可児市より。ホテルから目的地まで可児川を眺めつつのんびりと20分ほど歩くコース。農道みたいな感じですね。のどかな感じ。
でも、朝にネットでニュースを斜め読みしていると、とにかく地震のことばかり。当然ですけど。東日本大震災の時には、僕も大変な光景や状況を目の当たりにして、本当に地震の怖さと大変さを知ったから、こういうことが起きて状況を見聞きすると自然と体が力んでいるんですね。固まってしまうんですよ。「あれ、今呼吸止まってたんじゃないか?」ってくらい。
そんな朝だったが、カルガモの親子(多分)が、川で遊んでいる風景を目にしながら歩いていると何となく無心になれた気がした。
周辺はけっこう田舎っぽいんだけど、少し車通りが多いところにマクドナルドがあったんですね。それを見てびっくり。入口の外まで人が並んでいるんですよ。こんなマック最近見たことあったかなぁ?って。
腐らないパンやポテトなどが話題になったり体に悪いというイメージが広がっていたけど、あれってよく考えるとある意味称賛すべきマジックじゃないかな。でもですね、そういうマジックは世の中の食品にはいたるところに存在することはあまり知られていない。
マックの場合、それでもなお行列ができるお店があるんだから、もうミラクルですよね。もう1つミラクルなのはそれだけ人が食べたがるくらいおいしいものが、あんな安い値段で、あんなスピーディにでてくるってこと。
かつてマックが成長し続けた要因はそこなんじゃないかな。上記のようなことがシステム化されているという点で抜きでていたということ。そして消費者もそれをどんどん求めるようになったじゃないですか。
それによって歪みがでてきたことはおそらく否めないだろう。チキンナゲットの事件なんかもそういったことが原因の1つじゃない?もちろん企業にも責任はあるけど、社会がそれを求め過ぎてしまったと。それに応えようと必死だった面もあったんじゃないかなぁ。
別にマックを擁護するわけではないけど食品に限らず、マジックのようなことを当たり前に感じてそれを求め続けていると、最後には自分(消費者)に返ってくるってことはよーく考えてみた方がいいんじゃないだろうか。
当たり前だと思っているマジックのようなことは、きっと無数にある。でもそれらが何かしらの形で自分に跳ね返ってきているという自覚がない、気づいていないだけだろう。マックはたまたま表にでてしまっただけ。そう思った方が間違いない。
マジックを追及することは、ほどほどにしないとね。圧力をかけ続けている側の人たちが、それによって起こった出来事に対し「困った」「ひどい」などと被害者面するのは実に片腹痛い話だ。
これって、人間関係でも起こっていることなんじゃないかな。求め過ぎれば歪んでくる。それが自分に跳ね返ってきていることに気づこうともせず、不足していることへ不満をもらし。そんなことを考えると、カルガモに癒されたはずの心身がいつのまにかまた力んでいた。
許し、譲り、分け合い、感謝しよう。不満を感じた時こそ、そんな気持ちを思い出したいものです。マックの列に並ぶ人達をみながら、そんなことを思ったけど、マックからこんなことを考えるなんて、ちょっと変かな。
でもまだ、心の余裕はたぶん大丈夫そう笑