今日は、ちょっと仕事ネタ。すごく深く考えたことがあって、共感してくれる人がいるかなぁと。
最近ドラッカー先生の言葉を思い出すことがちょくちょくある。でもそれは、何かことが起きてから、「あぁ、これってドラッカーが言っているあれだよなぁ」ってな感じで。事後だから、別に活かせているわけではないんですよね。まぁ忘れてはいないだけいいかぁ、という非常に低いレベルですが汗
で、ちょっと一冊取り出して、パラ~って確認していた時に目にとまったのが
■過去から脱却せよ
という言葉。
ずっと同じ製品やサービスを販売しつづけていたり、あるいは同じ業務を続けているというのも当てはまる。効率的な企業は、『どういう方法で今行っていることを迅速にやめられるか?』という問題提起をするものだという。
企業にとって経営環境や顧客のニーズは変化していくものだから、それを無視して同じことをし続けていると現実離れを起こしていくよなぁ。
日本のドラッカー伝道師の藤尾先生いわく、『現役の企業である以上、とまらずに走り続けるしかない。それがビジネスというもの。』
イノベーション、変革ってのは、新しいことをすることだけど、それ自体は企業にとってごく普通。現状維持は退化と同じだなんて言われていますもんね。
でもね、変化・変革ってのは、そのものや、それを起こそうとする人が嫌われたり、それを受け容れたがらない人もいると思います。
①過去の経験や自分の情報よる答えを信じている
②単に自信がない(知識や情報収集が不足している、又は多過ぎる)
③不確実な点を探して指摘し、確実性を求める
④努力するのが面倒
などなど。僕の場合だと①と④が過去の自分に当てはまっていたかなぁって思う。面倒ってわけじゃやないけど、「別にそんな無理して変える必要なくない?」って斜に構えるような感じ。
でもですね。変革を先延ばしにしてきたために、気づいたときには手遅れだったということも実際に目の当たりにして、藤尾先生の「走り続けなくてはいけない」というのがよく分かった。
『変化・変革を避けるってのは、パフォーマンスを低下させる障害物を、自ら自分の進路にセットするようなもの』なんじゃないかな。
①と④の自覚があった当時の僕はそんな状態だったのだと思う。
③の確実性を求めるってのは、最近読んだリッチ・シュフレンという人のブログで、なるほどーと思うことがあった。
まず、不確実性に対する誤った認識の1つとして、
■現状よりも悪くなる(ネガティブな)可能性としてしか捉えない。
ということが挙げられる。
最初からそのように考えてしまうと、成功する可能性も考えずにリスクと不確実性を同一視し、
■リスクをとることは損失と等しいと思ってしまう。
ってことになりやすい。
■しかし議論の余地なく不確実性はどこにでも存在する。
よって不確実性に対する正しい認識は、
■それ自体良いも悪いもなく、ただ現実に存在するもの。
それが本質であり、避けることのできない現実として受け入れることを拒否すれば、いきつくところは、自分の持つ真の可能性よって実現できるはずのこととは、ほど遠い現状にしがみ続け、今現在苦労していることにずっとイライラし続けることになる。
要約するとこんな内容の記事でした。
これがね、腹に落ちたんでブログに書きたいなぁって思ったんです。
不確実性はどこにでも存在するもの。変化に対する不確実性を気にするのに、現状に留まる場合にも不確実性は同じくらいあることを気にしないのはなぜ?
っていうと、現状に留まる方が良いと判断できる場合だってあるのでは?ってなるんだろうけど、結局はそれが「敗北の方程式」。
つづく。
~「再び消費増税の延期はない」あの記者会見は何だったのか?~
という見出しではじまる記事(メルマガ)がふと目にとまった。
「増税延期の安倍総理に必要なのは二枚舌ではなく誤ることだ!」とか。そういうこと公に発している人をみると惜しい気がしてならない。ご立派な見識を持っているのに、もったいないなぁって。
8%か10%かというのは、確かに大事だけど。別にこれはウソをついて約束を破ったわけではないんだから。「増税延期はない」と一度言ったら、どんなことがあってもそれがそのまま永遠に有効だとでも言いたいのだろうか。
時が経てば状況は変化するし、状況が変化すれば判断も変化すんじゃないかなぁ。
そんなふうに思いたくなるのは、これまでの実績からというのも正直あって。僕は別に政治に強い関心があるわけでも、詳しいわけでもないけど、なんか今までの総理大臣より難しい問題・難局がすごい多いなぁって感じるんですよね。
特に国際関係。政治に無知な僕ですら、安倍総理になってから『国際関係って複雑すぎるわ!』って感じる頻度というか、また外国と難しい問題起こってるんだなぁってのを見かけることがすごい増えた気がする。
消費税と比べるのはおかしいのかも知れないけど、でも国際関係ってちょっとしたミスでそれこそ大問題になるんじゃないですか。それを感情的な姿も全く見せずに、丁寧に粛々と対応していると感じる「態度」です。
舛添知事を見ててそれをさらに強く感じた、と言うと分かりやすいんじゃないですかね。「態度」だな、これって本当に大事。舛添知事は良くないことをしているってこと以上に「態度」の問題の方が大きくなっているでしょ。
いつも丁寧な態度を一貫し、難しい国際問題を行き詰まり感なくさばいている姿には自然とエールを送りたくなる。
リーダーという立場であるがゆえに、ちょっとした言動に対してまで色々批判を受けやすいだろうけど、安倍総理のような「態度」の人物ならばもっと支持されてもおかしくないはずだと思うのです。
その時々の言動にいちいち反応せず、態度や姿勢に対して心を寄せ信頼し、応援したいと思うのが日本人の良い部分だと思うんだけどなぁ。
相手を批判するのは簡単。能力も責任も必要無いからね。足を引っ張ることへ躍起になるのはやめてほしいものです。それを飯のタネにしているような人達。
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「増税延期の安倍総理に必要なのは二枚舌ではなく誤ることだ!」とか。そういうこと公に発している人をみると惜しい気がしてならない。ご立派な見識を持っているのに、もったいないなぁって。
8%か10%かというのは、確かに大事だけど。別にこれはウソをついて約束を破ったわけではないんだから。「増税延期はない」と一度言ったら、どんなことがあってもそれがそのまま永遠に有効だとでも言いたいのだろうか。
時が経てば状況は変化するし、状況が変化すれば判断も変化すんじゃないかなぁ。
そんなふうに思いたくなるのは、これまでの実績からというのも正直あって。僕は別に政治に強い関心があるわけでも、詳しいわけでもないけど、なんか今までの総理大臣より難しい問題・難局がすごい多いなぁって感じるんですよね。
特に国際関係。政治に無知な僕ですら、安倍総理になってから『国際関係って複雑すぎるわ!』って感じる頻度というか、また外国と難しい問題起こってるんだなぁってのを見かけることがすごい増えた気がする。
消費税と比べるのはおかしいのかも知れないけど、でも国際関係ってちょっとしたミスでそれこそ大問題になるんじゃないですか。それを感情的な姿も全く見せずに、丁寧に粛々と対応していると感じる「態度」です。
舛添知事を見ててそれをさらに強く感じた、と言うと分かりやすいんじゃないですかね。「態度」だな、これって本当に大事。舛添知事は良くないことをしているってこと以上に「態度」の問題の方が大きくなっているでしょ。
いつも丁寧な態度を一貫し、難しい国際問題を行き詰まり感なくさばいている姿には自然とエールを送りたくなる。
