【正論だけでは何も得られない】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 対人関係や仕事の相談を受けた時、「自分に矢印を向けることが大事だ」と言えるくらい以前の自分に比べたら意識だけはマシになってきとは思う(ギリギリのレベルかも知れませんが)。でも仕事に関して言えば20代のころの僕はヒドイもんだった。相談受けて話し合ったあと、当時のことを毎回のように思い出すもんです。

 

 自分の中の正論でジャッジして相手に物申すということを当たり前のようにしていた時代だ。特に他部署の上司を語気鋭く批判しまくっていた。

 

 思ったことをズバッといえる人間というのは、同じ立場にいる仲間からすれば意欲があって責任感もあるやつなんだなぁと思われやすいけど、まずそれが勘違いの始まり。

 

 他部署の若手から「ホント、内海さんの言う通りですよ」なんてことも言われたりして、そうとういい気になってただろう。当時はそんな自覚なかったけど。

   

 先輩・上司から見れば、生意気、扱いづらい。そういう存在だった。 

 

 でもそれは30代前半で転職して、いろんな立場を経験するにつれて少しずつ分かったこと。

 

「~した方がよくないですか?」

「~ということをすべきではないですか?」

 

ということは簡単に言うくせに、それに対して自分ができることをやってみようという行動が伴っていない単なる批評家。自分はそういう人間だった。

 

 当然ながら、そういう人間に上司・先輩は仕事を任せにくい。任せてもらえなければ実績も信用もない。いつまでも口先だけの存在。

 

 責任を負いもせず、何もかも見通した気でいるのはたやすい。その立場に実際に立たない限り決して分からないことも多い。

 

でも当時の僕に、そんな説教をしたら間違いなく、200%こう言い返すだろう。

 

「自分がやっていいという権限があるならどんどん行動していますよ。」

「じゃぁ自分が思った通りに全部やらせもらえるんですか?」

 

で、決め台詞は

 

「自分の言っていることっておかしいですか?」

(おかしくはないけど、そういうことじゃないんだって!)

 

 行動していないのは、それができるだけのモノを与えられていないからだと言い、今の自分にできることはないか?それすら考えていないことを公表しているのに等しい。自分に矢印を向けようとしない。

 

■与えられないとやらない人間

 

 こんな相手に何かを任せても、うまくいかないことが発生すれば「それは自分が決められることではないから」とか、結局は他責にして終わりだろう。

 

 でも実際に与えてもらえないとできないことって結構多くない?という「言葉」は正論だと思う。現実的だ。特に費用がかかることとか、決裁権がないと無理。でもですね、そうでなくても自分がやれることを見つけて「行動」を起こす人もいて、そういう人には自然と信用も集まっているなぁと思う。それも現実じゃないかなぁ。

 

 正しいと思ったことを言葉で押し通すこともあるけど、それだけではいつまでも何も得られない。行動で自分の責任を果たそうとする人には、必要なものが後から手に入ってくるって考える方が流れとしては超自然なはず。

 

 そう考えて周囲に向けた指先をグルリと回して自分に向けてみると、大半のことは解決するんですよね。「あ、自分の捉え方、考え方次第だなぁ」って。

 他者や環境へ向けていたそれまでのストレスがすっと抜けて、心が穏やかになってくるのです。