4月30日は福岡ベスト電器で震災チャリティーイベントだ!
リング上での戦いを通じて慈善活動を続けるファイティングエイドのファイター達が、今度は4月30日福岡ベスト電器香椎本店に登場!
未曾有の被害をもたらした東日本大震災の被災地である岩手の宮古で支援活動も経験したメンバーは、プロレスラー、柔道整復師、歯科医師等、さまざまな本業を持つ。
4月30日(土・祝)午後5時より、福岡のベスト電器B・B香椎本店 特設会場にて。
新日本プロレスの三澤威トレーナー、 “闘う歯科医師”こと甲斐拓也、そして特別ゲストとして新日本プロレス中西学選手たちが参加。
さらには福岡にゆかりのある大物Xの登場も?
(概要)
①ファイティングエイド in 香椎 トークショー
三澤威トレーニングディレクター(新日本プロレス)
中西学選手(新日本プロレス)
闘う歯科医師甲斐拓也(BRAVE)
の3人によるトークショーの開催。
②対象製品お買い上げの方先着100名様にエクササイズDVD(※1500円相当、三澤威監修)プレゼント。
③東日本大震災の募金活動。
当日は、熱いトークをしたい。
自分と三澤先生と中西選手で、福岡にひと足早い夏を呼び込むぞ!
30日はみんなでベスト電器香椎店に集合しよう!
天神店でなく、香椎店ね。
■東日本大震災チャリティ イベント~ ファイティングエイドin ベスト電器B・B香椎本店
●日時:4月30日(土・祝) 午後5時~
●場所:ベスト電器B・B香椎本店 特設会場
福岡市東区千早5丁目4-8 TEL. 092(661)7733
●アクセス:
JR千早駅より徒歩約8分
西鉄香椎宮前駅より徒歩約6分 (駐車場423台完備)
●内容:ファイティングエイド ・ミニトークショー
●出演者:
三澤威トレーナー(新日本プロレス)
闘う歯科医師甲斐拓也(BRAVE)
特別ゲスト:中西学選手(新日本プロレス)
★入場料: 無料
※チャリティートーク終了後にゲストの皆さんによる義援金受付を行います。
また、東日本大震災募金活動及び同店舗対象商品お買い上げの方、先着100名様にエクササイズDVD(三澤威監修)プレゼントいたします。
どうぞ皆さまのご参加お待ち申し上げます。
モチベーションが高まった夜
以前、新橋のさつま料理「かご」さんで、川崎憲次郎さんや三遊亭歌之介師匠とご一緒させていただき、できたご縁。
その三遊亭歌之介師匠の落語を聞きに、先日、有楽町のよみうりホールへ。
自分は落語を聞くのは初めてであったが、大変楽しむことができた。
こういう時代、そして、今の混沌とした社会情勢の中、「心から笑う」ということがだんだん失われてきている。
「笑う」ということは、身体の免疫機能を高め、ホルモンなどの内分泌も活発化されるということが、医学的にも証明されている。
だから、どんな形であれ、「笑う」ということは人間の生命活動にも非常に大切なことなのだ。
会場には、師匠から「笑い」という癒しをいただきに大勢の人が集まっており、千数百人入るよみうりホールは満席だった。
師匠のお人柄にもよるのだろう、本当に師匠のことを大好きな人たちが集まっているようであった。
帰り際に見る皆さんの表情は、ほとんどが笑顔。
笑顔が出れば、元気になれる!
