TOKYO歴史ミステリーハンター★鈴木です! ~ 【東京・横浜探訪】
さて、しばらく奈良を離れて、
2011年9月からこちら。
横浜です。
仕事の都合で、
東京、
横浜を行き来します。(どこやねん
)やっぱ、横浜といば、崎陽軒。

シューマイじゃないよ、シ・ウ・マ・イ。
シウマイだよ

これに、こんなカワウィー醤油入れがついていました。
ひょうたんの「ひょうちゃん」

笑った顔、怒った顔、さまざまな表情を見せる隠れた横濱名物。
ツイッターでおしえていただきました。
漫画家の横山隆一さん、
イラストレーターの原田治さん、
トリスおじさんで有名な柳原良平さん
名だたるひとたちが、ひょうちゃんのデザインを手掛けてきました。
みんなも、崎陽軒のシウマイ食べて「ひょうちゃん」を集めてみよー

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
以前は、こんなところにいってました。
広島紀行
「広島の初夏。広島歴史ミステリーハンター★鈴木です。(^O^)/」
上海渡航 上海渡航 休日
上海渡航 市場に行こう!(1)
上海渡航 市場に行こう!(2) ~ 野菜、魚貝類編
上海渡航 市場に行こう!(3) ~ お肉編
しばらく奈良を離れています。~ 台風12号におそわれた奈良の思い出の地
こんにちは。
奈良歴史ミステリーハンター☆鈴木です。
夏がおわりました。

わたしのまわりでは、色々ありましたね。
大和郡山では洞泉寺町のはじめてのお祭り。

そして、都祁では第二回の陵燈会です。

さて、9月になり仕事の都合の為、しばし奈良を離れております。
気になるのは、先日大根をまいたばかりの都祁の畑です。
これからジャガイモ、サツマイモ、大豆、小豆が実るところです。
先日、かもすさんが、都祁の畑を訪れてくださりました。
そのときの様子を「茗荷の花」で報告いただいています。
かもすさん、ありがたいことに都祁の畑を気にかけてくださっています。
折をみて訪れてくださるとのこと。
ありがたいですね。
秋が深まる頃に鈴木も、いちど奈良に戻ってきて、
都祁の畑でのお芋ほり、

そして賀名生の里のハイキングツアーなぞ、イベントを考えています。
ご期待ください。
・・・
ここ数日、台風12号の影響が気になるところです。
一昨年よりあしげに通っていた玉置神社がある十津川村。

今年も二度ほど立て続けに訪れました。
民家がながされ、死者がでているほど多大な被害がでているそうです。
・・・
また吉野といえば賀名生の里。
コゲ館長のブログをうかがうと、今、丹生川では増水し、伝承館が避難場所になっていることが記されていました。
予断がゆるされない事態になっています。
・・・
思い起こせば、新緑の頃に、賀名生の里に訪れました。
「賀名生の里 歴史民俗資料館」の裏手に、小高い丘「華蔵院」があり、賀名生の里を一望できます。
そこはモミジの森となっています。
太い幹から延びた紅葉の枝が新緑をまとい、幾重にも重なるように頭上を覆っていました。
「天誅組史跡巡り 吉野郡五條市 2011.05.04」より
そこに、公卿でありながら、劣勢の南朝を支え武将として戦った北畠親房(きたばたけちかふさ)公の墓がひっそりと佇んでいます。
紅葉の時期なれば、それはみごとに色づくことでしょう。
それを期待して、今は遠方で仕事にいそしむことにしましょう。
・・・
さて、鈴木は、現在の居場所は、次回、お伝えします。

P.S.
日曜日(9/4)に九州の風花さんが、また源九郎稲荷神社にお越しくださいました。
先日、いただき損ねたコレ。

鈴木宛てに、お土産にもってきてくださいました。
今、源九郎稲荷神社であずかっていただいています。
風花さん、ありがとうございます。
ヾ(@°▽°@)ノ
ん~
早く帰りたい
(>_<)
奈良歴史ミステリーハンター☆鈴木です。
夏がおわりました。

