』と無理やり参加w

 レッスン中、一番死にそうな顔をしながらも終わった後は、「やるまでが、なんか大変なんけど、やりきった後のこの感覚が気持ちいいですねー!」と笑顔で話す。

「だろ、それってやらなきゃわからないでしょ、だから実践が大事なんだよ。自分が良いと信じている以上の価値をお客様に伝えることはできないからね。」と僕。

 頭で理解していることと、体験することとは違うから。実践しなきゃその価値を知ることはできないなぁ。色んな変化が起こるけど、ここは変わらないと思う。

 フィットネス業界も、変化は激しい。10年前、カーブスが国内伸び率№1になると予測できた人がいただろうか?「自分たちとは違う。競合にはならない。」と誰も追従しなかった結果、10年前約300店舗だったのが、今は約1500店舗。日本中カーブスだらけだ。

 最近だと、ほぼ無人化で小型の24時間営業のチェーン展開がいつの間にか広がっている。先日、とある関係者と話したが、良い物件があればすぐに出店が決定されるらしく、対応も大変だとか。

 どちらもアメリカから来ている流れだが、今後どうなるか?

 これからも激しい変化は続くだろうから、それに適応することや、新しいことに思い切って挑戦していかなければ生き残れない。それは多くの業種に当てはまることだろうけど。

 でもですね、やっぱりそれだけじゃなくて、その前の話の「価値を信じる」ということ。そのためには自ら実践が必要だということ。そこが根底でなくちゃ寂しい。そこはフィットネスならではだ。
 帰ろうとして、乗り気でなかった菅野くんのレッスン後の感想。その時の会話で改めてそんなことを強く考えた。頭では良いと分かっていても、やってみなければそれを信じ続けることはできない。

 変化に対応する、価値を信じる、そのために実践する。絞りに絞るとすればこの3つだろうか。

 実践に関しては、今の自分はなんとなーくトレーニングやスタジオ参加を続けられているだけで幸せだなぁなんて思っていた。それはそれで良いことだけど。個人的にはまた真剣に厳しくやっていきたいなぁ、突然そんな気持ちが沸いてきた。
 今の自分にたどり着くためにそれをやってきたわけじゃないけど。それを積み重ねてきたことは、本当に大きかった。その価値をさらに高めたい。

『コンバットやってくれませんか?』

断わらなくて良かったな。やっぱりフィットネスは最高です!





 少し前に書いたドラッカー先生の言葉を引用したブログに対して『内海さんって、ドラッカーを凄い勉強されているんですか?』というご質問をいただきました。

いいえ、とてもとても「してる」とは言えません。(笑)

 もちろん読んだことはあるけど、リーダーシップの内容を書いていた時に、確かドラッカー先生がこんなことを言っていたような・・・と思いだしネットで検索して確認して引用しただけです。

 自分の考えを『わたしはこう思う』と書くだけならいいのですが、いちいち『○○というのはダメ』『それではいけない』『○○であるべき』といったことも書くのって、自分はその気はなくても、第三者的にみればエゴじゃないですか。うさ晴らし?みたいな。
 でもそれなりに周囲や社会、業界から認められているような、実績のある人であれば別ですよね。

 だからそういうことを書きたいのであれば、そのような人達の言葉を引用してくる方が読んでいる人も受け入れやすいかなと。ビジネス書や自己啓発本なんて、そういうのがほとんどでてくるじゃないですか。

 なのであのブログでは、ドラッカー先生を引用したかったのですが、今読み返すと、文章以上にドラッカー先生という名前がでまくりだなぁ。ちょとやりすぎたかなと。

 ところでドラッカーと聞くと、なんだかとっても難しそうな気がするし、どうやって実践したらいいだろう?って気持ちに最初はなってしまうかも知れません。僕はそうでした。

 当時は有名だから、とりあえず目は通しておかなくてはいけない、ぐらいの気持ちで「経営の哲学」に手をだしもんだからまぁ無理もない。
 そんな僕だったんですが、しばらく後になってから、いつも読んでいるメルマガで紹介されていた「ドラッカーマネジメント力養成講座」というオンライン動画というのに興味を持った。

 その理由はこの動画セミナー講師が、日本のドラッカー伝道師と言われているが藤屋伸二さんだったことと、「日本一わかりやすい」といううたい文句で、僕みたいなドラッカー初心者でも、気軽に申し込める内容なのかなぁと思ったからです。
 動画の時間が90分というのがまたいい。短時間だから、入門的な内容なのかなぁと思っていましたが、これを観たら過去に読んだ本の内容がメチャメチャ腹に落ちて、分かりやすかった。

