広島県福山市で、「家族関係」や「人間関係」で悩んでいる方々のカウンセリングと、子供たちの学習支援をしている『たあさん』です。(https://kazoku-to-kyouiku.com

 

 

2020年(令和2年)になって今日まで、新型コロナウィルスの拡大が最も話題に上っていますがその他にもいろいろな事が起こりました。

 

金権政治による政治家の腐敗、豪雨災害、その後の猛暑など、次々と大きな問題が起こっています。

 

昔(江戸時代まで)であれば、年号をまた変えていたかも知れませんね。

 

 

これらの問題に共通しているのは、経済発展のための過剰なエネルギー使用と、それに伴う化石燃料の消費と森林破壊、そして、その結果としての二酸化炭素などの増加による地球温暖化と生態系の変化です。


金権政治については、古くから行われてきた悪しき慣習でもあるので、他の問題とは異なるかも知れませんが、経済発展によって得た利益を何に使うかという問題なので、繋がっているとも言えます。

 

 

最近は、以前に比べて「専門家」と言われる人たちがマスコミに度々登場するようになってきたので、私のような専門家とは言えない聞きかじりの素人が意見を述べると、反感を買って逆効果になる危険もあると思います。

 

しかし、それでも、小学生時代に高度経済成長による生活の大きな変化を経験した者として黙ってはおれないのです。

 

 

故郷の川に多くの魚がウヨウヨといて、子供たちがその魚を釣ったり抄(すく)ったりして遊んでいた光景が、私の脳裏にハッキリと刻まれています。


それが、護岸工事で川岸や川底がコンクリートで固められたり、水をせき止めるための堰(せき)が作られたりして、魚が住めない環境になっていきました。


洪水や干ばつを防ぐためのダムの建設や農薬の使用も影響していると思われますが、今では、まったくと言っていいほど故郷の川に魚がいなくなりました。

 

 

そして、生態系が大きく変わりました。

 

魚だけではなく、蜻蛉(トンボ)や蝉(セミ)や蝶々(チョウチョ)も激減し、蛙(カエル)の種類と数も随分と減りました。当然、それらを捕食する小動物も減っています。


ただし、猪(イノシシ)や鹿(シカ)など、人間が作った作物を食べる動物は逆に増えているようです。

 


人口増加に伴う経済活動に合わせた形で、生態系が変化しています。


今年、アフリカ東部からインドにかけて、野菜を食い荒らす飛蝗(バッタ)の群れが大量発生したのも、その中の1つの例でしょう。


ウィルスの増殖についても同じことが言えるかと思います。

 

 

人間の活動によってその地域の生態系が変わるという現象は、昔からあったでしょうし、避けられないことでもあると思います。


しかし、かつては限られた地域での変化だったのが、機械の改良が進んで大規模な工事が行われるようになり、航空機などの輸送手段も格段に増えて、その変化は加速度的に広がり、地球規模の変化にまで至っているのが現在の状態だと言えます。

 

 

プラスチックなど、元々自然界には無かった物を人間が大量に作り出して消費していることも、大きな変化を引き起こしています。海洋や湖などの汚染です。


それは回りまわって人間に害をもたらします。

 

また、二酸化炭素など温室効果ガスの増加による地球温暖化は海水温の上昇も引き起こしています。そして、深海2,000~3,000mにまで水温の上昇が進んでいる現状では、それを元に戻すことは不可能だと思われます。


今や、気温や水温の上昇幅をどの位まで抑えられるかという問題になっています。

 

海水温の上昇に伴って空気中の水蒸気量が増えていますから、これから毎年のように、どこかが豪雨に見舞われることになると思われます。


四方を海に囲まれている日本は、その影響を最も受けやすい国の1つです。


一昨年の西日本豪雨、昨年の関東・東北地方の台風被害、今年の九州各地における豪雨災害などは、もはや数十年に1度の稀な現象ではなくなっています。

 


新型コロナウィルスの拡大は、人口の密集を避けざるを得ないという結果をもたらしています。

 

また、経済活動の縮小もある程度やむを得ないという状況を作り出しています。
 

繁華街での活動自粛、スポーツやコンサートなどのイベント会場への入場制限、外出の自粛といったことが、実際に行われています。

 

 