リーダーという立場であるがゆえに、ちょっとした言動に対してまで色々批判を受けやすいだろうけど、安倍総理のような「態度」の人物ならばもっと支持されてもおかしくないはずだと思うのです。
その時々の言動にいちいち反応せず、態度や姿勢に対して心を寄せ信頼し、応援したいと思うのが日本人の良い部分だと思うんだけどなぁ。
相手を批判するのは簡単。能力も責任も必要無いからね。足を引っ張ることへ躍起になるのはやめてほしいものです。それを飯のタネにしているような人達。
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『内海さん、時間ある時で良いんでちょっと相談あるんでけどいいですか?』
というメッセージがFBのメッセンジャーに入ったの目にした。
もうとっくに就業時間は過ぎているから、急いで終わらせたいことがあったので後から返事をしようと思ったが、「相談」と言われると心理的に放っておけないものだ。
仕事を切り上げ電話してみると、メッセージをくれた吉田さん(仮名)が、やや元気なさそうな口調で切り出してくる。
『言葉は悪いんですが、生理的に受け付けないというか、どうしても無理な人とどうやってうまくやっていけばいいんですかね?』
という話。吉田さんとは業種はまったく違えど、やっぱりどんな悩みも人間関係にいきつくということは不変ですね。
職場にそういう相手がいて、自然とその人を嫌う態度が表にでてしまう。内心それは悪いことだと自分で認めつつも、どうしても普通に接することができないという。
吉田さんとしては態度にださずにうまくやっていきたいとう意思は確かにあるから相談してきたのだろう。自分は歩みよろうとしているのに、相手がその気持ちや行為を遠ざけるような言動をとるために、嫌な感情が沸いてしまい、うまくいかないのだという。
「わたしが頑張っても、むこうは全然それを分かってくれない!」と感じて感情的になるってこと。
状況は分からなくもない。そういうのは、僕も散々経験してきた。で、結局「無駄だ」と相手のせいにして、イライラしてしまう。そんなことをいい歳になってからも繰り返してくると、気づくこともあるもんです。
相手がどうとかじゃなくて、
■自分はどうするのが「良いこと」だと思っているのか?
これで完結する以外にないと思う。
自分が良いことだと思ってしていることに対して、相手もそれに応えるという見返りを求めるのは、ただの「交換条件」なんですよね。わたしはこうするのが良いと思うから、そうしている、そこで完結すべき。そんな話を吉田さんともしたわけです。おそらくこれが唯一の解決方法。
僕は以前にまったく意図していないことで、一方的な非難を受けて、カッとなったことがあったことがあったんだけどその時の体験から、そう思うようになった。
僕を感情むき出しで責めてくる相手の姿を見て、僕の主張が無意味であることを感じ、相手がそこまで取り乱すような気持ちになったという事実についてはちゃんと謝ろうと思ったんですね。
ところが相手は「そんな謝られたって、本当にそんなふうに思っているか分からない!」と返してくるわけです。まぁ感情的になっているんだろうから、それもしょうがないか、と何も言い返そうとせず、ただ謝るのみでした。
その翌日、僕はその相手に対して「○○さん、昨日はすみませんでした。○○さんの気持ちを分かってあげられなくて」と自分が感じたことを伝えた。
しかしまたしてもその相手は、僕の何が悪いのかを改めて細かに説明してくるだけだった。「なんで?こんなに謝ってるんだから、そっちもちょっとは大人になったら?」と思ってもいいところだったが、僕はまったくそんな気がしなかったんですね。
僕自身はその相手のことを人としては好きだったし、信用もしていたというのもあったせいかも知れないが、そんな相手をみて感じたのは・・・
苦しそうだな。
ただそう感じて、何も言えなかった。以前の僕だったらこの相手に対してかなりイラついていただろうに。
だってね、人を許さないどころか、翌日になっても謝っている相手に対して何が気にくわないのかをわざわざ説明するのって結構なエネルギーと勇気を使うことだと思いません?恋人同士のケンカじゃないです、職場ですよ。
だからなんだか、その相手は自分で自分のことを苦しめているように見えたんですね。「あぁ、僕もこうやって人に対してイライラしまくっていたことがあったなぁ」って、その時はじめてよく分かった。
どんな言い分があろうとも、僕が悪いってことは『相手にとっては事実』であり、それは相手の受け止め方で決まる。
「こんなに謝っているのに、なんなんだよ!」
と僕がそんな感情になったところで、何の意味もないし、苦しいだけ。そんなことをその出来事からより深く学んだ気がした。
■自分がこうした方が良いと思っているから。ただそれだけで完結すればいい。
■求めるから苦しくなる。相手には条件をつきつけない。
苦しさから抜け出すには、これが唯一の方法なのだと思う。そんな話を吉田さんともして、改めて思った。求めるってことは、自分から相手に振り回されにいっているようなものだな。
『いやいや、そんな達観したような考え方は現実的じゃないでしょ。感情ってもんがあるんだから。』
そんな声が聞こえてきそうだけど。
でも、人は、自分が急いでいる時に、自分より遅く動いている人が前にいるだけでイライラしたりするし、いつでも自分が一番普通なんだ。自分が重視していることを、同じように相手が重視してくれないと感情が害される勝手な生き物。
だから相手が悪いんじゃなくて、そう思いイライラする自分へ指を向けて考えてみる。どうだろう、これはキレイごとだろうか?現実的な解決方法だろうか?
現実的ってのは、
■正しいか間違っているかじゃやなくて、「うまくいくかどうか?」ってこと。
『人の気持ちって難しいなぁ』と思っていたことが嘘のようにシンプルなる。吉田さんとの話を思い出しながら、改めてそんな気がした。
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というメッセージがFBのメッセンジャーに入ったの目にした。
もうとっくに就業時間は過ぎているから、急いで終わらせたいことがあったので後から返事をしようと思ったが、「相談」と言われると心理的に放っておけないものだ。
仕事を切り上げ電話してみると、メッセージをくれた吉田さん(仮名)が、やや元気なさそうな口調で切り出してくる。
『言葉は悪いんですが、生理的に受け付けないというか、どうしても無理な人とどうやってうまくやっていけばいいんですかね?』
という話。吉田さんとは業種はまったく違えど、やっぱりどんな悩みも人間関係にいきつくということは不変ですね。
職場にそういう相手がいて、自然とその人を嫌う態度が表にでてしまう。内心それは悪いことだと自分で認めつつも、どうしても普通に接することができないという。
吉田さんとしては態度にださずにうまくやっていきたいとう意思は確かにあるから相談してきたのだろう。自分は歩みよろうとしているのに、相手がその気持ちや行為を遠ざけるような言動をとるために、嫌な感情が沸いてしまい、うまくいかないのだという。
「わたしが頑張っても、むこうは全然それを分かってくれない!」と感じて感情的になるってこと。
状況は分からなくもない。そういうのは、僕も散々経験してきた。で、結局「無駄だ」と相手のせいにして、イライラしてしまう。そんなことをいい歳になってからも繰り返してくると、気づくこともあるもんです。
相手がどうとかじゃなくて、
■自分はどうするのが「良いこと」だと思っているのか?
