遠い夏に想いを -58ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 また絵になりました。今日も暑かったですね。東京も35度くらい。


 先週の火曜日も猛烈に暑くて、レッスンに行くのに首に保冷剤をハンカチで巻いて出ましたが、あっと言う間に溶けてふにゃふにゃ。先生のところでレッスンが終わるまで保冷剤を冷凍庫に入れてもらいましたっけ。


 以前外資系の会社に勤めていました。当時、そこの副社長がイタリア人で、私達がイギリス、フランス、イタリアを旅行する前に、「フィレンツェに行きますが、日帰りで行ける町で、素敵なところはどこですか?」って訊いたら、彼の答えは「そうだね、ボローニャかサン・ジミニャーノかピサかシエナかな」との答え。


絵

 フィレンツェ中央駅からバスでシエナに行きました。トスカナ地方はピエモンテ州と同じくワインの名産地でキャンティやブルネッロ・デイ・モンタルチーノが有名です。車窓の外にはブドウ畑が広がっています。当時ワインに凝っていたので。


カンポ  シエナは素晴らしい街です。街の中央には円形状のカンポ広場があり、年に一度地域対抗の競馬が開催されるのをテレビで見たことがあります。





聖堂  ここには大変に美しいドゥーモ(大聖堂)と鐘楼があります。大理石のロマネスク・ゴシック様式で素晴らしい。その遠景をパステルで絵にしました。






 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 今年は目茶苦茶暑くて出かけるのも大変、8月は絵画教室が夏休みです。

 昔、ウィーンを訪れた際に、郊外のハイリゲンシュタットへ行っもた想い出を家で絵に描いてみました。

絵

 ハイリゲンシュタットといえば、ベートーベンの第6交響曲ですね。ベートーベンが自分で曲に題名を付けたのはこの田園と告別(ピアノソナタ作品81a)だけだそうです。

 特に第2楽章はこの小川のそばの小道を歩きながら、小川のせせらぎや森の葉音に耳を傾けながら曲想を練ったことでしょう。



 モーツアルトが13歳でミラノに出かけた1770年に生まれているので、曲が完成した1808年には彼は30歳くらいですが、すでに難聴で苦しんでいたのですから、微かに聞こえてくる自然の音を楽しでいたのでしょうか。ハイリゲンシュタットにはベートーベンが一時期住んでいた遺書の家があります。この家で難聴に苦しんでいた時に書いた遺書が残ってます。

 ハイリゲンシュタットの遺書の家
遺書の家

 第2楽章には副題として「Szene am Bach」(小川の情景)と記されています。8分の12拍子のゆったりと流れるような美しいパストラーレです。

楽譜

 200年も過ぎた今では、家が建ったり、当時と変わってしまっても、この情景が残っているだけでも素晴らしいことですね。木漏れ日のなかで小鳥の囀りや森を抜ける風の音など、しかも最後の部分にカッコーの鳴き声が響きますが、ベートーベンはどの程度聞こえていたのかと考えてしまいます。

 このベートーベンガッセ(ベートーベンの小道)を更に進むと左側にベートーベンの胸像があります。

胸像

 更に進むと自動車の往来が激しい道路があり、夢の世界から現実に引き戻されますが、楽しい思い出の散歩でした。





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 先日、銀座の文具の「ITOYA」に行き、鉛筆削りを買って来ました。


 絵を描くことが趣味なのですが、展覧会とか展示会に応募するのが目的ではなく、単に自己満足で描いてます。


 色々の鉛筆を使います。かって電動式鉛筆削り、確か大手広告代理店から貰ったものですが、鉄の塊のようで、今は動かなくなってブックエンドになっています。


大型鉛筆削り  
 近くの文具店で買ったものや、その後買ったダイヤル式のもの、今度買ったものなど、使い勝手が違います。「ファーバーカステル」はドイツ製で2穴式で削るサイズが表示されています。ファーバーカステルもパステルを作っています。

 
鉛筆削り

 

 T'GAALというダイヤル式は国産ですがダイヤルをセットすると好みの削り具合に仕上がります。


パステル

 黒色鉛筆だけならいいのですが、私は色々な鉛筆を使います。色鉛筆、水彩鉛筆、パステル鉛筆など。鉛筆型パステルはスタビロ社製、コンテ状のパステルはファーバー製、丸いタイプはレンブラント製。各々ドイツとオランダ製です。


パステル画  

 特にパステルは芯が柔らかいために、安い鉛筆削りだと削っても削っても芯が折れてしまいます。普通のパステルも使いますが、鉛筆型のパステルは細かいディテールをを描くのに便利です。


 ちなみに、透明水彩はロンドンで買ったウィンザー&ニュートン。この英国製は発色が鮮やかでとてもいいです(描いた私の絵は下手くそですが)。



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 小田急線で多摩川を渡って川崎市に入ると、左右は山ばかりになり、鉄道は山あいの谷底を通ってをます。


 神奈川県に限らず、町田市(東京都)も同じです。「町田って東京都なの」って言う都民も結構多いこの頃です。と言うのは小田急線で行くと、神奈川県を通らないと町田市に行けないのです。


 今、町田市民が東京都から神奈川県へ離脱したいと言っているそうです。神奈川県民はその要望にはお断わりしているそうです。イギリスのEU離脱みたいですね。


 友人のYさんが町田市の郊外に住んでいます。彼女の家に遊びに行くと、駅まで迎えに来た車が山を登って行き、車のナビが音声で「今、川崎市に入りました」。次の角を曲がると「今、東京都に入りました」。数回繰り返して、やっと家に到着です。かように山坂が多 く、川崎か東京が判らないのです。


坂


 この絵は小田急線の生田あたりの様子です。駅を出て小川を渡り、石段を登って行きます。くたくたになって上に着きます。振り返って見るとなかなかいい景色です。



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 昨日の東京はめっちゃ蒸し暑い一日でした。暑いなか用事で新宿に出かけましたが、人、人てごった返していました。


 今日の空です。昨日よりすっきりした暑さでした。朝は都知事選挙の投票に行きました。午後になって青空が突然暗くなり、凄い雷雨です。雷と雨は一瞬にして遠ざかって行きました。外に出でも道路に雨の跡もない不思議な天気です。


 3時過ぎに、ショーケースの展示品の絵を撤収するために市役所の文化会館に行って来ましたが、空と雲の様子が何かジブリの天空の城のようです。雨上がりの雲の空から晴れた青空にどんどん変化します。


雲01  
雲02  
雲03
雲04
雲06
雲07
雲08  


 童心をそそる情景が次から次へと変化していきました。7月も終わりですね。



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