ウィーンの想い出 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 今年は目茶苦茶暑くて出かけるのも大変、8月は絵画教室が夏休みです。

 昔、ウィーンを訪れた際に、郊外のハイリゲンシュタットへ行っもた想い出を家で絵に描いてみました。

絵

 ハイリゲンシュタットといえば、ベートーベンの第6交響曲ですね。ベートーベンが自分で曲に題名を付けたのはこの田園と告別(ピアノソナタ作品81a)だけだそうです。

 特に第2楽章はこの小川のそばの小道を歩きながら、小川のせせらぎや森の葉音に耳を傾けながら曲想を練ったことでしょう。



 モーツアルトが13歳でミラノに出かけた1770年に生まれているので、曲が完成した1808年には彼は30歳くらいですが、すでに難聴で苦しんでいたのですから、微かに聞こえてくる自然の音を楽しでいたのでしょうか。ハイリゲンシュタットにはベートーベンが一時期住んでいた遺書の家があります。この家で難聴に苦しんでいた時に書いた遺書が残ってます。

 ハイリゲンシュタットの遺書の家
遺書の家

 第2楽章には副題として「Szene am Bach」(小川の情景)と記されています。8分の12拍子のゆったりと流れるような美しいパストラーレです。

楽譜

 200年も過ぎた今では、家が建ったり、当時と変わってしまっても、この情景が残っているだけでも素晴らしいことですね。木漏れ日のなかで小鳥の囀りや森を抜ける風の音など、しかも最後の部分にカッコーの鳴き声が響きますが、ベートーベンはどの程度聞こえていたのかと考えてしまいます。

 このベートーベンガッセ(ベートーベンの小道)を更に進むと左側にベートーベンの胸像があります。

胸像

 更に進むと自動車の往来が激しい道路があり、夢の世界から現実に引き戻されますが、楽しい思い出の散歩でした。





 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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