遠い夏に想いを -90ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 ロンドンを流れるテムズ川の中流域に位置するハンプトンコートからキングストンへボートで下ってきた時に見かけた民家です。川畔にある普通の民家ですが、いかにもイギリスらしい風景なので、水彩で描いてみました。


 キングストンには、1066年にフランスのノルマンディーからウィリアム征服王が攻め入って今の英王室が成立する以前の10世紀にサクソンの7人の王達が戴冠式を行った基石があります。イギリスを統一したサクソンのアルフレッド大王が有名です。


キングストン

 テューダー朝のころ大司教にウルジーという男がいて、5人の妻を死刑にした悪名高いヘンリー8世の離婚調停に失敗し、自分の館を取り上げらます。ハンプトンコートは、その彼の館がもとになっている宮殿です。


ハンプトンコート


 この民家にはボートが係留されていたり、白鳥が川面にいたり、楽しげで、平穏な生活振りが感じられる風景です。

テムズ


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページ




 ちょっと体調が悪かったので、新宿の病院へ行ってきました。病院のあるビルのアトリウムの一階にクリスマスツリーが飾ってあります。今じゃもっと豪華なツリーがいたるところに飾られていて、この程度のツリーじゃ珍しくもないですが、今年も最後の月になったんだなって、時の流れの速さを感じました。

ツリー

 ツリーだけじゃなくって、ヨーロッパの田舎町のミニチュアがあり、0ゲージのミニ列車が動いています。余り子供の訪れるビルではないですが、子供なら喜ぶでしょう。

町

 月日が経つのが速いなぁって嘆くのは、年配者だけでないようです。最近の10代や20代の若い女性も同じです。どうして速く感じるのか、私は心理学者でないので解りません。やる事があり過ぎてしまう人も、何もすることがない人も同じ気持ちでしょう。不思議ですね。そうした時代なのでしょうか。

 新宿の京王デパートに寄ってみました。1階の化粧品売り場の前にミニチュアのカルテットのフィギュアがありました。人工のクリスマスケーキの上でくるくるまわってます。音楽は聞こえてきませんが、12月らしいフィギュアです。

カルテット

 前回の「モーツアルトのヴァイオリン」のブログで展示室の写真は載せませんでしたが、数点ある初版楽譜(18世紀)の中に25才の時に作曲したハイドンセット6曲の中の「狩」が展示されていました。モーツアルトも尊敬するハイドンと父の前でこのヴァイオリンで四重奏に加わったのでしょう。その時ハイドンが父レオポルドに「あなたのご子息は全ての作曲家のうちで最も偉大な方です」と賛辞を伝えたそうです。

 1楽章の抜粋版を載せておきます。尚、下の楽譜は最近のモーアルト四重奏曲全集から「狩」の1楽章です。




楽譜

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 先週、大学時代の後輩の美人女史が新聞の囲み記事を「ヴィオさんならきっと行くと思うから」と言って渡してくれました。


外
 記事は「モーツアルトのヴァイオリン、第一生命ギャラリーで日本初公開」とある。これは何が何でも行かなきゃって、昨日、三人で日比谷まで行って来ました。イチョウが黄色く色づき秋の日差しが美しい午後でした。

新聞

 15年ほど前にザルツブルグやウィーンを訪れました。私は中学一年生の時に貯めたポケットマネーでモーツアルトのヴァイオリン協奏曲5番のSPレコードを買い、翌年ヴァイオリンを始めました。以来ずっとモーツアルトのフアンです。


家
  <.復元された1773年から住んでいた家>


 ザルツブルグのマカルト広場にある1773年~1780までの間、モーツアルトがウィーンに行くまで住んでいた家で、戦争で大半は破壊され我々が訪れた3年前の1995年に第一生命の援助で昔の通り復元補修されたのです。だから我々が訪れた時はⅠ階が記念品販売場で2階はガラーンとして何もない状態でした。


 その後モーツアルテウム財団が管理するようになったそうです。それで第一生命で音楽会となりました。ヴァイオリンはモーツアルトが35歳で亡くなってから、妻のコンスタンツェに渡り、数人の手を経て最終的にモーツルアテウム財団が保管するようになったそうです。


ゲトライデ
  <ザルツブルグのゲトライデ通りの生家>


 陳列室にはモーツアルトの曲の初版出版楽譜が5枚ほど、自筆譜が3枚ほど出されていて大変に興味深かったです。それに慣れ親しんだモーツアルトや家族の絵が飾ってあります。


