あけおめことよろ | 体外離脱サラリーマン・とみなが夢駆のヘミシンク体験日記

体外離脱サラリーマン・とみなが夢駆のヘミシンク体験日記

ヘミシンク愛好家のサラリーマンのヘミシンク体外離脱体験記。酒と阪神とヘミシンクをこよなく愛するアラフォー会社員がヘミシンクで知覚した出来事を楽しく綴る脱力系精神世界体験ブログ。著書『体外離脱するサラリーン』(ハート出版)全国の書店で大好評発売中!

全国の巨乳独身女性の皆様、

新年明けましておめでとうございます。

とみながムンクでございます。

いや~、年が明けてもう10日も経つというのに、

ようやく始動ですよ、このブログ。

そういえば、昨年は、仕事がめっちゃくちゃ忙しくて、

で、ブログの更新を中断しちゃったら、

今度は更新するエネルギーがすっかりなくなっちゃいましてね…。

何回か更新しようと思って、途中までは書いたのですが、その度に仕事に忙殺されて、結局、あ~あ…明日続きを書こうって思っている間に、

そーいえば何書こうとしてたんだっけ…忘れたからもういいや…

なんてことが何回かありまして…。

なんだかんだで7か月くらい更新をサボっていたというのに、

こうしてこのブログをチェックして見てやろうじゃないか…っていう奇特な方がまだいらっしゃる…


今、このブログを読んでくださっているアナタ!!

とみながムンクを見捨てずにいてくれて、本当にありがとうございます。

特に巨乳独身女性の方には、心から愛と感謝のエネルギーを送らせていただきますよ!!



さてさて、この正月休みは、仕事が忙しいと言いながら、ブログも更新せずに信州方面にスキーに行ってまいりまして。

で、つくづく思ったのですが、スキーというのは、ズバリ、瞑想なんですね!!


瞑想ってのは、どういうものかっていいますと、よーするに、雑念を抱かないように、五感のすべてに意識を分散させて、五感を研ぎ澄ませることです。

つまり、意識を分散させるということが、本当の意味での「集中」なのです。

意識を分散させることによって生まれる集中、これこそが瞑想というものなんですね。


さてスキーの場合、五感のうちの「味覚」と「嗅覚」は使いませんが、

それ以外のすべての間隔、全身を通じて脳に入ってくる情報を瞬時に捕らえながら、斜面を滑っていくわけですね。

目で傾斜や雪面のデコボコなどを追いながら、自分がこれから滑るコースを瞬時に判断して決定し、

周囲に自分のコースラインのジャマになるスキーヤーがいないか、

あるいは、自分のコースラインが他のスキーヤーのジャマにならないかと周囲を観察しながら、

そして聴覚で、スキーが雪を削る、シャッシャッという音を楽しみつつ、
皮膚の触覚では、空気の冷たさと風を切る心地よさを感じ、

スピードが出すぎたら足の親指の付け根を使って重心をコントロールしながらスピードを殺して、

美しいフォームで、早く、効率よく、かつ快適なカーブが描けるように、全身のフォームに気を配りつつ…

と、斜面を滑る瞬間瞬間、まさに「いまここ」に全身の感覚を研ぎ澄ませて、斜面を滑っていくわけですね。

で、もし、ちょっとでも雑念を抱いたら、あっという間に雪面に足を取られて転んでしまいます。

スキーで転ぶ時って、大抵、頭に雑念が浮かんでいる時なんですね。

初心者の方が転ぶっていうのは、まだスキーの操作に慣れてなくて、脳と体が直結していないから、転ぶのも仕方ないんですけどね。

でも、初心者の人の場合、斜面が急で怖い、すべれるか不安だよ~とか、うわースピード出し過ぎた~!! こんなスピードに対応できない~!!