コロナウィルスが絶滅することは無いと言われています。

 

宿主の状態に応じて多様な変異をし、何億年もの間生き延びてきた不可思議な物体(生き物?)らしいので、共生していくことを考えなくてはならないようです。


ワクチンや治療薬の開発によってあまり恐れる必要のないものになれば、インフルエンザのように感染予防も可能なウィルスになるのかも知れませんが、それまでにどれほどの年月を要するかは、まだ未知数の状況です。

 

 

今年の5月初めには、


≪国内での感染者14,388人・死者486人、クルーズ船「ダイアモンド・プリンセス号」と「チャーター機帰国者」を入れると感染者15,262人・死者499人。世界では、感染者3,269,667人・死者233,688人≫(毎日新聞より)
 

だったのが、

 

8月15日現在、


≪国内での感染者54,956人・死者1,093人、クルーズ船「ダイアモンド・プリンセス号」と「チャーター機帰国者」を入れると感染者55,831人(3.7倍)・死者1,106人(2.2倍)。世界では、感染者21,163,347人(6.5倍)・死者764,744人(3.3倍)≫(同上)
 

に激増しています。

 

感染者数の増加に比べて死者数の増加が少ないのは、治療法がいろいろと見つかってきていることや、PCR検査の数を増やした結果、若い人(10~40代)の感染者が市中で広がっていることが分かってきたことなどが関係しているのでしょう。

(若い人は感染しても無症状や軽症の人が多く、重症化しにくいようですから)


学校やスポーツチームなどでの集団感染(クラスター)が、最近増えてきているようです。

 

 

今回のコロナ禍から私たちが学ぶべきことはたくさんあると思います。


地球全体の生態系のバランスを考えなくてはならないこと、人間以外の動植物が存在する意味、人間にとって本当に必要で大切なことは何なのか、等々・・・。


そして、生まれてくる子供たちが未来に希望を持ち、生きる喜びを感じられるようにする責任が、今を生きる我々大人にはあると思います。

 

広島県福山市で、「家族関係」や「人間関係」で悩んでいる方々のカウンセリングと、子供たちの学習支援をしている『たあさん』です。(https://kazoku-to-kyouiku.com

 

 

新型コロナウィルスが世界中で猛威を振るっています。

 

1ヶ月ほど前までは、これほど感染が広がるとは、一部の専門家を除いては誰も予想していなかったでしょう。

 

私も、インフルエンザと大差はないとの情報を信じて、あまり気にしていませんでした。

 

 

日本では、専門家と言われる人たちの間でも意見が異なっていて、感染力がそれほど強くないので恐れる必要はないという人もいましたし、これから爆発的な感染の広がりが起こり得るので、その準備をしておかなくてはいけないという人も少数ながらいました。

 

しかし、中国から飛び火してイタリアやスペインを始めとしたヨーロッパ各地で感染が拡大したこと、その後、アメリカでも感染の大爆発が起こったことなどが次々と報道されました。

 

そんな中、日本だけに感染の爆発的増加が起こらないという保証はどこにもないので、遂に4月7日になって「緊急事態宣言」が発令されました。

まずは、感染が急速に増加している東京都を始めとした7都府県です。

 

 

以前から指摘されていたことですが、日本はPCR検査の数が他国に比べて圧倒的に少ないため、現在分かっている感染者よりもはるかに多くの感染者がいると思われます。

 

≪4月8日現在、国内での感染者4,851人・死者99人、クルーズ船「ダイアモンド・プリンセス号」と「チャーター機帰国者」を入れると感染者5,577人・死者110人≫(毎日新聞より)

 

 

しかも厄介なのは、感染者の中には症状がない人もいて、そういう人からも感染するということです。

 

なので、韓国などはドライブスルー方式に片っ端から感染の有無を調べる検査を行い、検査を拒否する人には罰則を設けるという徹底した調査を行いました。

 

それによって感染者の隔離ができ、感染者の数をかなり抑制できたようです。

 

韓国は、以前にMARSの感染拡大を経験したことがあるので、新たな疫病に対する対策の準備ができていたという事情もあるようです。

 

 

しかし日本の検査体制は十分ではありません。

 

高度な医療技術はあるのですが、基本的に医師と保健所を通してしか検査ができない仕組みにしているために、人手と器材が足りていないようです。

 