 既に勉強されている人だけでなく、まだドラッカー未経験の人でもこれを観たらきっと本を買いたくなると思います。

勉強されているんですかぁ?と聞かれて思いだしので、ご興味のあるかたは、こちらからどうぞ。
↓↓↓↓

http://www.directbook.jp/fdm/index_af.html








僕は飛行機が苦手です。今年に入ってあちこち飛び回っているのが奇跡的なくらい苦手だ。理由はあの日航機墜落事故の恐怖だった。


 苦手と言っても、そんな大げさな意味じゃないんだけど、席を予約する時はいつもできるだけ後方を選ぶ。真ん中のブロックがあれば、その最後部通路側が僕のポールポジションです。
 
 なぜかというと、あの事故で奇跡の生還をした4名全員が、後方座席に座っていたのをニュース番組で観て、ずーーーと覚えているから。苦手とか怖いというよりも、後方座席にこだわる「習性」なのかな。

 
 でも、そのくらいあの時に観たニュースが怖かった。それは今でも忘れられない。頭に焼き付いているのは4名は後方座席だったってこととか、坂本九さんもお亡くなりになられたこと。テレビ画面に何度も何度も次々とでてくる搭乗者の名前、名前、名前!なんか分からないけど悲しかった。

 時間の経過とともにどんどん明らかになる実際の状況。ボイスレコーダーを再現した内容がニュースで報じられていた。あれを観ていた時に感じた怖さは一番だった。『あたま上げろ!』『ストールするぞ!』『パワー、パワー!』などといった操縦席の声と、鳴り響く警報。
 異常が発生してから墜落まで約30分にもわたり、機体は恐ろしい動きを繰り返しつづけた。乗客の中にはその恐ろしさに死を覚悟し、家族にむけて遺書を書き始める人達が。その遺書もテレビでは取り上げられていた。そういったこと一つ一つがべったりと脳と心に沁みついている。



 この事故の日になると、どこかの記事やコラム・メルマガの内容をとってつけたような文章を見かけることが多いが、僕は30年間、あの日の記憶が不明瞭になることは全くなかった。



 そして、昨日、8月12日。あの悲劇から30回目の夏を迎えることとなり、特番があることを知り、まったくといっていいほどテレビを見ないこの僕が、それを観るために仕事を切り上げて帰宅していた。

 国立に来てからは1度もテレビをつけていないから、1ヵ月半ぶりくらいに観るテレビ番組。職場から自宅までは約15分。早歩きをしながら、不思議な気持ちでならなかった。自分でも分からなかった、なぜこの番組を観ようとしているんだろう。歩きながら、当時恐怖を感じたニュース番組のことを何度も思いだす。わからないけど、どうしても観たかった。

 番組では、僕の知らないような内容もいくつか振り返られていた。心に突き刺さったのは、生存された方が語る墜落直後の状況。なんと、4名以外にも生きていた人が数人いたという。その話を知り、思わず身が固まった。

 そして生存者1名ごとにフォーカスした内容の話へとなっていく。僕は何故か1名の名前だけを当時からずっと覚えていた。落合さんという女性。その日、勤務明けの非番で、乗り合わせたCAさん。なぜかわからないけど、そのことが印象的で落合さんのことだけを覚えていた。

 その落合さんの話になったところで、思わず泣き出した。涙がでたとかじゃなくて、一気に込みあげた。一瞬の号泣。いや、30秒くらいだったろうか。
 ニュースでやっていた救出されたシーンがフラッシュバックしてくる。当時の落合さんがインタビューで言っていたことで覚えた『ダッチロール』という言葉、その時の機内がどんな様子だったのかを語っていたこと。。。衝撃音、酸素マスク、緊急放送。。。

 なんてことなんだろう???何に涙しているのか、自分でもさっぱり分からない。そのくらい怖い思いをしてたんだろうか?

 
 そして番組の最後に差しかかった時、30年前の8月12日、亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りしよう、そう思えた。



 と、その時、気付いた。。。






 ご冥福をお祈り?改めて?

 いや、僕がそんなことを過去にしたことあったかな?


 


 記憶にないだけだろうか。あれは怖い出来事だったなぁというのを思いだすことは何度もあったけど。これだけ当時の衝撃を記憶しているのに、今でもまだあの時の怖さがベッタリと心に沁みついているのに、その日にご冥福をお祈りするなんて、そんな気持ちになったことなかったんじゃないか???