っていう「恐怖心」や「不安」が頭によぎった時、つまり「左脳」に雑念が浮かんだ時に転ぶ、というのが大半なんですね。

で、僕のような上級者の場合、転ぶことはよほどのコブ斜面にでもいかない限りまずないんですけど、

それでも転ぶ時というのは「リフトに乗ってる人たちに、僕の滑りはカッコ良く見えてるかな?」とか、

あるいは「今日はすべり終わったら、どこの温泉につかろうかしら?」

なんていう雑念をついつい浮かべてしまって、滑りの瞬間というものに集中しなかった時がほとんどですなのですよ。

雑念が浮かんだ時は、日々刻々と、瞬間瞬間に変化していく、自分の足下の雪面の状態を捉えられなくて、で、バランスを崩してコケてしまうんですね。


で、雑念が浮かぶと転ぶっていうところ、これって、まさに「瞑想」そのものです。

頭、つまり「左脳」に雑念が浮かんだ瞬間に、その瞑想ってのは、

スキーで転んだ時とまったく同じように一時中断してしまうんですね。

で、スキーでこけてばっかりいると、いつまで経っても斜面を上手に滑れないし、ちっとも楽しくないし、むしろスキーをすること自体が苦痛になるのと同じで、

瞑想ってのも、雑念が浮かんでばかりいては、いつまで経っても深い禅定状態に入れないし、むしろ瞑想という行為そのものが苦痛になってしまう。

スキーも瞑想も、どうすれば上達するかっていうと、

ある意味習うより慣れろっていうところがあって、

とにかく地道に、脳内に「回路を作る」しかないのですよ。

スキーがうまい人の脳内には、脳の一部に「スキー脳」ってのができている。

だから、一度スキーをある程度滑れるようになると、上達するのも早いし、また何年スキーを中断していても、またスキーを滑れるんですね。

ただし、脳内にスキー脳ができていても、加齢と共に筋力は弱ってますので、頭に体がついていかずに、怪我をするっていう危険性はありますけどね。

瞑想ってのも、スキーとまったく一緒で、脳内に「瞑想回路」ができないうちは、いつまで経っても、雑念ばかりが頭をよぎって、ちっとも禅定状態に入れず、なんで瞑想の上級者は、ずっと瞑想し続けれられるんだろうとすら思ってしまう(これも雑念ですけどね)。

スキーも瞑想も、「初心者」のレベルから、次の「中級レベル」にいくまでが、ものすごく大変で、地道で根気がいるのですよ。

これは、ヘミシンクもまったく一緒です。




しかも今はネット社会ですからね、


アフィリエイトでセコく小銭を稼いでる精神世界系インチキブロガーとかが、

瞑想やヘミシンクの本質というものも知らずに、

「瞑想は危険だ」、「ヘミシンクは危険だ」とか、アホなことを言ったりするから、

よけいなおさら初心者は不安になったりするわけです。

これも、スキーを滑ったことがない人が、スキーは転ぶと怪我するから危険だって言ってるのと全く同じでしてね。




でも、スキーも瞑想もヘミシンクも、

まずしっかりと、頭に次々に浮かぶ雑念を、ある程度断ち切れるようになるための地道な訓練を続けてますとね、

いつか、滑ってる状態、瞑想してる状態、ヘミシンクCDを聞いてる状態っていうのが、

とっても気持ちが良い!!

って感じる瞬間が訪れます。

この瞬間を体感できれば、後はとっても上達が早いんですね。

なぜかっていうと、「脳」というのは、気持ちいい状態、快感というものをどん欲に追う性質があるからです。

快感を求めるように、脳というのは出来ているんですね。


ですから、一度麻薬で得られる快感を知ってしまった人というのは、何度逮捕されて刑務所暮らしを経験しても、また麻薬に手を出してしまうのですね。

麻薬で得られる快感が、最終的には脳を破壊してしまう快感であるのに対し、

瞑想による禅定状態に達することで得られる快感というのは、穏やかですが、とても、脳にも体にもいいものです。


瞑想の効能は、いろんな人がいろんな研究をしてますけど、

何がよいかっていいますと、

過去の様々な体験の記憶と、感情を切り離すことができるのですね。




最新の研究によれば、人間の脳というのは、睡眠中に脳内を整理して、

記憶と感情を切り離す作業をしているそうです。

人間の脳というのは、他の動物と違って、記憶を頼りに、次の動きを決める、その作業というのが膨大なのですね。

この膨大な情報処理をできるようになったからこそ進化したとも言えるわけですが。

ですが、それは、他の動物に比べて、過去の記憶に縛られる、とくに、つらい記憶や悲しい記憶にいつまでも縛られることによるストレス(トラウマとも言えます)が、はるかに多い生き物である、とも言えるんですね。