これで完結する以外にないと思う。
自分が良いことだと思ってしていることに対して、相手もそれに応えるという見返りを求めるのは、ただの「交換条件」なんですよね。わたしはこうするのが良いと思うから、そうしている、そこで完結すべき。そんな話を吉田さんともしたわけです。おそらくこれが唯一の解決方法。
僕は以前にまったく意図していないことで、一方的な非難を受けて、カッとなったことがあったことがあったんだけどその時の体験から、そう思うようになった。
僕を感情むき出しで責めてくる相手の姿を見て、僕の主張が無意味であることを感じ、相手がそこまで取り乱すような気持ちになったという事実についてはちゃんと謝ろうと思ったんですね。
ところが相手は「そんな謝られたって、本当にそんなふうに思っているか分からない!」と返してくるわけです。まぁ感情的になっているんだろうから、それもしょうがないか、と何も言い返そうとせず、ただ謝るのみでした。
その翌日、僕はその相手に対して「○○さん、昨日はすみませんでした。○○さんの気持ちを分かってあげられなくて」と自分が感じたことを伝えた。
しかしまたしてもその相手は、僕の何が悪いのかを改めて細かに説明してくるだけだった。「なんで?こんなに謝ってるんだから、そっちもちょっとは大人になったら?」と思ってもいいところだったが、僕はまったくそんな気がしなかったんですね。
僕自身はその相手のことを人としては好きだったし、信用もしていたというのもあったせいかも知れないが、そんな相手をみて感じたのは・・・
苦しそうだな。
ただそう感じて、何も言えなかった。以前の僕だったらこの相手に対してかなりイラついていただろうに。
だってね、人を許さないどころか、翌日になっても謝っている相手に対して何が気にくわないのかをわざわざ説明するのって結構なエネルギーと勇気を使うことだと思いません?恋人同士のケンカじゃないです、職場ですよ。
だからなんだか、その相手は自分で自分のことを苦しめているように見えたんですね。「あぁ、僕もこうやって人に対してイライラしまくっていたことがあったなぁ」って、その時はじめてよく分かった。
どんな言い分があろうとも、僕が悪いってことは『相手にとっては事実』であり、それは相手の受け止め方で決まる。
「こんなに謝っているのに、なんなんだよ!」
と僕がそんな感情になったところで、何の意味もないし、苦しいだけ。そんなことをその出来事からより深く学んだ気がした。
■自分がこうした方が良いと思っているから。ただそれだけで完結すればいい。
■求めるから苦しくなる。相手には条件をつきつけない。
苦しさから抜け出すには、これが唯一の方法なのだと思う。そんな話を吉田さんともして、改めて思った。求めるってことは、自分から相手に振り回されにいっているようなものだな。
『いやいや、そんな達観したような考え方は現実的じゃないでしょ。感情ってもんがあるんだから。』
そんな声が聞こえてきそうだけど。
でも、人は、自分が急いでいる時に、自分より遅く動いている人が前にいるだけでイライラしたりするし、いつでも自分が一番普通なんだ。自分が重視していることを、同じように相手が重視してくれないと感情が害される勝手な生き物。
だから相手が悪いんじゃなくて、そう思いイライラする自分へ指を向けて考えてみる。どうだろう、これはキレイごとだろうか?現実的な解決方法だろうか?
現実的ってのは、
■正しいか間違っているかじゃやなくて、「うまくいくかどうか?」ってこと。
『人の気持ちって難しいなぁ』と思っていたことが嘘のようにシンプルなる。吉田さんとの話を思い出しながら、改めてそんな気がした。
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最近、youtubeで将棋の羽生さんの動画を何故か見るようになった。羽生マジックという言葉がよくでるように、同じプロでも驚くような手を打ってくるところがなんだかカッコよくて見とれてしまうんですよね。あの読みの凄さは、ある意味超能力なんじゃないかなぁとさえ思う。
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先週は、我が社の新入社員研修に行き、その後すぐに来期の新卒面接がスタート。入社後の社員と、来年入社するかも知れない社員を思いだしながらふと思ったこと。面接の時の印象通りで期待通りそのままの人ってどのくらいいるのかなぁ。
実際働いてみてもらわないと分からない部分は大きいから、どんな人を採用したいと思っているのか?採用したくない人はどんな人なのか?それだけは面接でもあえてハッキリ言ってみることにした。こちらが内定をだそうが、それを踏まえて考えてもらいたいと思って。
別に面接を軽視しているわけじゃないけど、アルバイトとかでも、採用した時に最初は周囲からその人に他する良くない評判が聞こえたりしても、そういう人が頑張って続けていって評価がガラリと良いものに変わるのをけっこう見てきたから。やっぱり仕事してみないと分からない。
だから、
①仕事を続けやすい人間関係の職場であるかどうか?
②この人に何をしてあげられるだろうか?
という気持ちで面接し採用すること。
この2つが大事なんじゃなかなぁと思うのです。①は本人の課題もあるから準備できるようなものではないかも知れませんが、②は採用する側としてそういう気持ちでいたいと思うのです。
面接に関する勉強も色々したし、その中で「なるほど、すごいなl!」と腑に落ちることもあったが、人は人によって変わっていくし、人でしか変わらないものですから。
それに店舗でアルバイトのスタッフの採用をしている時から思っていたことも関係している。
新しく入ってきたスタッフについて、入社して数ヶ月しか経っていないのに、その人の気に入らない面を取りだしてあーだこーだという話を聞くのが、僕はすごく嫌だったんですね。自分が採用したのだからというのもありますし。
たしかに、仕事の覚えが良くて人間的にも良い人を採用したいというのはありますけれど。でもですね、価値を生み出すのは本人の努力だけじゃないと思うんですよ。
部下と上司の関係というと分かりやすいだろうか。それを面接の段階から心して学生の皆さんと接していけば短時間ではあっても良い関係づくりができるかなぁと思うのです。そこに何かを感じる人に来てほしいってことです。
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先週は、我が社の新入社員研修に行き、その後すぐに来期の新卒面接がスタート。入社後の社員と、来年入社するかも知れない社員を思いだしながらふと思ったこと。面接の時の印象通りで期待通りそのままの人ってどのくらいいるのかなぁ。
実際働いてみてもらわないと分からない部分は大きいから、どんな人を採用したいと思っているのか?採用したくない人はどんな人なのか?それだけは面接でもあえてハッキリ言ってみることにした。こちらが内定をだそうが、それを踏まえて考えてもらいたいと思って。
別に面接を軽視しているわけじゃないけど、アルバイトとかでも、採用した時に最初は周囲からその人に他する良くない評判が聞こえたりしても、そういう人が頑張って続けていって評価がガラリと良いものに変わるのをけっこう見てきたから。やっぱり仕事してみないと分からない。
だから、
①仕事を続けやすい人間関係の職場であるかどうか?
②この人に何をしてあげられるだろうか?