また、病院が感染者で溢れて医療崩壊が起きてしまうことを恐れて、症状があるのに検査が受けられない人がかなりの数いるとのことです。

 

日本サッカー協会の田嶋幸三会長がコロナウィルスに感染し、退院後のインタビューで「私の家族はPCR検査を受けることができなかった」と語っていたのには、驚きました。

でも後から考えて、家族に症状がなかったとしたら検査を受けられなかったのは当然かな、とも思いました。

 

症状がなくても感染している場合がある、という事実と矛盾した対応の、典型的な事例ですね。

 

 

さまざまな事情があるのでしょうが、当初から感じられたのは、今年、東京オリンピックを開きたいということ、そして、インバウンド(訪日外国人旅行者)を減らしたくない、経済の停滞を招きたくないという政府や経済界の思惑です。

 

検査数を制限すれば、数値上の感染者数はあまり増えず、感染していても無症状の人や症状の軽い人は、自宅で静かにして自然治癒を待つ、そうすれば自然に感染は収まっていく、という戦略だったように思われます。

 

しかし、思いのほか感染力が強く、感染者数がうなぎ上りに増えてきており、若い人でも重症化する場合があることも分かってきました。

 

その後、国際オリンピック委員会(IOC)が東京オリンピックの来年への延期を決めました。

そして、その辺りからPCR検査の数を増やしたのか(?)、感染者数が急速に増えていきました。

 

できればランダムに、できるだけ多くの人にPCR検査を行い、感染者数の全体像を把握して対策を考えた方が良いと思われます。

 

実際に、感染者がどの位いるのか。

感染者の何%位の人が無症状で、何%の人が軽症で、重症化する人が何%で、致死率が何%なのか。

 

どのような広がり方をして、どのような症状があるのか、その全体像とウィルスの振る舞いについて詳しく調べなくては、ウィルスと戦えないでしょう。

 

敵と戦うために必要なのは、敵をよく知ることです。その上で戦略を考えなくてはなりません。

 

 

残念ながら、経済的な損失は避けられません。

 

株価の大暴落を始め、観光業者、飲食店などの売り上げの落ち込みはリーマンショックの時を上回るほどになっているということです。

 

 

しかし、命とお金を天秤にかけたらどちらが重いかというと、それは命でしょう。

 

そもそも国民の命を守るために国が存在するのだと思いますし、経済活動も我々国民が必要なものを手に入れ、安心して生活することができるために行われるものでしょう。

 

だから、この緊急時には、命を守ることを最優先して、人の移動に制限をかけ、かつ経済的に逼迫した人にはできるだけ簡略な手続きで速やかに支援をすることが必要です。

 

 

当初は、ウィルスの感染力はそれほど強くなく、感染者の8割は軽症で(あるいは無症状で)回復していくし、致死率も低い、また若い人は重症化しないと言われていました。

 

しかし、それらは楽観的な予測に過ぎず、統計的なデータに基づいた根拠のある情報ではなかったわけです。

 

その後、予想以上に感染力が強く、ウィルスが空気中に存在する時間が長いことなども分かってきました。

また若い人でも、感染後急に重症化して、亡くなる人もいることなどが分かってきました。

 

しかし、それでも仕事や病院通いなどで外出せざるを得ない人は多くおられます。

そのような中、検査数に占める感染者数がかなり急速に増加して来た今日(しかも、感染ルートが分からない人が増えている!)、やっと緊急事態宣言に至ったわけです。

 

 

かと言って、海外のような都市封鎖(ロックダウン)は法的に実施できないとのことですから、電車も動きますし、新幹線や飛行機も運行しています。

 

したがって、我々1人1人の自覚と自粛に委ねられているわけです。

それは、できるだけ国(政府)の責任にすることなく、我々国民の自己責任にするための法制度なのでしょうか?

 

過去の事例からすると、基本的に、国から個人に向けた財政的な補償はできるだけしない方針のようですから、仮に財政的な支援を受けるとしたら、複雑で手間のかかる請求手続きをして、狭き門をくぐり抜けなくてはならないのでしょうか。

 

そうではなく、生活に困っている人が、簡略な手続きで速やかに支援を受けることができるように願っています!

