Live with Max. -17ページ目

Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

今日、会議中に知った美味しいというソフトクリーム。クレミア!早速帰りに食べてみた。

ラングドシャとの組合せ。途中からはラングドシャの甘みがつよくてソフトクリームの甘さがわからなくなったけど笑

でもおいしかたー!

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羽田の第2ターミナル65番搭乗口の近くにISETANstoreがあるんだけど、そこの端にコーヒースタンドがあるんですね。そこで買いました。何度も通っているのにその存在に全く気づかなかったことにも驚いた。


あと、

羽田に行ったら必ず買うのが、妻が大好物の、さぬきわらび餅。


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これ食べたら、他のがわらび餅って思えなくなる。

毎回買ってたら、男の店員さんが僕のことを覚えてくれて顔見ただけで『あ、どうもー、いつもありがとうございます。』って必ず言ってくれるんですね。

羽田空港みたいな大勢の人がいるところで、店員さんに顔を覚えてもらえるってけっこうすごいなぁって思って、なんか嬉しい。


そうなるとね、買う前からこう思うんですよ。

今日もあの店員さんいるかなぁ?

って。

で、『あっいた!』ってなりますよね。

すると店員さんが笑いながら

『どーもー、今日もありがとうございます』

とか、

『お仕事、すごい忙しくて大変ですねー』

って感じでプラスαの一言をつけてくる。

僕がオプションの蜜を必要としないことも、支払いはクレジットカードであることも把握していて

『蜜はなしで良かったですよね?』
『カードでお支払いですね?』

と、店員さんから言ってくれる。

そんなことを数回繰り返しているうちに、今度妻を紹介したいなぁってなってくる。『この人がいっつも食べている人なんですよー』って。


覚えてもらえる
嬉しい
さらに言葉をかけてくれる
それを繰り返す
だんだん親しみがわく
人を紹介したくなる

ってなるんですね。
僕もサービスを提供する側の人間だけど、こうやって受ける側になって自分の仕事を振り返ると、やっぱり大切だなー、いいよなーって思うことがある。

お客様との人間関係ですね。

他においしそうなものがあっても、僕は羽田にいったらわらび餅ってなるし。でもわらび餅を買っているというよりも、あの店員さんから買いたいって思う。

もし、あの店員さんが他のお土産を
『いまこちら期間限定で販売しているんですけど、ちょっと試食してみませんか?』
なんて言ってこようもなら、かなりの確率で買っちゃうでしょうね。


そして満足するでしょう。
うん、お客様との良き人間関係だね、やっぱり。

わらび餅をスーツケースにつっこみながら、改めてそんなことを考えていた。





 今日は札幌ドームにて、終日マイナビさん開催の就職エキスポ。久々に1日中立ちっぱなしのしゃべりっぱなしを体験。トークに熱が入り過ぎたせいかぐったり。

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 で、びっくりしたことが一つ。我が社の隣が「日本年金機構」様のブースだったんですね。国民の信用を背負っていて、必要とされる大切な仕事ですよね。
 でも学生の時に「年金の仕事がしたい!」というのはどういうきっかけで思うのかに興味がひかれた。そのくらブースは盛況だった。何に魅力を感じるのか?国の組織ってことだろうか?給料が凄いいいのかな?札幌ドームの仕組みと同じくらい「ふーーん」と唸ってしまった。


 僕はというとフィットネスの店舗が札幌にはないからどうしようかな?というのが1つ。あとはフィットネスクラブというと、専門知識があるとかトレーニングができないといけないというようなイメージだろうから、たぶん少し敷居も高いかなぁという点が気になっていた。

 ちょっと作戦を練る必要があるのと、例え参加が1名の時があっても絶対に手を抜かないことだなぁと考えつつ、事前に他社の内容をいろいろチェックもしみた。
 でも正直参考になるようなところはなかった。なんていうか、どこを見ても「体裁を整えているだけ」にしか感じなかった。「こんなの学生さんに見抜かれるんじゃないかなぁ(響かない)」と。
 
 だったら仕事内容の説明を一切無しにしようと決めた。フィットネスのお客様の話と、どんな人と一緒に未来を創っていきたいかの2点のみ。説明というよりは演説のような感じで力を入れてきた。どうだったかな、結果はもうしばらくしないと分からないけど。

