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Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 雪が降ってきたので、モモと公園に散歩へ行ってきたよ。興奮してリードをぐいぐい引っ張り嬉しそう。

 

 

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 7年間、病気もせず健康で元気いっぱいのモモさんだけど少し前にすごく心配な出来事があった。

 

 犬と暮らしている人なら分かると思うけど、散歩に誘うとすごい嬉しそうに興奮するんですよね。

 僕は「散歩」とは言わず、いつも「行くか?」という言葉を使う。それを言うと、テンション上がって僕に突進してきて体当たりし、その後に玄関へ向かって走っていくんですね。

 

 でも玄関前でリードをつけるまではいいんだけど、そっから先が進まない。引っ張っても玄関の前を離れようとしない。僕が引っ張っても腹ばいになって、ガンとして動かない。で、散歩に行けないということが続いた。

 

 原因を調べようとマンションの管理人にも確認したら、かなり大きな音や振動がでる工事が玄関の真ん前で行われていたことが分かった。地面を砕く音と振動が室内にまで響いたため、モモはそれが怖くなり外に出られなくなってしまったていた。そう考えると説明がつく。

 

 僕は散歩をさせたくて、無理矢理外に出そうと引っ張っていたのがだが、まったく効果がなかった。モモも玄関までは行く気満々なのに、いざ玄関の外にでると動かなくなりお手上げ状態。

 

 僕は、モモとの主従関係がしっかり気づけていないことが原因だと思い無理矢理にでも外に出そうとしていたが、全く効果はナシ。工事は終わっているのだから、もう怖い音も振動もないのに外へ出ようとしないモモ。よほど警戒しているのだろう。

 

 これは時間がかかりそうだなと僕はあきらめていたのだが、妻がそれを解決してくれた。無理矢理外へ引っ張り出そうとせずに、モモが嫌がったその地点で『大丈夫だよ』と言いながら目線の高さを合わせモモに語りかける。

 それを繰り返した結果、モモは怖がりながらも外に出られるようになった。僕も無理に引っ張るのをやめて、妻と同じように声をかけてあげることを繰り返しているうちに、モモは回復してくれたのです。

 

 僕は、モモが工事の音と振動でどれほど怖い思いをしたのかを知らず考えず、なんでいつまでもそんなに怖がっているんだろうとしか思っていなかった。

 

 なんかね。これって人間関係にも言えることなんじゃないかな。

 

 相手の言動の理由を認めることができなかったとしても受け入れようと努力することで、相手の行動も変わるってこと。

 

 ビビりながらも、マンションの外にでてしまえば、いつも通りの元気いっぱいにお散歩してくるモモを見ながら、そんなことを考えていた。

 

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韓国とアメリカ大統領の話題で、世界が大きく揺れている最近ですが、トランプ氏のニュースや当選に対するリアクションを見ていた感じたこと。

 

トランプ氏が勝ったこともあって、これをビジネスに当てはめてふと考えてみたんですね。ビジネスでは大成功者ですから。

 

そうすると、まず1つ言えることは、「隠れトレンプ派」という言葉があったように、市場には潜在的なトランプ支持者が予想を超えて多かったということですよね。

このことを深く考えたいものです。

 

トランプ氏はその潜在的なニーズ、欲求の「何かを掴んでいた」からこそ、勝ったわけじゃないですか。それが何なのかを考えることが非常に重要なはずなのに、トランプ氏勝利に悲壮感や不満で騒ぎ立てている人々の多くは感情論に終始してしまっている。それってすごい苦しいことだなぁって思うんですね。

 

だって、自分とは違う考えや思いを持っている人の方が多かったことを受け入れられずにいるわけだから。

 

僕が普段読んでいるとあるメルマガではこんな表現をしていました。

 

『嫌いなやつが勝ったことを受け入れられずにいる』

 

ビジネスではそんなことを考えていると、気づいた時にはそこに適応した競合に囲まれ、やっつけられて路頭に迷うことだってある。今はそんな時代に変わりましたね。

成功しているところが、自分達と関係あるかどうかということすら関係ないし、まして自分がそれを好きか嫌いかといったことはもっと関係ない。

 

