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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 今年は1ヶ月遅れの出発となった。夏の観光客の多さと、うだるような暑さに疲れていたから、旅行は少しは涼しくなる9月の中旬に決まった。飛行機は10時45分の出発だから、朝早く自宅を出なければならない。空模様はくもりで時々小雨がちらつく。今年は世界中で雨が降って洪水などの災害を起こしている。今年のドイツとオーストリアの天候はどうなのか不安だ。


 新宿からエアポートバスに乗り、まっすぐ成田へ向かう。空港は第2ターミナルで降り、オーストリア航空でチェックイン。ゲートまでかなり歩き、一階のロビーで時間待ちをした。


遠い夏に想いを-narita  飛行機は11時過ぎに離陸した。OS-556便のA340は当時の最新鋭機で、機内はオーストラリア航空らしく清潔感のある白を基調としたデザイン。


 同じ日の夕刻6時10分頃にウイーンに到着した。外は未だ暗くなってはいないが、雨が激しく降っていて、機外へ出ると寒さで肌がキュと引き締まる。今回は最初にドイツへ行くので、ウイーンはトランジットで、出発時間まで待たなければならない。入国手続きを済ませ、空港のトランジット・ルームで待つ事にする。どうせまたオーストリアに戻ってくるのだから、今のうちに5千円をシリングに交換しておき、妻のノッコに預けた。すぐゲートに向かい出発を待った。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ

遠い夏に想いを-バッハ6番  今夜のプログラムはバロックが中心だ。バッハのブランデンブルク協奏曲の3番と6番、更に組曲3番のアリア。


 ブランデンブルク協奏曲6番は変わった楽器編成で、ヴィオラ・ダ・ブラッチオとヴィオラ・ダ・ガンバとチェロに通奏低音である。この楽団は古楽器の団体でないので、現代のヴィオラとチェロで演奏する。余り演奏されない、楽しい曲なので貴重であった。


遠い夏に想いを-プログラム  それに何故かモーツアルト。20番ニ長調の交響曲。ト短調の25番以前の曲は殆ど演奏される機会がない。モーツアルトの交響曲は41曲だけではなく、どうゆう訳かケッヘル番号はあるが曲番号のない曲が10曲ほどあり、全部で51曲書いたと思われる。41番「ジュピター」が最後なのは変わりないのだが、もしかして「ジュピター」は51番となっていたかも。


 その後は、パッヘルベルのカノン、更にヘンデルとヴィヴァルディの合奏曲を演奏して、最後はテレマンのヴィオラ協奏曲という珍しい選曲で、盛りだくさんなプログラムだった。


遠い夏に想いを-楽団  演奏はロンドン・ベルモント・アンサンブルとうゆう楽団で、指揮者のP.G.ダイソンという男が1991年に結成した15人ほどの室内楽団で、90年代初めはここの教会でバロックの演奏を度々おこなっていたらしい。演奏はアンサンブルが少々よくないのと、会場が教会のために音が分散してまい、まぁまぁだっだが、楽しいのが何よりであった。


 次の朝、地下鉄でヒースロー空港まで行き、東京に帰った。今度のはイギリスだけの旅だったけれど、何か充分に廻れなかったように思う。旅行とはそうゆうものかもしれない。日本に住んでいたって、殆ど地方へ旅しないし、知らないところだらけなのだから。しかし、今回はチャールズにも会えて、楽しい旅だった事に変わりはない。



 さて、イギリス編はこれで終わりです。この次は何を書こうかと考えていますが、アメリカにはかって住んでいた経験があり(「ミネソタの遠い日々」に詳しい)、仕事でも幾度か行っているし、カナダにも行ったが、ヨーロッパの旅ではないので、止めにして、次回からドイツ・オーストリアの旅日記を書こうと思います。


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遠い夏に想いを-liberty01  リージェント通りを歩き、リバティーの前に出る。ロンドンに来ても今までデパートに一度も入ったことがないので、どうせなら変わった店に入ろうということになった。