 

 

一方で、悪い事ばかりではなく、良い変化もあります。

 

経済活動が制限され、人の移動が減ると、二酸化炭素の増加が抑えられるのです。

 

実際、中国ではエネルギー使用量と二酸化炭素などの大気汚染物質の排出量が25%(約2億トン)ほど減ったということです。

 

イタリアやアメリカでも、二酸化炭素の排出量がかなり減ったそうです。

この現象は、車両の移動や工業生産の減少が関係している考えられています。

 

一時的な現象だとしても、大きな変化です。

 

 

地球全体は絶妙なバランスを保っていて、バランスが崩れると、それを修正するような動きをするのかも知れません。

 

あるいは、神が存在するとしたら、見えざる神の手が働くのかも知れません。

時には、自然災害やウィルスの増殖といった、人間にとっては大きな打撃となる方法を使ってでも…。

 

地球が大きな生き物だとしたら、地球にもホメオスタシス(恒常性)が働くように造られているのでしょうか。

 

 

ある動物学者が言っていましたが、人間が森林開発を進めて熱帯雨林の奥地にまで進出していくと、そこに住んでいる動植物に寄生している細菌やウイルスが、人間に感染して変異し、新たな感染症となって人間を苦しめていくことは、これからも起こり得るとのことです。

 

また地球温暖化の影響で、シベリアの永久凍土が融けつつあり、その中に潜んでいるバクテリアやウイルスが地表に出て来て、人類に害を及ぼす可能性もあるということです。

 

 

自然界を侮ってはなりません。

 

人間も自然界に住んでおり、自然界の一部でもあるのですから、他の動植物との共存を本気で考えなくてはいけないのだと思います。

過剰な経済活動によって自然界のバランスを崩したり、他の生物を絶滅に追い込んだりしてはならないのです。

 

自然界のバランスを保ち、他の生物たちと共存することが、人類がこれからも長く生き延びていくための唯一の方法なのではないでしょうか。

人間が侵してはいけない領域があるのだと思います。

 

広島県福山市で、「家族関係」や「人間関係」で悩んでいる方々のカウンセリングと、子供たちの学習支援をしている『たあさん』です。(https://kazoku-to-kyouiku.com

 

 

 

 

年が明けて一か月余りが経ちました。今年もよろしくお願いします。

 

 

今回から、皆さんが読みやすいように、行間をあけて書いてみることにしました。

私自身も、この方が読みやすいと思います。

 

 

さて、今年に入って、新型コロナウイルスの話題でもちきりです。

中国での感染は、かなりの勢いで広がっているようです。

 

 

日本国内では、大型クルーズ船を除いては現在25名の感染者がいるとのことですが、死者は出ていないようです。

死者の数で言うと、交通事故によるものが年間4,000人弱(1日平均10人程)、自殺によるものが2003年の35,000人よりはかなり減ったとは言え、2019年は20,000人程(1日平均50人余り)です。

こちらの方が余程深刻だと思いますが、人間、未知のものに対する不安の方が大きいのでしょうね。

 

 

私個人は、異常気象の方に、より大きな関心を持っています。

昨年と今年、ここ中国地方では冬に雪が降らなくなっています。

 

 

スキー場は雪不足に悩み、雪かきなどの除雪作業に悩まされてきた人の中には、そういう作業が必要なくなって良かったと思っている方もおられるようです。

 

 

私の故郷は中国山地のど真ん中の雪の多い所で、私が子供の頃は、ほぼ毎年1m前後の積雪がありました。

学校が休みの日には、家の横の坂道でスキーやソリで遊んでいました。

 

 

近くの神社の前の長い坂道では、急斜面に雪を固めてジャンプ台を作り、上手な子はジャンプの距離を競ったりして、毎年のように子供たちが集まって遊んでいました。

また家の庭にかまくらを作り、その中に七輪を持ち込んで餅を焼いて食べたりもしました。

 

 

小・中学校では、毎年近くのスキー場で1日かけてスキー教室が開かれ、スキーを楽しんだ記憶があります。

中学校には学校にスキーがたくさん保管してあり、体育に時間に、雪の積もった校庭をノルディックスキー風にグルグル歩いて回るという授業もありました。懐かしい想い出の1つです。

 

 

