広島県福山市で、「家族関係」や「人間関係」で悩んでいる方々のカウンセリングと、子供たちの学習支援をしている『たあさん』です。(https://kazoku-to-kyouiku.com

 

 

話しは少しさかのぼりますが、今年10月26日に秋篠宮ご夫妻の長女眞子さんが小室圭さんと結婚して皇室を離れました。

そして、渡米されるまでの約1か月間は東京都・渋谷区内のマンションで生活され、現在はアメリカ・ニューヨーク市で生活されています。

 

出国時には多くの報道陣が押し寄せ、厳重な警護をされている様子がテレビ等に映し出されました。

眞子さん・圭さん共にお元気そうで、他人ごとながら少しホッとしました。

 

それにしても、ここまでたどり着くためにどれほどの心労を重ね、どれほどの忍耐が必要だったであろうと、お二人に対して同情を禁じ得ません。

 

当人たちには責任の無い家族内の問題や、圭さんの母親に関する金銭トラブルについてマスコミで盛んに報じられ、まるで圭さんの人格にも問題があるかのような印象を与えていたように感じました。

 

そんな中、圭さんは努力してアメリカのロースクール(法学の大学院)を卒業し、ニューヨーク市の弁護士事務所への就職も決まっています。

残念ながら、1回目の弁護士資格試験には受からなかったようですが、努力家の彼のことですから、受かるまで受験し続けることでしょう。

 

その間、真子さんは周囲からのバッシングに耐え、複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、それでも結婚の意志を貫いたのは、余程強い思いがあったのだろうと推測します。

お元気そうな姿がテレビに映し出されたので、複雑性PTSDというのは詐病ではないかとの報道も一部でされているようですが、そんな報道は更に二次的トラウマにもなり得るので、大きな問題だと思います。

 

 

最近、性的被害を受けたことを告発した伊藤詩織さんが、インターネット上で誹謗中傷を受け、それを名誉棄損として訴えた事件がありました。

11月30日に東京地裁で判決が言い渡され、伊藤さんの訴えが認められました。

当然の判決だと思います。

 

 

実際に起こった可能性のある出来事を、何も知らない第三者が自分の思い込みによって、当事者の必死の告発を誹謗中傷し、あたかも虚偽の告発であるかのような書き込みをすることは、決して許してはならない行為だと思います。

それは被害者を、更に二次被害に遭わせるような行為だからです。

 

それによって、更にトラウマ(心的外傷)を受けることが数多くあります。

 

 

眞子さんや圭さんに対する誹謗中傷は、やはり二次被害を与えるような行為でしょう。

 

この件に関して、眞子さんの父親である秋篠宮殿下が、先日記者会見で次のように話されていました。

 

「今ネットによる誹謗中傷で深く傷ついてる人もいますし、そして、またそれによって命を落としたという人もいるわけですね。…… 誹謗中傷、つまり深く人を傷つけるような言葉というのは、これは雑誌であれネットであれ、私としてはそういう言葉は許容できるものではありません。」

 

 

ネット上の記事には誰でも匿名で投稿できるため、自己の承認欲求や嫉妬などから出てくる誹謗中傷、嘲笑などが混じっています。

それらを放置しておくのは良くないでしょう。

それによって傷付く人が居て、時には自死にまで追い詰められることもあるからです。

 

そういう嫌がらせに対して、誰でも告発ができ、すぐにそうした記事を削除できるような仕組みを作るべきでしょう。

 

 

皇室の話に戻りますが、私はこれまでも、皇室に生まれたら自由はないだろうと思っていましたが、これほど個人としての意思を犠牲にしなくてはならない環境なのかと、改めて感じさせられました。

個人の意思や感情よりも、公的な役割の方が優先されるのですね。

法的な位置付けにより、選挙権も被選挙権もなく、職業選択の自由や居住の自由も限られています。

 

学問の自由はある程度保証されているようですが、逆に大学等で何かを専門的に学んで発表しなくてはならないというプレッシャーがあるようにも思います。(もちろん、誰か専属の専門家を付けてのことだとは思いますが。)

 

思想・信条の自由はあっても、それを公に表明することはできません。

 

そして、結婚の自由は…。

 

皇室では(皇室に限らないかも知れませんが)、特に女性が我慢しなくてはならないようです。

 

 

振り返ると、昭和天皇までは、結婚は皇族(または旧華族)出身同士で行なわれ、周囲が決めていたようです。

それが第二次大戦後、天皇の位置付けが「日本国民統合の象徴」と憲法で新たに定められ、天皇の「人間宣言」によって、国民のひとりとして(象徴天皇という特別な位置付けですが)結婚の自由も認められたはずです。

 

そして平成天皇(現在の上皇)は、初めて民間人であった美智子様と恋愛を通して結婚されました。

その結婚は当時、日本中に大きく報道され話題になりました。
(ちょうどテレビが普及し始めた頃で、パレードの様子がテレビ中継されました。)

 

結婚後は、皇室の伝統的子育て(乳母制度、傅育官制度)をやめて、母乳で育て、子供たちが御両親と一緒に生活するように改められました。

皇室内部ではかなり批判があったようですが、美智子様と当時の皇太子はその意志を貫かれました。

真子様は、この意志の強さを受け継いでいるようにも思われます。

 

そして現在の令和天皇は、いろいろと紆余曲折あった後、やはり民間人であった雅子様と結婚されました。

しかし、結婚前はキャリアウーマンとして活躍していた雅子様は、皇室に入ってからの環境の激変によって適応障害や鬱病を発症し、皇太子妃としての公務ができない状態にまで追い込まれました。

 

ちょうど当時のイギリスでは、チャールズ皇太子が民間人のダイアナ妃と結婚し、その後離婚、そしてダイアナ妃は事故死というショッキングなニュースが駆け巡っていた頃でしたから、イギリスと日本の皇室の違いや共通点などを対比して考えたりしたものです。

 

 

皇室に限りませんが、日本では女性の能力が男性に比べて劣っている、あるいは女性は男性に従うべきだというような考え方がいまだに強いようです。

また、家事・育児・親の世話などは女性がするものだという価値観は、私の周囲の地域社会にも根強くあります。

 

おそらくそうした価値観(文化?)が原因で、女性議員の数は極端に少なく、東京五輪の最初の大会組織委員会会長だった森喜朗氏のような発言が飛び出し(辞任に追い込まれたのは国際大会だったからでしょうが)、女性は天皇になれない(あるいは女系天皇は認めない)という状況になっているのではないでしょうか。

 

 

女性に限らず、子供や、何らかの障がいを持つ人、在日外国人など、社会的に弱い立場にある人の権利が守られていないと感じます。

 

中国やアフガニスタンなどにおける人権蹂躙とも言える出来事に対しても意見を表明しておかなくてはいけないでしょうが、日本国内の人権問題にも、もっともっと目を向けて意見をしていかなくてはならないと思います。

 

性別や年齢によらず、出自や社会的立場によらず、職業や収入によらず、障がいの有無によらず、何かができるかどうかによらず、外見によらず、神様が愛する存在として造られた人間を大切にすることが、すなわち人権を大事にすることだと思います。

 

全ての人が生まれながらに持っている「基本的人権」とは、もともと人間は神様に似たものとして造られ、神様に愛され、お互いに愛し合う存在として生かされているのだから、お互いに人として尊重し合うことを意味します。
また、お互いに愛する価値がある者として接し、生きる価値がある者として尊重し、それぞれの人が持っている権利や自由そして個性を大切にすることを意味します。

 

これらのことを心に留めて、生きていきたいと思います。