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1.はじまりは、とよさんでした。 ― 異聞 源九郎稲荷神社 ~ 大和郡山市洞泉寺町15

「序・幸運論と奇蹟 」のつづきです。

源九郎稲荷神社についてのメールをくださったのは、とよさんという方です。

とよさんは、本業で過酷な経験をされてきました。

そして神仏とはまるで縁のない
リアリストでした。

おそろしくシリアスな世界に身をおかれていました。

とよさんは、あるとき、不思議な夢をみました。

夢の中で、とある島に訪れます。

そこで見た神社が、鮮明で心をうちます。

目が覚めても、ひどくひどく気になりだしました。

機会あるごとに探すようになり、果して、それは見つかりました。

広島の宮島 の裏に浮かぶ小島、小黒神島でした。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-広島 宮島 弥山 小国神島

(宮島・弥山の山頂より。沖合に見えるのが小黒神島です。)
・・・

それから、とよさんは、神様という存在を意識し始めたそうです。

そんなとよさんが、3年前、大和郡山に来られました。

ある日のことです。

ご友人が重い病にかかり、食事すらうけつけなくなってしまいます。

心配のあまり、とよさんは、すがる神様をもとめふらふらと彷徨います。

すると―

住宅街の行き止まりの、うち捨てられたかのような神社に迷い込みます。

鳥居や燈篭はかつては朱色であった名残だけがのこっています。

剪定されることなく、
あれるのにまかせてのびた木々。

木材や、無意味な岩がそこらじゅうに山と積まれています。

そうです。

そこが源九郎稲荷神社 だったのですね。

そんなことおかまいなくザックザックと踏みわけいり、吸い込まれるように祠へと進みます。


そして―

翌日。

驚いたことに、ご友人は食べ物を口にしたのでした。

とよさんは、よほどうれしかったのでしょうね。

その日から、お礼にと境内の掃除をするようになりました。


これがはじまりでした。

・・・

「2.大和郡山の町中に響く法螺貝の声 」へつづきます。



きつね異聞 源九郎稲荷神社
「1.はじまりは、とよさんでした。 」
「2.大和郡山の町中に響く法螺貝の声 」
「3.闇の中からいずるものたち 」
「4.ひろがるキセキ。 還るべきところ 」
「5.源九郎さんのヒミツ 」


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序・幸運論と奇蹟。 ― 異聞 源九郎稲荷神社 ~ 大和郡山市洞泉寺町15

 2011年6月10日。

広島はバケツをひっくりかえしたような大雨でした。

雨は、翌朝までつづきます。

広島から奈良へ戻る日です。

各所で新幹線が雨で停止するニュースに一抹の不安がよぎります。

広島駅に着くと、さっそく、みどりの窓口で、新幹線の手配をします。

ところがです。

職員の方は、確認もおぼつかないまま、さっさと新大阪駅までの席をとってしまいました。

・・・うん?といぶかっていると、そこでようやく職員の方がいいました。

「さきほど一席だけあいていましたので、いそぎとらせていただきました」

そして、他の時間の座席の空き状況を調べてもらいました。

すると数時間先まで席の空きがなかったのですね。

職員さんの機転に救われました。

ささやかな幸運ですね。


さて・・・

そんな幸運を享受したとき、あなたはどう思われるでしょうか。

小さな幸運が積み重なり、大きな奇蹟を招いたお話をしようと思います。

どうやら、私もこの奇蹟の中に足を踏み入れた一人のようです。

大和郡山、
日本三大稲荷と呼ばれた「源九郎稲荷神社」 。

その日、一番に向かう予定になっていたところでした。

・・・

ことの発端は、私のもとへ寄せられたメールです。


「突然のメールですみません。

是非とも源九郎稲荷神社の復興にお力をお貸しいただきたくてメールさせていただきました。

私は、現在源九郎稲荷神社を管理している者です。

この神社は、昨年夏に宮司が急死してから、宮司なしの神社で今に至っています。

宮司が亡くなってから、神社は荒れ放題になっていたのですが、この神社の管理責任者である御夫婦と私との3人で、神社の復興にかかったのが昨年の秋のことでした。

それから、不思議なことに、いろんなことが始まりました。


・・・」


「1.はじまりは、とよさんでした。 」へつづきます。


きつね異聞 源九郎稲荷神社
「1.はじまりは、とよさんでした。 」
「2.大和郡山の町中に響く法螺貝の声 」
「3.闇の中からいずるものたち 」
「4.ひろがるキセキ。 還るべきところ 」
「5.源九郎さんのヒミツ 」


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布袋尊 聖光寺 【JR広島駅・北口のミステリー】~二葉山山麓七福神めぐり。

布袋尊
「限りなき 宝の布袋 みてはげめ 笑う門には 福来るなり」

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國前寺より250メートル先にある・・・・

聖光寺(しょうこうじ)

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こちらも坂の上、尾長山の麓にあります。
創建は不明。
毛利元就の孫・輝元が
広島城 築城の検分中、この寺に泊まったとあります。

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領主が浅野家にとってかわったときには、國泰寺の末寺となったこともありました。

境内にあがると左手に赤穂義士大石内蔵助と主税父子の供養墓があります。

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これは、討ち入りの跡、赤穂義士で唯一の生き残りの寺坂吉右衛門が、本家広島浅野藩を訪れ、討ち入り成功を報告しました。

持参した大石父子の遺髪を浅野藩の菩提寺・國泰寺に葬ることを申し出ますが、許されませんでした。
それは、主君の仇討ちとはいえ、大石父子が罪人であったからです。

瑞川寺(現在の聖光寺)に葬られることになったのです。


アクセス:
山根町32-1
広島駅・北口(新幹線口)から徒歩10分


「JR広島駅・北口のミステリー
 ~二葉山山麓七福神めぐり。二葉の里歴史の散歩道
」より