 テレビを消して、1~2分くらいだろうか、じっとそんなことを考え込んだ。。。

 


 いや、そんなはずは。
 
 まさか。。。。

  

 一度深呼吸をして落ち着き、心の中で低い小声でつぶやいた。『あの日、犠牲者となられた乗員・乗客500名以上の皆さまのご冥福をお祈りします。そしてご遺族の方へお悔やみ申し上げます。』と。


 瞬間的だったが、なんだかすっと心が軽くなるのを感じた。あの事故を思い出す時にこんな気持ちになったのは、初めてだったような気がしたのでした。



 



 さて、前回の続きです。社内でダイエットプログラムのモニターをしている渡辺さん(仮名)。お酒飲んだあとにラーメンを食べることになりそうな日があるという話。。。。


僕はこう言いました。「渡辺さん、65kg(渡辺さんの目標体重)になるために、いま頑張っているんですよねっ!」わざと叱るような口調で強めに。

『あーーっ!そっかーーー(笑)』と渡辺さん。

実は渡辺さん、その前日のミーティングで、あるトレーナーが食事制限のうまくいかないお客様について話した時に、こんな発言をしたんですね。

『○○(某パーソナルトレーニングジム)のトレーナーは、お客様が食事の約束を守らない時は、強めに叱るっていうことをしていたよ。』
 
 それに便乗して、他の社員からも、
 『そうだね、そういうところは厳しくしっかり伝えていった方がいいよ。』
とのアドバイス。

 そんなことがあったので、僕が渡辺さんにわざと叱るような口調で言ってみて、渡辺さんもその話を思い出し、苦笑いってわけです。

 『冗談ですよ、渡辺さん。僕は別に食べるなとは言いません。それは渡辺さんに任せますけど、食べたら今までの努力が振り出しになりますね。でも、〆のラーメンを食べたとしても、僕は変わらず渡辺さんとトレーニングを続けて、応援していくだけです。』

 僕はそう伝えただけ。
 
普通に考えたら、そんなのダメって言われることくらい分かっているはずです。ところがそれでもなお、僕に質問してきたのは何故?

もしあなたが本当のトレーナーなら、ここで読み進めるのをやめて渡辺さんの質問の意味を考えてみて下さい。





答え:相談でもお願いでもなくて、「食べる」という目的ありきである


僕はこれを「事前の事後報告」と言っています(笑)

これで渡辺さんは、叱ることが問題解決にならないことを、少しだけ実感したかも知れません。もし僕がその時、『じゃぁ渡辺さん、僕がダメって言ったら、ラーメン我慢してくれますか?』と質問したら何と答えたことか。あえてダメだと言うまでもないわけです。もう「食べるという目的が」できているわけですから。
  
お酒飲んでからのラーメンを許してもらえるかどうかなんて、誰がどー考えても相談するほど難しい問題ではないですよね。

おそらく体重増えて戻ってくるだろう。でもしょうがない。渡辺さんがそうしたいのだというのだから、それを僕が変えることはできません。その結果、どのようなことが起こることだけは伝えました。あとは渡辺さんが決めること。
 
 トレーナーがそんなことでいいの?結果を出すのが仕事じゃないの?と思う人もいるだろう。もちろん本当にそれだけであとは何もしないわけではありませんよ。それについて話す前に以下の2つを考えてみて下さい。

A:お客様を叱り、約束を守らせる
B:お客様が自らの意思で約束を守れるような動機付けを行う

Aは分かりやすいですよね。ではBはどうでしょう?

Bという選択肢があることすら考えずに「叱るのはお客様のため」ということを言い出したら、それは良くない気がする。お客様以上にそんなことをしているトレーナーのために一番良くないと僕は思うんですね。

 AとBの決定的な違いは?



 A → 変わらなきゃいけないのはお客様
 B → 変わらなきゃいけないのはトレーナー


お客様を叱ることで結果を出そうとするなら、『わたしは、お客様が理想のカラダを手に入れてほしいと思って、真剣にお客様のためを思って叱るっている』そう言い続けることができる。それを受け入れられなのならば、それはお客様の問題。

『あれだけ、念を押して強く言っておいたのに約束を破られたんじゃ、こっちもどうにもできない。』

最終的にはそう言って終わるしかない。

でも、Bのように、お客様が自らの意思で約束を守る努力ができるよう勇気づけることは、お客様に対して向けた視線と指をグルリと返して自分に向け続けることを意味する。これはお客様ではなく、トレーナーの問題。

 意欲がもともと高いお客様であれば、叱ろうが褒めようが、伝えたことをしっかり実行してくれて、成果もだし、トレーナーに感謝もしてくれるだろう。でもすべての人がそこまで意欲が高いとは限らないわけですね。