発情期に、好きなメスに振られたからといって、いつまでもクヨクヨして落ち込んでる雄ライオンはいません(多分)。

落ち込んでたら、自分の子孫をいつまでたっても残せないですから、本能に赴くままに次のメスを探すだけです。

好きな異性に振られた、あるいは別れた、ということで、何十日も、下手したら何年も落ち込んでクヨクヨしてる生き物というのは、人間だけなんですね。

だから人間は素晴らしい、とも言えますが。



近年、「癒し」という言葉が、やたら人生における重要なキーワードとしてもてはやされていて、

「癒し」という言葉は、そこらじゅうで目にします。

それが高じて、「癒しを得られるパワースポット巡り」なんてタイトルで、若い女性タレントが神社巡りをするバラエティ番組も、もう毎週どこかの局でやってたりします。


じゃあ、「癒し」って、なんでしょう?



「癒し」とは、

「記憶」と「感情」を切り離す、ということなんですね。


とくに「つらい記憶」と「かなしい」、「苦しい」という感情を切り離すということです。

さらに理想的なのは

「腹立たしい記憶」と「怒り」という感情を切り離す、ということです。

なぜなら、「つらい」、「苦しい」という感情も、突き詰めれば、それは広い意味での<怒りの感情>なのだからなんですね。


すべての動物、特に大脳が進化した人間にとって、

「記憶」と「感情」を切り離すという作業に必要不可欠なのが、

「睡眠」という行動です。

人間の脳は、睡眠中に、記憶と感情を切り離す作業をしています。

だから「寝たら忘れる」ではないですけど、ゆっくり寝た後は、さあ、いろいろあるけど、今日も頑張ろうって、つらい体験や記憶をリセットして復活することができるわけですね。


ですが、この、情報と、<怒りの感情>に満ちた現代で暮らしていると、

睡眠という行動だけでは、記憶と感情を切り離しきれないんですね。

睡眠中に、脳は一生懸命記憶と感情を切り離す作業をしているんだけど、

それでも、起きている間に、次から次へと、「つらい体験」、「怒りに満ちた体験」の記憶が増えていって、

ダムが溢れている状態、洪水で河の堤防が決壊したまんまの状態でいるわけですよ、現代人の大半が。


だから、現代人は、「癒し」を求めて、いろんなことをするわけです。



でもね、記憶と感情を切り離すという、「癒し」の本質というものを理解しないまま癒しを求めてもね、

絶対に「癒されない」。


温泉につかりながら、会社での失敗や上司に怒られたことを考えていたり、

霊験あらたかなパワースポットの神社を訪れて、

「神様、どうか、私を振って年下の巨乳の女に走った、あの男に天罰を与えてやってください」なんて祈ってるようでは、

いくら癒しを求めたところで、絶対に「癒し」なんてものは得られないわけですよ(笑)。

さっき書いた、スキーで転ぶ時というのと、まったく同じ構造なんですね。

じゃあ、「癒し」を得るためには、どーすればいいのか?

自分の左脳に、「記憶」と「感情」がわき上がるのを、一時的にストップさせることです。

そうすれば、脳の「辺縁系」と呼ばれる部分が、記憶と感情を切り離す作業に集中できるからなんですね。

水が次々に流れてる状態では、堤防の修復はできませんが、

水の流れが少しでも収まれば、作業員も、堤防の修復作業ができるんですね。


では、左脳に「記憶」と「感情」がわき上がるのを止めるにはどうすればいいか?