また次回も是非行きたいと思った。
自分はその日、会場入りする直前に、月島のもんじゃ焼き屋さんでもんじゃを食べていた。
ひとしきり食べまくり、満腹になっていると、かごさんの店主の上水流さんからお電話が。
「今日、落語終わったら、ちょっと月島にもんじゃ食べに行きましょう」と。
体育会系の自分は今どこで何を食べているのかは関係ない、上水流さんからの出動指令に、ふたつ返事で「ハイ、了解いたしました!行きましょう!」と、快諾(笑)。
手にはもんじゃのヘラ、口の中にはまだもんじゃがある状態で、数時間後にまた同じ町にもんじゃを食べに行くお約束をしたのは生涯初めてかも(笑)。
ということで、落語終了後、月島のもんじゃ屋さん「麦」へ。
上水流さんのご縁のある皆さんと、おいしいもんじゃを囲みながら、楽しく歓談。
こちらも落語と同じくらい楽しかった。
明太子がたっぷり入って、かなりおいしかったもんじゃ焼き。
お話は、当然のように、野球関係のお話にも。
ヤクルト小川監督にお電話し、今日の横浜戦の勝利の祝福をする上水流さん。
お好み焼きもいただいた。
カレー味に挑戦。これが意外とおいしかった。
とても楽しいひと時でした。
昼、夜、もんじゃというのも、ありかも(笑)。
男の生きざまは「友」に出る。
上水流さんのご人徳による、素晴らしい方々がたくさん集まっておられた。
自分も今回たくさんのご縁をいただき、また今後の諸々の戦略にも光がさした。
またこのメンバーで飲みたいな。
夜はこれでは終わらない。
なんと!上水流さんのご自宅にご招待していただいた。
このエスカレーターは、駅の構内ではない。
これはご自宅の1階から玄関ホールへ上がるエスカレーターだ。
さらに、超高級ホテルのチェックインカウンターのような所を通り抜ける。
すごい!
という言葉しか出てこない!
きれいな夜景や東京湾が一望できる、ウォーターフロント。
スーパーエグゼクティブなリビングで、なぜか、さも自分の家かのようにくつろぐ自分。
自分もこれからもっともっと頑張って、こうありたいと、
これから頑張ろうというモチベーションがかなり高まった。
自分は、後輩たちに常々、「夢や目標を持ってそれを達成させるために常にモチベーションを高めろ、そして一定期間ごとにブレが出てないか軌道修正しながら頑張っていけ」と言い続けてきたが、自分自身が最近下がり気味だったのかもしれない。
そういうことに気づかされた。
今こそ立ち上がろう、イーティングエイド
震災から1か月以上が経過。
これまでの期間に、世界中でたくさんの人や企業が被災地を思い、募金をしてくれたことと思う。
しかし、分配?のどんなことにそんなに時間を要しているのかはわからないが、いまだ被災者にはそれが一円も届いていないという。
宮古へ出動した際に、現地でいただいたものは最高においしかった。
牛肉とお魚を食べさせていただいたのだが、絶品。
あんなにクウォリティーが高いものが特産品としてあるのであれば、いつ、いくら来るのかわからない分配金を待つよりも、ドンドン商品が販売されることが現地の人たちの経済の活性化にいち早くつながるのではないかと思った。
宮古の特産品は、昔からその素晴らしさは全国の人たちから認知されている。
漁も再開されたということで、市場はさらに活気付いてきているに違いない。
すでに新鮮な魚介類がたくさん入ってきていることだろう。
宮古の市場にて
ならば、宮古の市場からお肉やお魚などの産品を直接食購入させていただき、「食べる会」を催したいものだ。
今こそ立ち上がろう、イーティングエイド(笑)!
朝日新聞に取り上げていただいた
いろいろな思いを胸に、今回の宮古への出動チームは無事帰還を果たした。
そして、メンバーはまたそれぞれの世界でそれぞれの活動を再開。
ファイティングエイドの基本は、みんながあるひとつの目的のために集まり、みんなで一緒に同じベクトルの方向を向いて全力を出す、そしてまたそれぞれの世界に戻っていく。
今回の出動は、イベント事でなかったにせよ、そういったファイティングエイドの基本精神に基づいた素晴らしい活動だった。
今回の活動の様子は、全国紙である朝日新聞に大きく取り上げられた。
今後、自分たちのこの活動がドンドン世の中に波及し、日本各地であらたなる活動がたくさん起きてくることを望む。
今回もまた、大きな仕事をやり遂げて、ひとまず一段落。
さあ、それで、これからどうするか。
自分なりに次なる展開や作戦を練っていると、今度はまた新たに、今月末あたりに南の方で何やら三澤先生や自分に出動要請の気配が。。。
いつ、何時、誰からの要請も受ける!
がんばろう東北!
がんばろうニッポン!