ウィーン家
<ウィーンでコンスタンツェと住んでいたフィガロハウス>


 このヴァイオリンはモーツアルトが大司教にウィーンに呼び出された1781年の25歳の頃に購入したらしい。イタリア製でピエトロ・コスタの1764年の作です。


ヴァイオリン

ピアノ

 ヴァイオリンの演奏はモーツアルテウム管弦楽団のコンサートマスターがレプリカのピアノフォルテの伴奏で3曲弾いてくれました。モーツアルトはヴァイオリン協奏曲は19歳の時の5曲しか書いていていませんが、ヴァイオリン・ソナタは42曲も作曲しています。今日は、若い時にパリに赴いた際に作曲されたK301、K304と最後のヴァイオリン・ソナタのk526を演奏しました。


ヴァイオリン2

 ヴァイオリンは当時のままなのか、力木などで補強してあるのかは不明ですが、ガット弦を使っているので、柔らかい、枯れた優しい音で、女性的な響きでモーツアルトの曲に相応し音色です。ピアノフォルテもトツトツと音を奏で、今のピアノよりも軽やかでモーツアルトらしい響きでした。


席

 遺品の陳列の見学は自由ですが、モーツアルトのヴァイオリンによる1時間ほどの演奏会があり、そのための整理券を貰うのに長蛇の列です。席は折たたみ椅子が500席ばかり、入って直ぐのホールに並べられています。座れない観客が立ち見で聴くほどの超満員でした。


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 11月24日は労働感謝の日で振り替え休日。市ヶ谷のルーテル教会で開かれたルソール弦楽合奏団の演奏会に行ってきました。市ヶ谷のお堀端の桜の木が紅葉し、秋の深まりを感じました。

市ヶ谷

 前日の23日は前回のブログで紹介しましたが、青葉台のフィリアホールで行われた横浜緑区弦楽合奏団の演奏会でした。11月、12月は音楽会が盛んです。


 ルソールについては以前に紹介していますが、49年も続いた歴史ある弦楽合奏団です。15年前と団員が変っておらず、みな高齢になっていますが、聴きにくる人たちも同じく高齢化しているので、今はマチネで開催されいます。


 500人ほど入る座席はかってないほどに満席で、補助椅子を出しても間に合わないほどでした。


 今回は弦楽の各パートのトップによるコンチェルトの独奏が主でした。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。曲はバッハ、テレマン、クリスチャン・バッハで、みな大変に上手で驚きました。


 今回はこの楽団としは異例の出来事をやってのけました。弦楽だけでなく管楽器を加えてモーツアルトの25番の交響曲を演奏したのです。管の奏者は早稲田大学オーケストラのOB会からトラで参加しました。快活で澄んだ響きでモーツアルトらしい演奏でした。この曲は映画「アマディウス」のバックに流れていましたから記憶されている方もいるでしょう。


 ルソールができた頃は独奏者に管楽器奏者をよく迎えて合奏していたと、昔の勤務先にいた後輩が言っていました。彼はルーソールを立ち上げたグループの一人でアマのオーボエの名手でここで演奏もしたと言っていました。


 私と妻がむかし参加していましたが、現在はルーソールも早稲田大学オケOB会も脱退しております。来年はルソールの50周年記念の演奏会を計画しているので、かっての団員も参加して欲しいとのことですが、狭い舞台に全員がのるかどうか、はたしてどうなる事やら。


 ここに来ると多くの古い団員に久しぶりに会えるので楽しみです。以前ここでチェロパートを弾いていて、今は緑区合奏団に移った方なども聴きに来ています。古い友達に再会できるのが楽しみの一つです。


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 PCの絶不調でブログの更新もペタも出来ず申し訳ありませんでした。


 昨日、フィリア・ホールでアマチュア弦楽合奏団の演奏会があり、田園都市線の青葉台に行ってきました。


駅前
 駅前通りのイチョウ並木はすっかり黄色く色付いています。音楽会はアマとしては団員各人のレベルも高く、なかなかいい演奏でした。会場のフィリア・ホールは海外の四重奏団を聴きに何度か訪れています。大変に音響が素晴らしい小ホールです。


 音楽会はマチネでしたので、ホールのあるビルの前にパン屋さんがあり、帰りに寄ってみました。"PAUL"というフランスパンで有名な青葉台のお店です。今では全国にお店があります。1889年フランスのリールにC・メイヨさんが開いた老舗らしいです。当時のレシピを守って作っているそうです。


ケーキ
 店の奥にはお茶を飲む席があり、私はタルトをいただきました。見かけは普通のタルトだと思っていましたが、これがナッツ類がぎっしりと詰まったタルトでナイフがないと食べられないほどにしっかりしています。


 フランスパンも豊富で、バッゲットを使ったサンドイッチやタルトなどのケーキ類もいろいろです。とても美味しかったです。


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