わたしのまわりでは、色々ありましたね。
大和郡山では洞泉寺町のはじめてのお祭り。

そして、都祁では第二回の陵燈会です。

さて、9月になり仕事の都合の為、しばし奈良を離れております。
気になるのは、先日大根をまいたばかりの都祁の畑です。
これからジャガイモ、サツマイモ、大豆、小豆が実るところです。
先日、かもすさんが、都祁の畑を訪れてくださりました。
そのときの様子を「茗荷の花」で報告いただいています。
かもすさん、ありがたいことに都祁の畑を気にかけてくださっています。
折をみて訪れてくださるとのこと。
ありがたいですね。
秋が深まる頃に鈴木も、いちど奈良に戻ってきて、
都祁の畑でのお芋ほり、

そして賀名生の里のハイキングツアーなぞ、イベントを考えています。
ご期待ください。
・・・
ここ数日、台風12号の影響が気になるところです。
一昨年よりあしげに通っていた玉置神社がある十津川村。

今年も二度ほど立て続けに訪れました。
民家がながされ、死者がでているほど多大な被害がでているそうです。
・・・
また吉野といえば賀名生の里。
コゲ館長のブログをうかがうと、今、丹生川では増水し、伝承館が避難場所になっていることが記されていました。
予断がゆるされない事態になっています。
・・・
思い起こせば、新緑の頃に、賀名生の里に訪れました。
「賀名生の里 歴史民俗資料館」の裏手に、小高い丘「華蔵院」があり、賀名生の里を一望できます。
そこはモミジの森となっています。
太い幹から延びた紅葉の枝が新緑をまとい、幾重にも重なるように頭上を覆っていました。
「天誅組史跡巡り 吉野郡五條市 2011.05.04」より
そこに、公卿でありながら、劣勢の南朝を支え武将として戦った北畠親房(きたばたけちかふさ)公の墓がひっそりと佇んでいます。
紅葉の時期なれば、それはみごとに色づくことでしょう。
それを期待して、今は遠方で仕事にいそしむことにしましょう。
・・・
さて、鈴木は、現在の居場所は、次回、お伝えします。

P.S.
日曜日(9/4)に九州の風花さんが、また源九郎稲荷神社にお越しくださいました。
先日、いただき損ねたコレ。

鈴木宛てに、お土産にもってきてくださいました。
今、源九郎稲荷神社であずかっていただいています。
風花さん、ありがとうございます。
ヾ(@°▽°@)ノ
ん~
早く帰りたい