宮古の復興を心より願って (6)
最後に、被害の大きかった場所に降り立った。
心に突き刺さる衝撃的な光景に、神妙な面持ちの自分と三澤先生。
中西選手たちも、この面持ちで、しばし無言でこの地を見渡す。
この地に案内してくださった被災地の方は、おっしゃた。
「車を降りて、街を歩いてしっかりと見て下さい。そしてこれを伝えて下さい。」と。
今、自分が見たものを伝えよう。
テレビで見る破壊された町、そのままの世界がそこにはあった。
宮古は非常に素晴らしい町だった。
ここに育った人はここを去って他には行かないだろう。
だからこそ、復興なのだ。
今回、自分は、ふたつの宝物を神様からいただいた。
ひとつは、宮古の町をふるさとのように思える気持ち。
宮古という町は自分にとって今までなんの縁もなかった。
しかし、今は故郷の様な愛着感さえ芽生えている。
落ち着いたら、元気イベントやファイティングエイド宮古をこの地に戻って行いたい。
そしてもうひとつは、今回、それぞれが大変な中、快くこの地まで出動してくださった“同志”。
これからもこの絆を大切にし、復興に向けてまたみんなで力を惜しみなく注いでいきたい。
台風が去った翌日は必ず快晴になるし、夜明けの来ない夜は無い。
地震も台風も津波もくる、だけどそういった被害を受けるたびにまた復活して立ち上がってきたのが日本。
起きてしまったことを悔やんでもどうにもならない。
しっかり受け身を取って、絶対にカウント2.99で跳ね返そうじゃないか!
プロレスラーがカウント2.99から跳ね返す力となるものは何か?
今度、三澤先生に質問してみたいが、
それは、応援してくれているみんなの力なのではないだろうか?
今、宮古にも同じことが言える。
宮古の復興に必要なものは、他でもない、ニッポンのみんなの宮古を応援する力なのだ。。。
がんばろう東北!
がんばろうニッポン!
そして、がんばろう宮古!
このたびの東日本大震災により、被災されました皆様に対しまして、心からお見舞いを申し上げますとともに一日も早く復旧されることをお祈りいたします。 甲斐拓也
みんなの力を結集させて (5)
一行は、次の避難場所、グリーンピア三陸みやこを訪れる。
ここでも、メンバーみんなの力を結集させてがんばる。自分は歯科検診や歯科相談を。
とびきりの笑顔がそこにあった (4)
お母さん自身、今日までお子さんがそういう状況だったので、元気を失っているように思えた。
想像をはるかに超えていた惨状、しかし現地の人々は負けない (3)
本当にその被害の大きさや惨状は、自分の想像をはるかに超えたものであった。
現場でこういった光景を直接目の当たりにすると、被災者のために自分にも何かできないだろうか、という思いが誰でも強くこみあげてくると思う。
今、何もできない自分を悔やむ方々がたくさんおられると思うが、それを今悔やむ必要は全く無いと思う。
みんなの力が本当に必要になってくるのはこれからだから。
移動の途中、高台から見下ろした宮古の海。
こんなに穏やかで美しい海が、惨劇を起こしたとはいまだに信じられない。
おそらく同じ思いで海を見下ろす一行。
真ん中に見えるブロック状のものは、少し先にわずかに残っている堤防の一部。
あんな重いものが津波で破壊され、あそこまで運ばれたのだ。
そして堤防の向こう側にあったはずのたくさんのテトラポットはすべて砂浜近くに打ち上げられていた。
いかに津波が強力なものであったか。
津波が襲った田老の町。
田老に向かって下った。
津波の危険ラインという昭和8年に津波が襲ったときに設定された場所は、はるか下にあった。
今回は統計的に常識的なそのラインをはるかに上回る大きな津波だったようだ。
地震と津波が残した爪痕は、はかりしれないくらい大きかった。
これが、今、日本国内で起きている事実。
このブログでは、全部で6回にわたり、自分が被災地を訪れて自分の目で見て感じたありのままを書く。
それを見て、一人でも多くの人が何かを感じ、立ち上がってくれたら。。。
