ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.] -106ページ目

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。

恥ずかしい話ですが第一期パンク世代です。
これだけで現在の年齢を推定する事が出来てしまいます。
本当にお恥ずかしい話ですが今でも元気です。
あの頃もそれ以前もそして今でも色々な音楽を聴いています。
時代は流れ変化し私も年齢を重ねました。
それでも相変わらず色々な音楽を聴いています。
パンク以前から音楽を聴いていた訳で、
別にパンクが突然変異で発生したようには思っていませんでした。

パンクをやっている連中もそれ以前の音楽を聴いて育ち
それらに憧れて音楽を始めた訳です。
その頃はパンクとニューウェイヴの正確な区分は無かったし
ハッキリ言ってどちらも既存のロックから生まれた
新しいジャンル程度の扱いだったと思います。
ただフラワームーブメントなどの
流れに乗り遅れた私たち世代には
自分たちの世代の為に生まれたムーブメントだったのです。

反抗衝動に別に理由なんて必要有りませんでした。
思春期の不安定な感情と勝手に脳に流れ込む社会正義、
正しいと教えられた真実と目の前にころがる事実。
無限に広がろうとする自意識と強要される規律と行動。
それらの全ての存在が疎ましく偽善に見え
その中に存在しなければならない自分自身の全てが不満でした。
自分で自分をコントロール出来ないイライラ感が
彼らの音楽に共感させたんだと思います。

セックス・ピストルズは好きでは有りませんでした。
ポップ過ぎたし演奏も下手過ぎました。
作為的に作られた工業製品の匂いがプンプンして嫌でした。
彼らは中途半端だった為に成功しました。
中途半端だったからこそ商品価値が有り
マスコミなどのメディアに取り上げられ
有り色々な国でアルバムが販売されました。
彼らを包むビジネスは成功したと言うことです。

彼らの中でパンクだったのはシドだけでした。
彼だけが商品としての自分を嫌悪していました。
しかしそれこそに彼の商品価値が有ったのです。
ジョン・ライドンは頭の良い男です。
それらを把握していたので一切のものを封印していました。
それによって商品価値が出る事を知っていたのです。
イッていたシドがイッてしまったところで、
本当は彼らの存在価値は終わりました。

いまでもセックス・ピストルズに
伝説を塗りこみ商品価値をあげようとしている連中が居ます。
いまでもセックス・ピストルズに
憧れを求め存在価値を見出そうとする連中が居ます。
いまでもセックス・ピストルズに
自分自身の存在価値を求めようとする連中が居ます。
いまではセックス・ピストルズは
過去の産物であり伝説でしかないのでしょか。

あまたなる過去の出来事の中で、
共有出来るものが有る事は幸せです。
その存在意識さえ変化していけば
あらたなる未来の出来事の中で
十二分にその有り方は認識されるものでしょう。
自分自身の為に存在するものに価値の無いものは有りません。
しかしそれさえもメディアは商品価値に置き換える事を
自覚し忘れてはならないのです。

どれほど注意深くとも問題ではないのです。
自分自身の価値観を持ちさえすれば、
どれほど人に卑下されようとも胸を張って歩けるのです。
自分自身を愛す事は、とても努力の必要なことですが、
自分自身の価値観を持ちさえすれば、
どれほど人に卑下されようとも胸を張って歩けるのです。
彼らにすがって生きることさえ注意すれば、
あなた自身の価値は決して下がりはしないのだから。
Sonny Criss / Up, Up and Away

Sonny Cross - Alto Sax, / Tal Farow - Guitar
Ceder Walton - Piano / Bob Cranshaw - Bass / Lenny McBrowne - Drums

Recorded at August 18, 1967


Sonny Crissが1967年にワンホーンで録音した
Up, Up and Awayを聴いている。
実を言うとSonny Crissのsaxは、あまり好みではない。
パーカーのそっくりさん云々と言う事とは別だ。
多分この音色の軽さなのだと思う。
パーカーにフレーズや吹き方がソックリでも
この軽さは彼独特の特徴だと思う。
そこが何故か苦手なのだ。
悪い演奏じゃないし選曲も洒落ている。
聞き流すのに邪魔でもない。
でも・・・これは個人の好みとしか言えないだろう。
彼独特の軽さが私の好みのsaxでは無いとしか言えない。