 そういう話に集中したことで終わってからふと思った。未来についてはどこの企業も話しているだろうけど、どれだけ夢があるか、どれだけ素晴らしいかではないだろうなぁということ。未来を語るってことは、内容よりもそれに対する責任と覚悟がないとダメじゃないかな。今回のような場所と状況で、真剣な姿の学生さんを大勢見続け、そんなことを強く感じた。

 学生さんは色んなところでたくさんの話を聞いているだろうから、そういうのを無意識に肌で感じているんじゃないだろうか。採用活動で得られるのは人材だけじゃない、自分自身の責任と覚悟もだなぁ。そのことに気づけたことは勉強になったな。



 終わってそのまま新千歳へ向かい。普段は移動中に寝ることなどまずないんだけど、通常の勤務時間は過ぎているしいいかぁと思って目を閉じて気づたら「ズドン!」と着陸。目が覚めて「え?ここどこ?」って思ったけど、時間を確認したらあっという間に2時間経過してた。爆睡してしまったもよう笑。

 今日は、朝から頭が少しぼーっとして何となく熱っぽい感じ。ブログなんてやってないで寝てりゃいいんだけど。

 僕は文章を書くことがやっぱり好きなのかな。本当は片づけたい仕事があったんだけどどうにも頭が回らないので思い切って中止。でもブログを書く意欲はこの通りだから。ただ気分がのらないだけなのに体調のせいにしているのかも知れない笑
 
 アレルギー性鼻炎なんだけど、それも同時に超久々に勃発。朝から鼻セレブとコルゲン鼻炎カプセルのお世話になりっぱなし状態。

 今日やろうとしてた仕事を中断すると、「明日で終わらせることできるかなぁ」というストレスを感じたりするじゃないですか。
 そこでふと思った。改めて体調が普通で痛いところも無い日常っていいな。普段はそんなこと感じてないんだけど、何もないことにこそ感謝すべきだな。体調が悪くなると本当にそれが良くわかる。
 
 ベッドで横になりながらそんなことを考えているともう1つ面白いことに気づいた。何もないことに対する感謝をしていないどころか、足らぬ点に対し不満やストレスを感じたりってけっこうあるなぁ。当たり前のことに感謝できれば、どれほどストレスが減るだろうか。

 そうか。僕なんかはたまに体調でも崩さないとそんなことに気づかないな。無いものねだりをしているから不満や辛いことが多くなる。自分にとって都合のいい時しか感謝していない人ほど不満が簡単に口からでてしまうんじゃないかな。

 鼻セレブにも感謝。僕の鼻を守ってくれてありがとう!
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 少し前に、近い将来、自動運転による無人タクシーが登場するかも知れないよ!なんてことを書いていたのだが、実はそれってかなり現実的に進んでいるってことを最近しりました。

 しかもそこに参入してきそうな企業の1つが、あそこだよ、あそこ。今の世の中、ITと結び付かないサービスなんて無いのかな。

 IT化とグローバル化、この2つが組み合わさった物のスピードが凄すぎ。自分には関係のないと思っていたものが、突然包囲してくるわけだから、僕も関心してばかりはいられない。


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先日、職場での出来事。


『結果がでなかったらどうせ内海さんが責任取らなきゃいけないんだから、好きなようにやったらいいんだよ。』




 そんな言葉をかけられた。




 取り方によっては冷たい感じにも取れるかも知れないが、これは応援と期待の言葉だった(と受け取っている)。

 その時は「そうですね、そうしたいと思います」と普通に思っていることを答えたが、あとから自分に何がのしかかっているかを改めて考えた。



■『内海さんが責任とらなきゃいけないんだから』



 今までそれなりに責任ある立場での仕事はしてきて、降格を経験したこともあったけど、こんなことを言われたのは初めてだったことに後から気づいたんですね。

 すると、今自分は全力で悔いのないように努力しているか?という自問が嫌でも生まれてくる。

 努力がどうであろうが、結果(数字)が求められるし、責任の重い立場になるほどそこを見られて当然。


 でもですね、


 全力で頑張って結果がでないのと、全力を出し切らずに結果がでないのとでは違うと僕は思っている。


■結果的に全く同じであっても。そう信じるからこそ限界まで頑張れることがあるんですね。


僕はそれをボディビルで学んできた。仕事にもそれは通じると思っている。ボディビルではベストを尽くしていない仕上がりでステージに立ちたいなんて思わない。結果(順位)がどうのこうのって話じゃないから。