自分たちはこの日、悲壮感や絶望感に打ちのめされただけでは決してなかった。
自分は、無事だった人たちの復興を目指す前向きな気持ちに接し、この町は絶対に復興してまた農林水産業や観光業がさかんな町として、必ずや輝きを取り戻すだろうという確信が持てた。
そう思えたのは、被害を受けたという市場を訪れた時。
中西選手のファンのご婦人は、中西選手の慰問に大喜び。
被災地で見た笑顔に、自分は思わずこの瞬間、涙がこぼれた。
新日本プロレスのファンの人たちに囲まれる中西選手と高橋選手。
この市場は海に近い。
震災時は津波がこの中まで入り込み、市場としての機能が停止したそうだが、今はその痕跡もないくらいきれいに清掃され、お店の人たちも元気にお仕事されておられる。
市場の人とお話をした。
「うちは流されてしまってもうないんだ、でも流されてしまったものを今から悔やんでもどうにもならない、これからがんばっていろいろ取り戻すよ、明日から漁の船も出るんだ、がんばるよ、がんばるしかないだろ!」
想像もしていなかった市場のかたのポジティブなお言葉に自分はすごい衝撃を受けた。
一行の中の誰かが言った。
「こっちの人たちはみんな元気で明るい気持ちでがんばっている、そしてポジティブに生きているよ、東京ももっともっと元気ださないと!」
そこには、元気、活気、があった。
自粛や買い占めなんて言葉はどこにもなかった。
宮古の町は、必ずや素晴らしい復興をとげる。
筋肉の超回復のように、破壊される前よりもさらに強い町として。。。
この旗は大漁旗。漁が大漁だったときに漁船に掲げて帰ってくるそうだ。
またこの旗を、漁船の上で大きくなびかせてほしい。
いや、必ずや、そうなると、自分はこの市場への訪問でそう確信できた。
そして、一行は、避難場所となっている小学校へ。。。
がんばろう東北!
がんばろうニッポン!
自分の目に飛び込んできたもの (2)
出発から8時間以上かかり、岩手県内へ入る。
被災地に入るという緊張に加え、マイクロバスの狭いシート、持ち込む荷物により足場の無い状態、、悪路走行による大きな揺れ、などが原因で車内ではほぼ一睡も出来ず。
エコノミー症候群にならないよう、走行中はできるだけ身体を動かしていたが、首も腰も足も筋肉がかなりの硬直。
しかし、そういったことは想定内。
被災地の人たちの思いに比べれば、全然どおってことない。
岩手で見る美しい日の出。
この朝日を見て、弱った体内にまたエネルギーが注入された。
この美しい太陽が昇る東の方向には、自分たちが今から向かう宮古がある。
宮古がどんな状況であれ、今後自分たちは最大限の力を尽くしたい。
そして復興をとげていただきたい。
太陽の昇らない朝は無い。
被災地のために全力で頑張り、自分たちの力が少しでも復興につながればという気持ちが、この朝日を見てさらに強まった。
このあたりは両側は山に囲まれ標高もだいぶ高いのであろうか、4月だというのに外気はかなり冷たい。
道の両側には雪が。
スキー場に来たかを思わせるような積み上げてある雪と路面の凍結にビックリ。
おそらく気温は氷点下と思われるそんななか、ミスター片岡にどん兵衛をごちそういただいた。
身体が芯まで温まる。
それにしても危なかった。
最初、自分が考えた「大型トラックの荷台に人を乗せていく作戦」をとっていたら、全員凍死していたことだろう。
下道でここから宮古の町まで約100キロ。
自分としては、まずこの目で現地を見たかった。
自分の目で見て、何を感じ、何を思うか。
見もせずに多くを語るのでは、陳腐などこかのテレビのゲストコメンテーターと一緒になってしまう。
そして、そこからさあどうするか、である。
そういった先々を見据える意味としても、非常に意義のある出動だった。
ニッポンが史上最悪の危機の中、被災地を思う全ての行動には意義がある。
そういう思いを抱き、下道を宮古の市街地まで走ることさらに2時間。
ついに目的の地、宮古の町に。
ところが、そこで自分の目に飛び込んできたものは。。。。