それが市場に受け入れられたという事実だけが関係ある。

 

感情的な見解をせずに、それを認める姿勢であり続けたいと思うのです。

日本のニュースや評論家のような人たちも、トランプ氏当選を受けて日本はどのような影響があるか?なんて話ばかりだけど、対処するしかやることはないんだから、そんなにフォーカスしてもしょうがないよ。

隠れトランプ派の決定的要因を考え、そこから学べることは何なのか?を発信できる人がでてきたら、意味深い出来事として変化していくのになぁと思うのです。

 

もう1つ今回の大統領選の結果を受けて感じたこと。隠れトレンプ派がこれだけ多かったことの理由です。SNSの影響力でしょ。それを見事に制したことじゃないかなぁ。

そもそもトランプ氏はビジネスでは成功している、世界でもトップクラスのマーケターですからね。そんな切れ者を負かすのは並み大抵なことでは無かったのかもですね(結果論ですが)。

 

たぶん、トランプ氏がアドバイスすれば朴大統領も今の危機をSNSで乗り越えられたりして。。。

 先日、長めの出張から帰宅すると、部屋の一角がこんなことになっていた。

 

 

数年前から日本でも広まり、導入する施設や専門スタジオもまぁまぁ増えてきた。エアリアルヨガ、ハンモンックヨガ、空中ヨガなど色々な呼び方やライセンス発行者がある。

 

 僕も都内のスタジオで1回体験したことがあるが、非常に気持ち良いものです。簡単にいうとカラダの硬くなった部分や、詰まっている部分がスッとほぐれて、終わったあとはカラダが軽くなるのを実感できる。普段、重力によってストレスを受けている筋肉や骨などが一気に開放される感じですね。

 

 レッスンを受けた後、すぐに効果を実感できるため、継続することで通常の床で行うヨガよりも機能改善、体調改善に効果が高いのではないかなぁと思います。

 空中フィットネスは、今は徐々に広がりつつある状況ですが、もしかしたら2~3年後にはこれがスタンダードプログラムとして色んなところで受けられるようになっている可能性もあるなぁ。

 

 それにしても妻の行動力には恐れ入った。ついこないだ、大金つぎ込んで研修を受けに行ったと思ったら、いきなりコレ。アメリカから布を取り寄せ、大工さんに頼んで木枠組み。まさか本当に自宅でここまでやるとは思っていなかった。ヨガ好きとはいえ、大したもんです。

 

 

 

 先週末は急な出張が入り都内へ。今日も都内で大切な案件があるのでそのまま東京で休日を過ごすことに。宿泊先を浅草にしたんだけど、ホテルのチェックインまで時間があったので、荷物だけ預けて周辺を歩いてみた。

 

 日曜日の浅草は初めてで、平日とはまったく人の数が違うことに驚いた。駅(TX)周辺をウロウロしてみると、道路沿いの店で昼からお酒飲んでいる人ばかり。JRAのWINSがあるせいかと思いきや、普通にカップルや観光目的っぽい人達の方が多い。

 もともと人の多いところは苦手なんだけど、浅草はなんだか時間の流れも人の動きもゆっくりしているように感じて居心地がよかった。気づいたら2時間以上グルグル歩き回っていた。

 

 でも歩きながら考えていたのは、今の自分についてだった。こんな風に居心地がいいと感じた時にハッと我に返るというか、不安を感じたりすることがあるんですよね。自分に対して「なんか油断していないかな」「調子に乗っていないかな」ってことを考えてしまう。

 

気が小さいだけだろうか笑

 

 良いことがあったり、続いたりした後には必ず悪いことが起こったり、楽しいことばかり夢中になって続けていると必ず辛い目に合う時が来る。そういう感覚が昔からある。人生も世の中も、それが自然な流れだと思うような出来事って多いし、僕もそれなりに経験してきた。

 

 

 そのことをこんな風にたとえていた人がいた。

 

『おみくじは引いてみないと吉か凶か、幸か不幸か分からないけど、吉が減るほど次は凶を引く確率が高くなる。両方存在しているのであって、どちらを引くかは単なる順番、タイミングだけのこと。』

 