 ちょっと話がそれましたが、全力を尽くすにあたりちょとでも弱気になると、その隙間に「損得」という言葉が一気に付け込んでくると思うんですね。MAXを出し切ることの邪魔をしてくる厄介者です。
 今の自分はそっちに傾いていたのかな?冒頭の言葉をかけられたあと、何となくそんな気がした。

 得することを考えるのは良いけど、「損をしたくない」という気持ちが自分の中で勢力を強めてくると色んなものを疑ってかかってしまい、それと同時に貴重な情報や視点、考え方までも遠ざけることになるなぁという経験が僕はたくさん身に覚えがある。


「あの時、これをやっていれば、こういう経験ができたなぁ」
「こういう考え方ができていれば、あれはやって当然だったなぁ」


というようなことを、色んな事を勉強するようになって後から気づくんですね。でもその段階では実践していないわけですから、ある意味ブランクじゃないですか。


だから「損をしないように」って選択は切り捨てなきゃ力を出し切れない。


 そこを捨てて、自分はどうなりたいのか、どんな得をしたいのかってこと。自分が得をしたいなんて言うとちょと品位がないと思われるかも知れないが、僕は気にしない。自分が全力を出し切りたいだけであって、誰かに認められたいなんてことは思わない。

 どうなりたい?どんな得がほしい?これが肝心かなぁと思う。それが努力以外の方法だったら成長していると思いこんでいるだけで先の見えない残念な人生になってしまうけどね。例えば、今できていることや、今ある人脈が何によって保たれているのか?ってことだったり。



『結果がどうあれ限界を超えるような全力を出すことには意味がある。』

 これは結果が同じでも最大努力をしたかどうかが成長につながるという意味ではないです。そう信じることが全力を出すために必要だってこと。信じているから走り続けられる。


 コンテストに出るときは、それを当たり前のように思っていたんだけどなぁ。仕事にも活かさないと!

 まずは全力を。責任という言葉の真実を本当に受け止めているのか?冒頭の言葉をいただいて、改めてそんなことを考えさせられた。


 
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 ここ数日間?数日どころじゃないかな?しばらく今の自分についてぼーっと考えてみる時間が増えていた。facebookとかもどうでもいいし。外部の情報をシャットダウンして、自分のことばかり。


 社会人になってから、どんな生き方をしてきたかなぁ。


 大学を卒業して、最初に就職したた会社1年目の冬にもらったボーナスは○○万円!あまりの大金にびっくりして、その時に自分はマイホームを持つことが夢だ!なんてことを思っていたなぁ。よく、清掃のおばちゃんにそんなことを話していたのを覚えている。そのあとすぐにITバブル崩壊して、大変な目にあったけどね。


 当時の僕は人として非常に良くなかったなぁ。誰かを傷つけることや、気を使わせるようなことでも、平気で発言し、行動もしていた。
 職場の上司・先輩はどれだけ僕に気をつかっていただろうかと。やっぱね、責任が軽い立場だと好き勝手なこと言っちゃてたなぁって。


 20代の頃はほんと最悪だった。人づきあいは悪いし、お金にはだらし無かったし、すぐ感情的になるし。
 あー思い出すと痛すぎる!自分の考えていることが正しいと思えば、何でも子どもみたいに簡単に口にする癖が。何かいい部分ってあったかな?笑

 8年勤務し、その後現在の会社へ。それがきっかけで自分が変わっていったなぁと、今振り返ると思う。

 自分が部下を持つ立場になって、ようやく分かったことがあり過ぎた。それによって会社へ恩返しをせずにパッと辞めてしまったことを後悔し、その後何年も僕はそのことを後悔し続けた。

 でも当時の上司が一緒に飲みに行った時にかけてくれた言葉でやっとそこから目覚める。『いいんじゃないの。今の内海がこんな風に成長しているって思ってもらえるように頑張ればさ。』

