遠い夏に想いを -86ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 春が来たかなって思う。


 まだ三寒四温が続くけれども、ヴァレンタインが過ぎて、郊外に出ると自然が少しずつ姿を変えつつあります。


 川原の枯れた芝生の上には、至る所にボコボコと土が盛り上がったところがあります。また公園に行ってみると、同じように穴だらけです。警戒心が強く、姿を見ることはないですが、モグラが春になって地上に顔を出したのでしょうか。


モグラ穴
モグラ穴2

 また富士山が多摩川から見えるのですが、よく見えるのは冬の時期で、春になると湿度が上がり、だんだん霞んでしまいます。


富士山
 会社に勤めていた頃は事務所が環状8号線沿いにあったので、冬の夕暮れ時には富士山が4階の窓から眺められて、素晴らしかったです。


桜
もくれん

 駅前では、植えて3年ほどの桜の木が小さな可憐な花をつけています。古い大きな桜の木よりも、若い木のほうが花は貧弱ですが早く咲くようです。家の近くでは木蓮の蕾が見られます。


 若い頃は忙しくセカセカ歩いていたので、こうゆう微妙な変化に気が付きませんでしたが。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 今年は土曜日がヴァレンタインですね。学生や会社員の皆さんはどうするのでしょうか。義理チョコなんって貰っても照れ臭いだけですね。


 勤めていた頃に、地方の支店などで仕事上の関係がある女性から社内のメール(郵送)サービスでプレゼントをわざわざ送ってくれました。「日頃お世話になってます」と洒落たメモ書きが付いたチョコやクッキーは嬉しくて直ぐには食べられませんでした。そんな昔の記憶がよみがえってきます。


 去年作ろうと思って買って置いた「パウンドケーキミックス」、結局未開封のまま冷蔵庫に入れっぱなしで、一年経ってしまい消費期限も半年過ぎていましたが、パウンドケーキを作ってみました。


 ブラウニーを扱う店は少ないです。ブラウニーを食べたいので、レシピをネットのクックパッドから借用しました。ホットケーキミックスと電子レンジで作る簡単ブラウニーです。

材料

 材料はホットケーキミックス40グラムとチョコ、バター、卵、ミルク、クルミ、など。

ブラウニー01

 よく混ぜたらタッパーに入れて3分30秒ほど電子レンジにかけて出来上がり。冷蔵庫で冷やして硬くなったら食べ頃。

ブラウニー02

 パウンドケーキミックスが150グラムほど余ったので、余ったチョコを砕いていれ、温度調節が出来るオーブントースターで焼きました。


パウントケーキ01

パウンドケーキ02

 若い頃は「ケーキミックス」なるものを買ってきてよくケーキを焼いていました。でも、オーブンを使っていましたから、電子レンジやオーブントースターで作ったのは初めてです。

試食

 クリスマスイヴやハロウィンイヴで日本人は騒ぐのだから、今日はヴァレンタイン・イヴだとよか言って、明日まで待ってずに食べてしまいました。甘さ控えめで美味しくいただきましたよ。



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1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 その昔、フランスはブリュターニュのレンヌを訪れた後に描いた水彩画です。


 アメリカのミネソタに住んでいた頃、大学の同じ学生用住宅地にフランスの留学生でマエという家族がいました。主人のピエールは農学部の大学院に通い、奥さんのマリはフランス人らしからぬ物静かで親切な人でしたし、一人娘のシャンタールはおしゃめで小さな可愛い女の子でした。


 帰国後15年近く過ぎてから、改めてフランスに旅行し、彼らに会いにレンヌの街に行きました。彼らの家は郊外の静かな小さな町にあります。


 「どこかへ行ってみようか」との問いに、「それじゃ、モン・サン・ミシェルはどう?」

 「モン・サン・ミシェルは近いけど、夏の間は混雑して、駐車場所がないから無理だよ」

 結局、ディナンという古い小さな町を訪れました。


マエ庭

 家の裏手の庭は大きな沼に面しており、大変に美しいところです。ミネソタでならレーク(湖)と呼ぶかも知れない。

マエ湖

 訪れたのは8月15日で、日本でなら終戦記念日ですが、フランスでは「聖母マリア被昇天祭」で祝日でした。パリ大学に行っていたシャンタールが戻って来るという。ピエールもレンヌ大学の教授になっており、マリにも幼稚園に通う女の子がいて忙しそうです。彼らの家に一泊しました。今は連絡も途絶えましたが、時々元気でいるかなって思います。


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1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページ

 昨日は昼間でも4度位にしか上がらない寒い一日でした。大雪の予想も当たらず、東京の雪もパラパラでした。まあ北海道の羅臼で一日に80センチ近く積もったことを思えば贅沢は言えないですよね。


 その昔、札幌にいた頃は朝起きたら玄関前に60センチくらい吹き溜まりが出来ていて、玄関の戸が開かないことがありました。ミネソタに住んでいた時はマイナス40度まで下がりましたよ。寒いのと雪はもう駄目です。「アナと雪の女王」の世界に住んでいたら生きていけないです。


雲

 今日の予報は雪で、温度が10度位になるって。ところが雪はどこへ行ったのか、朝から晴れて、気温も上がり春めいた一日でした。


 昼前から新宿へ買い物に出かけました。ヨドバシ、画材の世界堂、薬の量販店、ルミネの地下街、その他。最近人混みが苦手になって来ました。郊外を歩くよりも疲れるからです。


 今日は空と雲が綺麗です。携帯で写真を撮っていて気がつきました。この辺は畑がどんどん宅地に変わっていきます。


ケヤキ

保存

 大きな樹も切り倒されています。絵画教室に来ている奥様方の話では、市の保存樹といっても保存の為に補助金が出る訳ではないらしいのです。個人の所有物だから都合で切り倒してしまう。ここのケヤキの大木も三本ばかり切り倒されました。宅地化が進み、のんびりした景色もだんだん消えていく。これも当たり前の時代になったのでしょうね。


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 極力歩くようにしているんですが、それもお天気次第で、今日は天気もよく多摩川に出たら富士山が見られるかと思い、妻と散歩に出ました。
 
多摩川01


 遠くの山は雲がかかっていて見られませんでした。夕方ニュースを見ていたら、沈む太陽が富士山にかかるダイヤモンド富士を実況で写してました。川原に行くのが早すぎた。
 



多摩川02



多摩川03




多摩川04


 多摩川のこの辺は河川工事が約1キロ程にわたり大規模に行われています。川の流れを変えるのでしょうか。この辺は1974年に多摩川が決壊し、川縁の20軒ほどの家屋が流されました。これを題材にして「岸辺のアルバム」というテレビドラマも作られました。年配の方は記憶があると思います。

カフェ01

 カフェ02



カフェ03


 小田急線の鉄橋の土手を降りて直ぐにカフェがあります。今まで入ったことはなかったのですが、簡単なトレーニングジムのようで、カフェも併設されています。小田急線沿線の各駅の散歩コースなどのチラシの類もあります。 抹茶ラテを頼んだら、フランスのマエの家で飲んだカフェオーレと同じ小さなドンブリで出てきました。「洒落てるね、フランス式だし」とウエイトレスに言ったら「そうですカフェオーレと同じでね」と笑っていました。  

カフェ04


カフェ05


 ここはヨガやボルダリングを教えているみたいです。ボルダリングは年齢的に無ですが、ヨガ教室なら通えそうです。

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