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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 サフォークからエセックスに下ってしばらく行く。タックスという2,500人ほどの町に入る。坂道をくだって行くと、右側に教会の塔が見えて来た。坂の途中で車を停めた。この町には広場はないが、この通りは急に道幅が広くなっている。


遠い夏に想いを-guildhall  町は11世紀のDomesday Book(ノルマン王朝の戸籍調べ)にも記録があるらしい。通りに面して、3階建ての面白い形をした家が建っている。チャールズによると、この建物は昔のギルド・ホールだという。丘の上の教会においてあるパンフレットによると、教会が完成するよりも前の1390年に刃物業を営む職人が共同でこの場所にギルド・ホールを建てたとある。


遠い夏に想いを-thaxted
 今度は細い坂道を歩いて登って行く。教会の塀づたいに頂上まで登ると教会の塔が現れた。(前回のページ-9/24の021-でこの場所をストーク・バイ・ネイランドの聖処女マリー教会と記しましたが、勘違いで誤記と分りましたので訂正させて頂きます)。


遠い夏に想いを-thaxted church  1340年に教会の建設が始まった。塔は56メートルあり、均整のとれた美しい教会である。エッセックスには聖堂がチェルムスフォードとブレントウッドの2箇所あるが、タックステット教会は教区教会ながらイギリス風の建物で、写真で見る限り、チェルムスフォードやブレントウッドの聖堂よりも美しく風格がある。堂内には北と南にチャペルがあり、聖堂とよぶに相応しいほど美しい。






遠い夏に想いを-houses & mill

遠い夏に想いを-windmill  さらに、教会を出て、お伽話の家のような建物の間の道を100メートルほど歩くと、見晴らしのいい丘の上に出る。風車が一基あって、風の唸りが凄い。これも古い風車で1804年に作られたものだが、復元されて使われている。周りには樹がなく、風が丘を吹き上げてくる。空は晴れてきて、日差しがだんだん強くなってくる。




遠い夏に想いを-score  この町には面白い記録がある。グスタフ・ホルストが町の南に家を借りて住んでいたという。彼と奥さんの住んでいた家はその後火災にあい、道路拡張工事で今はない。しかし、彼の有名な管絃楽曲の「惑星」がここで作曲された。7曲からなる「惑星」の4曲目が「木星」で映画やテレビによく使用される。「歓楽をもたらす者」という副題がついているが、アンダンテ・マエストーソの中間部は涙が出るほど美しく、壮大な曲なので皆さんもご存じのはず。彼はこの「惑星」ばかりが話題にされ、演奏されるのを快く思わなかったという。


 スタンステッド空港に着いた。スタンステッドは近代的な新しい空港である。ロンドンには西にヒースロー空港、南にガトウィック空港、それにロンドン・シティ空港や北のルートン空港などあるが、これでも足りないらしく、長い間空港新設については論議されて来た。スタンステッドに決まってからも、空港が稼動するまで長い時間がかかった。今のところ、欧州内の便に限られている。これらの空港につていはインターネットでも調べることが出来るが、スタンステッド空港で発着スケジュール表を見ると便数はまだ少ない。

 今日はロンドンに移動する。空は晴れているが、ところどころ薄雲がかかった空模様である。


 朝は犬を連れてチャールズと散歩に出る。朝の柔かい日差しを背に受けて、ビーグルを先頭にゆっくりと町を一周する。まず広場を横切って小路に入る。花を飾った作業場の横を抜け、「スワン」のパブのあるハイストリート通りに出て左に曲がる。広場とこのハイ・ストリート通りしか町らしいところがない。店屋は早朝でみな閉まっているが、ウインドーを覗いて歩くのが楽しい。田舎町の唯一の繁華街だ。こんな町では、交通機関が自家用車しかないから、ちっとした買い物はこの町でするしかない。だからだろうか、みな気のきいた店ばかりだ。ウインドーも色とりどりに小綺麗に飾っている。


遠い夏に想いを-stour river  そまま真っ直ぐストゥア川まで歩く。昨日と同じ散歩道になったが、このストゥア川は昨日訪れたフラットフォードを流れる川の上流になる。川面に朝日が反射してきらきらゆれる。川の土手づたいに、むかし汽車が通っていた頃に使われていた鉄橋の一部が残っている。








 家に戻り、急いで朝食を済ませた。身支度をして、チャールズのワーゲンに乗った。チャールズにスタンステッド空港まで送ってもらう。空港までは大して遠くない。車は緑が豊かな田舎の通りを走る。犬を連れて朝の散歩を楽しんでいる家族がいたり、通りの両側には古い趣のある家が点在し、中には16世紀のチューダー様式の木組みの家なども残っている。


遠い夏に想いを-trees
 空港に行く途中に、テックステットという場所があって、丘の上に教会がある。
「ここへ寄っていくけど、いいかい」
チャールズが訊く。もうロンドンへ行くだけだから、時間は心配していないので、一緒に行くことにした。この頃には空が晴れ上がって、とても気持ちのよい朝になっていた。