最も雪が多かったのは昭和38年(1963年)1月で、一週間くらい雪が降り続き、最大3mほどの積雪があったと記憶しています。

その時は、平屋建てだった我が家は屋根まで雪に埋まり、玄関からトンネルを掘って外に出ていました。家の中は昼間も夜のように真っ暗で、一日中白熱電球を灯していました。

 

 

 

 

それが、1970年位から積雪量が徐々に減り始め、1990年頃にはお正月に積雪がない年がありました。

その時、90歳を超えていた祖母が「こんな年は生まれて初めてだ」と言っていたのが印象に残っています。

今から30年ほど前の話です。

 

 

それ以後は、お正月に積雪があったりなかったりの繰り返しで、徐々にない年の方が多くなっていきました。

それでも、さすがに1月中旬になると、もともと降水量の多い所なので30cm~50cm位の積雪がありました。

それが、今年は1月半ばになっても積雪がないのです。(地元にいる姉に確認しました)

 

 

全国的に見ると、北陸地方より北では冬型の気圧配置が周期的に強まり、かなり雪が降っているようです。

しかし温暖化の影響でしょうが、湿気の多い雪で解けやすく、すぐに解けて消えていってしまうようで、スキー場や雪祭りの会場などでは雪を確保するのに苦労していると、ニュース番組で報道していました。

 

 

地球温暖化の影響については、以前から度々(たびたび)触れてきましたが、看過できない喫緊の問題です。それは、世界中の国々で問題視されています。

 

 

1997年12月に京都で行なわれた国連主催の「地球温暖化防止 京都会議(COP3)」で「京都議定書」が採択され、二酸化炭素やメタンガスなどの温室効果ガスの排出量を国ごとに減らすことが定められました。

しかし、中国やインドは参加しておらず、その後アメリカも離脱したため、有名無実の内容となっています。

 

 

また日本では、2011年3月に東日本大震災による原発事故が発生し、原発停止による電力の不足分を火力(しかも二酸化炭素排出量の多い石炭火力)発電所増設でまかなうことになり、議定書に書かれている削減義務を守ることができない状況となりました。

 

 

自然エネルギーを利用した「太陽光発電」や「風力発電」なども増設されているようですが、天候に左右されるし、コストもかかり、不足分を補うには足りないのが実状のようです。

 

 

 

 

このような状況の中、2015年12月にはフランスのパリで「COP21」が開かれ、地球全体の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度未満(できれば1.5度未満)に抑えるという長期目標「パリ協定」が定められました。

ただし温室効果ガスの削減目標は各国に委ねられています。

 

 

そして、昨年12月にはスペインのマドリードで「COP25」が開催されました。

それには、スウェーデンの16歳の少女グレタ・トゥーンベリさんを始めとした世界の若者たちも参加し、大人たちに対策の強化を訴えて、大きな話題となりました。

 

 

しかし各国の利害の対立などから、パリ協定の具体的な実施策については合意を得ることができず、次年度以降の会議に持ち越されることになりました。

 

 

そうした中で、日本は2回も化石賞を受賞しました。

化石賞というのは、地球温暖化問題に取り組む世界120か国1300以上のNGOのネットーワークであるCANインターナショナルが、温暖化対策に消極的な国に与える不名誉な賞です。日本の石炭火力発電所の増設と火力発電設備の海外への輸出が批判されたのです。

 

 

石炭火力発電は経済的には有利であっても、天然ガスによる発電の約2倍の二酸化炭素を排出するため、気候変動の最大の要因の1つとされています。

この日本にとって不名誉な出来事は、国内外のメディアを通して世界に発信され、SNSでも拡散されました。

皆さんもご存知かと思います。

 

 

今回のマドリードでの会議で注目されたのは、現在17歳のグレタ・トゥーンベリさんの行動から広がった若者たちの抗議運動です。

グレタさんは、2018年8月、15歳の時に、スウェーデン語で「気候のための学校ストライキ」と書かれた看板を掲げて毎週金曜日にスウェーデン議会の外で呼びかけるという行動を始めました。

そのことがSNSなどを通じて世界中で知られるようになり、多くの学生が彼女と同様のストライキ運動に参加していきました。

ただし、日本ではその運動はあまり拡がっていないようです。

 

 

その後、国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏が、「私の世代は、気候変動の劇的な課題に適切に対応できていない。これは若い人たちに深く感じられている。彼らが怒っているのも不思議ではありません」という声明を出し、グレタさんによって始められた学生たちのストライキ運動を支持する立場を表明しました。

またグレタさんの発言と行動は、母国スウェーデンはもちろんヨーロッパ諸国の国会議員や世界中の科学者、環境保護団体などの支持を集め、広がりを見せているということです。

 

 

 

 

ところで、日本でこの運動が盛り上がらないのはなぜでしょうか?