 変えようの無い過去を気にすることをやめ、それを糧に成長しようと本気で思えた瞬間だったな。過去の自分がしたことを後悔することで、自分は健全な人間だと思いたかっただけなのかもしれない。クソ!いい奴振りやがって!っと過去に自分に言ってやりたい。

 たぶん、そこからだな。自分の思っていることを通す前に、相手の言うことに対して『なるほどね』と自然に言えるようになりはじめたのは。

 自分の言いたいことはさておき、相手の言っていることが100%正当な理由はなんだろう?って、意識的に考えることが「たまには」だけどできるようになったんですね。以前はゼロでしたから。


 すると面白いことが分かってくる。

 自分の思っていることが正しい、公平だ、と考えてすぐに他者や何か出来事に対して『おかしい』『間違っている』と批判することへ躍起になっている人を見ると、『そうそう、これが以前の僕だったなぁ』って思うことが増えてくる。

 何が面白いのかというと、そういう人に多い共通点があることにも気づいたこと。

『自分は○○な性格だから・・・』
『わたし○○が苦手だから・・・』


 と、言う人が結構多い。周囲のことはバシバシ批判するけど、自分のこととなるとそのセリフで片づけてしまうんですね。面白いですよね。

 はい、まさに僕がそうでした。

『自分はこういう性格なんですみません』って謝るんです。無茶苦茶な言い訳ですよね笑。だからますます周囲から注意や指摘をされることもなくなる。


その性格のせいで、

どれだけ周囲との人間関係を築くことに失敗してきたか。

どれだけ痛い目に合ってきたか。

 
 顔から火が出るほど恥ずかしいことや、額を地面こすりつけなくてはいけないようなことをたくさん思い出しちゃうんですね。

 
 どうにもならないんだけど、そういうことをたくさん思い出すと、その性格を直したい目的がはっきりしてくるんですよ。ちっちゃなことなんですけど、『性格を直すことで何をしたい、どうなりたい?』が分かってくる。


 そしたらね、『自分は○○だから・・・』というのを抑え込んで、『なるほどね。』『そういう見方もあるか。』ってことを意識して言えるようにはなったんですね(少しだけですけどね)。

 10年くらいかかって、そこは自分の中で変わったかなぁという気がする。怒ったり、イラっときたりすることもほとんどなくなったかなぁ。

 だから性格って、別に直らない、変わらないものではないと今では思っている。『あーあーこの性格直したい!』今までに思ったり口にしたことがある人ってたぶんかなり多いですよね。
 でも直せないと思っているのは、


 ☆それを直してどうしたいのか?


 という目的が希薄だからかも知れない。

 なんであんなことを言ってしまったんだろう、なんであんなことしてしまったんだろう、という後悔かな。ちっちゃいことまでけっこう思いだして、そのせいで陥ったことや、それがなければどうなれていたかな、ってことをはっきりさせると役立つと思います。


 僕の場合、そのきっかけが上司の言葉と、「他人のふり見てわがふり直せ」でした。他人の言動で不愉快に感じることがあった時に、それと同じようなことを自分もしたことがなかったかなぁと振り返るようにすると、性格を直す下準備ができてくるのかも知れませんね。
 

 
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 今日、小倉駅付近のスーパーホテルにチェックインした時、フロントの男性が、「内海様、小倉は久しぶりですね。」と話しかけてくる。
 恐らく履歴が残っているので分かるのだろうが、そんなふうに自分のことを認知していただけているってのが伝わってくると、やっぱり嬉しいものです。

 いいぞ!スーパーホテル小倉駅南口、また泊まるからなぁ!