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遠い夏に想いを-rairway bridge  まだ時間は早かったが、真直ぐクレアに戻った。ビーグル犬を連れて夕方の散歩に行くことにする。チャールズとノッコと3人で出かけた。古道具屋「クレア・アンティーク・ウエアハウス」の坂道を下ってストゥア川に出る。小さな川だが、ゆったりと流れる。川に沿ってゆっくり歩いた。川に沿って鉄橋の跡が残っている。


 ビーグル犬も歳をとっているので、おとなしくついてくる。ビーグルは、シュルツのスヌーピーでもお馴染みのように、小犬の時は物凄い悪戯づきで、どうにも手におえない。だが、歳老いて、歩みもゆっくりだ。


遠い夏に想いを-stour river  夕日が川面に映って美しい。暫く行くと、左手に林が見える。林の中に小さな空間が開けている。
「ほら、となりのトトロみたいよ!」
ノッコが叫ぶ。



遠い夏に想いを-wood pass  まるで、宮崎アニメの「となりのトトロ」でメイちゃんが迷子になって、姉のサツキがトトロを探して入っていく森の細い道をみたいだ。そんな森の小さな空間を抜けると、突然、視界が開け、「トトロ」ならぬ飯場小屋のような建物が目に入った。









遠い夏に想いを-old station  チャールズによると、かって、ここに鉄道が通っていたそうで、線路は全部撤去されたが、駅舎の一部が残っているのだと言う。グレート・イースタン鉄道のストゥア渓谷線として鉄道が開通していたが、1967年に廃線となった。


 鉄道の先進国である英国は、殆どが私鉄だから、採算が合わなければ、廃線になってしまう。どこの国でもおなじで、日本も例外ではない。町の人達にとっては、不便だろうが時代の流れで仕方がなかろう。この旧駅舎からクレアの町に向かって歩いて行くと、公園の入り口のような立派な門がある。門を出たところがクレアの広場のすぐ脇になる。


遠い夏に想いを-commons  まだ時間があるので、セントピーター・セントポール教会の脇を通り北へ10分くらい歩くと、左側に何もない芝生だけのコモンと呼ばれる広い土地がある。ここの由来を記した小さな標識がある。それによると、もともとここにはマナー・ハウスが建ち並ぶ荘園だったが、これが廃墟になって取り払われた。


遠い夏に想いを-catherine  16世紀になってヘンリー8世の最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴン(メアリ女王の母)がこの地をクレアの貧しい人達にクレア・コモンとして与え、共同の牧草地にした、と記されている。こんな田舎の町の何もない駄々の野原にキャサリン・オブ・アラゴンの名前が突然出てくるとは驚きだった。







遠い夏に想いを-swan pub  夕食は外でとることにして、町のパブ「スワン」に行った。クレアに来る日の途中、夕方に立ち寄ったパブのように賑やかではない。


 チャールズによると、その昔イギリスは一種の階級社会で、それがこのパブに現れているという。昔は一軒のパブが真ん中で仕切られていて、労働者階級と中産階級とが別々に酒を飲んでいたらしい。ここのパブにも真ん中が仕切られている。勿論、現在ではこんなことはない。ただ、右側の方は食事ができる。反対側は酒を飲むだけ。イギリスではパブなどでビター(ビール)を飲むときは、ビールだけをちびちびやる。日本人のようにぐいぐいやらないし、つまみなどは見当たらない。


遠い夏に想いを-swan sign  ビールを飲んでいるのは元気のない老人達が殆どで、古い建物の店は静かな雰囲気だった。白鳥の看板はイギリスで最も古いパブの看板で1415年にまでさかのぼるという。建物も17世紀のままで手入れして現在に至っている。食事はパブなので大したものは出ないが、クレア最後の夜の食事としては自宅で即席の料理で済ませるよりはましだ。


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 ここから、更に北東に進む。クーラーがない車だから、窓を開けて風をうけて走る。今年は緑を失った乾燥した大地が広がる。しかし、木々の濃い緑が目にしみて心地よい。


遠い夏に想いを-constable  目的地はイースト・ベルゴット村、そしてフラットフォード。コンスタブルが生まれ育った土地。18~19世紀に英国が生んだ偉大な風景画家が2人いる。ターナーとコンスタブルだ。ターナーはそのスタイルで日本でも一般に親しまれているから、英国を代表する画家はと聞かれれば、日本人は即座にターナーと答えるだろう。


 コンスタブルはターナーのように派手さはないし、色彩も無骨で堅実なので、日本ではコンスタブルについては殆ど知られていない。ターナーはフランスやイタリアなど大陸を旅して異国の景色を描いて廻ったが、コンスタブルはイースト・ベルゴット村やデダムなどサフォークを中心に一生を送って、この辺の風景を描き続けた。ターナーは26歳でロイヤル・アカデミーの正会員になったが、同じ風景画家のコンスタブルがアカデミーの正会員になったのは53歳だった。大器晩成というか、ターナーのように派手さはないが、サフォークの風景や情景を真に表現している。晩年パリのサロンに出品、絶賛を博したという。コンスタブルの手法はパレットの上で絵具を混ぜるのではなく、キャンバスの上で絵具をおいていく方法をとった。印象派のさきがけとして、フランスの画家たちにも影響を与えたらしい。