飲みに行って、〆のラーメンを食べてしまうかも知れないという事前の事後報告をしてきた渡辺さんに対して僕はささやかだけど自分ができることをはじめてみました。
 その結果、渡辺さんが自分の意思で「やっぱりラーメンはダメだ!やめよう!」と思ってくれたら、幸せだ。僕に叱られたから考え直すのではなく、自らの意思で意欲を高めてくれたら最高だ。

 でも期待するなんて野暮なことはしないよ。仮にダメだったとしても、それでもただ自分ができることは何かを考え行動し続けること。トレーナーはそこでマインドを鍛えられる。相手に求めたり、期待したりるするのではなく、ただ願い、それを行動に移す。

 自分はこんなにお客様のことを思って行動しているのに。。。そんなことを考えたらすべて台無し。結局お客様が変わることを求めていたことになる。

「トレーナーの愛の鞭」などなくても、お客様が自らの認識を変えた時、それを体験してくれれば、もうトレーナーは何もしなくても大丈夫。渡辺さんも自分からどんどんより良い結果を目指すように変わっていく。僕は、そんなお客様をたくさん見てきた。それで成果はでる(もちろん100%とはいいませんが)。
 
 トレーナーはお客様を痩せさせることはできません。理想のカラダを目指そうとする意欲をサポートするところまでしかできません。現実的な努力をするのは、お客様なのですから。変えることができるのは、お客様ではなく自分自身だけ。

 トレーナーとは○○であるべき、というのも良いが、その前に良き人間であろう。そんなこと伝えながら、新人トレーナーの研修はまだまだ続く。




 『松田くん(仮名)、もし、このお客様が、毎日のお酒はやめられないって言ったらどうする?』

 トレーナーなりたての社員とのカウンセリング研修での会話です。ほんの2時間くらい前に僕が担当したカンセリングでの会話を再現しながら、質問してみた。

晩酌でビール350缶を1本か、ワインを2杯くらい飲むというお客様がいました。量としては、すごく多いというわけではなんだけど、実は毎日飲んでいるという。

 『え~。。。いきなりスパっとやめてもらうのも大変なんで、ビールはやめて赤ワインだけにしてもらうってのはダメですか』

 『ダイエットプログラムに申込まれるのに、毎日お酒飲みながらスタートしていいの?』

 『あ、ですよねぇ。。。じゃぁちょっと飲む頻度を少し減らしてもうとかですかね?』

 自信を持って答えられず、迷い気味な松田くん。

 もしあなたがダイエットを指導しているトレーナーならどう考えますか?


【やめるかやめないかは、お客様に選んでもらう】

 これが僕のスタンスです。


 いや、もちろん最初は、『お酒を控えてみるのはどうでしょうか?』的な質問はしますよ。それによってどうなるのか?控えないとどうなるのか?控えるための具体的方法などを、お客様が分かりやすい表現でお伝えします。


でも、どうするかを選ぶのはお客様です。

 それで本当にやめなかったらどうするの?って思われそうですが、もしあなたがトレーナーだとしたら、その時点でもうカウンセリングに失敗しているかも知れない。それで成果が出るお客様は、最初から「分かりました、やめられます!」という人がほとんどではないでしょうか?


やめるかやめないかをカウンセラーが決めるのか?

 何をすべきかという道筋を示し、お客様が自分の意思で進んでいける『意欲・認識・勇気・気づき』サポートしてあげるのがカウンセリングですよね。

 まずはお客様を受け入れるというマインド設定と、どんな風に会話をすれば良いかを、松田くんに説明しながら表情を覗き込むと、飲み込みが早く、「あ~、なるほど、なんかおもしろいですねぇー」と言いながらニコニコしている。
 
 そんなやりとりをしていた時に、ふと、つい先日の出来事を思い出した。

『そういえば、この前、渡辺さん(仮名)が、僕に話したこと知っている?』
『あ、もしかして、ラーメン食べたいってやつですか?その場にはいませんでしたけど、裏にいたんで聞こえていました(笑)』
『そう、そう、それ。聞こえていたんだ。』

 渡辺さんは、ダイエットプログラムのモニターをやっていて、トレーニングは僕がマンツーマンで行っている社員。社員でモニターをやっているんだから、僕よりも本人の方がプレッシャーかも知れない、絶対に結果をだしたいだろう。

 ところがその渡辺さんが、事務所でまさかの発言。『内海さんに、お願いっていうか、相談があるんですよー。。。』何とも困ったような口調の渡辺さん。

仕事の話かと思ったら、食事のことだった。8月下旬に地元に帰省した際に、友達と飲み会があって、その後絶対に大好きなラーメン屋に行くから、その時だけ食べてしまうかも知れないのだと言う。

お酒飲んで、ラーメン???笑
さぁ、こんな時はどうしましょうか?

つづく・・・