多くの人が「そうは言っても、お金を稼がないと、この厳しい競争社会の中で生き残れない」、「経済的に豊かになることは、環境問題よりも重要だ」などと考えているからでしょうか?

学校で、競争に勝つことを優先するような教育が行われているからでしょうか?

あるいは、自然環境の危機的な状況をマスコミもあまり報道しないからでしょうか?

 

 

私が感じるのは、日本で、もしグレタさんのような行動を中学生や高校生がとったら、たちまち攻撃されるだろうということです。

「学生の本分は勉強であって、そんな政治的な行動をすることは許されない」、

「彼女には発達障がいや強迫性障がいがあるようだが、そのような偏った考えを持つ人(しかも若者)の言葉を聞く必要はない」、

などという、それこそ差別的な偏見に満ちた声が聞こえて来そうです。

もしかしたら、いじめの対象とされるかも知れません。

 

 

そう考えると、ヨーロッパやアメリカの若者をはじめ、国連事務総長、イギリスの環境担当大臣などが、グレタさんの言葉に耳を傾け、彼女を大人と同様、対等に処遇し、公の場での発言まで認めたことは、多くの日本人との価値観の違いを感じざるを得ません。

 

 

年齢に関係なく、障がいの有無も関係なく、正しいことを主張している声に耳を傾けるということは、重要だと思います。

人は皆、対等に尊重されるべきであり、個人の存在にはかけがえのない貴い価値があると心から信じているから、できることでしょう。

そういう価値観をヨーロッパ諸国の多くの人々は共通に持っているのだと想像します。

 

 

以前に取り上げましたが、イスラム教圏をはじめとした「女性に学校教育は必要ない」と考える差別に対して命を懸けて闘っているマララ・ユスフザイさんの活動が世界で注目されるようになったのも、イギリスの放送局BBCを通してでした。

 

 

 

 

ところで少し話は変わりますが、これまでも「いじめ」については度々触れてきましたが、グレタさんのことを通しても、いろいろと考えさせられます。

 

 

たとえ周囲の人たちと違っていても、集団の和の中に馴染めなくても、その個人には価値があり、その声が正しいことを主張しているのであれば耳を傾け、尊重しなければならないという価値観が根付いていけば、いじめは減っていくだろうと思うのです。

 

 

日本の多くの学校では、皆と同じ行動をとり、全体の和を乱さないことが良いこととされてきました。

同じ年齢の子供たちが、ほぼ同じ内容の教育を受け、国の検定を受けた教科書が教えられています。

また、細かい規則が定められ、全体の秩序と規律を守ることが優先されます。

そういう教育が、日本の高度経済成長を成し遂げ、現在の日本社会をつくってきた訳ですから、全てを否定することはできないとは思います。

 

 

一方で、オランダには9歳の大学生、ローラン・シモンズ君がおり、カナダには14歳の大学生、大川翔君がいるそうですが、日本ではあり得ないことです。

 

 

9歳で数学検定1級を取得した安藤匠吾君が、昨年話題になりましたが、彼は日本の大学で学ぶことはできません。年齢制限があるからです。

それで、安藤君は「オンライン学習塾」や「ユーチューブ」などを使って、好きな数学を学習しているそうです。そして、「将来は数学の知識を生かして、地球温暖化を止める研究をしたい」と話しているとのことです。

 

 

一人ひとりの人間が、それぞれの個性や能力を活かして生きていくためには、周囲の理解や協力が必要です。

それぞれが自分の正しいと思うことを表明する機会が与えられ、その意見が尊重され(もちろん、反対意見もあって当然ですが)、持っている能力を開花させていける環境が備えられれば、自分の人生を活き活きと楽しんで生きられる人が増え、この世界はもっと住みやすい場所になるのではないかと考えています。