 僕がハッとして考えていたのは、今自分はどっちの状態だろうか?ってこと。

 

 吉と凶、良いことと悪いことは均等に存在するものだ。だからその時々で感情を浮き沈み、一喜一憂させてもしょうがない。

 とはいっても、調子が良いと思う時にはそれを活かそうと努力や挑戦をするし、悪いことがあった時はおとなしく頭を低くし、好転に備えることを怠らないようにすることが必要。

 

 しかし難しいのは良い状態が続いている時でも、悪い状態へ備えること。これをつい忘れてしまいがち。調子に乗っているうちにサっと足をすくわれて転げ落ち、大ケガをすることもある。

 

 他人や社会には迷惑をかけていなくても、浮かれているつもりはなくても、凶を引く順番はいずれくるのだから。それはまったく関係ない人の恨みや嫉みかも知れないし、環境的な要因や社会情勢かも知れない。

 

    

 だからこう考えてみるのはどうか。

 

 楽しいことや良いことが続いた時は、あえて自分から何かを絶ってみる。得てきたものを自分から手放す。あるいは、今まで避けてきたことや辛いだろうなという道を、傷を受ける覚悟で選択したり、自分のためにはならない、誰かのために労力やお金、時間、自分の大切なものを捧げ、自分を優先しないようにする。

 

 そうやって自らの意思で吉を手放したり、得た吉を誰かのために使ったり、自ら凶を引き寄せたりしてバランスをとる。

 

 それを怠ったり、嘘をついたり、偽善的な言動で自分の吉を優先していればどうなるか?それは神様が許さないだろう。一気に失い、転げ落ちる。自分ではコントロールできない。

 強制的に奪われ失うよりは、自分から手放す、絶つ、捧げることでバランスを取りに行く方が望ましいと僕は思う。

 

 歩いていて心地よいと感じたのは久しぶりだったせいか、リラックスできたおかげで、今の僕はどうだろう?と振り返ることができた。実際の言動はまだまだ胸を張って言えるほどのものではないけど、この感覚は忘れずに人生を送りたい。

 

『大吉は凶に還る』 

『禍福はあざなえる縄のごとし』

『浮き沈み七度』

『爾に出ずるものは爾にかえる』

 

どれも自然の法則。それに逆らい、私欲を満たし続けることなどできない。自分が満たされている時ほど、自らそれを手放さなくてはいけないと思うのです。

 先日、妻とイオンへ買い物に行った時のこと。

 

『あれ、ミスドでパスタも始めたんだ』と妻が言う。

 

え?と思って振り返ると店舗の前には美味しそうなパスタの画像を載せたポスターが。

 

 ドーナツ専門店がパスタで集客、売上を強化しようとしている。なぜか?一瞬「は?」と思ったがすぐに察しがついた。

 

 ドーナツといえば、コンビニですよね。その影響だろう。これは僕の個人的見解ですが、子供や中高年がミスドでドーナッツを買うという機会は激減したのではないだろうか。コンビニで十分だろう。

 わざわざミスドへ行ってドーナッツを食べたり持ち帰ったりするのは、若い人だけになってきているのではないだろうか。

 

 ちょと気になって帰宅してから調べてみると、コンビニ大手がドーナッツ市場に参入後、ミスドは赤字に歯止めがかからないといっていい状況に陥っていることが分かった。それもかなり酷い。15年3月期で約2億円から、16年3月期では約14億円の赤字(営業損益)。

 

 3年前に、コンビニがミスドの競合になると予測できた人はいただろうか。今の世の中、2〜3年先も読めないくらい変化のスピードは激しい。

 

 にも関わらず

 

『パスタをやるなんて、事業の方向性に反している!』

 

 などという頭が固くて、従来のやり方やべき論を貫こうとする人間の意見が強ければ事業そのものを潰すスピードも早めることになるんじゃなだろうか。たぶんそういう人に限って、値下げで対応しようとする。

 

 企業が自分たちのブランドを消費者へ伝えることで成り立つのではなく、消費者によってブランディングされる時代である例の1つだろう。高級ブランドでさえも簡単に路頭に迷う。

 