本音で言えば目当てはピアノのCedar Waltonなのだが、
Sonnyがとても気持ち良く吹いている。
残念ながらスタンダード集の様な作りのアルバムのために
Cedarの作った曲は入っていない。
全体的にSonnyも盛り立てるような演奏に
みんなは終始している。
が、順に回して行く短めのソロがそれぞれ美しい。
変に硬くならずに演奏しているためか
軽いタッチのメロディをみんなが上手くまわし
Sonnyが吹きやすいようにしているためか、
アルバム全体の流れはとても美しく出来上がっている。
スタンダードの馴染み易さに
オリジナリティを加味した演奏は
心地良さと軽い緊張感のバランスが極めて良い。

どの曲もメロディの綺麗な有名曲なだけに
イントロがとても大切になる。
Cedarは、そういう部分がとても上手なピアニストだと思う。
「Sunny」のような曲が顕著で短いイントロが
それに続くSonnyのわがままな吹きっぷりを引き出している。
全体的にCedarのフィーチャーが大きいせいか、
アルバムでのバンドリーダー的な役目も果たしているように感じる。
Sonnyの気持ちよさそうな吹きっぷりは、
聴いているこっちまで気分良くさせてくれる。

別に凄いことをしなくても
聴き応えの有る演奏になるのだという良い見本だとおもう。
凄い人の凄い演奏だけがJazzじゃないし
こう言う良品があってこそ
名盤や名演奏や革新的なものが生まれてくるのだ。
Children Of The Light / Rodney Whitaker

Nicholas Payton -tp(1-3, 7-8) Wallace Roney -tp(4, 6, 9-10)
Cassius Richmond -f(1, 3, 10) James Carter -tsx(1-4, 6-7, 9-10)
Alex Harding -bsx(3) Cyrus Chestnut -p(1-3, 6-9, 11)
Geri Allen -p(4, 10) Rodney Whitaker -b
Gregory Hutchinson -dr(4-6, 9-10)
Kariem Riggins -dr(1-3, 7-8, 11)
Andrew Daniels,II -perc(1, 3, 5, 9-10)

September 13-14, 1995 Power Station NYC


Children Of The Lightが流れている。
Rodney Whitakerの1995年のアルバムだ。
あまり新しいJAZZを聴かない私にとっては極めて新しい録音。
最近は時代の流れの速さとメーカーが直接的利益優先の為に
こう言う素晴らしいアルバムに出会う事が少ない。
特に国内の演奏家は損をしていると思う。
世紀の名盤と謳われるアルバムが1,500円程度で購入出来るのに
3,000前後の価格を付けられてしまう。
競争原理から言うと絶対的不利だ。

Rodney Whitakerはミンガス直系のジャズ・プレイヤーだと思う。
ベーシストとしてスタイルをみても繊細かつ大胆で
低音の響きの使い方の心地良さなんか良く似ていると思うが、
何よりもリーダーとしての資質が近いと思う。
このアルバムのバランスの良さとか心地良い緊張感は、
ただ単に良い曲を作りアレンジしアドリブを含めた演奏で
出来上がるという単純なものではない。
全体的な流れやアルバムとしての構成も頭に入れて作られているから
こんなにも素晴らしいアルバムになるんだ。

演奏も間違いなく素晴らしい。
巨匠達の演奏を耳にして育った世代の実力はまだまだ計り知れない。
凄く気合の入った演奏が続くこのアルバムは、
将来の明るい展望にもなっている。
ウィテカーの相棒として叩くハッチンソンのDr.は
今風の4ビートと言っても良いだろう。
まだ粗けづりだけど面白くなりそうだ。
ジュリ・アレンのピアノは、いまだにピンとこないけど(笑)
少なくとも場違いで雰囲気を壊すような演奏にはなっていない。
そしてなによりもペイトン、ウォレスそしてカーターの演奏が気持ち良い。

何度も言うがアルバム全体の雰囲気が素晴らしい。
10年近く聴き続けているのに何度聴いても飽きないのは、
生き生きとした演奏の素晴らしさとそれらを昇華させた構成力だろう。
11曲と言う作りで長い曲を構成する能力の弱さをカバーし
緊張感が薄まらないようにしたのは、大きな成功の原因だろう。
是非ともLiveで聴きたいと思わせてくれる。