という気持ちで面接し採用すること。
この2つが大事なんじゃなかなぁと思うのです。①は本人の課題もあるから準備できるようなものではないかも知れませんが、②は採用する側としてそういう気持ちでいたいと思うのです。
面接に関する勉強も色々したし、その中で「なるほど、すごいなl!」と腑に落ちることもあったが、人は人によって変わっていくし、人でしか変わらないものですから。
それに店舗でアルバイトのスタッフの採用をしている時から思っていたことも関係している。
新しく入ってきたスタッフについて、入社して数ヶ月しか経っていないのに、その人の気に入らない面を取りだしてあーだこーだという話を聞くのが、僕はすごく嫌だったんですね。自分が採用したのだからというのもありますし。
たしかに、仕事の覚えが良くて人間的にも良い人を採用したいというのはありますけれど。でもですね、価値を生み出すのは本人の努力だけじゃないと思うんですよ。
部下と上司の関係というと分かりやすいだろうか。それを面接の段階から心して学生の皆さんと接していけば短時間ではあっても良い関係づくりができるかなぁと思うのです。そこに何かを感じる人に来てほしいってことです。
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先日のブログで、自分の上司への不満や愚痴を、他の上位職者へぶつけることの危険性について書いたところ、上司が自分の部下のことを他の部下に言うのはどうなのか?というコメントをいただきました。
たしかにこれも可能性としてはあることですよね。実は先日、社内の会議で各店舗の支配人の前でこんなことを話した。
新しく入った社員にしろアルバイトにしろ、上司が陰で他の従業員に自分の愚痴を言っていると知ったら、これほど辛いことはないよ。辞めたくなるよ。
ということ。
実は、僕は自分がそれをやってしまったと思う経験がある。20代の男性スタッフを採用したのだが、仕事に手を抜く場面が多いというかサボるんですね。ズルとでもいいましょうか。
発見する度に注意をしていたのだが、なかなかそれがなおらず、周囲のスタッフから愚痴を聞く機会も増えはじめて、僕はついそれに便乗してしまったことがあったんですね。
そしてその数日後、突然「辞めます」と言われた。理由は、社員で他の仕事が見つかったとのことで。彼のことを嫌っていたわけではないのでその時は「そうか、しょうがないなぁ」と思っていた。
その後、彼から返却されたユニフォームを他のスタッフを通じて受け取ったのだが、袋の中身を見ると僕宛に手紙が入っていた。
そこに書かれていたことは、今まで僕に何度も注意を受けたことの内容と、それに対する反省の言葉、そして最後に「内海さんに色々教えてもらったのに、本当に申し訳ありません」と辞めたことに対するお詫びの言葉。
それが意外に思えてしょうがなかった。信じられなかったんですね。なぜかというと、注意して叱ってもすぐに言い訳ばかりで、反省の弁がないどころか納得いかないような表情と態度ばかりだったから。
その彼が手紙でこのようなことを書き残すなんて別人かと思ったくらい。その時ハッとした。僕が彼のいないところで、他のアルバイトスタッフの愚痴に便乗していたのが、もしかして彼の耳に入ったのでは?ということ。
僕の彼に対する不満を人伝いに知ったとすれば、それは「辞めろ」と言われているのと同じではないだろうか?しかも人伝いであれば、どんだけ話が盛られているかも分からない。
普段は反省の態度を見せないものの、それは面と向かって叱られるのとは訳がちがう。こたえたのではないだろうか?
「ハァァー、やってしまったかも・・・」
手紙を読み終えて思わず片方の肘をデスクにつき、目と額を手のひらで覆いながらため息をついたことを今だに覚えている。
申し訳なかった。もしかしたら僕は彼の勇気を完全に挫いたのかもしれない。真実はどうだったは分からないけど、タイミング的にも、手紙の内容的にも、そう捉えることができる状況だった。
そんな痛い失敗経験を思い出しながら支配人の皆さんの前で、決して本人がいないところで愚痴や不満を漏らしてはならない、という話をした。
期待を込めるような言い方ならまだいいけど。まぁでも、やはり人伝いってのは怖いから、周囲の愚痴話には乗らないように常に気をつけるべきじゃないだろうか。
メンバーが上司への不満や愚痴を長々と話したりするのは、「ある意味」楽しい部分もあるだろうし、言わなきゃやってられないだろう。でも倫理的な問題がある場合を除けば、上司が同じ場所で働くメンバーのことを、他のメンバーと一緒になって不満を漏らすってのはタブーじゃないかな
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たしかにこれも可能性としてはあることですよね。実は先日、社内の会議で各店舗の支配人の前でこんなことを話した。
新しく入った社員にしろアルバイトにしろ、上司が陰で他の従業員に自分の愚痴を言っていると知ったら、これほど辛いことはないよ。辞めたくなるよ。
ということ。
実は、僕は自分がそれをやってしまったと思う経験がある。20代の男性スタッフを採用したのだが、仕事に手を抜く場面が多いというかサボるんですね。ズルとでもいいましょうか。
発見する度に注意をしていたのだが、なかなかそれがなおらず、周囲のスタッフから愚痴を聞く機会も増えはじめて、僕はついそれに便乗してしまったことがあったんですね。
そしてその数日後、突然「辞めます」と言われた。理由は、社員で他の仕事が見つかったとのことで。彼のことを嫌っていたわけではないのでその時は「そうか、しょうがないなぁ」と思っていた。
その後、彼から返却されたユニフォームを他のスタッフを通じて受け取ったのだが、袋の中身を見ると僕宛に手紙が入っていた。
そこに書かれていたことは、今まで僕に何度も注意を受けたことの内容と、それに対する反省の言葉、そして最後に「内海さんに色々教えてもらったのに、本当に申し訳ありません」と辞めたことに対するお詫びの言葉。
それが意外に思えてしょうがなかった。信じられなかったんですね。なぜかというと、注意して叱ってもすぐに言い訳ばかりで、反省の弁がないどころか納得いかないような表情と態度ばかりだったから。
その彼が手紙でこのようなことを書き残すなんて別人かと思ったくらい。その時ハッとした。僕が彼のいないところで、他のアルバイトスタッフの愚痴に便乗していたのが、もしかして彼の耳に入ったのでは?ということ。
僕の彼に対する不満を人伝いに知ったとすれば、それは「辞めろ」と言われているのと同じではないだろうか?しかも人伝いであれば、どんだけ話が盛られているかも分からない。
普段は反省の態度を見せないものの、それは面と向かって叱られるのとは訳がちがう。こたえたのではないだろうか?
「ハァァー、やってしまったかも・・・」
手紙を読み終えて思わず片方の肘をデスクにつき、目と額を手のひらで覆いながらため息をついたことを今だに覚えている。
申し訳なかった。もしかしたら僕は彼の勇気を完全に挫いたのかもしれない。真実はどうだったは分からないけど、タイミング的にも、手紙の内容的にも、そう捉えることができる状況だった。
そんな痛い失敗経験を思い出しながら支配人の皆さんの前で、決して本人がいないところで愚痴や不満を漏らしてはならない、という話をした。
期待を込めるような言い方ならまだいいけど。まぁでも、やはり人伝いってのは怖いから、周囲の愚痴話には乗らないように常に気をつけるべきじゃないだろうか。
メンバーが上司への不満や愚痴を長々と話したりするのは、「ある意味」楽しい部分もあるだろうし、言わなきゃやってられないだろう。でも倫理的な問題がある場合を除けば、上司が同じ場所で働くメンバーのことを、他のメンバーと一緒になって不満を漏らすってのはタブーじゃないかな
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先日、恋愛相談のメッセージをいただきました。興味深い内容だったので、ちょっとだけネタで書かせていただきます。プーさん(メーセージくれた男性)さん、すみません。
彼女に言われた困った一言。「わたしは、自分を自由にしてくれる人がいいの」ということ。
「彼女のために色々なことを努力して頑張っているつもりだけど、そういうことを言われると不安でしょうがなくなる。」というプーさんさん。
そいういうこと言っちゃう女性って、多分ですね、自由にしてほしいけど特別に扱ってもらいたいって気持ちが強いんじゃないかな。
もしプーさんさんの努力ってのが、彼女が好きそうな物をプレゼントしたり、モノ以外でも何か特別な気分を味あわせてあげようってものになってしまっているのなら、ちょと考えた方がいい。
その特別感が小さくなったり、他にも特別感をくれる男性がいたら、簡単にそっちいっちゃいますよ。今までかけてきたお金や時間や労力は関係ありません。すごく気難しい一面も持っていて、ちょっとしたケンカでも電話やLINEをシカトしません?そういう時、たいへんで疲れません?