それは、「死ぬ」ことです。


人間は、本当の本当に、自分の脳にわき上がる感情に耐えきれなくなった時に、悲しいことに「自殺」します。

「究極のアポトーシス」です。


でも、いくら苦しく悲しいからって、簡単に自殺するわけにはいきませんからね、


じゃあ、手っ取り早い対処法はっていうと、「寝る」ことです。

でも、現代人の大半は、寝るだけでは、記憶と感情を切り離しきれません。

ですから、ストレスという名の<怒りの感情>をいつまでも脳に蓄積し続けることになります。



では、起きてる間に「記憶」と「感情」を切り離すためにできることは?

それは、何かに没頭することです。

それも、左脳を使った没頭ではなく、左脳を殺した没頭です。

左脳を殺した没頭とは、「観察すること」です。感情、特に、つらい、苦しい、悲しいという、広い意味での<怒りの感情>を伴わない「観察」を、なるべく長く続ける作業をすることです。

この「観察する」という行為こそが、記憶と感情がわき上がることによって発生する「ストレス」から逃れられる、自殺と睡眠以外の唯一の方法なんですね。

これこそが、まさに「癒し」なのですよ。

スキーなんてのは、まさに、瞬間瞬間の「観察」の連続ですから、ものすごくストレス発散になります。まさに瞑想であり、癒しです。

でも、スキーは、ずっと24時間滑り続けいるわけにはいかず、斜面を降りきったら、またリフトで登らないといけないし、当たり前ですが春になれば雪も溶けます。

また、犬や猫を飼う、なんてのも本当に癒しですよね。

NHKの腰痛の番組を観てたら、犬を飼ってるうちに、ひどい腰痛が治った人を紹介してました。

ただ、ペットが健康なうちは、ひたすらかわいいと思うだけですからいいんですけど、
ペットが病気になったり死んだりすると、得られる癒し以上の「悲しみ」という怒りの感情にしばらく囚われてしまうということになりますので、

ペットを飼う時は、常に、人間より寿命が短い生き物なんだから、いつか必ず病気になって死ぬんだ、ということを、頭の片隅において飼っていなければなりません。


では、お金もかからず、季節も期限も時間も問わず、体力も必要なく、かつ病気予防にもなる、究極の「癒し」とは何かっていいますとね…。

やはり、ヴィパッサナー瞑想だと思うのですよ。

ヴィパッサナー瞑想というのは、ひたすら自分の体と心の「観察」を続けることですので。

でね、ヴィパッサナー瞑想というのも、なかなか初心者にはハードルが高いです。


簡単なようでいて、結構、上達するのに結構大変です。

でですね、この瞑想補助に大変役立つツールがヘミシンクだ、と僕は思うわけですよ。


ただやはり、ヘミシンク聞きながら、雑念わきまくりでは、

これはスキーをするつもりでスキー板はいたまま、斜面を転がり落ちるというのとまったく一緒ですので、

ヴィパッサナー瞑想にせよヘミシンクにせよ、

次々にわく雑念を、いかに素早く切り離すようにするか、という地道な訓練は、とても重要になります。



さて、昨年の自分自身を振り返ると、

<怒りの感情>をいかにコントロールするか、という課題を宇宙から与えられた1年だったな~、と思います。

ここでいう「怒りの感情」とは、「本当にもうアイツには腹が立つ! 怒りぷんぷん丸じゃ~!!」という狭義の怒りの感情ばかりではなく、


仕事のストレスなども含めた、小さな怒りや悲しみや、不安や嫉妬といった、広い意味での「怒りの感情」というものに、いかに向き合うかということを学ばされた1年でもありました。

まあ、ブログ更新する暇もないくらい、いろいろあったってことですよ(笑)


今年の目標は、ちょっとずつでも、<怒りの感情>を抱かざるを得ないような場面に出くわしたとき、去年よりは、少しでも早く、その怒りの感情を手放せる自分になること、というのが目標です。


そして、もっと頻繁にブログを更新して、できれば今年こそ、2冊目の本を出すことですね。

こうして、文章に書くと、引き寄せの法則で実現しますので。




あとは、そうですね~…









去年よりもより多く…









オッパイをモミモミちゅぱちゅぱできたらいいな~と思います。




てことで、本年もよろチクビ~!!





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