時代の流れが速くなったせいで逆に
熟成するのに時間がかかる時代になってしまった。
しかし彼らがこれからのJAZZ界を作っていくのは明らかだ。
そう考えるとこれからのJAZZも楽しみだな。
エリントンからミンガスに渡されたバトンは、
次の世代にしっかりと渡されたようだ。
Mr. Duke あなたの血は間違いなく
今のミュージシャンの体に流れ続けていますよ。
Mingus Plays Piano (Spontaneous Compositions and Improvisations)

Charles Mingus, solo piano

Recorded on July 30, 1963 at RCA Studios, New York City


ミンガスと言うと何故か「怒り」だとか「反発」だとか
「社会的」「黒人差別」なんかが初めに話される。
全く持って三面記事の世界だと思う。
誰だってポリシーは有るし怒れる時もある。
それをメインに掲げられた事を
ミンガスは一番怒るんだと思うんだけどね。

ミンガスのピアノ・ソロを聴いている。
1963年にNew Yorkで録音したものだ。
彼らしさがとても出ている演奏だと思う。
技術が高いわけではないが味がある。
暖かくてどこかアンニュイな感じ。
凄く雰囲気の良い演奏だ。

『怒り』とか『闘争』のようなイメージを持つ人は、
是非ともこのアルバムを聴いて欲しい。
勿論他のアルバムでも気がつく人は気がつくとは思うけど、
彼の音楽性の深さがストレートに伝わってくる。
本当はとてもナイーブでセンチメンタルな人だと思う。

ミンガスはデューク・エリントンに憧れていた。
実際デューク・エリントンのピアノは打楽器的ですら有る。
ミンガスのベース・プレイは正しく
デュークのピアノのベース化ではなかろうか。
そしてプレイヤーとしてだけではなく、
音楽家として尊敬し憧れていたのは、
ミンガスのアルバムの数々を聴けば納得できると思う。

副題のSpontaneous Compositions and Improvisationsを直訳すると
『自発的な構成および即興』となる。
それは正しく彼が求め続けたものではないだろうか?
そして、このピアノ・ソロは、デュークのピアノプレイではなく、
音楽性をピアノに置き換えたものなんだろう。
デューク・エリントンを愛した彼が、
彼自身の方法論でデュークも目指した一つの形なのだ。
だからこそ、逆にミンガスらしさになって、こちらに響いてくる。

照れ屋の彼が、このアルバムの中で
それらの本心が表に出ているのを隠さずにいる。
何か有ったのかな?
Old Folks / Walter Bishop, Jr.

Walter Bishop, Jr. ; Piano / Sam Jones ; Bass / Billy Higgins ; Drums

Recorded May 25, 1976 at Vanguard Studio, NYC.


Walter Bishop, Jr.のOld Folksと言うアルバムを聴いている。
1976年の5月にニューヨークで録音され
日本のEast Windと言うレーベルから販売されたものだ。

彼はSpeak Lowと言う幻の名盤と言われたアルバムが有る。
良くも悪くも彼の代名詞になっているアルバムだ。
小さなレーベルから発売され早々に廃盤になったために
入手困難になり必要以上に持上げられ過ぎたアルバムだと思う。
もちろん決して悪くは無い。
しかし名盤ベスト10とかに入るアルバムとは言い難いと思っている。
このアルバムのイメージが強過ぎるために
他のアルバムの話にならないのが彼の不幸だ。

Old Folksもそんな悲劇のために
それほど注目されないアルバムの一つだ。
軽くなびく様なタッチの中にどこかしら
ごつごつとした部分が残っている。
BGMのように聴き易そうだが
実際にはそのどこかしら引っかかる部分が魅力に感じる。
録音状態も良く彼の魅力がわかり易い
このアルバムは中々のアルバムだと思う。

彼のSpeak Low伝説が打ち消されるかわりに
等身大の彼が目の前で演奏してくれる。
天気の良い休みの日の昼下がりに
何か適当にしながら聴くBGMとしては最高のものだろう。
BGM用に作られた音楽では、
こんなに気分良く心はスウィングしてくれない。