 それにしてもコンビニの力は侮れない。次はどんな業種の事業が食われてしまうことか。セブンイレブンはドーナッツに力をいれて年間600億円超えを狙うというのだから侮れない。

 セブンカフェといい、セブンのスゴイところは、とにかく徹底的にやってくることだなぁ。国内のコーヒー消費もかなり増加したことだろう。『わたしたちはコーヒーではなく、体験という価値を売っているのだ』なんてことを言っていたスタバでさえ、ドライブスルーやコンビニ商品を展開している。

 

 消費する側にとっては、価値のあるものを選んで購入するというよりは、何でも気軽に試してみようという時代。業界、業種を問わず、そんなふうに変わってきているのではないだろうか。

 

 

 

 

未だに、このCMやっているみたいで、たまに僕のとことことへも質問が来るんですよねぇ。

 

ずいぶんロングセラーですね。

 

本当に英語を話せる人に聞いてみたらいい。聞き流すだけで英語を話せるようになるうですか?って。「うん」って言う人、絶対にいないだろうね。

 

聞いただけで英語が身につく?ありえないですねー。既にある程度学んでいる人にはいいのかも知れないけど。

 

発音の仕方を覚えないと、絶対に会話はできないですからね。

 

 

 

 

 対人関係や仕事の相談を受けた時、「自分に矢印を向けることが大事だ」と言えるくらい以前の自分に比べたら意識だけはマシになってきとは思う(ギリギリのレベルかも知れませんが)。でも仕事に関して言えば20代のころの僕はヒドイもんだった。相談受けて話し合ったあと、当時のことを毎回のように思い出すもんです。

 

 自分の中の正論でジャッジして相手に物申すということを当たり前のようにしていた時代だ。特に他部署の上司を語気鋭く批判しまくっていた。

 

 思ったことをズバッといえる人間というのは、同じ立場にいる仲間からすれば意欲があって責任感もあるやつなんだなぁと思われやすいけど、まずそれが勘違いの始まり。

 

 他部署の若手から「ホント、内海さんの言う通りですよ」なんてことも言われたりして、そうとういい気になってただろう。当時はそんな自覚なかったけど。

   

 先輩・上司から見れば、生意気、扱いづらい。そういう存在だった。 

 

 でもそれは30代前半で転職して、いろんな立場を経験するにつれて少しずつ分かったこと。

 

「~した方がよくないですか?」

「~ということをすべきではないですか?」

 

ということは簡単に言うくせに、それに対して自分ができることをやってみようという行動が伴っていない単なる批評家。自分はそういう人間だった。

 

 当然ながら、そういう人間に上司・先輩は仕事を任せにくい。任せてもらえなければ実績も信用もない。いつまでも口先だけの存在。

 

 責任を負いもせず、何もかも見通した気でいるのはたやすい。その立場に実際に立たない限り決して分からないことも多い。

 

でも当時の僕に、そんな説教をしたら間違いなく、200%こう言い返すだろう。

 

「自分がやっていいという権限があるならどんどん行動していますよ。」

「じゃぁ自分が思った通りに全部やらせもらえるんですか?」

 

で、決め台詞は

 

「自分の言っていることっておかしいですか?」

(おかしくはないけど、そういうことじゃないんだって!)

 

 行動していないのは、それができるだけのモノを与えられていないからだと言い、今の自分にできることはないか?それすら考えていないことを公表しているのに等しい。自分に矢印を向けようとしない。

 

■与えられないとやらない人間

 

 こんな相手に何かを任せても、うまくいかないことが発生すれば「それは自分が決められることではないから」とか、結局は他責にして終わりだろう。

 

 でも実際に与えてもらえないとできないことって結構多くない?という「言葉」は正論だと思う。現実的だ。特に費用がかかることとか、決裁権がないと無理。でもですね、そうでなくても自分がやれることを見つけて「行動」を起こす人もいて、そういう人には自然と信用も集まっているなぁと思う。それも現実じゃないかなぁ。

 

 正しいと思ったことを言葉で押し通すこともあるけど、それだけではいつまでも何も得られない。行動で自分の責任を果たそうとする人には、必要なものが後から手に入ってくるって考える方が流れとしては超自然なはず。