遠い夏に想いを-liberty02  チューダー朝風の木組みの古風な建物で、白と黒が美しいリバティーに入った。真ん中が大きな吹き抜け(アトリウム)になっている。かなり大きな吹き抜けの周囲が売り場になっている。木造の雰囲気が出ており、古い感じがいい。


 1875年にA.L.リバティーという男が日本や東洋の装飾品を扱う店として開業した。だから、扱い商品も少々普通のデパートとは異なり、オリエンタルな雑貨や布地が多い。



遠い夏に想いを-liberty03  圧倒的にプリント柄の生地が豊富である。様々な模様の柄が取り揃えてある。ここはウィリアム・モリスの「アーツ・アンド・クラフツ運動」とも関係があるらしい。モリスがデザインした柄の生地が置いてある。


 一階に下りて、通りから数段降りたところにリバティーの喫茶室がある。紅茶とケーキをとって、静かな喫茶室から通りを行き交う人々を眺めていると、やっと気持ちが落ち着いてきた。


 夜はセント・マーチン・イン・ザ・フィールズ教会で音楽会があるので、リージェント通りを歩いて、早めにホテルに戻った。


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遠い夏に想いを-south kenginton  地下鉄に乗り、サウス・ケンジントンの駅に行く。画材店があるのだが、おやじが一人でやっている小さな店だ。ここで自分用にウインザー&ニュートンの水彩絵具とセーブルの筆を数本購入した。多分、日本で買うより安いだろう。




遠い夏に想いを-高級住宅  駅の周りは少々雑然としているが、サウス・ケンジントンは多くの高級住宅街があり、雰囲気がとても素晴らしい。






遠い夏に想いを-ピカデリー  地下鉄でピカデリー・サーカスに行く。この界隈はロンドンの繁華街の中心であり、ロンドンの観光の起点をなしている。交差点がロータリー(ラウンド・アバウト)になっており、交通量が多い。ロンドンには珍しく大型のネオン・サインが赤や青の光を放っている。


 道路はピカデリー通り、リージェント通り、シャフツベリー大通り、コヴェント通りとグラスハウス通りが交差する交通の要所となっている。中央には噴水があり、その天辺には通称「エロス」のアルミの像が宙に踊っている。


遠い夏に想いを-リージェント通り  リージェント通りには著名な建築家ジョン・ナッシュが建てた半円形の建物が見られる。彼はリージェント・ストリートの町並み・環境の設計もし、現在は半円形だが当初は円形の建築物たったらしい。リージェント通りは地区を区分する境をなしており、西側がソーホー地区、東側がメイフェアー地区となり地区の性格が異なる。







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遠い夏に想いを-bigben  ウエストミンスター橋まで戻った。ロンドンの象徴ビッグ・ベンが夏の空に輝いている。










遠い夏に想いを-チャオ  ここは38年前の息子のチャオとチャールズのお母さんの思い出がある場所で、この橋に立つと何とも言えない懐かしさがよみがえって来る(ここをクリック) 。ロンドンに来ると、しらずしらずの内に、ここへ来てしまう。ここからすぐ近くのセント・ジェームス公園まで歩いて行く。










遠い夏に想いを-st.james park

 セント・ジェームス公園は細長い池があり、池の向こうにバッキンガム宮殿が見える。午前中で、公園にはまだ人が数えるほどしかおらず、いたって静かである。

遠い夏に想いを-chao2  あの時も小さなチャオをつれて、ヴィクトリア女王の像があるとこまで来て、宮殿の衛兵の交代を見たものだ。騎馬隊のそばまで行って、チャールズのお母さんが写真を一枚。


 公園のベンチに座って新聞を広げている老人、小さな子供づれの母親など、朝の光の中で楽しんでいる。ゆっくりと歩いて、散歩を楽しみながら、バッキンガム宮殿の前にでる。相変わらずの人出である。ここは38年前に来ているのでスキップする。


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