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 今日、移動中にふとiPhoneのメモアプリを見返していた。以前よくブログネタを書き残していたんだけど、それを見つけたんですね。

 過去の自分を振り返るのは、なかなか面白いもんです。そのメモの内容から気になったものを今日は1つ。

 それは「言い訳と責任」ということについてだった。数年前、店舗で支配人業務を代行していた時の事。
 事務所に入ってきた上司が少し困ったような表情で僕に注意してくれた。「あれは、絶対にダメでしょ」と。

 人目につくのは良くない書類が、僕が不在だった時に無造作にデスク上に置かれっぱなしだったことについてだった。だが、僕はその時、上司の注意を受け入れることを一瞬ためらってしまった。「は?」というリアクションをしてしまった。

 なぜなら、それは間違いなく自分のデスクにあるレターボックスにしまっておいたはずの物だったから。しっかし保管するか、必要無けなれば処分した方が良いものだったので、しまっておいたのをはっきり記憶していたからです。

 しかし、その場でそんなことを言っても、普通に考えたらただの「言い逃れ」にしか聞こえない。事実、その書類は人目につくところに置かれていたのだから。
 それで、一瞬黙り込んでしまったのだが、「申し訳ありません、気をつけます」とやっとの思いでその指摘を認めた時のこと。

 経緯はどうあれ、僕が管理しなくてはいけない責任があるのだから。上司をがっかりさせてしまっただろうし、「こんなことありえない」「あぁあ、自分はだらしないやつだと思われてしまったなぁ」と悔しい気持ちでいっぱいだった。自分が被害者のような感覚です。


 でもですね、たしか次の日くらいになってから、ようやく「あぁ、あの時言い訳せずに堪えておいて良かったなぁ」って少しずつ思えるようになった。その時に記録しておいたメモだった。懐かしい。


 前置き長くなったけど、ここからがメモされていたこと。
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 「いや、絶対に自分はここに閉まっておきましたよ!」と言い切ることもできた。それを認めてしまったら「内海は、まだまだだらしなくてダメだ」って事実が1つ増えるのだから。

 でもそこで、自分は悪くない、という態度をとったらどうだったろうか?あの書類の管理は自分に責任があるのだから、どんなに理不尽だと思っても簡単に被害者面を見せるようではいけない。
 僕はその件で自分の評価を落としたかも知れない。でもたまたま一瞬言葉をつまらせたこともあるけど、責任逃れを回避したのだと、そう考えよう。

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 やっぱり言い訳する人には誰も魅力は感じない。たとえそれが理不尽な出来事であっても、すぐに言い訳をするというのは「いざとなったらわたしは逃げます」と自分を宣伝しているようなものだ(と僕は思う)。


 たとえその時は「あいつはダメだ」とレッテルを張られても、責任逃れの意志表示をすぐにしてしまうことは人間としての魅力を失うことになるかも知れない。

 そんなふうに考えたら、落ち込んでいた状態から急に力がみなぎってくるような感じだったのを思い出した。納得はいかないにしても、逃げなくて良かった!と。

 その出来事よりもずっと前にも完璧なまでに「嵌められた!」というような経験をしたことがあった。それも絶対に認めたくないような出来事だったので、僕はいったん逃げてしまったことがあったのも当時思い出していたなぁ。

 なぜなら逃げてしまった時って、その後ずっとそれを引きずるんですね。「なんでこんな目にあうんだろう」と、何度もその時の悔しさを思い出したものです。
 
 責任を逃れようとすると、だんだん自分が腑抜けになっていく。かつての僕のように納得いかないことを引きずることになってしまうから。
 反対に言い訳せずに責任を認めることはその後の力になる。その後も同じように行動できる力がつくと思う。
 起こった結果に対して、今後自分が何をしなくてはいけないのかを考えることができるから。

 
 とはいえ、明らかに自分の責任範囲外のものまで、受け入れてしまってはいけないので、取るべき責任を吟味して行動しなくてはいけませんが。
 普段から言い訳せずに、まずはいったん受入れるということを忘れずに行動していきたいですね。




 責任を放棄する、あるいは責任をとったつもりになることは、より大切なことを自分から遠ざけることになる。

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前回のブログに対して以下のようなコメントをいただきました。

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同じ内容の情報を取り込んだとしても、その人の理解力ややる気や行動力によって、その情報がGOLDにもなるしゴミにもなるのではないかと思います。

みんなが知り得る情報=価値の無いもの
の図式はあまりにも単純すぎではないでしょうか!?

