次世代を担う子供たちの現在そして未来 -12ページ目

修学旅行生から学ぶ

今日は神田に出向くところからスタート。改札を出たら、

何組かのグループ行動中の修学旅行生

が楽しそうに移動しているところにでくわした。

なんで神田なの?

と、素朴な疑問がわいてくるのだが、ちょっと暇だったこともあって色々と考えて見ることにした。

可能性として考えられるのは、

秋葉原をうろついていて迷い、フラフラしていたら神田についた
浅草、スカイツリー方面から銀座線に乗ってきて、ちょうどJRにのりかえるところ

だろうか。真実が何だろうとどうでもいいのだが、注目すべきは修学旅行生たちが

東京の東側をウロウロするようになった

ことだと思っている。


修学旅行生の行き先といえば、

新宿・原宿・渋谷・六本木

だろうと、80年代後半から90年代前半の「原宿駅から表参道にかけて溢れている修学旅行生たち」のイメージでしか語れない私なんぞは想像するのだが、

秋葉原やスカイツリー

の活躍により、人の流れも変わっているのかもしれない。


教育に携わる者として、このような「時代の流れの変化を感じ取れない」ことは猛省しなければならない。

教材のデジタル化はもちろん、生徒保護者の動向や学校の改革など、日々刻々と環境は変化しているはずなのだが、仕事に慣れ惰性で毎日を過ごしていると見過ごしてしまう。

塾予備校の経営でも、

中学受験ブームの到来を予測、準備できなかった塾
ゆとりによる子どもたちの学力低下を予測し、上昇志向を提案できなかった塾

は、10~15年のスパンで見ればどこも苦戦している。

今後は「AO・推薦入試、内申対策」への塾としての重みの付け方が問われる。舵取りが難しく、潮目を読み切れず変化に対応できない塾は苦戦するだろう。大学進学率が50%を超える時代に、相対評価ではなく絶対評価に変わっている時代に、内申の評定が1増えることにどれだけのアドバンテージを見るのか、保護者の視点も二極化することだろう。塾としての個性、特色に基づいた戦略がないと、一気に流れに飲み込まれてしまう。

スカイツリーが修学旅行生の動線を変えたように、我々の業界にも大きな「動線の変化」が起こっている気がしてならない。




三顧の礼

 小学生のころ,小説ではなくマンガで三国志を読んでいらい,


 三顧の礼


 だけは,人に依頼をかけるときも依頼されるときも気をつけるようにしている。


 

 特にフリーで仕事をするようになってからは,スケジュールの都合でお断りしなければならないケースがあったとしても,2度目3度目と声を掛けていただける場合には「本当に感謝」としか言い表せない。


 一度お断りした段階で,縁が切れたとしても当たり前


だからだ。



 明日某所でお会いする方には,これまでなかなかタイミングがあわなかったにも関わらず,時間と手間をかけて声を掛け続けていただいた。文字通り「3回目でようやく」というところ。


 本当にありがとうございます。

脱カフェイン

 普段外にいるときに飲むものは,コンビニで買う「緑茶」と決めている。


 コーラとか甘いジュースとかだと,ただでさえギリギリのところで保たれている健康のバランスが一気に崩れてしまうことが容易に想像できるからだ。


 ところが最近,嫁が「緑茶にはカフェインが多く含まれているらしいから,これからは水にしろ」と言ってきた。特に根拠もなく,どこかで聞きかじってきた内容なのだろうが,


 毎晩夜中にならないと仕事を始めない,そのだらけた生活習慣を変えろ!


 という意味らしい。「脱カフェインで早く寝ろ」ってこと。


まぁ,つきあってもいいか と思い昨日緑茶を控えたら,


 なんと2時頃には眠くなってきた


ではないか。仕事も早々に切り上げ布団に入り,何となくipadをいじっていたら,結局寝る時間は遅くなってしまったのだけど。


 夜11時頃にテンション高く帰宅した後,食事とプロ野球ニュースでクールダウンするにも限界があって,なかなかすぐに寝付けるものではないのだが・・・。ちょっと驚いた。

20年の時を経て目の前に現れたものたち(その2)

仕事が終わって帰宅すると,机の周辺がゴチャゴチャしている。


 いつまでたっても進まない本棚の引っ越しにイラだったのか,嫁がとりあえずあれこれと移動させたようだ。


 「必要なものと不必要なものに分けてくれ」


 だと。私のことを「不必要!」と分別される前に,少しは片付けを進めなくては。



 さて,今日目の前に現れたのは「新聞」だ。

どうしてこの新聞が手元に残っているかといえば,「長男の生まれた日」の記念だから。


 1993年5月7日付 西日本スポーツ



福岡ドーム元年のこの年,チームはいいところなく最下位。南海時代からの「暗黒時代」が続いていたころだ。


 湯上谷サヨナラ打!チーム5位浮上!


 という見出しも,当時は最高ランクの「明るい話題」だったはず。



そんな中,ちょっと記念になる記事が。


 下柳初白星



 下柳といえば若い人にとっては「阪神のおじさん投手」というイメージだと思うが,プロ野球選手としてのスタートはホークス。しかも


 アイアンホーク


 と呼ばれ,下柳ー木村ーシグペンの方程式が機能した年もあったのだ(94年)。 


20年の時を経て目の前に現れたものたち

 先日本棚を購入したため,ずっとしまったままになった書籍の整理を進めている。色々と登場するたびに,記録として残しておこうという気になってきた。



 今日はこんなものが出てきた。



 私が最初に勤務した塾のテキスト。学校別の過去問を購入せずとも演習できるように冊子化してあった。このテキストだと「1992年~1996年」の入試問題が掲載されている。このテキストを使用した人たち,あるいはこのテキストに掲載されている年度の入試問題に立ち向かった人たちは,もう30歳を余裕で越えていわゆるアラフォーだろうか。



 こんな市販書籍も出てきた。

 

 当時はインターネットがない時代。ちょっとググってみようか,なんてこともできないのでいわゆる「定石」というものは,こうしたテクニック集で学んだり「高校への数学」を隅から隅まで読むしかなかった。


 もちろんAmazonだって存在しない時代だから,休日になるたびに浦和の須原屋とか新宿の紀伊国屋,池袋のリブロなどに足を運んで,参考書売り場でジックリと探すしかなかったっけ。


 

 この書籍は昭和61年に初版。私が購入したのは第4刷で,平成元年に発行されたものだ。

中身を見てみると,特に数式編は今でも扱われていること,通用することが多い。図形分野は,時代の流れとともに「解き方が古臭い」といったところだろうか。



 こんな書籍がゴロゴロしているのだから,片付けなんて進むわけがない。

嫁さんは「早く書籍を整理して,ブックオフにもっていきたい」という意思があるのだけど,いまさら昔の参考書・問題集を引き取ってくれるものなのだろうか。