もし的を得ている部分があれば。プーさんさんの人生は、その彼女のためにあるわけではありません。と僕は思います。意見を聞く相手間違えましたかね(^_^;)
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さて、話を変えて。
最近、電車に乗っていると、新入社員なんだろうなぁという感じの人達をたくさん目にする。外見というか、雰囲気的にそれがでているんですよね。仕事の内容について、あれこれ話しているのが耳に入ってきたりするんだけど、ついついそこで説いてあげたくなるようなこともあったりするものです笑
そんなことから思った話です。
僕が新入社員の頃はどうだったかなぁと記憶をたどる。当時会社のサッカー部(実はブラウブリッツの前身)に所属していて、仕事は15時まで、そっから数時間練習という日々。アマチュアにしては素晴らしい待遇だった。
そのせいなのか、僕がするべき仕事ってのはよく決まっていなかった。とりあえずWindowsとExcelの本を渡されて「これで勉強してね」って感じ。
周囲に何かを話しかけられるわけでもなく、ただ黙々と本とパソコンに向かった。当時はパソコンのことなど全く知らなかったので、「すげえなぁこんなことできるのか」てな感じでのめり込み、どんどん覚えてった。でも周囲からすれば、何もやることを与えられていなくて、毎日あんなことばっかでかわいそうになぁ、くらいに思われていたかもね。
当の本人はまったくそんことなく、Excelでいろんなことができる自分に酔いしれている状態(笑)。ブラインドタッチの早打ちもできるようになった頃には、誰かにそれを披露したくてしかたなかったものである。
社内のどこを見渡してもそういった技術を使っている人は皆無。10本ある指の4本しか使っていない人ばかり。
今思うと、その頃から僕は「人に教える」ってことがすごく好きだったのかなぁ。幸いなことにそれらの技術は後々大きく役に立つ。後輩にもExcelの扱い方や、簡単にブラインドタッチをマスターする方法などを教えることもできた。
入社して最初の数ヶ月間は、そんな感じで放置っぽかったかな。でもですね、やっぱり知らないことを知るってのは、すごく大切だし、楽しいことだと僕は思うんですね。
「わたしはパソコンは苦手なんで」とか今与えられていることがつまらなくて「もっとやりがいがあって楽しい仕事がしたい」とか思っている新入社員がいたらそのことを伝えたい。
表面上の好き嫌い、面白い面白くない、それで判断するのは実にもったいない。仕事が楽しくなるかどうかは
「知らないことを知ろうとする」その姿勢の有無だと思う。目の前にあることを一生懸命やってみるってことですね。
楽しい仕事など無いと思った方がいい。仕事に楽しさを感じている人は、ほぼ例外なく自分で仕事を楽しくしていて、そういった姿勢で取り組んでいる。
そしてその姿勢が感じられる人を、上司や会社は放っておかない。同じことだけをやらせ続けるなんてことはないと断言できる。表面上の楽しい楽しくないだけで仕事を判断している人にはそれと反対のことが起きる。
与えられた目の前ことに集中する。知らないことを知るってのはすごく楽しいこと。新入社員にそれを説いても腹に落ちないかもしれないが、なんかそれを感じるようなきっかけ作りを仕掛けられないかなぁ。
我が社の新入社員の顔を思い浮かべながら、そんなことを考えてみた。。。
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彼女に言われた困った一言。「わたしは、自分を自由にしてくれる人がいいの」ということ。
「彼女のために色々なことを努力して頑張っているつもりだけど、そういうことを言われると不安でしょうがなくなる。」というプーさんさん。
そいういうこと言っちゃう女性って、多分ですね、自由にしてほしいけど特別に扱ってもらいたいって気持ちが強いんじゃないかな。
もしプーさんさんの努力ってのが、彼女が好きそうな物をプレゼントしたり、モノ以外でも何か特別な気分を味あわせてあげようってものになってしまっているのなら、ちょと考えた方がいい。
その特別感が小さくなったり、他にも特別感をくれる男性がいたら、簡単にそっちいっちゃいますよ。今までかけてきたお金や時間や労力は関係ありません。すごく気難しい一面も持っていて、ちょっとしたケンカでも電話やLINEをシカトしません?そういう時、たいへんで疲れません?
