広島県福山市で、「家族関係」や「人間関係」で悩んでいる方々のカウンセリングと、子供たちの学習支援をしている『たあさん』です。

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先日、友人と一緒に「アダマン号に乗って」というフランスのドキュメンタリー映画を観ました。

パリ中心部にある、セーヌ川沿いに造られた船の形をしたデイケアセンターの日常を、ありのままに撮影した映画です。

 

そこは精神疾患のある人たちが集う場所で、患者とスタッフが全く対等な関係を保って接しています。

会議も患者とスタッフが2人で司会を務めます。

 

それぞれの参加者が描きたい絵を描き、歌いたい歌を唄い、楽器を演奏し、踊り、話し、誰かが話している時には他の人たちは熱心に聴いています。

そこに妄想が入ったりしていても、その人の内面にあるものを聞き取ろうとして、積極的に聴いている姿勢が伝わってきます。

 

映画の冒頭、利用者のひとりが「誰も自分を手放すべきじゃない、何があっても手放すべきじゃない」と叫ぶように歌う場面から始まるのですが、その言葉が映画の最後の場面まで貫かれていると感じました。

 

解説やBGMなどは全く無く、利用者とスタッフの言葉と行動をひたすら撮り続けます。

強制は一切ありません。

 

センターでは売店と食堂の運営もしており、患者とスタッフが共同で働いています。

毎日の売り上げの計算も一緒にするのですが、金額が合わなくてもほとんど気にせず、誰かを責めることもなく、時には冗談を言って笑い合い、たまたま計算が合えば皆で喜び合うといった雰囲気です。

 

とにかく、温かい空気がアダマン号の中に溢れている感じでした。

 

 

この映画は、今年の第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、最高賞の金熊賞を受賞しています。

 

以下、この映画を作ったニコラ・フィリベール監督の言葉です。

 

 

「すべての人に興味の対象があり、それぞれの才能がある。そうした考えに基づく精神医療がアダマンにはあります。アダマンは、経済効率を求めてこうした医療をないがしろにする動きへの抵抗の象徴でもあるのです」

 

「フランスに差別的な考えの人がいるのは事実です。一部メディアや政治家の中には、精神疾患への恐れをかき立てるような動きもあります。同時に、社会の中にはそうした差別への抗議もあります」

 

「精神医学は、私たちの人間性について多くを語る虫眼鏡、拡大鏡なのです」

 

( 以上、毎日新聞・2023年4月21日付 朝刊記事「精神医療 社会の拡大鏡」より )

 

 

とても考えさせられる言葉です。

そして、監督の人間への敬意が感じられ、共感できます。

 

 

日本では、いまだに「精神障がい者」と聞くと、危ない人ではないかとか、あまり近付きたくない変な人という偏見を持った人が多いようです。

 

私は仕事でカウンセリングを行なっており、うつ病や不安症、適応障がい、発達障がい等の診断名を付けられて病院に通院している方々も来られますが、彼らはとても優しく、人の気持ちに敏感な方が多いです。

 

日本の精神科病院では、世界的に見て長期に渡る入院患者数が極めて多いのをご存じでしょうか?

 

経済協力開発機構(OECD)加盟の38カ国にある精神科入院病床の37%を日本が占めているという推計もあり、国連からも日本政府に是正勧告が出されています。

 

中には18歳で入院し、そのまま50年以上も世間から隔離されて、病院で亡くなる方もおられるとのことです。

 

2014年の精神科の平均入院日数は、フランス5.8日に対して、日本は285日で、実に約50倍と突出して長いのです。

入院患者の約半数は、本人の同意が不要な「強制入院」です。

 

その強制入院の根拠となっているのが、1950年に施行された「精神衛生法(現・精神保健福祉法)」です。

この法律とほぼ同時期に施行されたのが、ナチス・ドイツの断種法をモデルとした「優生保護法」(1948年施行)と「らい予防法」(1953年施行)です。

3つの法律とも、社会的弱者を強制的に社会から隔離する政策を柱としています。

 

このうち優生保護法とらい予防法は1996年に廃止されましたが、精神衛生法は名前を変えながら、社会的弱者を排除する条項を認めたまま残っています。

 

1度入院させられると、就職や結婚の機会を奪われ、地域での人間関係を築くのも難しくなります。

1度の入院で地域社会に戻るのが大変困難になり、人生が奪われてしまうことにもなりかねないのです。

 

どうか、社会の片隅で自分を責めながらも懸命に生きている人たちが、尊重され、周囲に受け入れられ、安心して生活ができるようになることを願っています。