 

 そう考えて周囲に向けた指先をグルリと回して自分に向けてみると、大半のことは解決するんですよね。「あ、自分の捉え方、考え方次第だなぁ」って。

 他者や環境へ向けていたそれまでのストレスがすっと抜けて、心が穏やかになってくるのです。

 

 

 先日、大阪市内の某所をあるいていた時に、「ポケモンGO禁止」という掲示物をみかけました。そこはビルの建築現場です。

 

 最初は意味がわからず、職人が仕事中にポケモンGOに熱中しているのか?とも思いましたが、すぐに理解できた。ポケモンが現場内にあらわれて、それを捕まえようと侵入しちゃう人がいるんですね。

 

 当初の熱は落ち着きはじめたとはいえ、工事現場にそんな張り紙がでるなんて驚きですね。で、冷静に考えてもっと驚くべきはスマホの凄さ。

 

 もしかしたらポケモンGOって、VR(バーチャルリアリティ)の中でも最高レベルなんじゃね?って思った。VRっていったらすぐに思い浮かぶのは

 

↓コレですよね。

 

ゴーグルのみたなのつけて、その中に映る世界。

でもポケモンGOで見えるのは、本物の景色ですよね(捕まえる時)。ある意味、仮想ではないのかな。

 

いずれにしてもスマホって、冷静に考えると本当にすごいなぁ。なんでもスマホでできるようになってくるし、その進歩のスピードがすごい。

 

気づかない内に仕事もスマホがメインに変わろうとしているのかも。仕事のメールをスマホでキャッチしていつでもどこでも確認できるようにしている人、多いですよねきっと。

 

そのうち、PCは使わなくなって、フリック入力が苦手なビジネスパーソンは取り残されていってしまう時代が遠くなかったりして。

 

 

信号待ちしながら、工事現場の張り紙を見つつそんな現実がくるのかなぁと考えてみた。

 

 

 

 日本人選手の活躍が気になって、オリンピックをこま切れではあるがちょくちょくテレビやネットでチェックしていて目に止まったこと(すべてに釘付けにはなっているのですが笑)。


 体操、内村選手への試合後インタビューの件。結構、話題になりましたよね。逆転金メダルに対してどっかの記者が「あなたは審判に好かれているんじゃないですか?」とうアホウな質問。

 一瞬「え?」という感じになったものの「公平にジャッジしてもらっていると思う。」と、いつもの淡々とした感じで答える内村選手。大人の対応でした。


 すると逆転優勝された2位の選手(名前覚えていない)が、『スコアは神聖なものであり、今のは無駄な質問だ』と言う。3位の選手も内村選手を絶賛するコメントをし、メダリスト達が内村選手をフォローするという一幕。


 2位と3位の選手は、その場では何も言わずに、インタビューが終了してから「あの記者の言っていることはヒドイよなぁ」とか言う選択肢もありますよね。でも2人は内村選手をフォローする発言をその場で嫌みな記者に対してしたわけ。
 2位と3位という立場の2人が1位の選手の立場を積極的に守ろうとする姿勢を見せたことで、メダリスト3人が1つの強力な組織であるかのような印象を受けた人は多かっただろう。


 ゴールドメダリストであり、五輪連覇、世界大会も勝ち続けている内村選手が記者へ言い返すだけでも、十分に重く、相手を黙らすこともできた場面。

 もちろん内村選手の人間性や競技レベルの高さが備わっているからこそ、という部分もあるだろうが、



 ■2位と3位の選手があえてその場で「積極的に」内村選手を立てる姿勢を見せた



 それがなかったら「強力な組織」、チームワークみたいなことは感じなかっただろうな。逆に言いかえると、内村選手ではなく、2位と3位の選手がチームの強さを決定づけた。そう捉えることはできないだろうか。
 その2人によって、内村選手は更に人間として成長し、背筋が伸びる貴重な経験を得たのではないかと思うのです。


 僕も、あの2人から大切なことを学んだ気がしたので、今、名前をググってみた。ベルニャエフ選手とウィットロック選手です。ここまで書いておいて2位と3位の選手じゃ失礼ですもんね笑