もし的を得ている部分があれば。プーさんさんの人生は、その彼女のためにあるわけではありません。と僕は思います。意見を聞く相手間違えましたかね(^_^;)
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さて、話を変えて。
最近、電車に乗っていると、新入社員なんだろうなぁという感じの人達をたくさん目にする。外見というか、雰囲気的にそれがでているんですよね。仕事の内容について、あれこれ話しているのが耳に入ってきたりするんだけど、ついついそこで説いてあげたくなるようなこともあったりするものです笑
そんなことから思った話です。
僕が新入社員の頃はどうだったかなぁと記憶をたどる。当時会社のサッカー部(実はブラウブリッツの前身)に所属していて、仕事は15時まで、そっから数時間練習という日々。アマチュアにしては素晴らしい待遇だった。
そのせいなのか、僕がするべき仕事ってのはよく決まっていなかった。とりあえずWindowsとExcelの本を渡されて「これで勉強してね」って感じ。
周囲に何かを話しかけられるわけでもなく、ただ黙々と本とパソコンに向かった。当時はパソコンのことなど全く知らなかったので、「すげえなぁこんなことできるのか」てな感じでのめり込み、どんどん覚えてった。でも周囲からすれば、何もやることを与えられていなくて、毎日あんなことばっかでかわいそうになぁ、くらいに思われていたかもね。
当の本人はまったくそんことなく、Excelでいろんなことができる自分に酔いしれている状態(笑)。ブラインドタッチの早打ちもできるようになった頃には、誰かにそれを披露したくてしかたなかったものである。
社内のどこを見渡してもそういった技術を使っている人は皆無。10本ある指の4本しか使っていない人ばかり。
今思うと、その頃から僕は「人に教える」ってことがすごく好きだったのかなぁ。幸いなことにそれらの技術は後々大きく役に立つ。後輩にもExcelの扱い方や、簡単にブラインドタッチをマスターする方法などを教えることもできた。
入社して最初の数ヶ月間は、そんな感じで放置っぽかったかな。でもですね、やっぱり知らないことを知るってのは、すごく大切だし、楽しいことだと僕は思うんですね。
「わたしはパソコンは苦手なんで」とか今与えられていることがつまらなくて「もっとやりがいがあって楽しい仕事がしたい」とか思っている新入社員がいたらそのことを伝えたい。
表面上の好き嫌い、面白い面白くない、それで判断するのは実にもったいない。仕事が楽しくなるかどうかは
「知らないことを知ろうとする」その姿勢の有無だと思う。目の前にあることを一生懸命やってみるってことですね。
楽しい仕事など無いと思った方がいい。仕事に楽しさを感じている人は、ほぼ例外なく自分で仕事を楽しくしていて、そういった姿勢で取り組んでいる。
そしてその姿勢が感じられる人を、上司や会社は放っておかない。同じことだけをやらせ続けるなんてことはないと断言できる。表面上の楽しい楽しくないだけで仕事を判断している人にはそれと反対のことが起きる。
与えられた目の前ことに集中する。知らないことを知るってのはすごく楽しいこと。新入社員にそれを説いても腹に落ちないかもしれないが、なんかそれを感じるようなきっかけ作りを仕掛けられないかなぁ。
我が社の新入社員の顔を思い浮かべながら、そんなことを考えてみた。。。
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可児市より。ホテルから目的地まで可児川を眺めつつのんびりと20分ほど歩くコース。農道みたいな感じですね。のどかな感じ。
でも、朝にネットでニュースを斜め読みしていると、とにかく地震のことばかり。当然ですけど。東日本大震災の時には、僕も大変な光景や状況を目の当たりにして、本当に地震の怖さと大変さを知ったから、こういうことが起きて状況を見聞きすると自然と体が力んでいるんですね。固まってしまうんですよ。「あれ、今呼吸止まってたんじゃないか?」ってくらい。
そんな朝だったが、カルガモの親子(多分)が、川で遊んでいる風景を目にしながら歩いていると何となく無心になれた気がした。
周辺はけっこう田舎っぽいんだけど、少し車通りが多いところにマクドナルドがあったんですね。それを見てびっくり。入口の外まで人が並んでいるんですよ。こんなマック最近見たことあったかなぁ?って。
腐らないパンやポテトなどが話題になったり体に悪いというイメージが広がっていたけど、あれってよく考えるとある意味称賛すべきマジックじゃないかな。でもですね、そういうマジックは世の中の食品にはいたるところに存在することはあまり知られていない。
マックの場合、それでもなお行列ができるお店があるんだから、もうミラクルですよね。もう1つミラクルなのはそれだけ人が食べたがるくらいおいしいものが、あんな安い値段で、あんなスピーディにでてくるってこと。
かつてマックが成長し続けた要因はそこなんじゃないかな。上記のようなことがシステム化されているという点で抜きでていたということ。そして消費者もそれをどんどん求めるようになったじゃないですか。
それによって歪みがでてきたことはおそらく否めないだろう。チキンナゲットの事件なんかもそういったことが原因の1つじゃない?もちろん企業にも責任はあるけど、社会がそれを求め過ぎてしまったと。それに応えようと必死だった面もあったんじゃないかなぁ。
別にマックを擁護するわけではないけど食品に限らず、マジックのようなことを当たり前に感じてそれを求め続けていると、最後には自分(消費者)に返ってくるってことはよーく考えてみた方がいいんじゃないだろうか。
当たり前だと思っているマジックのようなことは、きっと無数にある。でもそれらが何かしらの形で自分に跳ね返ってきているという自覚がない、気づいていないだけだろう。マックはたまたま表にでてしまっただけ。そう思った方が間違いない。
マジックを追及することは、ほどほどにしないとね。圧力をかけ続けている側の人たちが、それによって起こった出来事に対し「困った」「ひどい」などと被害者面するのは実に片腹痛い話だ。
これって、人間関係でも起こっていることなんじゃないかな。求め過ぎれば歪んでくる。それが自分に跳ね返ってきていることに気づこうともせず、不足していることへ不満をもらし。そんなことを考えると、カルガモに癒されたはずの心身がいつのまにかまた力んでいた。
許し、譲り、分け合い、感謝しよう。不満を感じた時こそ、そんな気持ちを思い出したいものです。マックの列に並ぶ人達をみながら、そんなことを思ったけど、マックからこんなことを考えるなんて、ちょっと変かな。
でもまだ、心の余裕はたぶん大丈夫そう笑
でも、朝にネットでニュースを斜め読みしていると、とにかく地震のことばかり。当然ですけど。東日本大震災の時には、僕も大変な光景や状況を目の当たりにして、本当に地震の怖さと大変さを知ったから、こういうことが起きて状況を見聞きすると自然と体が力んでいるんですね。固まってしまうんですよ。「あれ、今呼吸止まってたんじゃないか?」ってくらい。
そんな朝だったが、カルガモの親子(多分)が、川で遊んでいる風景を目にしながら歩いていると何となく無心になれた気がした。
周辺はけっこう田舎っぽいんだけど、少し車通りが多いところにマクドナルドがあったんですね。それを見てびっくり。入口の外まで人が並んでいるんですよ。こんなマック最近見たことあったかなぁ?って。
腐らないパンやポテトなどが話題になったり体に悪いというイメージが広がっていたけど、あれってよく考えるとある意味称賛すべきマジックじゃないかな。でもですね、そういうマジックは世の中の食品にはいたるところに存在することはあまり知られていない。
マックの場合、それでもなお行列ができるお店があるんだから、もうミラクルですよね。もう1つミラクルなのはそれだけ人が食べたがるくらいおいしいものが、あんな安い値段で、あんなスピーディにでてくるってこと。
かつてマックが成長し続けた要因はそこなんじゃないかな。上記のようなことがシステム化されているという点で抜きでていたということ。そして消費者もそれをどんどん求めるようになったじゃないですか。