(>_<)
また来年の夏に会いましょう。陵燈会(3) ~ 三陵墓古墳 大和高原 都祁 2011年8月28日
2011年8月28日は、 第二回目の陵燈会の最終日です。
「また来年。」
この一言は、言うは簡単ですが、
NPOつげの方たちにとっては、大変な一言ですね。
また一年後、行政に、地域にと駆けずり回るのですね。
真っ暗闇の中、駆け回る少年たち。
ときおり立ち止って、燈火のあかりにじっと見入っていました。
友達がそばにくると、またはじかれたように、駆けて行きました。
子供たちの夏休みを彩った陵燈会。
「また来年」を、なによりも期待しているのは、他ならぬ彼らなのではないでしょうか。
陵燈会では、昨年の意見をとりいれ、少しずつよくなりました。
針インターから、こちらまでの道々には、手書きの道しるべがたてられていました。
白いボール紙に、マジックで書かれたものだったので、暗くなると見えづらくなるのでしょうが・・・
また、燈火の紙に保育所や、幼稚園、小学校の子供たちに絵を描いてもらいました。
地域ごとにかためて、立て札をたてました。
これで、どこに自分が描いた燈火があるか、随分と探しやすくなったようです。
起伏が多い三陵墓古墳。
稜線にあわせて燈火が、うねるように整列しています。
NPOつげ主催の陵燈会。
つげ2010クラブ実行委員。
この名前の2010(にせんと)の意味を、NPOつげの方にうかがいました。
第一回目の陵燈会が開催された年なのですね。
2010年は、奈良県で平城遷都1300年祭が開催された年でもあります。
平城宮跡がある同じ奈良市。
都祁地区であらたなる歴史が動き始めた年でもあるのですね。
実は、ポスターのデザインを請けたとき、2010を2011と変えようとしました。
それをきっかけにNPOつげで物議を醸したそうです。
結果、陵燈会のはじまった年を、名前にのこしておこうとなったのですね。
8月も末に近づこうとしていた日、夜が更けるにつれ、肌寒い風が吹いていました。
まちがいなく季節は夏から秋へと変わっていましたね。
また来年。
毎年、毎年、「また来年」を、繰りかえすと、やがて世代はかわり、
親から子へ受け継がれ、
また孫へと受け継がれていきます。
そして、地域の歴史になるのでしょうね。
・・・
三陵墓古墳があるこの集落には、「国津神社」があります。
NPOつげの理事長・大東さんの集落の氏神でもあります。
以前、「維持できなくなった神社は燃やしてしまうのです。 」といってました。
つまり、過疎が進む集落で神社を維持することが難しい、
次世代にその負担をかけたくないということでした。
自身の世代で幕を降ろすことを示唆されました。
このことを「20年後の世界 ―国津神社の御造営 」で書きました。
今の世代がそういっていても、
もしかすると、
次の世代の人たちは、また違うことをおっしゃるかもしれませんね。
ひとまず、また来年の夏、
ここでお会いしましょう。
(^-^)/
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
2011年「第二回 陵燈会」
1.「夏の幻燈会 」
2.「宿願の灯り 」
3.「また来年の夏に会いましょう。 」
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
「また来年。」
この一言は、言うは簡単ですが、
NPOつげの方たちにとっては、大変な一言ですね。
また一年後、行政に、地域にと駆けずり回るのですね。
真っ暗闇の中、駆け回る少年たち。
ときおり立ち止って、燈火のあかりにじっと見入っていました。
友達がそばにくると、またはじかれたように、駆けて行きました。
子供たちの夏休みを彩った陵燈会。
「また来年」を、なによりも期待しているのは、他ならぬ彼らなのではないでしょうか。
陵燈会では、昨年の意見をとりいれ、少しずつよくなりました。
針インターから、こちらまでの道々には、手書きの道しるべがたてられていました。
白いボール紙に、マジックで書かれたものだったので、暗くなると見えづらくなるのでしょうが・・・
また、燈火の紙に保育所や、幼稚園、小学校の子供たちに絵を描いてもらいました。
地域ごとにかためて、立て札をたてました。
これで、どこに自分が描いた燈火があるか、随分と探しやすくなったようです。
起伏が多い三陵墓古墳。
稜線にあわせて燈火が、うねるように整列しています。
NPOつげ主催の陵燈会。
つげ2010クラブ実行委員。
この名前の2010(にせんと)の意味を、NPOつげの方にうかがいました。
第一回目の陵燈会が開催された年なのですね。
2010年は、奈良県で平城遷都1300年祭が開催された年でもあります。
平城宮跡がある同じ奈良市。
都祁地区であらたなる歴史が動き始めた年でもあるのですね。
実は、ポスターのデザインを請けたとき、2010を2011と変えようとしました。
それをきっかけにNPOつげで物議を醸したそうです。
結果、陵燈会のはじまった年を、名前にのこしておこうとなったのですね。
8月も末に近づこうとしていた日、夜が更けるにつれ、肌寒い風が吹いていました。
まちがいなく季節は夏から秋へと変わっていましたね。
また来年。
毎年、毎年、「また来年」を、繰りかえすと、やがて世代はかわり、
親から子へ受け継がれ、
また孫へと受け継がれていきます。
そして、地域の歴史になるのでしょうね。
・・・
三陵墓古墳があるこの集落には、「国津神社」があります。
NPOつげの理事長・大東さんの集落の氏神でもあります。
以前、「維持できなくなった神社は燃やしてしまうのです。 」といってました。
つまり、過疎が進む集落で神社を維持することが難しい、
次世代にその負担をかけたくないということでした。
自身の世代で幕を降ろすことを示唆されました。
このことを「20年後の世界 ―国津神社の御造営 」で書きました。
今の世代がそういっていても、
もしかすると、
次の世代の人たちは、また違うことをおっしゃるかもしれませんね。
ひとまず、また来年の夏、
ここでお会いしましょう。
(^-^)/
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
2011年「第二回 陵燈会」
1.「夏の幻燈会 」
2.「宿願の灯り 」
3.「また来年の夏に会いましょう。 」
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆