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 匿名さん、ありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。前回は少しわざと挑発的な言い回しを多用したのですが、気を悪くされたかたもいらっしゃったかも知れません。
 反応されたということは、たぶん匿名さんは日経ビジネスを購読されているのか、そういうのが好きな方かもですね。申し訳ございませんでした。

 匿名さんのおっしゃるっとおりそんな単純なものではありませんよね。実際には、自分がどんな環境やどのステージにいるかで変わってくると思います。



 前回書いた日経ビジネスは、大勢の人が読んでいる情報であることは事実ですよね。でも、自分の周りという狭い範囲だけを見れば、自分と同じような情報を持っている人はもしかしたらゼロかも知れません。そこでは価値があるかもです。

 その情報を得ることによって周囲が認めるような成果をだし成功しているのであれば、そこでは価値があります。でも、周囲からそのように認められていないのであれば、「自分はこんなこと知っている、勉強している」という自尊心を満たすだけの価値ですよね。
 
 
 さらにステージを上げると、自分がこれから起業するつもりだ、あるいはもうすでに経営者だ、というように事業の舵を切る場合。

 10年で5%の企業生存率という競争に負けず、成果をださなくてはいけないステージとなると、「その人の理解力や、やる気や行動力次第」だというのは大前提であり、そこで差がつくと考えていたらアウトですよね。

 他人と違う考え、違う行動をするために、他人と同じ情報でどうにかなるのか?他人と同じような情報や知識を得ていて、結果だけは5%の成功者なることなどありえるでしょうか。

 この質問とその答えだけならば単純だと思います(アール・ナイチンゲールの「大衆は常に間違っている」という名言の話ですね)。


 ビジネスで成功するこを目指している人、これから起業しようとしている人という前提であることを断って書いた内容でしたので、『みんなが知りえる情報』を得ることに対して「それは違う」とか全く思いません。

 それが習慣だったり、好きでしていることだったり、自分がそうしたいからしていることなんていくらでもありますし、僕だってそうしていますし。


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 僕が最近よく思うこと。それは世の中にはすごい頭のいい人、発想が突きぬけている人がたくさん、たんくさんいて、そういった人達が世の中をどんどん変えていっている。
 そういった人達はなぜ凄いのか?他の人が持っていない情報を持っていて、なおかつ視点や発想までぶっ飛んでいるという条件を外すことができるでしょうか。

 身近な話題の1つを例にすると、車の自動運転装置が普通になる時代がきつつある。「すごいなぁ」と最初は驚きながらもだんだんそれが当たり前に感じる人が大勢いるなかで、「10年以内にタクシー業界からドライバーがいなくなる」と予測している人がいるかもしれない。

 ここまでは、情報をどう受け取るかという差だけど、そこから新しい事業を考える人が必要とする情報はなんだろうか?
 誰も予想していない未来を見ている人が持っている情報はなんだろうか?それは大勢の人がすでに知っていて持っているものだろうか。
 
 「無人運転のタクシーなんてありえる?」って思っている人とは明らかに触れている情報の質に差があると思います。


 なんてこと言っている僕自身も別に成功したと認められているような人間ではないので、せめて自尊心を満たすことに価値を感じるレベルから抜け出し、自分の業界で成果を残せるよう精進していきたいと思うのです。


 ちょと、分かりづらいですかね(^_^;)


「どのような道を選んだにせよ、手本となる成功例が見当たらなければ、周囲の人々がしていることを眺め、単にその逆の事をすればいい。なぜなら、常に大多数の人間は間違っているからだ」


アール・ナイチンゲール

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 2016年出勤初日は秋田の店舗へ。まだ3日だったので世間一般的には正月休み的な感じですが、店舗スタッフもインストラクターさんもそれを返上しているわけだし、なんといっても1月はスポーツクラブにとっても繁忙期、勝負月ですからね。
 
 勝負の月の初日に、正月とはいえ出勤しないのはどうも気持ちが落ち着かず。そういう姿勢が目に見えないところで、気づかないところで必ず結果に影響してくるって感じることありません?