遠い夏に想いを-cons.country  いま、サフォークのフラットフォードやデダムを人々は愛情を込めてコンスタブル・カントリーと呼ぶ。そして、遠くに丘陵や野原が広がり、曲がりくねった川が流れる、のどかな田園風景を目の前にすると、英国人は呟く。
「まあー、まるでコンスタブル・カントリーのようだわ」
典型的な英国風景をダイナミックに表現した画家なのだ。
 夏の午後をコンスタブルが描いた景色の中をゆったり散策するのは気持ちがいい。彼が描いた絵と実際の場所・方角などを示したパネルがある。これを覚えておいて参考にするとよい。


遠い夏に想いを-wain  「干し草車」(右の絵)などの記憶にある有名な絵もある。




 



遠い夏に想いを-haywain   これらの絵はこの地区のどこに行けば、その実際の景色が見られるかが判るようになっている。



 


遠い夏に想いを-flatfordmill

フラットフォード・ミル


遠い夏に想いを-flatford  180年ほど前のフラットフォードや、木造の建物や、周りの景色も当時のまま残っている(右の絵「フラットフォードの製粉所」)。フラットフォード・ミルはコンスタブルの家族が所有していた古い水車だ。ストゥア川が緩やかに流れる。水面には水鳥が静かに進み、遠くを見渡せば、牛や羊が草を食んでいるのどかな風景が続く。


遠い夏に想いを-mill house  車でないと来れないのだが、結構、人出が多いのに驚いた。コンスタブルが英国で如何に人気があるか解るような気がする。





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遠い夏に想いを-map03  ここから、東に車を走らせて今日の目的地の一つであるラヴェナムに向かう。レーヴンハムと書くのだが、イギリスではラヴェナムという。英国の地名を発音するのははなかなか難しい。英語では、綴り通りに読まない地名が多い。最後についている「…ハム」とついているのは「村」を意味するゲールの言葉だ。だから、古い意味では「ラヴェン村」となる。この他、「…フォード」「…フィールド」「…ウィッチ」「…トン」「…ワース」などと地名に語尾のつくものがあり、これらの接尾語の意味を知っていると面白いし、役に立つと思う。


 ラヴェナムはイーストアングリアでも有名な観光地の一つだ。木組みのチューダー様式の民家がたくさんある。みな15世紀から16世紀のものだ。16世ユグノー戦争や宗教戦争を逃れてフランドル地方からやって来た人達がイーストアングリアに住み着いた。大半が羊毛職人か機織り職人で、ここから南に60キロほど離れたコーチェスターで安価な織物製品をつくり始めた。ラヴェナムやロング・メルフォードには大打撃だった。当時の村の人口は2千人以下だったろう。しかしそれまで、ラヴェナムは大変な繁栄を謳歌していた。それがそのまま時間の中に封じ込められ、忘れられたために、現在、その姿を今にとどめている。


遠い夏に想いを-st.peter church  高台にセント・ピーター・セント・ポール教会がる。クレアにある同名の教会よりも外観は立派である。






遠い夏に想いを-church street
 教会とは反対側の村の駐車場に車を止めて、チャーチ・ストリートを歩いた。チャーチ・ストリートは丘の上からカーブを描いて緩やかに下っている。300メートルほどの民家が軒を連ねている。数百年は経過しているから、家が少し歪んでいる。2階部分が道路側に一段迫り出した典型的なチューダー様式の家だ。家々の窓や玄関にはペチュニアの赤い花を飾っている。


遠い夏に想いを-great house  しばらく歩いて左折し、レディース・ストリートを更に下って行くと、マーケット・プレースに出る。カヴェンディシュのフアイヴ・ベルが閉まっていたので、お腹が空いていた。ラヴェナムで ”The Great House Restaurant"という、外観はジョージア王朝風の田舎にしては立派なレストランに入った。我々は普段着で来ているので、入るのを一瞬躊躇したが、中には"Patio"(中庭)があり、そこで昼食をとった。暑い夏とはいえ、青い空とそよ風の中での昼食は素晴らしかった。フランス料理のランチメニューでイギリスとしては大変に美味しい。このレストランは毎年英国のレストラン賞を獲得していて、ホテルも併設しているので泊まってみるのも楽しいかもしれない。


遠い夏に想いを-scene01  食後、町をぶらぶら散歩する。この道路と、その左右に建つ木組みの家々がこの町の観光名所になっている。安野光雅氏の水彩画でラヴェナムの風景画をご覧になった人も多いと思います。かって、NHKで水彩画を描くという教育番組を放送していたので記憶にあるかもしれません。

 
遠い夏に想いを-scene02

  







遠い夏に想いを-info.center  一軒の家に入った。当時、ここはギルドホールだったが、修復に修復を重ねて、いまだに完成していない。2階が資料館になっている。中庭は雑然としているが、いかにも英国という感じがする。チャールズがラヴェナムの歴史やこのギルドホールの説明をしてくれる。初めての所では有難い。


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