それによって歪みがでてきたことはおそらく否めないだろう。チキンナゲットの事件なんかもそういったことが原因の1つじゃない?もちろん企業にも責任はあるけど、社会がそれを求め過ぎてしまったと。それに応えようと必死だった面もあったんじゃないかなぁ。
別にマックを擁護するわけではないけど食品に限らず、マジックのようなことを当たり前に感じてそれを求め続けていると、最後には自分(消費者)に返ってくるってことはよーく考えてみた方がいいんじゃないだろうか。
当たり前だと思っているマジックのようなことは、きっと無数にある。でもそれらが何かしらの形で自分に跳ね返ってきているという自覚がない、気づいていないだけだろう。マックはたまたま表にでてしまっただけ。そう思った方が間違いない。
マジックを追及することは、ほどほどにしないとね。圧力をかけ続けている側の人たちが、それによって起こった出来事に対し「困った」「ひどい」などと被害者面するのは実に片腹痛い話だ。
これって、人間関係でも起こっていることなんじゃないかな。求め過ぎれば歪んでくる。それが自分に跳ね返ってきていることに気づこうともせず、不足していることへ不満をもらし。そんなことを考えると、カルガモに癒されたはずの心身がいつのまにかまた力んでいた。
許し、譲り、分け合い、感謝しよう。不満を感じた時こそ、そんな気持ちを思い出したいものです。マックの列に並ぶ人達をみながら、そんなことを思ったけど、マックからこんなことを考えるなんて、ちょっと変かな。
でもまだ、心の余裕はたぶん大丈夫そう笑
西新宿駅のタリーズより。今日は土曜日の朝のせいか、店内はとても落ち着いている。普段なら電源のついている席を選んでパソコンを開くところだが、今日は一人用ソファに体を埋めてゆっくりと読書してみた。
静かなカフェは助かる。集中して本を読む環境としては最高だが、なかなかそういう機会はつくれない。
本日の一冊。ダン・ケネンディ。そうとう読みこんでボロボロになってきたけど、なぜか最近ずっと持ち歩いている本。

タイトル通り、価格に関する戦略本だが、競合のプレッシャーに負けて価格を下げることだけはしていけないという教えを思い出し、改めて読み返してみた。
それはゆっくりと時間をかけて傷口を広げ、その間にも利益は少しずつ確実に削り取られていき、やがて致命傷となる、そのことを教えてくれます。
値引き競争で勝てるくらい強い体質を持っているならまだいいけど、逆にヤラレ続けているのにそれでも値引きでなんとかしのごうとするようなやり方ですね。
競合のプレッシャーに負けて行うだけの値引きの場合、そこには何の努力もない。簡単にできてしまいます。
業界内外問わずそういう状況を見てきて感じたこと。それは、
『簡単にできることをやろうと考えている時って、本当にそれをすべきかどうか?という思考が著しく弱まってしまうんじゃないだろうか』
ってこと。
値引きの決断は気が重くても、やろうと思えば簡単にできちゃうから。人間楽な方に流れるもんです。値引きするという目的を達成するために、それに見合った理由を探します。本当は値引きなんてしたくありませんから、どうにかしてそれを正当化しなくてはいけない。
多分値引きってのは中毒なんですよね。中毒を直すには、その原因となる行為を断つことに拘るしかない。それによって中毒を克服し、別な方法で目的を達成する思考や行動が生まれるんじゃないかな。
価格って、中毒を引き起こすくらい思考をぶち壊してくるテロリストみたいなもんだ。
あとは「無料」や「安すぎ」ってのは、なぜそんなに安いのか理由が分からないと「あやしい」と無意識に感じる例ってけっこうありますよね。消費者にとって理由が分からない「安すぎ」は、「あやしい」を自ら宣伝していることになる可能性もある。
なぜこれらのことが平気で行われてしまうのか?その理由の1つとして、この本に書かれていること。
『大半のビジネスが、常に値下げが必要な状況に追い込まれる理由は、仕掛ける釣り竿が少なすぎるからだ』
既存のものをブラッシュアップしつつ、釣り竿も増やしていかないと、ってことだなぁ。そんなことを改めて考えつつ、これから全店支配人が集まる会議へ!
静かなカフェは助かる。集中して本を読む環境としては最高だが、なかなかそういう機会はつくれない。
本日の一冊。ダン・ケネンディ。そうとう読みこんでボロボロになってきたけど、なぜか最近ずっと持ち歩いている本。

タイトル通り、価格に関する戦略本だが、競合のプレッシャーに負けて価格を下げることだけはしていけないという教えを思い出し、改めて読み返してみた。
それはゆっくりと時間をかけて傷口を広げ、その間にも利益は少しずつ確実に削り取られていき、やがて致命傷となる、そのことを教えてくれます。
値引き競争で勝てるくらい強い体質を持っているならまだいいけど、逆にヤラレ続けているのにそれでも値引きでなんとかしのごうとするようなやり方ですね。
競合のプレッシャーに負けて行うだけの値引きの場合、そこには何の努力もない。簡単にできてしまいます。
業界内外問わずそういう状況を見てきて感じたこと。それは、
『簡単にできることをやろうと考えている時って、本当にそれをすべきかどうか?という思考が著しく弱まってしまうんじゃないだろうか』
ってこと。
値引きの決断は気が重くても、やろうと思えば簡単にできちゃうから。人間楽な方に流れるもんです。値引きするという目的を達成するために、それに見合った理由を探します。本当は値引きなんてしたくありませんから、どうにかしてそれを正当化しなくてはいけない。
多分値引きってのは中毒なんですよね。中毒を直すには、その原因となる行為を断つことに拘るしかない。それによって中毒を克服し、別な方法で目的を達成する思考や行動が生まれるんじゃないかな。
価格って、中毒を引き起こすくらい思考をぶち壊してくるテロリストみたいなもんだ。
あとは「無料」や「安すぎ」ってのは、なぜそんなに安いのか理由が分からないと「あやしい」と無意識に感じる例ってけっこうありますよね。消費者にとって理由が分からない「安すぎ」は、「あやしい」を自ら宣伝していることになる可能性もある。
なぜこれらのことが平気で行われてしまうのか?その理由の1つとして、この本に書かれていること。
『大半のビジネスが、常に値下げが必要な状況に追い込まれる理由は、仕掛ける釣り竿が少なすぎるからだ』
既存のものをブラッシュアップしつつ、釣り竿も増やしていかないと、ってことだなぁ。そんなことを改めて考えつつ、これから全店支配人が集まる会議へ!
先日、某同業他社でトレーナーの教育担当を行っている知人から長文の相談がきてやりとした時のこと。
教育担当の彼は、現場に教える立場であり、人間性も素敵な人物なんもんだから研修に行った時に直で色々相談を受ける。その中で、現場のトーレーナーが上司の批判を彼に対して言ってくることがあり困っているという。
『内海さんだったら、そういう時どう返しますか?』というのが相談の主旨で彼はそれをやめさせたい、というものだった。
言っていることは受け止めようとするけど、そういう言動が生み出すリスクをちゃんと教えてあげることかなぁ。僕はそう答えた。
現場からは『相談があるんですけど・・・』とくるのだが、実際のところは相談ではなく一方的に上司を批判をして、『自分、間違ったこと言っていますかね?』という感じだとのこと。
たぶんそういう人って『話し合い』というものを知らないかできないんじゃないだろうか。相手を否定することしか頭にないことも直接言えない原因の1つかもしれない。
言えたとしても、自分がどう感じているかが全てだから、相手の言い分を聞く気なんてハナから無い。話し合いになんかならないでしょう。
同じ立場の同僚や、会社と関係ない友達とかに対して、愚痴や不満を話すってのはよくありますが、他の上位職者へ自分の上司批判をするというのは、それなりの目的があってのことですよね。
全てがそうだと言うつもりはないけど、そういうことを平気で言ったりやってしまうことのリスクは知っておいた方がよいかなぁと思う。
今時ありがちなSNS使って鬱憤晴らしをしているのと同じくらい痛い行為だと僕は思うんですね。かなりの確率で自分にダメージが返ってくる。しかもそれは自分の知らないところで。どいういう意味かというと。。。
『相談ではなく影響力のある人を利用しようとしている』
『単純に他者攻撃を目的としている(うさ晴らし、印象を悪くさせる)』