 僕は実はけっこう気が小さいので、「行動や姿勢にスキがあると神様にそれを見られている!」とか考えてしまうタイプです笑


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 以前は、1年があっと言う間だと感じていたものだが、ここ数年はすごく長く感じる。特に今年は長く感じたなぁ。1日はあっと言う間なんだけど。これってなんなんだろう。

 そんな2015年だったが、とくに学んだことは、もっと人が知らないような情報や知識を身につけて、それを行動に移さなくてはいけないなぁということ。

 なんでこの話を今回書こうと思ったかというと、今日から札幌の本社へ勤務だったのですが僕の席におかれていた年末年始の郵便物の中にこんなものがあったからです。

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 以前、定期購読してたから「再度お願いしまーす」っていうセールスかな。会社名登録した時に、住所も入れてたんだっけ?

 何年か購読していたのですが、その理由は新聞なんて読まなくてもこういう冊子やメルマガとかで自分が必要だと思う情報は十分事足りる世の中だから。
 新聞とるお金をそっちに使った方が良いのと、あとちょっとこういうのを購読しているだけで情報収集しているビジネスマンの気分を味わえるからかな笑
 でもね、それが僕にとっては無駄な時間だって分かったんですよ。無駄は言い過ぎかな。数ヶ月前に、メルマガも日経やDOLの有料会員とかもぜーーんぶ解約して、これだと思う2つだけに絞ったんですね。

 もしあなたがビジネスで成功したいなら、あるいは起業家ならば、そういうものを読んではいけません。なぜでしょうか?こっから先はそれに該当する人だけどうぞ。ちょっとつまらなくて長い話になります。


 僕が、辞めた理由は皮肉にも日経ビジネスが自信満々に書いているあるコピーが原因です。それで気づかされました。何だと思います?もう一度見て下さい。

↓これ


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『信頼されて、24年連続 読者数№1』とういコピーです。
しかもそのさらに下には、写ってませんがこう書かれています。

『勝ち残る条件』を新春連続企画で読み解きます。って。これもダメですよね。


まず、読者数№1です。

ってことは、仮にあたなの周りには日経ビジネスを購読している人がいなくても、世の中にはこの冊子から情報を得ている人がたっっっっくさん大勢いるってことですよ。

 
 ビジネスで成功している人もたくさんいると思いますが、現実は10年後の企業生存率はわずか5%です。
 たとえば今年、100の会社が発足したとしたら、10年後には95社が廃業してるってことですよ。これに1つの会社の一事業とかも加えたら凄い低い生存率かもですね。

 要するにビジネスで成功する人よりも失敗する人の方が圧倒的に多いってことですよ。じゃ、成功するために新聞や読者数№1の冊子で、そこらじゅうの他人と同じ情報を得ていて、どうして結果だけはごく一部の成功者と同じになるのか?って話。

 そういうのを読むのが好きな人とか、それが仕事に価値をもたらす効果があるならいいですよ。でも起業しようとか、ビジネスで成功したいなら違うかなって思うんですね。

 そのために必要なのはそこら中の人が知っている情報ではなく、自分以外にそれを知っている人がなかなかいないような情報や知識ですよね。それが自分と自分の事業の価値になるわけじゃないですか。
 
 その他大勢と同じ情報を入手したり勉強したりする必要なんてないのかも知れない。だってそれを知っている人がたくさんいるんだから、聞いたり調べたりすれば簡単に手に入る。そこに実は、価値はないですよね。

 あなたが新聞で読んでいるその情報は、もしかしたら小学生がiPhoneに向かって「Hey Siri!」って言えばもう手に入っちゃうようなものかも。今はそんな時代。

 今現在、ニッチで食っているような人でこういう冊子や新聞読んでいる人からすれば僕の言っていることは的外れだけど、そういう人は絶対に芯が強くて、自分を拘りを突き詰めることに圧倒的に長けている人だと思います。

 自分や自分の事業の価値を高めるのであれば、人が知らないような情報や知識を身につけることに時間を費やした方が良いと。それを痛感するできごともあったし、今はその必要性も本気で感じている。

 てなわけで、あ、これブログのネタにしよって思ってパシャリして、即ゴミ箱行きってわけでした。


 日本の10年後企業生存率5%とお伝えしましたが、ちなみに5年後だったら15%です。つまり5年以内にほとんどは廃業ですよ(あ、これは日経ビジネスで得た情報です)。



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携帯業界のこと詳しいわけじゃないけど、こういうのってどうなの?


