【動画:パイロットの苦闘】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。







僕は飛行機が苦手です。今年に入ってあちこち飛び回っているのが奇跡的なくらい苦手だ。理由はあの日航機墜落事故の恐怖だった。


 苦手と言っても、そんな大げさな意味じゃないんだけど、席を予約する時はいつもできるだけ後方を選ぶ。真ん中のブロックがあれば、その最後部通路側が僕のポールポジションです。
 
 なぜかというと、あの事故で奇跡の生還をした4名全員が、後方座席に座っていたのをニュース番組で観て、ずーーーと覚えているから。苦手とか怖いというよりも、後方座席にこだわる「習性」なのかな。

 
 でも、そのくらいあの時に観たニュースが怖かった。それは今でも忘れられない。頭に焼き付いているのは4名は後方座席だったってこととか、坂本九さんもお亡くなりになられたこと。テレビ画面に何度も何度も次々とでてくる搭乗者の名前、名前、名前!なんか分からないけど悲しかった。

 時間の経過とともにどんどん明らかになる実際の状況。ボイスレコーダーを再現した内容がニュースで報じられていた。あれを観ていた時に感じた怖さは一番だった。『あたま上げろ!』『ストールするぞ!』『パワー、パワー!』などといった操縦席の声と、鳴り響く警報。
 異常が発生してから墜落まで約30分にもわたり、機体は恐ろしい動きを繰り返しつづけた。乗客の中にはその恐ろしさに死を覚悟し、家族にむけて遺書を書き始める人達が。その遺書もテレビでは取り上げられていた。そういったこと一つ一つがべったりと脳と心に沁みついている。



 この事故の日になると、どこかの記事やコラム・メルマガの内容をとってつけたような文章を見かけることが多いが、僕は30年間、あの日の記憶が不明瞭になることは全くなかった。



 そして、昨日、8月12日。あの悲劇から30回目の夏を迎えることとなり、特番があることを知り、まったくといっていいほどテレビを見ないこの僕が、それを観るために仕事を切り上げて帰宅していた。

 国立に来てからは1度もテレビをつけていないから、1ヵ月半ぶりくらいに観るテレビ番組。職場から自宅までは約15分。早歩きをしながら、不思議な気持ちでならなかった。自分でも分からなかった、なぜこの番組を観ようとしているんだろう。歩きながら、当時恐怖を感じたニュース番組のことを何度も思いだす。わからないけど、どうしても観たかった。

 番組では、僕の知らないような内容もいくつか振り返られていた。心に突き刺さったのは、生存された方が語る墜落直後の状況。なんと、4名以外にも生きていた人が数人いたという。その話を知り、思わず身が固まった。

 そして生存者1名ごとにフォーカスした内容の話へとなっていく。僕は何故か1名の名前だけを当時からずっと覚えていた。落合さんという女性。その日、勤務明けの非番で、乗り合わせたCAさん。なぜかわからないけど、そのことが印象的で落合さんのことだけを覚えていた。

 その落合さんの話になったところで、思わず泣き出した。涙がでたとかじゃなくて、一気に込みあげた。一瞬の号泣。いや、30秒くらいだったろうか。
 ニュースでやっていた救出されたシーンがフラッシュバックしてくる。当時の落合さんがインタビューで言っていたことで覚えた『ダッチロール』という言葉、その時の機内がどんな様子だったのかを語っていたこと。。。衝撃音、酸素マスク、緊急放送。。。

 なんてことなんだろう???何に涙しているのか、自分でもさっぱり分からない。そのくらい怖い思いをしてたんだろうか?

 
 そして番組の最後に差しかかった時、30年前の8月12日、亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りしよう、そう思えた。



 と、その時、気付いた。。。






 ご冥福をお祈り?改めて?

 いや、僕がそんなことを過去にしたことあったかな?


 


 記憶にないだけだろうか。あれは怖い出来事だったなぁというのを思いだすことは何度もあったけど。これだけ当時の衝撃を記憶しているのに、今でもまだあの時の怖さがベッタリと心に沁みついているのに、その日にご冥福をお祈りするなんて、そんな気持ちになったことなかったんじゃないか???


 テレビを消して、1~2分くらいだろうか、じっとそんなことを考え込んだ。。。

 


 いや、そんなはずは。
 
 まさか。。。。

  

 一度深呼吸をして落ち着き、心の中で低い小声でつぶやいた。『あの日、犠牲者となられた乗員・乗客500名以上の皆さまのご冥福をお祈りします。そしてご遺族の方へお悔やみ申し上げます。』と。


 瞬間的だったが、なんだかすっと心が軽くなるのを感じた。あの事故を思い出す時にこんな気持ちになったのは、初めてだったような気がしたのでした。