相談を受けた人からも、周囲の他の人からもそういうふうに見られてしまいがちになる。気づかぬは本人だけで、周囲は「あーまたやってるね」という感じです。それだと言動は正しくても、人間性を認めてもらえない。
そうなると苦しい。『自分は正しいことを言っているのになぜ?』の状態から抜け出せず、またしても上司や環境のせいにしようとする悪循環。
『自分に対する自己評価と周囲の印象にかなり大きな差があることに気づいていない人』
というと分かりやすいんじゃないだろうか。ピタリ同じってことはなかなかないけど、大きなズレってのは意外に起こりますよね。
だいぶ大人になってから気づいたけど、僕自身、中学生の時から30代半ばくらいまでそういう人間だったなぁと思うような言動が多々記憶にあるんですね笑
今でも、ふと当時を思い出して「嫌だなぁ、恥ずかしいなぁ」って思うことも実はちょくちょくある。良い戒めにはなっていますね。自分じゃなかなか気づけないもんです。
そんな話のやりとりを冒頭の彼としながら、改めて思った。こういう例に限らず、批判しようとしている相手に対して、その人が何を求めているのかをまずは直接聴くことからじゃないかと。自分の意見抜きにして。
上司や部下という立場関係なく、良い人間関係を築くことが大事だと気づいた側から先に行動すればそれでいいんじゃないかな。
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教育担当の彼は、現場に教える立場であり、人間性も素敵な人物なんもんだから研修に行った時に直で色々相談を受ける。その中で、現場のトーレーナーが上司の批判を彼に対して言ってくることがあり困っているという。
『内海さんだったら、そういう時どう返しますか?』というのが相談の主旨で彼はそれをやめさせたい、というものだった。
言っていることは受け止めようとするけど、そういう言動が生み出すリスクをちゃんと教えてあげることかなぁ。僕はそう答えた。
現場からは『相談があるんですけど・・・』とくるのだが、実際のところは相談ではなく一方的に上司を批判をして、『自分、間違ったこと言っていますかね?』という感じだとのこと。
たぶんそういう人って『話し合い』というものを知らないかできないんじゃないだろうか。相手を否定することしか頭にないことも直接言えない原因の1つかもしれない。
言えたとしても、自分がどう感じているかが全てだから、相手の言い分を聞く気なんてハナから無い。話し合いになんかならないでしょう。
同じ立場の同僚や、会社と関係ない友達とかに対して、愚痴や不満を話すってのはよくありますが、他の上位職者へ自分の上司批判をするというのは、それなりの目的があってのことですよね。
全てがそうだと言うつもりはないけど、そういうことを平気で言ったりやってしまうことのリスクは知っておいた方がよいかなぁと思う。
今時ありがちなSNS使って鬱憤晴らしをしているのと同じくらい痛い行為だと僕は思うんですね。かなりの確率で自分にダメージが返ってくる。しかもそれは自分の知らないところで。どいういう意味かというと。。。
『相談ではなく影響力のある人を利用しようとしている』
『単純に他者攻撃を目的としている(うさ晴らし、印象を悪くさせる)』
相談を受けた人からも、周囲の他の人からもそういうふうに見られてしまいがちになる。気づかぬは本人だけで、周囲は「あーまたやってるね」という感じです。それだと言動は正しくても、人間性を認めてもらえない。
そうなると苦しい。『自分は正しいことを言っているのになぜ?』の状態から抜け出せず、またしても上司や環境のせいにしようとする悪循環。
『自分に対する自己評価と周囲の印象にかなり大きな差があることに気づいていない人』
というと分かりやすいんじゃないだろうか。ピタリ同じってことはなかなかないけど、大きなズレってのは意外に起こりますよね。
だいぶ大人になってから気づいたけど、僕自身、中学生の時から30代半ばくらいまでそういう人間だったなぁと思うような言動が多々記憶にあるんですね笑
今でも、ふと当時を思い出して「嫌だなぁ、恥ずかしいなぁ」って思うことも実はちょくちょくある。良い戒めにはなっていますね。自分じゃなかなか気づけないもんです。
そんな話のやりとりを冒頭の彼としながら、改めて思った。こういう例に限らず、批判しようとしている相手に対して、その人が何を求めているのかをまずは直接聴くことからじゃないかと。自分の意見抜きにして。
上司や部下という立場関係なく、良い人間関係を築くことが大事だと気づいた側から先に行動すればそれでいいんじゃないかな。
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僕はスタバが好きです。でも行く機会が最近めっっっっっきり減ってきたんですね。好きなんだけども、絶対スタバってわけでもないんですよ。そこは少し変わったかな。
仕事で移動が多いと、念のため早めに目的地へ着くようにして、カフェでパソコン開き仕事をするビジネスマンって多分多いですよね。
僕もそんなことがちょくちょくあるのですが、スタバに行こうではなく、どっかカフェに行こうってのがあって、その中の1つに過ぎないってことです。
どこのスタバにいっても店員さんの接客は相変わらず素敵だし、コーヒーの味がまずくなったわけでもないんだけど、スタバも他のカフェもあまりにどこにでもあり過ぎ。そのせいなのか、もうコンビニみたいな感覚ですよ。
自宅がある秋田では以前は、ちょっと面倒でも行くと言う感じだったが、かなり近い距離にロードサイドでスタバ単体の店舗もできた。すぐ行ける。
どこに行ってもスタバはあるし、挙句の果てにはコンビニでも売っている。ドライブスルーまでありますからね。知ってました?
「スタバは体験という価値を売っている!」なんてことを未だに言っている人は、時代遅れ(コモディティ化については10年以上前から指摘されている)か、実はスタバになんか一切興味ない人なのかも知れません。
なんかこんなこと書いていると、「もはや、魅力はなくなった」みたいな感じだけど、まったくそんなことはありません。行く機会は減りつつも、やっぱり好きであることには変わりない。
店員さんの接客は他所とは全然違う。僕も普段はサービスを提供する側の人間だから、そういうところへ自然と目と気持ちがいくし、印象にも残るんですよね。だから好きだし、応援したい。
でも、どうなんでしょう。こんだけどこに行ってもあると、よりたくさんの人がそういうことに着目することってないのかな。コンビニ感覚みたいなもんですよね。そこが残念なのです。
仕事で移動が多いと、念のため早めに目的地へ着くようにして、カフェでパソコン開き仕事をするビジネスマンって多分多いですよね。
僕もそんなことがちょくちょくあるのですが、スタバに行こうではなく、どっかカフェに行こうってのがあって、その中の1つに過ぎないってことです。
どこのスタバにいっても店員さんの接客は相変わらず素敵だし、コーヒーの味がまずくなったわけでもないんだけど、スタバも他のカフェもあまりにどこにでもあり過ぎ。そのせいなのか、もうコンビニみたいな感覚ですよ。
自宅がある秋田では以前は、ちょっと面倒でも行くと言う感じだったが、かなり近い距離にロードサイドでスタバ単体の店舗もできた。すぐ行ける。
どこに行ってもスタバはあるし、挙句の果てにはコンビニでも売っている。ドライブスルーまでありますからね。知ってました?
「スタバは体験という価値を売っている!」なんてことを未だに言っている人は、時代遅れ(コモディティ化については10年以上前から指摘されている)か、実はスタバになんか一切興味ない人なのかも知れません。
なんかこんなこと書いていると、「もはや、魅力はなくなった」みたいな感じだけど、まったくそんなことはありません。行く機会は減りつつも、やっぱり好きであることには変わりない。
店員さんの接客は他所とは全然違う。僕も普段はサービスを提供する側の人間だから、そういうところへ自然と目と気持ちがいくし、印象にも残るんですよね。だから好きだし、応援したい。
でも、どうなんでしょう。こんだけどこに行ってもあると、よりたくさんの人がそういうことに着目することってないのかな。コンビニ感覚みたいなもんですよね。そこが残念なのです。