http://mainichi.jp/articles/20151216/k00/00e/020/159000c

低料金で頑張っているところもあるけど、結局は大手3社が儲かるような仕組みを国が作っちゃうってことにならない???競争にならないのでは。


そして中古スマホ販売市場が一気に伸びるのかな。となると更にその次の市場も見えてきちゃうなぁ。
 先日のハードワークの記事について、今月から復活したクリック投票へ、さっそくコメントをいただきました。


『たしかに、「長時間労働=悪(ブラック)」と決めつけるのではなく、それが必要な時ってのもありますよね。それが慢性化するのは良くないというのは確かにその通りですよね。わたしの職場がまさにその状態だと思うのですが、でもそれを変えられるような雰囲気でもありません。どうしたらいいんでしょう?』


 ちょっと修正していますが、だいたいこんな感じのコメントをいただきました。Mさん、ありがとうございました。

 目的もなく、そんな状態になっているなら、絶対に誰かがそれを変えようとしなくてはいけないと思います。そういうことができる空気じゃないってのが問題なんでしょうが、潜在意識まで長時間労働が良いことだと思っている人なんているはずありません。

 
 僕の同僚には、働き過ぎにすごくうるさい人がいます。「ダメだよ、18時以降仕事しちゃ!」「内海さん、その日休みでしょ!」とか、まぁ色々言ってくるわけです。
 
 以前、全国をあちこと移動しながら研修を行わなくてはいけない状態が同時多発して、他のやらなくてはいけないことへ全く手が回らなくなった時がありました。

 その時も、その同僚から「ダメだよ!」って言われ。そんなこと言ったってどうしろってんだ?って思いながら聞き流していた時があったんですね。でもね、ある時僕にこう言ってきたんですよ。

 『内海さんは、研修ばっかりで全然他の自分の仕事できないから大変だよね。』

 なんだよ、分かっててくれてたのかwまぁ当時研修も僕にしかできない役割だったので、それも自分の仕事だったんだけど、他の事へのレスポンスが遅れてしまう状態だったんですね。それをなんとか時間でカバーするみたいな。
 そのことを分かってくれてるのかと感じただけで嬉しかった。当時上司も、僕のそんな状態についてやきもきしている部分が少しはあったはずだが、一度も口を挟まれることはなかった。

 そういったことに気づいた時に、自分自身がなんとかしなくてはいけないと初めて本気で思えたんですね。


 おそらくその同僚がいなかったら、上司が僕の状態に口を挟まず任せてくれているのかなぁと思うことも、現状を克服しようと向き合うこともしなかったかも知れない。そんな経験から今の僕が言えることは、


『ハードワークの慢性化は、問題を克服しようというスキルが身につかない』

ってこと。そういう人は、仕事をすればするほど、いつまでも自分だけが忙しい状態から抜け出せません。
 慢性化ってのは、良いとは思っていないにしろ、それに対する問題意識も弱いわけですよね。キツさに負けてただ単純に嫌気がさしてしまうだろう。

 そんな環境を我慢できる忍耐力ではなく、苦難に対してきちんと向き合う意識かなぁと思う。そうでないとスキルも磨かず、実績もださず、ただ文句を言って辞めていくだけになってしまう。
 
 だから誰かが問題意識を持ち、言葉はどうあれ「ダメだよ、そんなに仕事ちゃ!」とか「さぁ18時だ帰ろうっと」と言いださないといけない。
 せっかく会社がノー残業Dayを決めてくれているのに、上司が朝礼や仕事の合間をみて「さぁ今日はノー残業Dayだからねー」と監視しなくては意味がないのと似ていると思いません?

 はじめは「じゃぁ、仕事放置していいのかよ?」とか思われるかもですが、この状況を克服するにはどうすれば良いかを考えてこなかったことに気づく人がもしかしたらでてくるかも知れない。誰かがやらなきゃずっと慢性化ですよね。

 しかしその一方で、相手の状況や立場を理解していることも分かるような言動があれば良いと思うのです。気持ちをくんであげるだけでなく、何か頼まれたことがあったら、スピーディに優先して協力してあげるとかでも良いですよね。

 Mさん、いかがでしょうか。難しい問題ですけど、何かできることがあると思います。



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