現地の状況は、自分が考えていたような甘いものではなかった。
それは想像を絶する光景。
信じられない世界。
驚愕の声やため息がもれるバスの中。
自分の中では、絶望感を通り越した“怒り”が芽生えた。
誰を怨んだらよいのか、やり場のない、そんな怒りが。
そして一行は被害の大きかった宮古の沿岸部へと向かった。
いざ、出動!! (1)
震災が発生した日から、自分たちに何ができるか、三澤先生と日夜知恵を絞り作戦を練っていた。
歯科医師会の検死の順番も待っても待っても来ない。
もう自分たちはこれ以上待てない、何とかして被災地に赴き救済活動をしたいという気持ちになっていた。
発生直後は、道路が壊され車が入っていけなかったり、道路が回復しても一般車両が入ることはできなかったのだが、先日やっと、条件付きで現地に入ることが可能になったので、それならばと自分たちでチームを組んで現地に出動することを決意。
ファイティングエイドの精神を根底に、自分も三澤先生も医療人としてできることをしましょうと。
そして三澤先生の呼びかけで新日本プロレスの選手も立ち上がってくださることになり、メディカルチームとレスラーチームの連合軍で出動が決定。
4月10日(土)の夜、その連合軍で出動するという、素晴らしいオペレーションが実現したのだ。
出動に至るまで、正直、自分にどういうことができるのかとても不安だった。
現地の状況もテレビで見るオブラートに包まれた情報しかない。
真実はどういう状況なのか?現地の方々が本当に必要としているものは何なのか?
強力な歯科医師チームを編成したかったのだが、そういった理由からしっかりとした戦略が組めず、誘いをかけた歯科医師からは誰一人として出動を納得してもらえず、無念。
歯科医師は結局自分ひとりだけという闘魂一銃士状態だが、こういう場合はもう感性で動くしかない。
目で見て、肌で感じて、自分ができる最大限をすればいい。
行かずに机上の討論をするより、行ってたとえそれが無駄足になったとしてもその経験を次に生かすと考えたほうがどれほどよいか。
その精神は、他でもない、ファイティングエイドで学んだことそのものだったのだ。
今回の、三澤先生のお力、針生社長の多大なるご協力、tetsu氏のワッペン、伊與田所長の激励訪問、小山選手からの激励メール、ファイティングエイドの木下さんや垣原さん親子や元リキプロ和田さんの出動表明、ファイティングエイドを応援してくれている中川さんやブレイブの伊藤先生も出動表明。
これだけの応援があり、自分は一体何を恐れていたのだろうか。
ポジティブにそう思えた瞬間、風向きが変わり、追い風が吹いてきた。
現地の手配は、三澤先生が仙台で裸祭りをされたことでご縁を持たれた青年会議所の方が、会議所のネットワークで迅速に動いてくださったようだ。
自分が、裸祭りは世界を救う、と言っていたことが本当に実現する。
こうして、最終的に、整骨院チームはミサワ整骨院の先生方や三澤先生の学校時代の同級生の先生やブレイブ伊藤先生の6名が出動。
そして、
針生社長。
木下さん。
新日本からは中西選手、高橋広夢選手、垣原さん親子、ミヤマ仮面&チビミヤマ仮面。
元リキプロ和田さん。
週プロの安田拡了さん。
歯科アシスタントの中川さん。
そして大型免許を持つ運転手の片岡さんが広島から駆けつけてくれる。
人間と人間のこういう絆というものは本当に素晴らしい。
こうして、最強軍団結成で被災地への出動準備が完了。
左がミスター片岡。今の日本に一番必要なのはこういう人なのだ。
土曜日の各自の仕事や練習を終え、集合場所の横浜にそれぞれが集まった。
一行は午後9時に横浜を出発。
いざ、出動!
がんばろう東北!
がんばろうニッポン!




















































































































